「日本列島改造論」を背景に地価が上昇し、土地への投機がブームとなり始めていた1970年代。全国的に土地開発の機運が高まる中、空港建設を控えていた千葉県成田市周辺でも小~中規模の住宅地開発が行われ、投機目的でこれを買う者が多くいた。
それから約半世紀が経った現在、成田市周辺に点在するこうした住宅分譲地が「ある問題」に直面しているという。
「投機目的で買われたために住宅が建たず、放置された所有者不明の空き地がたくさんあります。住む人が少ないため管理費が足りず、共用設備が使えなくなって『限界ニュータウン』化してしまっているのです」
こう話すのは、ブログ「限界ニュータウン探訪記」を運営する吉川祐介さん。自らの足で100カ所以上もの「限界ニュータウン」を巡り、その実情を克明に記録してきた。
今回はその吉川さんとともに、成田市周辺に複数ある「限界ニュータウン」の1つであるB団地を訪問。現地取材を通じて浮かび上がってきたのは、空き地のオーナーを狙うナゾの業者の存在だった。
限界ニュータウンはこうして生まれた
B団地があるのは、成田市の中心から東にある田園地帯の中。成田駅から車で現地に向かう道中、吉川さんがこう話してくれた。
「このあたりは『非線引き区域』で、宅地の開発規制が緩い。そんな事情もあり、100区画ぐらいの小さな住宅団地が乱開発されてきたんです」
「非線引き区域」とは、都市計画法において、市街化を促進する「市街化区域」と、開発を抑制する「市街化調整区域」のどちらにも区分されないエリアのこと。非線引き区域は規制が緩く、宅地開発がしやすい。成田市の一部や八街市などの非線引き区域は都心に比較的近かったこともあり、無秩序な開発が行われてきた経緯がある。
またここでいう「団地」は、共同住宅などの建物ではなく、居住のために開発された一団の区画のことを指す。周囲のほとんどが農村であるようなエリアでは、新たに作られた宅地は「団地」と呼ぶのが一般的だそうだ。
こうして開発された団地のうちいくつかの区画は、家を建てるためではなく、土地投機ブームに乗じた財テクの手段として買われた。しかしその後、価格が思ったように上昇せず、また所有者の多くが東京など県外在住者だったこともあって、空き地のまま放置される団地が続出する。
1980年代になると都心の地価が急騰し、高すぎる都心住宅地の代替として成田市の団地も居住用に使われるようになったものの、使われない土地の方が多く残ってしまった。
住宅団地では、浄化槽や下水道など一部の生活インフラを共有し、管理組合が管理する仕組みになっている。開発された区画数に対して住宅の数が少なければ、当然管理費が足りず、インフラが朽ちてしまう。これが、「限界ニュータウン」が目下、直面している問題点だ。
なお以下の画像は、B団地が分譲された当時、1971年ごろの新聞広告である。成田空港の開設を控えていたこともあり、将来発展するエリアであることが強調されている。
分譲価格は、(当時の貨幣価値で)1坪あたり1万5000~3万7000円とある。B団地の土地は現在、これよりもはるかに低い、坪単価1万円以下で売り出されている。オーナーからすれば完全に当てが外れた形だが、吉川さんは「このことが限界ニュータウン化の一因にもなっている」と指摘する。
「当時の価格と現在の価格が大きく異なるため、損切りをすることができずにいるオーナーが多いんです。一部のオーナーは、こんな二束三文で売るよりは、将来の値上がりに期待して持っている方がましだ、ということなのでしょう」
歩いて分かった、限界ニュータウンの現状
成田駅から車を走らせること約30分。B団地の入り口に到着した。
まず目に入ったのは、団地全体の区画図だ。それぞれの区画には所有者の氏名が書かれているが、全部で300以上ある区画のうち、名前が書かれているのは150区画程度に留まる。
「名前のないところはすべて空き地で、名前のあるところには家が建っています。建っている家は全部で150戸ほどでしょうか。ただ、そのうち15戸ぐらいは空き家になっていると思います」(吉川さん)
団地の奥へと進む。空き地が多く、人の気配はあまり感じられない。撮影中、住民とすれ違うこともほとんどなかった。時折、洗濯物が干されている家が見られ、かすかに人の生活の跡が見て取れる程度だ。
さらに数分歩いたところで、うっそうと草が生い茂る空き地が目に付いた。吉川さんがすかさず説明する。「この土地、ただの空き地に見えますが、30区画ぐらいある分譲地なんです。よく見てください、区画を分けるフェンスがあるでしょう」
確かにフェンスらしきものが見える。区画の境界はもはや確認することはできないが、この土地が区画されているということは確かなようだ。所有者はいま、この土地のことを覚えているのだろうか。
「このあたりは開発時に測量がされておらず、公図にも反映されないまま販売されたんです。昭和60年(1985年)に1度、国土調査が入ったのですが、その時点で使われていなかった土地は筆界未定地のままになっています。今から測量するとなると所有者の承諾が必要ですが、所有者に連絡を取るのはムリでしょうね」(吉川さん)
さらに進むと、火災で全焼したと思われる家もあった。人が住める状態ではなく、地震などで倒壊する恐れもあるが、取り壊されず放置されている。「解体費を考えると、解体するメリットがない。だから放置されているのです」と、吉川さんが理由を教えてくれた。
「このあたりの土地の最近の売り出し価格は、30~40坪で20万円程度。それでもなかなか売れずに残っています。しかも実際に所有するとなれば、団地の管理組合に毎月6000~7000円程度の管理費を納めなければなりません。更地のままの所有でも1000~2000円はかかるでしょう」
なお、この団地内で戸建賃貸として募集されている物件を見ると、3LDKで80平米程度の物件なら、賃料5万~6万円程度で借り手が付いているようだ。200万~300万円ほどで売りに出された空き家は状態によってはすぐに売れ、「1カ月後ぐらいにはリフォームされて戸建て賃貸として募集されているケースが多い」という。「成田市の市街地だと、戸建ての賃料は10万を超えることもある。車があれば遠くてもよいと割り切って、賃料の安いこうした団地に住む人もいるのかもしれません」
「売り物件」看板の本当の意味
さらに団地内を歩いていると、「売り物件」「売り土地」と書かれた看板が見られた。看板は複数の空き地に建てられていたが、連絡先を見てみると、問い合わせ先の市外局番は「06」となっている。電話番号から会社名を割り出して調べてみると、大阪の不動産業者であることが分かった。看板は1種類だけではなく、別の業者のものも見つかった。いずれも市外局番は「06」、大阪の業者だ。
前述の通り、B団地内の土地は坪単価1万円程度であり、仲介手数料はほとんど見込めない。看板を設置するための交通費などを考えれば、まともに仲介すれば赤字だろう。それなのになぜ、大阪の不動産業者が、遠く離れた千葉県にある土地をわざわざ仲介するのだろうか?
これにはウラがあると吉川さんはいう。
「これらの業者は登記簿からオーナーを割り出し、『売却しませんか』と営業をかけているんです。キレイに草を刈れば売れるとか、測量をし直せば売れるとか、そういううたい文句で営業し、オーナーから初期費用として30万円ほどを徴収しているのです」
実際、吉川さんの知人の元に、ある大阪の業者から以下のようなチラシが届いたそうだ。1人のオーナーに複数の業者からチラシが届くこともあるが、いずれも似たような文言が書かれているという。
この手口は、1970年代~1980年代にかけて被害が多発した「原野商法」の二次被害と酷似している。原野商法は、ほとんど価値のない原野や山林を「将来値上がりする」などと偽って購入させる商法のこと。近年になって、過去に原野商法で価値のない土地を掴んでしまった地主をターゲットに、「土地を買い取る」などと勧誘、巧妙な手口で新たな原野を販売する「二次被害」も発生している。
また2014年には、同様の手口で土地オーナーから金品を詐取したとして、大阪市の「未来土地コーポレーション」という会社の社長らが逮捕されている。当時の報道によると、社長らは不動産オーナーに「中国の富裕層がきれいな水を求めて日本の土地を探している」などと売却話を持ちかけ、土地の管理費などの名目で1人約36万円をだまし取ったという。さらにその後の調査では、被害件数が約5000件、被害総額は約13億円にのぼることが判明、2016年には懲役3年の判決が言い渡された。
吉川さんは、こうした悪質商法のキモは「30万円程度という金額にある」という。「もしオーナーが被害を受けたと気付いたとしても、その額が30万円程度なら、訴訟費用を考えて泣き寝入りする割合の方が高い。その点も踏まえて30万円程度に設定されているのではないでしょうか」
逆に業者にとっては、物件を仕入れ、在庫として持つ必要がないこのスキームは「旨み」が大きいということになるのかもしれない。
なお現地の取材後、看板にあった大阪の電話番号に実際に電話をかけてみた。会話の内容は動画で確認してほしいが、結論から言うと「売却を行うにあたり、30万円の初期費用がかかる」ということは確認できた。それ以上の詳細は分からなかったが、やはり売却に先立って30万円の支払いを要求されることは間違いなさそうだ。
ちなみにこの業者は、坪単価1万円程度が相場のエリアで、約15~20倍の価格で複数の物件を掲載している。本当に売る気があるのか、それとも、30万円を受け取った手前、形だけ掲載しているだけなのか。
なお、この会社の現在の物件掲載数は1000件を超えている。この中に、初期費用30万円を受け取って掲載している物件の割合はどのぐらいあるのだろうか。
健全な流通を妨げる要因に
こうした業者の存在によって、「不動産の健全な取引が阻害されている」と、吉川さんは憤る。
「限界ニュータウンであっても、適正な価格であれば売れる可能性のある土地もあるんです。隣地のオーナーが空き地を買い取って家庭菜園にしたり、駐車場として使ったり、物置を置くなどして活用したり。でも、こういう業者のせいでそれが阻害されてしまう。30万円の初期費用を取るだけ取って、相場からかけ離れた高値で土地を売り出せば、流通が止まってしまう。私は日頃から自分でも購入したいと思い、土地情報をチェックしていますが、私のようにこのエリアで土地を探している者にとっては迷惑でしかありません」
◇
約半世紀前の無計画な開発行為と安易な土地への投機が招いた、限界ニュータウンにまつわるさまざまな問題。宅地としての課題はここまで述べてきた通りだが、細かく区分けされた区画にはそれぞれ所有者がいるため、大規模な開発用地として再利用する道も閉ざされている。加えて、高額で売りに出す業者が存在するために、土地の流通も止まってしまっているのが現状だ。
人口が減少している以上、問題の根本的な解決は簡単ではない。しかし少なくとも、本来不要であろう費用を支払って、不動産の流通を止めてしまう、といった事態は防ぐ必要があるだろう。
(楽待新聞編集部)
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