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宅建や賃貸不動産経営管理士の資格試験問題などを通して、賃貸経営の実務にも生かせる知識を身につけていこうというこの連載。

今回は、賃貸不動産経営管理士資格試験の頻出分野であり、実務的にも訴訟リスクの高い、原状回復義務について、法的な側面から解説します。

不動産投資家の方にも身近なテーマかと思いますので、ぜひ一緒に学んでいきましょう。

エアコンの清掃費用、どちらが負担する?

まずは、いつものようにクイズに挑戦しましょう。

(賃貸借契約でエアコンが付帯設備に含まれている場合)エアコンの内部清掃のための費用は借り主と貸し主、どちらが負担する?

いろいろなケースが考えられますが、ここでは原則を確認していきます。

さて、みなさんどちらだと思いますか?

 

答えは…

答え:貸し主

喫煙等による臭いなどが付着していない限り、貸し主が負担するのが原則です。

民法でようやく規定された「原状回復義務」

2020年の「民法大改正」前まで、賃借人の原状回復義務について明確な要件を定めた規定は存在していませんでした。

具体的には、「借り主は、借用物を原状に復して、これに附属させた物を収去することができる」という使用貸借(無償で貸す契約)の規定を賃貸借で準用する規定があっただけです。

そこで、国土交通省が1998年3月に「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を発表し、何度かの改定を経て、現在の形になっています

詳しくは後ほど紹介しますが、このガイドラインで示されていた原状回復の定義が2020年の改正後の民法で採用されました。

「賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない」という規定が定められたのです(621条)。

つまり、原則としては「借り主は物件にできた経年劣化以外の傷みや汚れなどを修繕する義務がある」ということです。

改正前の規定に比べたら、かなり詳細になったといえますね。

民法やガイドラインに反する特約を定めると違法なの?

原状回復をめぐっては、こうした民法やガイドラインが定められているわけですが、もしこれに反するような特約を決めたら、それは違法なのでしょうか。

民法に違反するという点では「違法」といえますが、民法の規定のほとんどは「任意規定」といいまして、定められたルールはあるものの、それに反する合意などがある場合には、その合意の方が優先されるのが原則となっています。「契約自由の原則」と呼ばれるこの考え方は、民法の大原則となっています。

ですから、賃貸借契約の特約で「原状回復費用はすべて借り主が負担する」と規定しても直ちに無効となるわけではありません

ただし、もし裁判となって、その特約の効力が争われた場合は、貸し主側が負ける可能性も出てくるでしょう。

退去時は入居時の状態で明け渡すの?

借り主が原状回復の義務を負わなくてはいけないということは、借り主は、「借りたときの状態」にする必要があるということでしょうか。

実は、これは違います。建物は長く生活していれば当然に古くなり汚れるものです。借り主は、入居時の状態のその通りに戻す必要はないとされています。

ただし、前記の民法の規定にあるとおり、賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損は復旧して返さなければなりません

クロスは6年で価値が1円に?

時々、「壁紙は6年で価値がゼロになる」というような話を聞くことがあります。確かに、国交省のガイドラインではクロス(壁紙)の耐用年数は6年とされており、6年で残存価値が1円となります。

そうなると、原状回復が必要となる場合、借り主が負担する費用が問題となります。修繕などの費用の全額を借り主が当然に負担するとあまりに不利益となります。なぜなら、経年変化、通常損耗の分は、借り主は「賃料」として支払っており、借り主が明け渡し時に負担すべき費用にはならないはずだからです。

このような分まで借り主が明け渡し時に負担しなければならないとすると、経年変化、通常損耗の分が賃貸借契約期間中と明け渡し時とで二重に評価されることになるため、貸し主と借り主間の費用負担の配分について、合理性を欠くことになります。

そこで、借り主の負担については、建物や設備などの経過年数を考慮し、年数が多いほど負担割合を減少させるという考え方が妥当です。 

6年経過したクロスは落書きしても大丈夫?

では、6年たった壁紙は価値がゼロになるから、落書きをしたとしても原状回復をする義務はないのでしょうか。

これもまた勘違いが起きやすいのですが、こうした行為を行った場合、借り主は損害賠償責任を負うことがあります。

経過年数を超えた設備などを含む賃借物件であっても、借り主は善良な管理者として注意を払って使用する義務(善管注意義務)を負っています。そのため、経過年数を超えた設備などであっても、修繕工事などに伴う負担が必要となります。

経過年数を超えた設備などであっても、継続して賃貸住宅の設備などとして使用可能な場合は多々あります。このような場合に、借り主が故意・過失によりその設備などを破損し、使用不能としてしまった場合には、賃貸住宅の設備などとして本来機能していた状態まで戻す必要があります。

つまり、借り主がクロスに故意に行った落書きを消すための費用(工事費や人件費等)などについては、借り主の負担となる可能性が高いということです。

フローリングの一部を毀損した場合は?

では、床(フローリング)に傷がついた場合はどうなのでしょう。

フローリングは、補修を部分的に行ったとしても、将来的には全体的に張り替えるのが一般的であり、部分補修がなされたからといって、フローリング全体としての価値が高まったと評価できるものではりません(つぎはぎの状態になります)。

したがって、部分補修の費用全額を借り主が負担しても、貸し主がその時におけるフローリングの価値(経年変化や通常損耗による減少を考慮した価値)を超える利益を得ることにはならないので、経過年数を考慮する必要がありません。

逆に、形式的に経過年数を考慮すると、部分補修の前後を通じてフローリングの価値は同等であると評価できるのに、借り主が費用の負担を強いられるという不合理が生じます。

そこで、フローリングについては、「経過年数を考慮せず、部分補修費用について毀損などを発生させた借り主の負担とする」というのが妥当です。

もちろん、フローリング全体にわたっての毀損によりフローリング全体を張り替えた場合は、経過年数を考慮します。

過去問にチャレンジ!

ここまでいくつか、原状回復の考え方についてみてきました。これらをより確かな知識とするため、賃貸不動産経営管理士資格試験の過去問題にチャレンジしてみましょう。

【問題】「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」(国土交通省平成23年8月。以下、本問において「ガイドライン」という)に関する次の記述のうち、最も適切なものはどれか。 (2018年度・問25)

(1)ガイドラインでは、賃借人によるペット飼育に伴い生じる「臭い」は、「賃借人が通常の住まい方、使い方をしていても発生すると考えられるもの」に位置づけられており、賃借人は原状回復義務を負わない。

(2)ガイドラインでは、エアコンの内部洗浄は、「明らかに通常の使用等による結果とは言えないもの」に位置づけられており、賃借人は原状回復義務を負う。

(3)ガイドラインでは、賃貸建物の鍵の紛失は、賃借人負担と判断される場合が多いため、「明らかに通常の使用等による結果とは言えないもの」に位置づけられており、賃借人は原状回復義務を負う。

(4)ガイドラインでは、風呂・トイレ・洗面台の水垢・カビ等は、「賃借人が通常の住まい方、使い方をしていても発生すると考えられるもの」に位置づけられており、賃借人は原状回復義務を負わない。

ガイドラインの記載をすべて詳細に覚えておく必要はありませんが、代表的な部分はしっかりと把握するようにしたいものです。

みなさん、答えはわかりましたか? では、正解発表です。

正解は…

答え:3

では、ひとつひとつ見ていきます。

1→不適切 

ガイドラインでは、賃借人負担と判断される場合が多いと考えられています。

2→不適切 

ガイドラインでは、賃貸人負担とすることが妥当と考えられています。

3→適切 

ガイドラインでは、賃借人負担と判断される場合が多いものと考えられます。

4→不適切 

ガイドラインでは、賃借人の善管注意義務違反に該当すると判断されることが多いと考えられます。

不動産投資家にとってはかなり身近で、実務上トラブルにもなりやすい「原状回復」。トラブルにあわないためにも、そして、もしトラブルに遭遇した時に適切に対処できるようにするためにも、日ごろから知識を蓄えておくことは非常に重要です。

ぜひ、今一度おさらいをしていただければと思います。

(田中謙次)