朝市で賑わう「沼垂テラス商店街」

新潟県新潟市にある「沼垂テラス商店街」。古い長屋を改装して作られたこの商店街は、「レトロだけどどこか新しい」として、現在人気を集めている。

だが実は、この商店街は7年前まで、店の多くが閉業し、人通りもほとんどないような寂れたシャッター街だったという。

こうしたシャッター街は、高齢化、郊外化の進行とともに近年全国的に増え続けており、空き店舗の活用が多くの地域で課題になっている。

では、なぜそのようなシャッター街が賑わいを取り戻すことができたのだろうか。そこには、「子供の頃に栄えていた商店街を取り戻したい」という熱い思いを抱き、再生に乗り出した1人の男性の努力があった。

寂れた商店街をどのように再生させたのか。それまでの苦労とは。空き店舗の活用だけでなく、地域の活性化まで成功させた「沼垂テラス商店街」の軌跡を追った。

沼垂テラス商店街の変化

シャッター街になった「沼垂テラス商店街」

今から7年前、沼垂テラス商店街は廃墟同然だった。2000年ごろまではいくつもの商店が立ち並ぶ活気ある商店街だった。しかし、経営者の高齢化や、ショッピングモール、スーパーマーケットの普及などにより、店を閉める人が続出したのだという。

そんな、かつての賑わいを失った商店街の姿に心を痛めていたのが、再生の立役者の1人でもある田村寛(たむらひろし)さん。この商店街に50年間店を構えてきた海鮮・郷土料理店「大佐渡たむら」の二代目だ。

「昔は、長屋が卸売市場の役割を備えていて、常に人が行き来していたんです」と話す田村さん

「沼垂は、日本書紀にも地名が載っているくらい古い歴史がある街なんです。港町で、すごく繁栄してきました。私が子供の頃は、朝も昼も、常に人の往来があるような場所だったんです」。生まれも育ちも沼垂という田村さんは、そう誇らしげに語る。

高校卒業後、新潟を離れ、東京の大学に進学した田村さん。大学を卒業した後、実家を手伝うために故郷へと戻ってきた。ところが、地元のあまりの変貌ぶりにショックを受けることになる。

「開いている店が3分の1くらいまで減っていて、人もすごく少なくて。自分の小学生の頃とは全然違うと感じました」

当然、人が減ったために実家の店の売上も下がっていた。こうした中で田村さんは「自分の店がいくら頑張っても、地域全体に活力がないとダメなんだと思った」という。実家の店を守るため、そして愛する沼垂のかつての賑わいを取り戻すため、田村さんの取り組みが始まった。

「起きたら寝るまで働いていた」田村さんの苦労

田村さんはまず、実家の店の向かいにあった建物を利用して、新しい店を始めることにした。

この記事は会員限定記事です。続きは会員の方のみお読みいただけます。

会員登録(無料) ログインする