
PHOTO: keikyoto/PIXTA
今回は、2021年度の賃貸不動産経営管理士試験と宅建士試験の両方に出題された、建物賃貸借契約における残置物の処理について紹介します。
賃貸借契約期間中に賃借人がお亡くなりになって、相続人が不明だったり、親族らの保証人がいなかったりした場合、オーナーは勝手に契約を終わらせ、部屋に残った物(残置物)を処分するわけにも行かず、とても煩雑な手続きが求められます。その結果、近い将来そのようなことになりそうなご高齢の方に貸したくなくなるという問題が発生しています。
そこで、国土交通省は2021年6月7日に「残置物の処理等に関するモデル契約条項」(以下、モデル条項といいます)を発表し、上記の問題を解決するための1つの指針を示しました。
本記事では、上記のモデル条項なども参考にしつつ、賃貸借契約の解除や、残置物の処理の問題を解説します。
賃料滞納されたら、カギを付け替えても良い?
さっそく、今回のクイズです。
賃料を滞納する賃借人が留守の間に、部屋の中の家財道具を別の場所に移動し、鍵を付け替えることはできる。○か×か。
起きてはほしくない賃料滞納ですが、万が一発生してしまったときに正しい対処ができるようにしたいものです。
このような対応は可能なのでしょうか?
では、正解発表とまいりましょう。
答え:×
できません。
当然ですが、日本は法治国家であり、相手の意に反して実力行使をする際は、法律に定められた手続きによらなければなりません。これを法律用語で「自力救済の禁止」と言ったりします。
ですから、相手の承諾が得られなければ、裁判所に訴えて、判決を得た上で、さらにその判決正本(債務名義といいます)を、判決を出した裁判所に申し立てて、裁判所書記官が執行文を付与してはじめて、残置物を別の場所に移すなどの強制執行(代替執行)が可能となります。
簡易裁判所の裁判例ですが次のような事案がありました。
2003年4月ごろから月額5万8500円(別途、駐車場代として月額8000円)の賃料で建物を借りる契約をしていた賃借人が、2006年と2008年に、数カ月分賃料を滞納しました。
未払い賃料が約30万円になったこともあり、管理会社の社員が賃借人宅に赴き、ドアの鍵部分にカバーを掛けたり、ドアに「荷物は全て出しました」との貼り紙を張ったりと対応。賃借人は現金もほとんどなく、着替えもできない状態で車内での寝泊まりを余儀なくされました。
そのため賃借人は、管理会社とオーナーを相手取り、不法行為に基づき約140万円の損害賠償を請求しました。
結果として姫路簡易裁判所は、不法行為を認め、オーナー及び管理会社に約40万円の損害賠償金の支払いを命じました(姫路簡判平成21年12月22日)。
なお、未払い賃料などについてオーナー側が反訴しており、そちらは約36万円が認められています。
賃借人死亡時、自動で契約が終了する特約は可能?
冒頭でもご説明した通り、身寄りのない賃借人が亡くなってしまうと、オーナーはその賃貸借契約や残置物の処理について、煩雑な手続きを踏まなくてはいけません。その間、新しく賃貸借契約を結ぶこともできずに機会損失となってしまうため、初めから高齢者らを入居させないというリスクヘッジを行う人も多いのです。
では、賃借人が死亡した場合、自動的に賃貸借契約を終了する旨、特約で定めることは可能なのでしょうか。
高齢者の居住の安定確保のための法律52条以下に定める「終身建物賃貸借契約」であったり、「使用貸借契約」(無償で貸す契約)であったりする場合を除き、賃借人(借主)が死亡することで自動的に契約が終了するのではなく、賃借人の相続人に賃借権が引き継がれる仕組みとなっています。
したがって、賃借人が死亡した場合に、賃貸人が無条件で合意解除できる特約を定めても、賃借人側にとって一方的に不利な内容と判断され、無効となる可能性が高くなります。
「モデル条項」が示す内容は
上記のようなことによって、高齢者らの入居が難しい現状を踏まえ、国交省が発表したモデル条項。詳しいことは省略しますが、簡単に言うと、賃貸借契約段階から、いざという時のことを考えて契約を結べるよう、すべきことを示した内容になっています。
例えば、賃借人が死亡した場合、賃貸借契約を合意解除する権限を渡す人をあらかじめ定めておくべきということも含まれています。モデル条項においては、まずは賃借人の推定相続人にするのが望ましいとされています(ちなみに、この権限を渡す人=依頼を受けた人のことを受任者と呼びます)。
しかし、推定相続人の所在が明らかでない、または推定相続人に受任者となる意思がないなど、推定相続人に依頼することが困難な場合には、居住支援法人や居住支援を行う社会福祉法人のような第三者とするのが望ましいとされています。
賃貸借契約の解除をめぐっては賃貸人(オーナー)と賃借人(の相続人)の利害が対立することもあるので、賃貸人に賃貸借契約の解除に関する代理権を与えることは、賃借人(の相続人)の利益を害するおそれがあります。
したがって、モデル条項では、解除関係の事務委任契約については、賃貸人を受任者とすることは避けるべきとしています。もしこのような契約をした場合は、賃借人の利益を一方的に害するおそれがあるといえます。
つまり、民法第90条(公序良俗に反する事項を無効とする条文)や、消費者契約法10条(消費者の利益を一方的に害するような場合にその合意を無効とするという条文)に違反して無効となる可能性があります。
また、賃貸人から委託を受けて物件を管理している管理会社が受任者となることについては、ただちに無効であるとはいえません。ただし、賃貸人の利益を優先することなく、賃借人(の相続人)の利益のために誠実に対応する必要があります。
管理会社は賃貸人から管理を委託されている立場ですので、難しい場合もあるかもしれません。
残置物の処理はどのように行えば良い?
さきほどご説明したのは、契約の解除についてでした。
では、賃借人が死亡した場合、その残置物処分に関する権限はモデル条項ではどのように示されているのでしょうか。
モデル条項では、残置物関係の事務委託契約についても、受任者をあらかじめ指定されるのが良いとしています。受任者は、前記の解除関係と同様に、1)賃借人の推定相続人のいずれか、2)居住支援法人、居住支援を行う社会福祉法人又は賃貸物件を管理する管理会社のような第三者が考えられます。
賃貸人自身を受任者にすることを避けるべきであること、管理会社は委任者である賃借人(の相続人)の利益のために誠実に対応することが求められることについては、解除関係の事務委任契約と同様です。
残置物の処分を第三者に委託する方法
このほか、円滑に残置物処理を進めるための方法として示されていることもあります。
例えば、残置物関係の事務委託契約書に、廃棄する動産(非指定残置物)と、廃棄ではなく指定された送付先に送付する動産(指定残置物)を指定しておくことで、死後、残置物をいったん別の場所に移動させ、一定期間(モデル条項では3カ月)経過後に、廃棄したり、換価したりすることができます。
なお、「非指定残置物」に該当する要件は、1)委任者(賃借人)が死亡した時点で本物件内またはその敷地内に存する動産であること、2)金銭でないこと、3)委任者が死亡した時点で所有していたこと、4)指定残置物に該当しないことです。
「指定残置物」の要件は、上記の1と2が同様で、そのほか3として指定残置物リストに記載するなどの方法により、廃棄してはならないものとして指定されていること、になります。指定残置物には第三者の所有物(賃借人の相続財産ではないもの)が含まれており、この点で非指定残置物とは異なっています。
過去問題に挑戦
それでは、行われたばかりの昨年の賃貸不動産経営管理士試験問題から、さらに賃料回収や残置物の処理、建物の明け渡しについて、ポイントを学んでいきましょう。
【問題】賃料回収及び明渡しに向けた業務に関する次の記述のうち、不適切なものの組合せはどれか。(2021年度問22)
ア 明渡しを命じる判決が確定すれば、貸主は、強制執行によることなく、居室内に立ち入り、残置物を処分することができる。
イ 貸主は、契約解除後、借主が任意に明け渡すことを承諾している場合、明け渡し期限後の残置物の所有権の放棄を内容とする念書を取得すれば、借主が退去した後に残置物があったとしても自らこれを処分することができる。
ウ 貸主は、借主の未払い賃料について、支払いを命じる判決が確定しなければ、賃料債務の有無及び額が確定しないため、敷金を充当することができない。
エ 貸主は、賃貸借契約書を公正証書で作成した場合であっても、建物の明け渡しの強制執行をするためには、訴訟を提起して判決を得なければならない。
1. ア、イ
2. ア、ウ
3. イ、エ
4. ウ、エ
不適切なものを選んでくださいね。
いかがでしょうか。
では、正解発表とまいりましょう。
正解:2
ア→不適切
明渡しを命じる判決が確定しても、賃貸人は強制執行によらなければ居室内への立ち入りや残置物を処分することは、自力救済等にあたり禁止されています。
イ→適切
賃貸人は、契約解除後、賃借人が任意に明渡すことを承諾している場合、明渡し期限後の残置物の所有権の放棄を内容とする念書を取得すれば、仮に引越し後の残置物があったとしても、粗大ゴミ程度のものであれば、賃借人の承諾があったものとして、処分することができます。
ウ→不適切
賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができます(民法622条の2第2項本文)。
したがって、賃借人に未払い賃料が生じている場合には、確定判決を待たず、敷金を充当することができます。なお、1)賃貸借が終了し、かつ、賃貸物の返還を受けたとき、2)賃借人が適法に賃借権を譲り渡したときは、賃貸人の充当の意思表示を待たずに当然に充当されます(同条1項)。
エ→適切
公正証書に執行力が認められるのは金銭債務の支払いが履行されない場合に限られています。強制執行は、民事執行法22条に定める「債務名義」により行います。
金銭の一定の額の支払又はその他の代替物もしくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの(執行証書)も債務名義となります(同条5号)。
以上からアとウが不適切で、正解は2です。
◇
今回ご紹介したモデル条項は、特に高齢者らの入居に関してあらかじめ契約段階からさまざま念頭においておくことで、オーナーの不安を払しょくし、高齢者らの入居を促す狙いがあります。
普及がカギとなってくることに間違いはありませんが、そういう意味では不動産投資家にとっても非常に重要なポイントになってきます。ぜひ、どのような内容なのか改めて学んでいただければ幸いです。
(田中謙次)
この連載について
バックナンバーを見る
全25話
宅建や賃貸不動産経営管理士資格の過去問題やクイズを通して、実務にも生かせる不動産の知識を身に着けていきましょう。
-
7
「賃料を上げたい」で争いに…クイズで学ぶ賃料増減額請求
2022.2.15
6
賃料滞納されたら、カギ付け替えてもいい? 大家の基本をクイズで学ぶ
2022.1.6
PR
プロフィール画像を登録