※楽待チャンネル上で公開されている「ぼくのブツブツ物件見学記(1話)」を小説化したものです。物語形式で不動産投資を学ぶ内容になっています。

「あ、山田さん。昼飯食いに行きません?」

いつも通りの事務所に、やたらデカい声が響き渡った。ああ、出た。こいつだ。上田。俺が働く不動産会社「2ndエモーション」の後輩で、バリバリの営業マン。営業の人間っていうのは、みんなこう声がデカいものなんだろうか。事務職で、毎日パソコンに向かってマイソクを作り続けている俺とは「人種が違う」と思ってしまう。

「12時過ぎたのに、まだ仕事してるんすか。一回休憩しましょうよ。超おすすめのラーメン屋があるんすよ」

ああもう。やめてくれ。俺は、誰かと昼飯を食いに行って、楽しく会話できるような人間じゃないんだ。あと、本音を言えば、俺はちょっとお前が苦手だ。

「ああ…ちょっと仕事忙しいから…」

思わず嘘をついた。仕事があるのは本当だ。そんなに忙しいわけじゃないが。だが、苦手な後輩とはいえ、人間関係がこじれたら面倒だというのも本心。ちょっと気になって横目で上田の様子をうかがったが、先ほどの言葉など気にも留めずに、俺のパソコンの画面をのぞき込んでいた。

「このマイソク、どこの物件っすか」

「…例の、桶川の」

俺の目の前のディスプレイには、作成途中のマイソクが映っている。売りに出された物件の情報をまとめたこの資料作りが、俺のこの会社での仕事だ。

物件価格、利回り、想定の年間家賃収入額、築年数に物件構造。書かれた情報にさっと目を通したのか、上田は「桶川でこのスペックはちょっと微妙っすね」とつぶやいた。まあそうかもしれないが、とりあえず早く昼飯行けよ。

「ていうか、ずっと疑問に思ってたんすけど。山田さん、ずーっとマイソク作りばっかりやってて楽しいっすか? ほんと好きっすよねぇ」

しみじみ言われて、イラっとする。だが、この仕事の楽しさは、上田には理解できないだろう。「楽しくは、ないけど」と小さく答えた。目線はディスプレイのまま、指はキーボードを打ち続けている。きっと、嘘だとばれてはいないはずだ。

「まあいいか。じゃあ、お疲れっす」

来た時と同じように、唐突に上田は去っていた。事務所を出ていったところを見ると、おすすめのラーメン屋とかいうやつに向かったんだろう。しかし、相変わらずうるさいな、あいつ。それになんなんだ、あのデリカシーのなさは…。

ざわざわと胸が波立つのを感じて、落ち着きを取り戻そうと、俺も昼飯を取ることにする。デスク脇に置いてあったリュックサックから、今朝コンビニで買っておいたカップ麵を取り出した。昼飯は、一人で静かに食うに限る。

湯を入れて、デスクに戻り、スマートフォンでタイマーをセットした。ここまでで約30秒。タイマーの数字が、「0230」からカウントダウンを始めた。

ディスプレイには、変わらず作成途中のマイソクが映し出されている。この会社でマイソクを作り続けて、かれこれ10年。地味な作業に見られることも多いが、俺はこの仕事に楽しさも覚えている。上田には小ばかにされたが、好きなものは好きなんだ。

タイマーがカップ麵の出来上がりを告げた。蓋を開けて割りばしをつっこむ。薄黄色の麺をまさに口に運ぼうとしたその時、俺のスマホが奏でる着信音が邪魔をした。画面に浮かぶのは「渡良瀬さん」の文字。部長だ。

「もしもし?」

「あ、山田? 昼時に悪いな。帯津さんから、また物件売ってくれって依頼があってさ」

帯津さんは、部長の顧客の中でもかなりの数の物件を所有している不動産投資家だ。これまでに何度か物件を売却したいと預かったことがあり、その際のマイソクも俺が作った。

「あー、はい」

「八王子の区分でさ、賃貸でも募集かけてるらしいけど、売りも同時に進めるんだと。今日中にマイソク作ってほしいんだけど、物件の写真撮りに行ける?」

「はい、今から行けば」

「じゃあ、住所とかメールで送るわ。よろしく」

部長の言葉に「はい」と俺が答えたのは聞こえていただろうか、というタイミングで部長が電話を切った。忙しい人だ。俺もさっさと昼飯食って、現地に向かうとしよう。そうして再び割りばしを口元に運んだその時、ガチャリ、と事務所の扉が開いた。大きな声がまた響く。また、お前か。

「ちょっと山田さん、聞いてくださいよー」

あ、仕事が忙しいとか言って、さっきこいつとの昼飯断ったんだった。嘘だとばれてイジられるのも面倒だ。とっさにカップ麺をコンビニのビニール袋に戻し、そのままリュックサックに隠した。手元のキーボードで適当に指を滑らせる。

「あのラーメン屋、今日定休日だったっすわ。ホント残念っすよー」

上田がデカい声で俺に報告してくる。別に、俺に言わなくてもいいのに。「はは」と小さく愛想笑いで答えておいた。

会社のある渋谷から、JR山手線と中央線を乗り継ぎ約1時間。JR八王子駅の北口を出ると、大きなショッピングモールが目に入った。商業ビルや雑居ビルが立ち並び、かなりの賑わいを見せている。都心まで出なくても、ここだけで生活が成り立つ「西東京の独立国家」が八王子だ。

だが、マイソクを作っていると、八王子は学生向けワンルームと3DKくらいのファミリータイプが多すぎると感じる。大学が何校もあるのに加え、このエリアで働く家族世帯の需要も多いんだろうが、物件の供給過剰感は否めない。事実、家賃は都心の4分の1以下だ。入居者にとっては得でも、大家にとってはつらいこともあるかもしれない。1LDKや2DK物件は意外と少ないが…。

そんなことを考えながら歩いていると、ふと、俺の背中から異臭を感じた。なんだか、妙に馴染みのある異臭だ。―しまった。食べかけのカップ麺を隠してたの、忘れてた。

当然汁が全てこぼれ、具材もきれいにぶちまけられている。俺の買ったばかりのリュックサックは、見るも無残な姿に変貌していた。…まあ、いいか。こんな日もある。さっさと仕事を終わらせて、食い損ねたカップ麺でも食うとしよう。

物件に到着すると、クリーニングが行われた後なのに、前の入居者の形跡をかすかに感じられる匂いがした。これこそ、「空室のロマン」だと俺は思う。

今回、帯津さんが売りたいと依頼してきたのは、八王子市内にある築31年の区分マンション。構造はSRCとしっかりした作りだが、間取りはよくある1Kだ。450万円で売りたいと考えているらしい。

玄関を入るとすぐに、風呂、洗面所、トイレが一緒という3点ユニットバスに続く扉があった。正直、このタイプはあまり人気がないが、16平米ほどの面積だから仕方がない。メインターゲットは安い家賃で住みたい学生になるだろう。

「お」

ふと、キッチン横に目が行く。そこに備え付けられていたのは、電気の熱でお湯を沸かす「電気温水器」だった。最近は「ガス給湯器」が主流だが、今でも古い物件ではたまに見かける。

ただ、こいつが厄介なのは、壊れてしまったときの交換費用が高額なところだ。ガス給湯器ならだいたい6万円程度で交換が可能だが、電気温水器だと30万~40万円ほど見込んでおかないといけない。ガス給湯器より寿命は長いらしいが、20数年に1度は交換しなくてはいけないと聞いたことがある。この物件の電気温水器は2011年11月製造か。これなら10数年は大丈夫かもしれない。

居室部分は、南向きということもあって日当たり良好。ベランダに出て建物の外壁を触ってみる。目地を埋める「コーキング」には弾力があり、まだ劣化はしていなさそうだ。

コーキングが劣化すれば、建物の外壁自体に傷みが出やすくなるし、防水性が薄まって、壁に浸水してしまう。だから、不動産投資家は購入する物件のコーキングをチェックするものだ。

…いやいや、ちょっと待て。俺は不動産投資家としてここに来たわけじゃない。マイソクを作るために写真を撮りに来たんだ。いつものクセが出てしまった。どうも物件を訪れると、「もし俺が、その物件を買ったとしたら」という思考で頭がいっぱいになってしまう。

―不動産投資とは、読んで字のごとく、「不動産」に「投資」することだ。物件を購入すれば、それを人に貸すことで家賃収入を得ることができる。

俺はしがない不動産会社社員だが、仕事を通して不動産投資家の話を聞いていくうちに、「自分でもやってみたい」と思うようになった。

ただ、不動産投資で利益を得るためには、「失敗するリスクの少ない物件」を購入することが必須。物件を購入する前には、入念なチェックやシミュレーションをしなくてはいけない。

そんなことを聞いたものだから、仕事で投資家の物件を訪れた際には、こうして不動産投資家目線で物件のチェックを行うようになった。一種の趣味だ。…だが、今はまず仕事を終わらせなくては。

空室の物件を、さまざまな角度から撮影する。最近はスマホの性能が格段に向上したこともあって、スマホで撮影することも多くなった。わざわざカメラを持ち歩かなくて良いから便利だ。

居室、水回り、玄関、ベランダ…。一通り撮り終えて、写りを確認する。結構な数を撮ったし、これで十分だろう。早いところ事務所に戻って、マイソク作りに取り掛からなくてはいけない、のだが。

―この物件、いくら儲かるんだろう。

どうしても、この思考から抜け出せない。俺の脳内で、数字がくるくると踊り出した。

物件価格は、売り主の希望450万円そのままだとしよう。この立地でこのスペックなら、家賃はだいたい4万円というところだ。

そうすると、年間家賃収入は「4万円×12カ月=48万円」。表面利回りは「4万円×12カ月÷450万円×100=10.7%」となる。

都心の区分マンションでは絶対に出てこない高い利回りだ。だが、これはあくまで表面利回り。経費が加味されていない。かかる経費も加味してシミュレーションしていかないとな。

まず、管理費・修繕積立金は過去に売りに出ていたほかの部屋でだいたい8000円くらいだったから、「8000円×12カ月=9万6000円」と考えられる。

固定資産税はしっかり調べていないけど、このあたりなら大体3万円くらいかな。そうすると、年間家賃収入48万円から管理費・修繕積立金、固定資産税を引いて、ここまででの残りは35万4000円

そのうち、所得税と住民税を仮に3割で計算すると、約10万円がさらに引かれることになるから、「48万円-9万6000円-3万円-10万円」で、最終的な手残りは年間で25万円くらいだ。

念には念を入れて、退去が出たときの原状回復費用と広告費も計算に入れてみるか。だとすれば、10年スパンで考えたほうが良さそうだ。

さっき計算した経費も加味した年間家賃収入は25万円だったから、10年間で250万円が得られることになる。その間に、そうだな、少なくとも2回退去があると仮定しよう。1回の原状回復費用が1平米あたり1万円とすると、この部屋は16平米だから「1万円×16平米×2回=32万円」ということになる。

さらに、10年もあれば1回は部屋についているエアコンが壊れそうだから、その交換費用で8万円がかかるとする。

それから入居付けのための広告料を家賃1カ月分とすれば、「4万円×2回=8万円」。退去してすぐに入居がつくわけじゃないから、一回の退去で空室期間が2カ月と見たら、「4万円×2カ月×2回=16万円」の機会損失が発生してしまいそうだ。

さて、これでいくらだ? 「250万円-32万円-8万円-8万円-16万円」で、10年間、この物件を運営した時の手残りは186万円か。

10で割り戻すと、だいたい年間で18万円。つまり、実質利回りは「18万円÷450万円×100=4%」

利回り4%か…。しかも、今は退去の回数もちょっと少なく見積もっているから、もっと費用が大きくなる可能性だって否めない。そうなると、物件価格を300万台前半まで指値して下げたり、自主管理で維持費を抑えたりしなくてはならない。でも、八王子は家からだいぶ遠いしな…。

―この物件、俺が不動産投資家なら、購入は見送りだ。

ようやく仕事(と半分趣味)を終えて、俺は駅に戻ってきた。道中、コンビニでさっき食い損ねたカップ麵を買い直す。事務所に戻る前に、ささっと食ってしまうことにした。

しかし、やっぱり俺、近い将来不動産投資始めてみてもいいかもしれない。まあ、問題は自己資金が足りなさそうなことだが。

(楽待新聞編集部)

※制作監修:芦沢晃