はじめに

ブラック物件――昨今の日本で急増している、いわゆる「わけあり物件」のことを世間ではそう呼んでいます。

賃貸住宅を探している人たちは、「事件事故があった部屋。特に、人の不幸や争いごとによる血のにおいがする部屋」をいまや「ブラック」と名付け、避けている、恐れているという実情があるのです。

私は2010年に、『不動産屋は見た!お部屋探しのマル秘テク、教えます』というコミックエッセイを出版しました。

同書は、友人が所有するマンションの一室で借り主が自殺をし、事後処理の壮絶さや、その後の入居者募集の困難さを耳にしたことをきっかけに企画した一冊です。
今後は社会現象化する、いやすでにしていると感じたからです。

友人のマンションは1フロアに3戸・4階建ての物件でしたが、事件の余波を嫌がった両隣と階上階下の住人は、2カ月ほどでばたばたと退去してしまったと聞きました。

追い打ちをかけるようにして、「あれが事件があったマンションだ」とのうわさが小さな街に一気に広まったと言います。

「暗い建物だ」、「出前の蕎麦屋が、あのマンションの廊下で幽霊を見た」などと、風評被害もこうむることになり、高齢の母は病にふしてしまい、友人は泣きっ面に蜂の状態を通り越し、どう対処すればいいのか、ただ路頭に迷うのみでした。

この友人の所有マンションで起こったような、不動産の現場で起こっているものの普段表には出てこない裏側の話を、同書の主人公で「大阪の善良なる不動産屋さん」のモデルにもなった不動産アドバイザー・穂積啓子さんへのを取材を通し、皆様にお伝えしたく思います。

「孤立死」は変死。事件事故物件となる

大阪市中央区で複数のビルや建物、また自社物件の管理運営を行う穂積さんは、 「ニュースにならない自殺や孤立死は日々、全国各地の部屋で起こっています。
そういう事態は、賃貸住宅のオーナーにとってはもはやひとごとではありません」と話します。

穂積さんは、ブラック物件についてこう説明をします。
「法律用語では『心理的瑕疵(かし)物件』と言います。
瑕疵とは、傷や欠陥という意味がありますが、宅地や建物に、自殺、殺人事件、孤立死、無理心中、放火、暴力団事務所、カルト教団などがあって、入居しようとする人や買おうとする人が心理的に嫌悪する可能性がある物件のことを指します」

『不動産屋は見た! ~部屋探しのマル秘テク、教えます』(東京書籍)より。原作・文 朝日奈ゆか、漫画 東條さち子
左の女性が、穂積さんがモデルになった「大阪の善良なる不動産屋さんの安住良子はん」。

「ええっ? 孤立死も事故物件になるの!?」
オーナーたちにそう驚かれるという穂積さんは、次のように話を続けます。
「病気で家族に看取られながら息をひきとり、医師が死亡を確認した場合は自然死とされますが、死後数日経っていて死因の追究が必要な孤立死は変死と扱われます。
よって、変死が発生した部屋は、心理的瑕疵物件になります」

借り主に対し、事前に、事件事故があったことを告知する義務が生じる

それでは、自分所有の不動産が事故物件になった場合、どうすればいいのでしょうか。

「宅地建物取引業法と民法で、貸主や管理会社、仲介業者は、新しくその部屋を借りようとする人に対し、『事前にそれを告知する義務がある』と定められています。

具体的には、貸主が借り主に対して契約を締結する前に行う『重要事項説明』にて、『この物件は心理的瑕疵物件です』という事実を記述・説明し、借り主の承諾を得る必要があるわけです。
黙って貸す行為は、違法です。

説明なしで契約締結をし、後日その事実が明らかになった場合、借り主に契約時の敷金礼金、あるいは保証金、仲介手数料から当日までの賃料、次の移転に関わる費用一式、慰謝料などの損害賠償を請求されることになります。

『説明した、いや聞いていない』などで訴訟問題に発展することも多々ありますが、借り主側が勝訴という判例がほとんどです。

また、悪質な貸主や不動産業者は、裁判所から営業停止を言い渡されることもあります」(穂積さん)

法律まで関係し、何ともやっかいな様相を呈してくるわけです。