「正直、自分でもちょっとやりすぎたかな、と思ってます。でも、世の中にないものを作れば、競合はおらず、利益も得られる。その上お客さんにものすごく喜んでもらえる。そういう賃貸経営のやり方もあるんだと感じます」
千葉県に、それぞれタイプの異なる9戸の新築メゾネット物件を、一気に建てたオーナーがいる。義父から賃貸経営を引き継いだ、2代目大家の奥山羊太さんだ。彼が手掛けたのはゴルフシミュレーターのある物件やボルダリングウォールを備えた物件などで、その際立った「個性」が武器となり、現在はキャンセル待ちの物件もあるほど。
4年前、入居率が50%ほどのアパートの経営を引き継いだのをきっかけに、「どうしたら物件の差別化ができるか」「入居者が長く住んでくれる物件は」を追求してきた奥山さん。初めて一から手掛けたこの新築物件で目指すのは「入居者に満足してもらい、長期入居を実現させること」だという。
そのために、物件たちにこらした工夫とはどのようなものなのだろうか。9戸もの物件の総工費や収支状況は―。「個性」を追求した高級賃貸物件群「ガルガンチュア」のオーナーを取材した。
「入ったら出られないブラックホール」になぞらえて
千葉県柏市にある、個性的なメゾネット物件9戸からなる「まち」。2020年11月に竣工し、「ガルガンチュア」と名付けられたその物件群は、構想から竣工まで足掛け3年。オーナーである奥山さんの情熱の結晶だ。
「『ガルガンチュア』は、僕の大好きなSF映画『インターステラー』に出てくるブラックホールの名前なんです。入ったら出られないブラックホールになぞらえて、入居した方に長く住んでもらえれば…。そう思って、名付けました」。奥山さんはそう笑う。
ガルガンチュアにある9戸の物件はそれぞれ異なる特徴や専用設備を持っており、これが一番の「売り」だ。例えば「type A」は、車好きをターゲットにした、リモコン電動シャッター付きガレージを備えたタイプ。「type L」は大型の書棚を2つと読書ホールを設けており、また「type C」はリビングにボルダリングのための壁を設置してある。
利回り8%、付加価値から逆算し家賃設定
これらの物件は、家賃を16万5000~23万5000円で設定。このほかに共益費8000円と駐車場費7700円があり、礼金1カ月、敷金は2カ月となっている。
家賃を設定するにあたっては、それぞれの物件の専用設備にどのくらいの付加価値があるかを概算。例えば、ガレージの電動シャッターは約160万円、防音室は約800万円、フィットネスルームのある物件は壁面の大型ミラーに約30万円、といった具合だ。こうした付加価値を逆算し、利益が出つつ、周辺相場とも大きなかい離がないように家賃を設定した。
物件の面積がそれぞれ80~110平米と広めである上、物件の特殊性もあり、「入居者は家賃の高さを気にせずに入ってくれている」と奥山さん。現在は9戸のうち8戸が埋まっており、また、残りの1つも現在申し込みが入ったという。
土地は、もともと義父が所有していた農地。数年前、義父の体調の関係で農地転用が認められたこともあり、メゾネット物件の新築のチャレンジを決めた。
「この土地を売却して、そのお金で区分マンション投資をしようかとも思ったんですが、それは自分の性に合わないな、と思ってやめました。僕は入居者さんとコミュニケーションをとりたいタイプなので」(奥山さん)
総工費は約2億5000万円で、現況の利回りは約8%。計画初期から利回り8%を目標にしてきたといい、その実現に向けて9社のハウスメーカーや工務店に相見積もりをとったのだという。
「もともとは、自分が車好きということもあって、全部ガレージハウスにしようと思っていたんです。でも、見積もりを依頼したうちの1社が、『防音室』というアイディアも提案してきてくれて。それで、どうせなら9つすべて、唯一無二の物件を作ったら面白いんじゃないかと思ったんです」
一気に9戸新築、融資には難色も
一気に9戸もの物件を新築するということで、付き合いのある金融機関であっても「融資には難色を示された」という。だが、管理会社の担当者が「このオーナーは自分で営業もするし、何でもする。絶対に問題ない」と太鼓判を押してくれたこともあり、融資担当者も納得し、どうにか承認を得ることができたと振り返った。奥山さん自身も、「僕自身も融資担当者だったらOKは出さないと思います」と笑う。
当然、不安もあったと振り返る。それでも、どうしても唯一無二にこだわりたかった。
「普通に、需要の高い物件を作れば入居付けもできるだろうし、苦労も少なくて、楽だと思うんです。でも、世の中にないものを作れば競合はいない。利益の出る妥当な金額で、自分のサービスを提供することもできる。そういうやり方もアリだと感じました」
入居付けのために、100万円かけて折込チラシ
ガルガンチュアの9戸のメゾネットは、まったく異なる趣を持った個性的な物件だ。
入居付けのために、賃貸仲介会社に物件資料を持って営業をかけるほか、バイクショップやカーショップ、フィットネスジムなどに自作の案内資料も置かせてもらっていたそうだ。
約100万円をかけて新聞の折り込みチラシも作成したものの、「そこからの反響はほぼナシ」(奥山さん)だった。その代わり、インターネット経由で内見申し込みや入居申し込みがあった。中には「まさに思い描いていた家」「こんな家を探していた」と入居を即決した人もいたという。
内見案内も奥山さん自身で行う。「こだわりや、説明したいポイントがいろいろありすぎて、その都度仲介会社の営業マンさんにお教えするほうが大変」というのが理由だ。
「K字経済」の中で、ターゲットとして狙った富裕層
こうした個性的な物件に住む入居者は、実際その住まいをどのように感じているのだろうか。ゴルフシミュレーター付の「type G」に住む、ゴルフレッスンプロの石井昭仁さんは「ゴルフ用具が置けるように玄関が広く作られていたり、しっかりとしたゴルフシミュレーターをいつでも使うことができたりと魅力は多い」と話す。
type Gは2LDK(約80平米)で、家賃23万5000円。現在、ゴルフシミュレーターのある部屋は、レッスンスタジオとして活用している。
引っ越し前は「少し家賃が高くないだろうか」との考えも頭をよぎったそうだが、「自宅とは別にレッスンスタジオを借りたり、ゴルフシミュレーターを用意したりすることを考えれば、この物件の家賃は高くないという結論に至りました。オーナーも要望に柔軟に対応してくれますし、不便はありません」と満足気だ。
奥山さんは、全ての物件を「『なんちゃって』物件にしたくなかった」と語る。「それっぽいけど、登れないボルダリングウォールとか、音が聞こえてしまう防音室とか、そういうのは絶対に作りたくなかったんです。だから、設計前に徹底的にリサーチしました」
ボルダリングジムに通い、注意点や保険を調査。楽器店にも飛び込んだ。陶芸用の土間のある物件のためには、陶芸教室に赴き、講師にどんなものが欲しいかニーズを確かめた。ハウスメーカーの設計士とは幾度となく打ち合わせを重ね、実現させたいことを実現するために、どうすればいいのか意見をすり合わせ続ける日々だった。
そうしてできたガルガンチュア。「ちょっととがらせすぎた。ここまでやらなくてよかった」と奥山さんは言いつつも、今後の社会情勢を考えたときに、物件の個性は強みになると考えているという。
「今、経済格差など二極化が進む『K字経済』だと言われています。少子化などの問題もあり、今後の賃貸事業がどうなるかは不透明な中で、K字の上側、つまり富裕層は、数は少なくても安定した収入があり、鉄板です。ガルガンチュアは、こうした人をターゲットとして狙いましたし、今後もこうした需要は衰えないと考えています」
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