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不動産法制に精通する荒井達也弁護士と、不動産取引に精通し自身でも不動産賃貸業を営む友井淳也弁護士に、不動産投資家が気になる法律問題を解説してもらうこの企画。
今回のテーマは、「土地工作物責任」です。所有物件の塀が壊れ、通行人にけがを負わせてしまった場合、オーナーは責任を問われる恐れがあります。また、近隣に所有者不明の危険な物件がある場合、被害に遭わないためにも早急な対策が求められます。
2021年4月の法改正により、管理が行き届いていない建物について、オーナーが取るべき対応が変わりました。この点についても、弁護士に詳しく聞いてみましょう。
協力:荒井法律事務所


:建物、塀、擁壁などの土地の工作物に瑕疵(欠陥)があり、そのせいで周りの方が被害に遭った場合は、その占有者や所有者である物件のオーナーは最終的に損害賠償責任を負う可能性があります。また、隣に危険な物件がある場合は、その物件の所有者に対して裁判を起こすという対策も考えられますが、近時の法改正で注目すべきものがありますので、併せて解説していきましょう。
不動産所有者のリスクが増加中
近時、自然災害や経年劣化・管理不全による事故が原因で、物件やその周辺に被害が生じるケースが増加しています。
例えば、今年2月、記録的な大雪に見舞われた北海道札幌市では、積雪などが原因で3階建ての空きビルが倒壊する被害が発生しました。同市ではほかにも、雪の重みで空きアパートの屋根の一部が崩落するなど、被害が相次いだようです。

雪の重みで倒壊したとみられる札幌市の3階建て木造ビル(Twitterより「かんちゃん RAV4納車済み」さん提供)
また2019年には、関東地方を直撃した台風15号により、千葉県内のゴルフ練習場の鉄柱が隣接する民家に倒れる事故もありました。
さらに、建物ではないものの、昨年7月の短期間の集中豪雨により発生した静岡県熱海市の土石流災害では、被害者やその遺族の方々が億単位の損害賠償を土地の所有者などに請求しているという報道も出ています。
以前では考えられなかった大きな災害が当たり前のように起きるようになってきました。とりわけ、高利回りを狙って築古物件に投資する投資家にとっては、決して無視できない問題です。
他方で、自分が所有している物件や設備自体には問題はないけれども、近隣に古くなった物件や管理がされていない物件がある場合も不安が残るところです。
今回は、 所有物件が原因で周辺住民などに被害を与えてしまった物件所有者は、法的にどのような責任を負うのか。また、近隣に古くなった物件や管理がされていない物件がある場合に、法的にどのような対応が可能なのかについて、最新の法改正を踏まえつつ解説したいと思います。

2021年6月に大阪・西成で発生した擁壁崩落事故の様子。上に立っていた住宅2棟が次々と倒壊した(6月26日、編集部撮影)
事例で見る、オーナーが損害賠償責任を負うケース
まず、物件オーナーが押さえておくべき点として、「土地工作物責任」というものがあります。土地工作物責任とは、民法717条に定められた土地の工作物の占有者及び所有者の損害賠償責任のことをいいます。
土地の工作物の典型例は、建物ですが、建物以外にも、塀や擁壁などが含まれます。これらの管理などに瑕疵(欠陥)があり、そのせいで周りの方が被害に遭った場合、土地の工作物の所有者や物件を所有するオーナーは最終的に損害賠償責任を負う可能性があります。
なお、この土地工作物責任は、管理会社に管理を任せている場合や想定外の大災害がきっかけになっている場合でも当然に免責されるものではありませんので、注意が必要です。
過去に、土地工作物責任で裁判になった例としては、次のような事例があります。
1、ブロック塀が倒壊し、通行人を死亡させた事故
1978年6月12日の宮城県沖地震によりブロック塀が道路上に倒壊して、通行人が死亡した事故がありました。この事故に関しては裁判で、ブロック塀の瑕疵が問題となりました(仙台地裁昭56年5月8日判決)。
裁判所は、通常想定される地震(震度5の地震)に耐えられる安全性があったかを検討し、最終的に、所有者の責任を否定しました。
しかし、最近は大きな災害が当たり前のように起きていることを考えると、今後同じような事故が起きた場合には、この裁判より、所有者に厳しい判断がなされる可能性が高いと考えます。
2、所有物件からの落雪により隣家を倒壊させ、住人を死亡させた事故
積雪があったにもかかわらず、物件所有者が除雪や雪崩防止施設設置など、適切な雪崩防止策を講じなかったため、2階建て家屋の屋根の積雪が崩落。隣家が倒壊し、就寝していた住人が死亡した事故が起きました。この事故に関する裁判では、物件所有者の損害賠償責任が認められました(金沢地裁昭和32年3月11日判決)。
裁判所は、賠償額として68万円の支払いを命じましたが、あくまでも1957年当時の物価水準を踏まえた支払命令です。同じような事故が近い将来起きた場合には、もっと大きな賠償額が認定されることが予想されます。
なお、公益財団法人日本住宅総合センターによれば、物件の倒壊により隣接家屋が全壊し、家屋の居住者3名が死亡した場合、損害額は2億円になると試算されています。
3、石垣の崩落による隣家家屋の全壊事故
1993年7月28日、降雨により地盤が緩み、石垣が崩壊し、隣接家屋が全壊した事故がありました。裁判所は、石垣の全面的補修を行っていれば崩壊を防ぐことができた可能性はあったが、実際には望ましい措置は何ら行われなかったとして、物件所有者に合計363万円の損害賠償責任を認めました(広島地裁平成10年2月19日判決)。
なお、裁判所は倒壊した家屋が築約60年の建物であること、固定資産評価額が約23万円であること、築40年の時点で約337万円をかけてリフォームが行われたことを踏まえて、家屋の時価を109万円と算定しています。
オーナーはどう対応すべきか
以上を踏まて、物件オーナーとしては、どのように対応するべきでしょうか。まず、前提として押さえておく必要があるのは、工作物責任における「瑕疵」(欠陥)とはなにかです。
この点について、一般的に「瑕疵」(欠陥)とは、通常有すべき安全性を欠くことをいうと考えられています。「瑕疵」(欠陥)の有無の判断は、ケースバイケースで裁判所が認定するのですが、最低限、法律や条例に定められている基準を満たすことが必要と考えられます。
そのうえで、法律や条例では必要とされていなくても、周辺の環境を考えたときに、普通のオーナーであれば行うような管理も検討するべきでしょう。
例えば、豪雪地帯であれば、所有物件からの落雪により近隣に被害が出るおそれが一見明白の場合には、そういった落雪による被害が生じないような対策が必要になると考えられます。
高利回りを期待して築古物件を購入したけれども、塀や屋根が老朽化していたために事故が起きて、周辺住民に損害が生じることがあります。この場合、高利回りどころか、多額の賠償責任を負うという可能性もあります。特に築古物件投資をしているオーナーは注意しておきたいところです。
なお、物件オーナーが施設賠償責任保険に加入している場合は、被害者への損害賠償金が補償の対象になることもありますので、保険の加入状況を確認してみるとよいでしょう。
近隣に危険な物件がある場合はどうする?
次に、近隣に古くなった物件や管理がされていない物件がある場合に、法的にどのような対応が可能なのかについて解説します。
例えば、ひび割れや破損が生じている擁壁を土地所有者が放置しており、隣地に倒壊するおそれがあるケースの場合です。周辺の物件を所有するオーナーは、裁判を起こして、相手方にきちんとした対応を求めることができます。
実際、隣家からの落雪被害への対応として防雪柵の設置を求め、裁判所がこれを認めた事例があります(東京地裁平成21年11月26日判決)。
もっとも、裁判を起こすには相手に求める対応策を明確にして裁判所に判断を仰ぐ必要があります。単に「安全な対策を行え」というような抽象的な内容では裁判所も判断しようがないため、具体的にする必要があるのです。
ただ、他人が所有・管理する不動産について、「どういった管理や対策が必要になるかを事前にはっきりさせよ」というのは無理な注文ではないかという批判がありました。

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危険な物件に対処できる新制度が創設
そこで、2021年に法改正がされ、危険な土地や建物について、関係者の申立てがあった場合、裁判所が専門の管理人を派遣するという制度が創設されました。
この制度を「管理不全土地管理制度」「管理不全建物管理制度」といいます。この制度により、裁判所が選んだ管理人が、ひび割れや破損などが生じている擁壁の補修工事を行ったり、ゴミの撤去、害虫の駆除を行ったりすることが可能になりました。
管理人は、上記のような管理を行うほか、裁判所の許可を得ることにより、建物の取壊しなどのより強い権限を行使することができます。もっとも、建物の取壊しや不動産の売却などを行う場合は、その不動産の所有者の同意も必要になるため、実際に強い権限を行使することは難しいといえます。
また、裁判所にこの制度を申請する際に、管理人になる方の手間賃(報酬)や必要な管理費用を立て替える必要があります。これらのお金は最終的には問題となっている不動産の所有者に請求することができますが、その所有者にお金がない場合は、申請者の手出しとなるため、注意が必要です。
こういった負担を軽減したい場合は、周辺住民や自治会が共同で費用を負担する方法や、次に述べる市町村に対応してもらう方法を検討するとよいでしょう。
市町村が管理を代行する制度も創設予定
現在、所有者不明土地に関する法改正が国会で議論されています(2022年4月25日時点)。本記事執筆時点では、まだ改正法が成立していませんが、間もなく成立見込のため、この改正による新しい制度を解説したいと思います。今回の改正で、市町村が所有者不明土地の管理を代行してくれる制度が創設される予定です。
具体的には、所有者不明土地がきちんと管理されていないことによって、災害発生時に周囲へ悪影響を及ぼすおそれがある場合に、市町村が所有者にきちんと管理するよう勧告や命令を行います。それでもきちんと管理がなされない場合に、市町村で 適正な管理を実施することができるようになります。
この新しい制度は、所有者不明土地に関するものですが、空き家に関しては空き家対策特別措置法という法律で近い仕組みが用意されています。
また、この改正で市町村が 「管理不全土地管理制度」や「管理不全建物管理制度」の利用を、裁判所に申請することが可能になります。
そのため、所有者不明ではない土地や空き家になっていない建物でも、市町村が裁判所に申請を行って、それが認められれば、裁判所が選んだ管理人により、きちんとした管理を実施できるようになります。したがって、今後は市町村の協力を仰ぐ方法も選択肢になってくるといえます。
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大きな災害が当たり前のように起きるようになってきましたので、物件所有者は所有物件の管理に十分に気を付けてください。さらに、周辺で危険な物件がある場合には思わぬ被害に遭わないように裁判所や行政機関の協力も得ながら、きちんとした管理を求めていくことが必要になるでしょう。
(荒井達也/友井淳也 共著)
協力:荒井法律事務所
:災害などで所有物件の擁壁などが崩れて、通行人にけがを負わせてしまった場合、大家には損害賠償責任は生じるのでしょうか。また、所有物件の隣にある物件が崩落しそうなのですが、法的にどのような対策が可能ですか?近年、地震などの災害が増えているので不安です。