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デジタル化が遅れていると言われてきた不動産業界。

今年5月、重要事項説明書や媒介契約書などを電子書面で提供きるようになるなど、徐々にではあるが変化も起き始めている。不動産取引におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進は、時間的制約、紙文書保管、印紙税の負担義務から解放されるなど、不動産業界関係者だけではなく消費者にとってもメリットは大きいと言える。

国が推し進めようとしている不動産関連DXは、電子取引だけではない。なかでも注目されているのは、各不動産に共通コードを付与する「不動産ID」の仕組みづくりだ。

今回はこの「不動産ID」がどのようなものなのか、普及によるメリットや今後の課題と合わせて確認していく。

「不動産ID」とは何か

現状、国内の不動産に広く共通で使用されている番号(ID)は存在しない。そのため、住所・地番の「表記ゆれ」により、同一物件か否かがすぐには分からないという問題がある。

「表記ゆれ」とは、同じ意味を持つ言葉について、表記が混在している状態のことだ。半角と全角、小文字と大文字、算用数字と漢数字などが混ざった状態である。例えば「○○区○○町五丁目一番一号」と「○○区○○町5-1-1」は表記が異なるため、即座に同じ物件であることが分からない。

個別の不動産に共通のIDを付与することで、不動産の特定にかかる手間や時間を省き、不動産を一義的に特定することができるようになる。官民の各主体が保有する不動産関連情報の紐づけも容易になる。

不動産IDが普及すれば、物件特定の手間を大幅に削減できる可能性がある(出典:国土交通省

不動産IDはどのようなルールで割り振られる事になるのか。今年3月に公表された国土交通省の「不動産IDルールガイドライン」によると、不動産登記簿の不動産番号(13桁)と特定コード(4桁)で構成される17桁の番号となる。

不動産IDのルール(出典:不動産IDルールガイドライン

区分マンションの場合、各部屋単位で区分登記されているため、不動産番号だけで部屋を特定できることから、特定コード4桁は固定で「0000」となる。戸建てなども同様だ。一方、賃貸アパートや賃貸マンションなど、非区分所有建物の場合は部屋ごとの不動産番号が設定されていないため、特定コードとして部屋番号4桁が使用されることになる。

不動産IDの普及で何ができる?

不動産IDの普及で直接的に恩恵を受けるのは、不動産関連事業者だ。

先述したように、対象不動産の特定は表記ゆれなどによって時間がかかる場合がある。不動産の表示には「地番」と「住居表示」があるため、その符合にも手間がかかる。

しかし、不動産仲介業者が売買や賃貸の仲介を依頼されたときなど、不動産IDが付与されていれば物件の特定が容易になる。情報の収集にかかる労力を大幅に削減できる。

また、消費者にとってもメリットが期待できる。例えば、不動産広告でいまだになくならない「おとり物件」。不動産IDが普及すれば、物件の成約済み情報などが管理しやすくなり、不動産ポータルサイトから「おとり物件」が自動的に削除される仕組みができるかもしれない。

最も期待されているのは、その物件が持つ過去の履歴やインフラ情報などが、不動産IDに紐づけられることだ。

中古住宅なら、過去のリフォーム履歴やインスペクションの有無などの個別情報、災害ハザード情報などがあらかじめ明確になっていれば、物件購入の意思決定時に大いに役立つ。投資物件なら過去の入居率や修繕履歴などのメンテナンス情報が紐づけされていれば、正確な投資判断がしやすくなるだろう。

これら以外にも、行政ごとの不動産規制情報、水道やガスなどインフラ整備の状況、交通アクセス、固定資産税の課税額など、さまざまな情報が不動産IDに紐づけされれば、消費者の不動産取引に対する「安心・安全」の意識はさらに増すことになる。

普及へのハードルは

さまざまな効果が期待できる不動産IDだが、普及へのハードルはまだ高い。特に注目しなければならないのが、不動産IDを管理・保有する「主体」を、国や公的機関が担わないという点だ。

国土交通省が策定した「不動産IDルールガイドライン」では、不動産IDルール作成の基本的な考え方として次のように述べている。

本取組は国が一元的なデータベースを作成して不動産IDを発番したり、不動産情報を収集・蓄積して各主体に提供するといったことを意図したものではありません。

つまり、IDの発番方法などはガイドラインを作るが、その他の「情報の紐づけやデータベース作成」は、国が行わないということだ。

国以外、または公的機関以外に対して、個人や民間法人が個別の不動産情報をどれだけ提供できるのか、個人情報としての線引きはどこになるのかなど、不動産IDの課題は少なくない。

現在、ガイドラインに沿って不動産IDを発番することは誰にでもできるが、さまざまな情報が紐づかない限り、恩恵は「不動産の特定」に限られているといえる。

新たな仕組みが「立ち消え」になった過去も

不動産IDの普及によって直接的な恩恵を受けるのは不動産関連事業者であり、不動産業界からの注目度も低いわけではない。しかし、さまざまなデータを紐づけしたオープンデータとして、不動産IDが活用できるかどうかについては懐疑的な見方もある。

これは以前、活用が期待された「不動産総合データベース」が施行運用後、立ち消えになってしまった経緯があるためだ。

国土交通省が2015年から試行運用を始めた「不動産総合データベース」は、さまざまな情報保有機関から情報を集約して、不動産取引の透明性・効率性の向上を図るという画期的な取り組みだった。具体的には、物件の過去の取引履歴、住宅履歴情報、マンション管理情報、周辺地域情報などである。

しかし2017年には「今後の本格運用に向けた検討・準備を行う」として試行運用を終了。2022年6月現在まで、不動産総合データベースが本格運用を開始する動きはない。

なお不動産IDの今後のスケジュールについて国は、2022年度中にルールの運用を開始し、運用状況をモニタリングしながら必要に応じ、ルール改正について検討していく、としている。

ところで、不動産IDを巡っては、不動産業界そのものが、既得権を守るなどの理由からID普及を妨げているとの声もあるが、これは間違いだと筆者は考えている。

不動産IDが普及し、異業種間のさまざまなデータが連動すると、不動産業者の業務は格段に効率化する。特に、都市計画などの行政情報、所有権や抵当権などの登記情報、水道やガスなどのインフラ整備情報など、調査にかなりの時間を要する情報が不動産IDに紐づけされ一元的に管理されることは、不動産業者にとってメリットしかないはずだ。

一方で、それらの情報を一般消費者にすべて公開するかどうかという点には慎重な議論が必要だ。とりわけ登記情報などには、不動産所有者がどの金融機関からいくら借入を行っているかなどが記載されているため(その不動産を担保にした場合)、個人情報やプライバシーの保護をどうするかなどの大きな課題がある。

さまざまな分野・業界で、多様な形でデジタル化の取組が進められている昨今。不動産IDには、立ち消えとなってしまった不動産総合データベースと同じ轍を踏まず、これまで「ガラパゴス状態」と言われた不動産業界に、本格的なDXの波をもたらしてくれることに期待したい。

(高幡和也)