代々木上原駅前に建つ5階建てのテナントビル。「和田ビル」という名前のついたこのビルは、オーナーの和田寛さんが父親から引き継ぎ、経営しているビルだ。
1階には和食店、2階に税理士事務所、3階にはネイルサロンが入居。4、5階はレジデンスとして貸し出しており、どのテナントも10年以上入居が続いている。駅そばの好立地だからこそとも言えるが、実は「父親の代は、平気で2~3年空室が続くようなビルだった」という。
「箱を作れば人が入る、そんな昭和時代の大家さん」からビルを引き継ぎ、現在は夫婦二人三脚で賃貸経営を行う和田寛さん、洋子さん夫妻に話を聞いた。
お茶の販売業から貸しビル業に転換
もともと、寛さんの実家は緑茶販売業を営む自営業だった。寛さん自身も大学卒業後、10年間家業に携わっていたという。ところが。
「もともと井ノ頭通りの方に店舗があったのですが、道路の拡張工事の関係で、立ち退きをすることになりました。ただ、お茶の販売業に将来性がないことや、母の病気が悪化して店番が辛くなったことなどがあり、新天地で新たなスタートを切りたい、という話になったんです」
幸いにも代々木上原駅前の土地を入手できたため、ここに1億5000万円かけてビルを建て、寛さんの実家は不動産賃貸業に業態転換することに。
竣工後、1~3階には帽子店や企画会社などがテナントとして入居し、4、5階は寛さんの両親が住居として使用し始めた。

代々木上原駅前に建つ「和田ビル」
「和田ビル」の竣工が1990年。そうして不動産賃貸業に業態転換した時、寛さんはサラリーマンとして一般企業で働き始めることになったのだという。
「もちろん、そろそろ外に出ようという気持ちもありましたが、最終的には追い出されたみたいな形ですね(笑)。別の世帯、別の生計で生きろということで、私はサラリーマンとして生活することになりました」
「代償相続」した理由
寛さんがもう一度家業―つまり、業態転換後の不動産賃貸業にもう一度かかわることとなったのは、今から12年前。父親が高齢になったことがきっかけだ。その後父親が亡くなり、本格的に寛さんは「和田ビル」を引き継ぎ、賃貸業に乗り出すことになった。ちなみに、ビルは「代償相続」という形で継いだそうだ。
「私には弟がいるのですが、大手企業でサラリーマンをしており、事業に興味がないと。もともと私が家業をやっていたのも見ているので、すんなりと代償相続にすることは決まりました」
代償相続とは、遺産を分割する際に、相続人のうちの1人(数人の場合も)が現物で遺産を相続し、ほかの相続人に対して相当額の現金などを支払う方式のことだ。税理士のアドバイスでこのように遺産分割することになったといい、寛さんがビルを取得し、弟には月々10万円を15年かけて支払うことになった。
「たまに不動産を共同で持つケースもありますが、絶対にやめたほうが良いですね。どちらが修繕費用を支払うのか、とかで意見が異なることもありますし、お互いの合意がとれないとリフォームできない可能性もあります。揉める原因でしかないと思います」(寛さん)
だが、かつては家業に携わっていたとはいえ、その後長らくサラリーマン生活を送っていた寛さん。賃貸業に不安はなかったのか。
「なかったですよ。いずれは継ぐと思っていましたから。ある意味、自分の人生設計の一部に組み込まれていたんです」
寛さんはそう笑うが、妻の洋子さんは「私は、私たちが賃貸業をやるなんて、思ってもみなかった」と明かす。

寛さん(左)と洋子さん(右)。「和田ビル」の前で
「昭和の大家さん」から引き継ぎ…
和田ビルの1階あたりの面積は約52平米と、テナントビルとしては小ぶりなサイズ。だが、このサイズ感が「現代ではちょうどよく、どのテナントも10年以上という長期入居につながっているように思います」と寛さんは言う。
「今は、少人数で仕事をするような事務所やサロンが多いです。私の物件の広さは約16坪と、そういった人たちにとって手ごろでちょうどいいんだと思うんです。逆に近隣では、30~40坪のテナント物件で空室が目立ち、苦戦を強いられているようです。テナントビルは、時代に合わせたボリューム感が重要だと感じます」
実は、このビルが建ってから寛さんが相続するまでは、数年でテナントが退去してしまい、その上2、3年空室が続くような状況だった。それはこのビルの狭さがネックとなった可能性もある。だが、それ以上に「父親が、昭和の大家さんの時代の常識で経営していたこと」も少なからず影響しているのではと寛さんは分析している。
「昭和の時代は人口も多く、『箱を作れば人が入る』状態でした。誰をターゲットにするかなど、細かく考えて賃貸経営をしていた人はそこまで多くないんじゃないかと思います。少なくとも私の父親はそうでした。管理会社とコミュニケーションをとったりすることもありませんでしたし、家賃を下げてまで空室を埋める、という発想はなかったので、絶対に家賃は下げなかった。『相場家賃なんてない』と言っていましたね」
現在、和食店以外のテナント賃料は坪単価1万2000円程度に設定しているが、父親が経営していた時代は、空室にもかかわらずそれよりも数千円高い状態が続いていたそうだ。
エレベーター管理を切り替えた結果
こうした父親の賃貸経営を「反面教師」に、和田さん夫妻は現在賃貸経営を行っていると話す。
「昔ながらの大家さんで、貸してやっている、という意識が強い人もいるとよく耳にします。でも、私たちからすると、借りる側の意識を尊重しないのは違うよね、と。大家が独りよがりなことをしてはいけないと思うんです」(洋子さん)
ビルを引き継いでから、賃貸相場に合わせて家賃設定を下げただけでなく、支出も見直した。大きかったのはエレベーターの管理費用で、委託する会社を大手メーカーから独立系メーカーに変更。これによって月の管理費を8万円から3万円に下げることができた。
「そもそもは、エレベーターの油圧ポンプの入れ替えをしなくてはいけなかったのがきっかけです。これまで契約していた大手メーカーの見積もりは約3000万円。かなりの金額で困ったな…と思っていた時に、知人が『このままだと経営にも大きな影響がありますよ』とアドバイスしてくれて。今切り替えた独立系メーカーにも見積もりを取ってみたら約750万円だったんです。それで管理も切り替えました」
レジデンス系物件とは違い、「テナントビルには必須」だともいうエレベーター。この管理を見直したことで、経営にも大きな影響があった。現在は、エレベーターの管理費用を下げた分、衛生管理システムを導入するなど、ビルのブランディングに注力しているという。ほかにも、12年前に3階にネイルサロンが入居したことから、女性客が多く増えることが予測できたため、防犯カメラも設置した。
「何も考えずに、引き継いだまま契約し続けるのは良くないと感じますね。テナント経営では、限られた支出の枠の中で、何にいくら使うのか、よく考えていくことが重要だとわかりました」
テナントビル経営で大事なこと
テナントビル経営をする上で、考えたほうが良いこととして寛さんは「立地」と「入るテナントの種類や組み合わせ」と指摘する。
「やはりテナントビルは立地・場所が非常に重要です。駅近はもちろん需要が高いですが、どのような人が多いエリアなのかなど、立地の情報をしっかりと調査する必要があります。さらに、どういった人がターゲットになる店舗が入るのかによっても必要面積が変わってきますから、これも併せて考えなくてはいけません」
また、2階以上のテナント、いわゆる「空中店舗」については「近年は空中店舗はかなり厳しいのが現状です。うちはたまたま税理士事務所が入ってくれていますが、最近はこうした事務所も路面店を好む傾向にあります。今、空中店舗として入ってくれやすいのは個人サロンなど。こうした個人サロンをメインターゲットにすることも念頭に置く必要があると思います」
ビルを担保にアパートも購入
2013年には、和田ビルを担保に大田区に木造アパートを購入したという和田さん夫妻。そこから立て続けに同じ大田区や江戸川区にも木造アパートを取得した。だが、現在は2014年に購入した木造物件以外は全て売却している。「時期的に高値で売れそうだったことが売却理由の1つ」だそうだ。
現在残っているのは、初めて土地から仕入れて新築した物件だ。6世帯が入るテラスハウスで、土地・建物合わせて約6000万円で購入しており、利回りは約8%だという。「テラスハウスの形で共用部がないので水道光熱費などの経費もかからず、手間がかからない出来の良い子」と洋子さんは評価している。

洋子さん自身で扉の色などもこだわったテラスハウス
もともとは、以前所有していた物件の隣に建売物件の土地として売りに出されていたそうで、「隣の土地は買ったほうが良いって言うから」ということでこの土地を購入することにした夫妻。この時に交渉を重ね、自らプランを作って新築することができるようになったそうだ。もともと4世帯が入る設計だったが、これもテラスハウスにすることで6世帯確保でき、結果利回りも上がった。
洋子さん自ら内装や外装にもこだわり、「101と102の色を変えてみたり、中をアクセントクロスにしてみたり、初めての経験ではありますが、予算内でいろいろ試行錯誤しました」という思い入れのある物件だ。
良い管理会社の特徴
テナントビルとレジデンス物件を経営してきた和田さん夫妻。当初は賃貸経営のノウハウを持っていなかったが、経験を積む中で、税理士や不動産会社、多くの大家仲間と情報共有をしたり、セミナーなどで情報を入手したりと、知識を深めてきたという。
「そういう意味では、人に意見を請う、というのは非常に重要だと思います。エレベーターの件でも、知人からアドバイスをもらって、収支が改善したわけですし」
特に、管理会社とのコミュニケーションを密にとることを非常に重要視しているという。入居者・テナントを尊重しつつ、大家が出しゃばりすぎずに賃貸経営をするために、管理会社が大事なパートナーとなるからだ。
「以前、物件でゴミが回収されずに放置されていたことがありました。これは管理会社がゴミの出し方を徹底していなかった結果だったのですが、そのことについて担当者と揉めて、結局管理会社を別に変えたんです」
管理会社を変更した経験から、寛さんは「良い管理会社のできる営業マンほど、大家さんに対して提案してくれると感じます」と話す。
「今はAD100つけるよりも、敷金0、礼金0にしたほうが入居が決まりやすいですよ、とか、ここの修繕をやっておいたほうが良いですよ、とか、家具付きにして家賃を○○円上げてみませんか、とか、さまざまな提案をしてくれます」
一方、こうした提案に対して、大家側も配慮することが重要だとも指摘する。
「提案があっても、大家側が迅速に判断しないと管理会社は動けません。最初から基準を決めておいて、○○円以下ならOKですよ、というように、きちんと事前に伝えておくなどすることが必要だと思います。たかだか数千円程度の出費なら、ケチケチしても仕方ないですよね。これをケチる大家さんもいると聞くので、そうなると、管理会社も提案しづらくなると思います」
◇
「賃貸経営をするとは思わなかった」という洋子さんも巻き込んで、今は夫婦二人三脚で賃貸経営を行う寛さん。もともとは「自分に何かあった時、すぐに動けるようにしておかないと困る」という思いがあったそうだが、賃貸経営を夫婦で行ってきた経験から、銀行の評価も夫婦2人の方が好印象に映りやすいと感じている。
「外堀、内堀、本丸…みたいな感じで、全体で与信はいくら、という風に銀行も見てくれますから、そういう意味では家族の協力は得ていたほうがよいな、というのが私の結論ですね」
今はレジデンス系の中古RC物件の取得を検討しているという寛さん。これまで同様、洋子さんとともに物件巡りに勤しんでいる。
(楽待新聞編集部)
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