賃貸アパートというものは時に、需要を大きく上回る数が、しかも短期間に供給されてしまうことがあります。企業や大学の誘致に成功した町、新駅の開業、あるいは相続税法改正のタイミングに合わせたアパート建築ラッシュなどは、それに当たるでしょう。
これが長期的な賃貸経営戦略のもとに実行されたものであれば、特に問題はないかもしれません。ただし残念なことに、数十年単位で行う事業としては、あまりに安易と言わざるを得ない動機・見通しで参入してしまったオーナーも存在するのが実情です。
今回は、普段私が「限界ニュータウン」の調査を行っている千葉県北東部のとある町で見られる、賃貸アパートの過剰供給について考えてみたいと思います。
不便な立地に集中する、築30年のアパート
成田空港の西側に、香取郡多古町(たこまち)という町があります。人口は約1万4000人。町内に鉄道駅はなく、稲作を中心とした農業主体の小さな町です。
空港に近接した町ということから、町内には空港関連企業や、その企業に勤務する人向けのベッドタウンも点在しています。
他の町と比較して、多古町に「限界ニュータウン」が特に多いというわけではありません。ただ、多古町の限界ニュータウンを歩いていると、築30年程度のアパートが集中して建てられていることに気が付きます。
賃貸アパート自体は近隣の他の町にも多数ありますが、他の町の賃貸アパートは、その多くが市街地に立地しています。それに対し、なぜか多古町のアパートは、中心市街地からも離れた不便な立地にあるものが非常に多いのです。
そしてそれらのアパートはいずれも外観が非常によく似ており、同一の施工会社が数多く建築を手掛けていたであろうことが察せられます。募集広告の物件情報や建物外観の特徴などから、築年数も大半がほぼ同時期(築30年前後)と思われます。

多古町の限界ニュータウンで見られるアパート。そのほとんどがが築30年前後のものと思われる。外観デザインも似ており、一時期に同じメーカーが集中的に建築していたと推測される(著者撮影)
千葉県北東部の限界ニュータウンには通常、集合住宅を見かけることはほとんどありません。
そもそも集合住宅というものは、利便性が高く土地が稀少な都市部において、効率的に戸数を確保し住居費を抑えることを目的とした居住形態です。鉄道駅も商業地も遠い代わりに地価は安い、という限界ニュータウンでは、コンセプトそのものが根本的に相反しており、高い需要が望めるものであるとはとても考えられません。

集合住宅の需要が望めない立地にもアパートがいくつも建ち、空室を抱えているものが多い(著者撮影)
多古町に今も残るアパートの多くは、1980年代末頃のバブル期に、地元建築業者が盛んに地主や投資家に営業をかけて建設されました。成田空港の存在を売り文句に、今後は大きな発展を望める地としてセールストークを行ったであろうことは想像がつきます。
当時は多古町の人口も微増していたのである程度の説得力はありました。しかし、それから30年、現在は多古町も人口減少に見舞われ、大学もあるわけではない同町内の賃貸アパートは、多くの空室を抱えて今に至っています。
募集件数が少ない?
今回、多古町のアパート事情を調査するにあたり、まずは町内の物件情報の収集から開始したのですが、奇妙なことに、募集広告を出している物件はわずか数件しかありません。
今年2月、成田市内の不動産業者さんのご協力を頂き、レインズでも検索してもらったのですが、登録物件数は4件。ある物件情報サイトによると、町内には今も、少なくとも100棟以上のアパートが存在するはずです。コロナ禍とは言え、進学・就職を控えたシーズンにしてはあまりに少なすぎる件数です。
実際に多古町内のアパートの管理業務に携わる不動産会社の方に話を聞いたところ、多古町のアパートは、まず立地が良くないために問い合わせや見学希望そのものが少ないといいます。
仮に案内したとしても、(その会社の管理物件に関しては)築年が古くあまりきれいな状態にあるとは言えないために、「なかなか成約まで至らない」とのことでした。不動産会社の方はこうしたアパートの現状について「非常に厳しい」と認識しているそうです。そして町内には、同様のアパートが今なお数十棟残されているのです。
稼働状況を調査してみた
そこで、実際に多古町まで足を運び、アパートが多く建てられていて、なおかつ市街地から5キロメートル以上離れている3つの住宅分譲地を選定し、アパートの現況や入居状況を目視で調査することにしました。
調査対象は合計で25棟。入居の有無は、窓やバルコニーの状況(雨戸が開いていて物干し竿などの生活用品があるか)、可能であれば電気メーターの作動状況や集合ポストの利用状況などを見て総合的に判断しました。その結果をまとめたのが下表です。
アパートによって空室率の大小に差があり、満室の物件もあるのですが、全体の平均空室率は40%という結果となりました。
特に分譲地3の空室率は50%を超えており、危機的水準にあると言えます。この調査結果は今回のみの瞬間的な数値ですが、私が初めて多古町のアパート事情に注目した4年前から、事態が改善されている気配はありません。2棟、ひとりの入居者もなく事実上放置されているアパートがありますが、これも4年前と同様です。
駐車場なし物件も
上表を見ればお分かりの通り、建ち並ぶアパートの大半はワンルームアパートです。一部間取りが不明な物件もありますが、募集広告のほか、実際に外から見た窓の数などからおおむね推測できます。
居並ぶアパートを見ていて、まず最初に奇異に感じる点は、ほとんどのアパートが部屋数の少ない小規模なものであることです。敷地面積も狭く、敷地内に部屋数分の駐車場すら備わっていない物件も見受けられます。
こうした限界ニュータウンはもともと1区画あたりの面積は30~50坪程度で、アパート用地としては不十分です。そのためアパートは、2区画以上にまたがる形で建築されているものが多くなります。そうなると、アパートが建築された当時の80年代末では、その用地の取得費用だけでも相当な額の出費であったはずです。当時の地価は、今日の実勢相場のおよそ10~20倍に及ぶものでした。
ですから予算的にも、部屋数分の台数の駐車スペースを確保するのが難しかったであろうことは想像はつきます。ただ、80年代の後半と言えば、ひとり暮らしの若者でも車を所有することは特別ではなかった時代です。
むしろ現在よりも、若者は車への関心が高かった時代でもあり、この時代の物件であれば必要数の駐車場を備えているのは普通のことです。この交通不便な地で、どうして駐車場も不充分なままアパート経営に踏み切ったのか不思議になるものです。
不動産会社の方に聞いたところ、「当初は路上駐車を想定していたのではないか」とのことでしたが、賃貸入居者の無遠慮な路上駐車に対する近隣住民の目は厳しく、今はそれも難しくなっています。
駐車場のないアパートの募集広告の備考欄には「駐車場:近有3000円」と書かれているものもあり、近くに月極駐車場はあるようなのですが、地方のアパートは敷地内の駐車場が無料であるのが一般的で、この時点でまず訴求力を大きく落としてしまっています。
そしてもうひとつ気になる点は、管理状態がひどく悪いアパートが目立つという事です。築年が古いのは仕方ないとしても、壁面の塗り替えなどは言うに及ばず、錆びだらけとなった鉄製の外階段がそのまま使われ、その一部は腐朽しているものもあります。
共用スペースに投棄されたゴミが撤去されていない、外照明が破損したまま放置されているなど、物件の第一印象を大きく左右する、ごく基本的なメンテナンスも施されていない物件がいくつもあります。
管理状態悪く、「資材置き場」化
多古町のアパートの賃料相場は、中心市街地からのアクセスが悪いエリアではワンルームで2万円~、2DK以上で3万円~程度です。ワンルームと比較して2DK以上の賃料が低めなのは、競合相手に戸建の賃貸物件が含まれてくるためと思われます。
この賃料で複数の空室を抱えてしまうと、どうしても建物のメンテナンスに掛ける費用は削らざるを得ないのかもしれません。ただしそれは言うまでもなく悪循環であり、先述した不動産会社の方が言うように、せっかくの見学者の興味を削ぐ結果となってしまうものです。
管理が悪いのは共用部のメンテナンスだけではありません。居室も、居住用として使われているように見えない物件も散見されました。
入居率が悪化したためか、住戸ではなく、資材置き場として使用されていると思われる居室がいくつかありました。屋外の共用廊下にまで資材が積み上げられていたり、室内に、断熱材と思われる建築資材が隙間なく詰め込まれている模様も見受けられました。

建築用資材が詰め込まれた居室(著者撮影)
これはオーナーさんの意向でもあるので一概にこの場で否定することもできませんが、今後は人の住まいとして再起を図るつもりはないのかと思うと、なんだか寂しい気分にさせられるのが率直な感想です。
調査対象の中に、2棟、ひとりの入居者もいないと思われるアパートがあります(団地1「K」および団地3「V」)。いずれも、私が初めて調査した4年前から変わらず無住と思われる状態が続く物件です。両者とも、管理会社の連絡先を記した看板は既に取り外されており、クリーニングされている様子もなく荒れ放題です。
新規の入居者の受け入れを行っている様子はありませんが、建物自体は見たところ築30年程度のものであり、適切に管理されていれば、本来ならば賃貸住宅としてまだ充分使用に耐えうる築年のはずです。
しかし、その荒んだ現況は再起させる意欲が見られる状態ではなく、分譲地3の「V」アパートは、駐車場に、もはや自走は難しそうな古い廃車が放置されたままで、一見して殺伐とした印象を受けるものになってしまっています。
オーナーは1億円借り入れか
今回、このうちの1棟の土地1筆と建物の登記事項証明書を1通ずつ取得し、その内容を確認してみました。
建物は、多古町から離れた首都圏在住の方が1991年に新築しており、その後相続が行われていますが、売却によるオーナーチェンジは行われていません。建物の表題登記後まもなく設定された根抵当権は既に解除されていますが、当時金融機関より設定されたその極度額は1億2000万円でした。
仮に極度額の設定が、一般的に言われる融資額の1.2倍であったとすれば、1億円の借入を行ったことになります。新築当初の賃料水準は記録がなくわかりませんが、現在では、近隣のワンルームアパートの賃料は2.3万円ですので、これでは当時の高い金利負担を考えても、トータルの収益は赤字になってしまっている可能性もあります。入居率の改善も望めず、経営意欲を失ってしまったものと見受けられます。

設備の修繕も行われていない(著者撮影)
千葉県北東部においても、一部の自治体では近年、サブリース業者によるものと思われるアパートが急増しましたが、多古町では、2000年以降に建築されたとみられる賃貸アパートはほぼ皆無です。バブル時代に発生したアパートの急増とその後の行く末が、新規のアパート経営の参入を思いとどまらせる反面教師として機能したのでしょうか。
需要を読むのが大事、などと口で言うのはたやすいですが、それを個人レベルでつかむのはなかなか難しいものがあると思います(私もまったく自信はありません)。しかし、月並みな意見ですが、1つの指標として、参入障壁の低さというものは、チャンスというよりも、むしろトラップのひとつとみなすべきではないかと個人的には感じています。
◇
バブル期においても土地の確保が比較的容易だった多古町は、結果として実需以上の参入者を招くことになりました。そしてあまりに短期間にアパート建築が集中したために、地域の賃貸アパート市場そのものが崩壊してしまいました。
多古町のアパートが、収益物件として1棟丸ごと売却されている事例は、今のところ私は目にしたことがありません。しかし、人口減に伴い、収益性が期待できないアパート物件の売却は、おそらく今後増加していくと思われます。サブリース物件ブームよりもひと時代前に、アパートの過剰供給が発生してしまった多古町の現状をお伝えするのも意義があると考え、報告いたしました。
(吉川祐介)
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