法人で不動産投資を行っている方は多いと思います。個人の所得が高ければ税金面で有利になりますし、融資を継続的に受けるためにも法人の方が有利なことが多いでしょう。不動産投資で規模拡大を目指すなら、法人を使うことはある意味避けられない選択と言えるかもしれません。
一方で、法人での不動産投資に成功し、法人にキャッシュが残った場合、これをどう扱うかという問題が生じます。通常は法人で得た資金は法人で再投資すべきだと思いますが、再投資してもなおそれ以上にお金があったり、事業の維持・縮小といった資金回収フェーズに入ったりした場合は、法人から個人への資金の回収方法を検討してもよいかもしれません。
そこで今回は、法人で生じた資金を個人に戻す方法を考えてみましょう。大きく以下の5つ、さらに細かくは16の方法に分類できます。
法人から個人に資金を移す方法は数多くありますが、一般的に用いられることが少ないものについては、書籍や記事などであまり紹介されることがないかもしれません。
そこで今回は網羅性を重視し、できるだけ多くの方法を紹介していきます。さまざまな方法を知っておけば、今後、実際に資金を移動する必要が生じた際に、どの方法がなぜ効果的なのかが理解できるようになると思います。ただし詳細は割愛し、ポイントだけを確認していきます。
なお、中には実行可能性が乏しいものもあります。どの方法がどれぐらい使える可能性があるのかを示す目安として、各項目に(★~★★★)を記載しました。★があまり使われない方法、★★★がよく使われる方法を示しています。読み進めるに当たって、1つの参考にしていただければと思います。
「金銭貸借」で資金を移動する
1.「役員借入金」の返済(★★★)
法人が役員個人から借りたお金を返済するという、一般的に行われる方法です。
通常、不動産を購入するにあたっては、諸経費や頭金は資本金だけでは足りないため、役員が会社に貸し付ける形になっているはずです。つまり、会社からみると役員個人に対する借入金がある状態ですね。
法人にこの役員個人からの借入がある場合、法人の手元キャッシュは、役員借入金の返済に充てる、というのが最も無難でしょう。この場合、法人にも個人にも課税関係が生じないため、単に資金だけを移動させることができます。ただし、あくまで借入金の元金返済ということになりますから、法人としては経費に計上することはできません。また、個人から見ても貸付元金を回収しただけであるため、収入とはなりません。
不動産を断続的に購入しているような場合では、この役員借入金が大きくなっているケースが多いですから、まずはこの返済を行うのが定石でしょう。
2.「役員貸付」を実行する(★)
法人が役員個人に対して資金を貸し付けるという方法です。
法人と個人が別人格である以上、役員個人が自分の法人からお金を借りるという考え方も十分あり得る話です。したがってこの役員貸付も、法人から個人にキャッシュを移動させる方法の1つと言えます。
ただし、この方法を使える状況は限られており、基本的にはあまり使えないと考えておくべきだと思います。その理由は、以下のようなデメリットがあるためです。
具体的には「金融機関の評価に対する影響」です。金融機関は通常、「役員貸付金」という勘定科目をたいへん気にします。金融庁の『金融検査マニュアル別冊』でも、役員貸付金がある場合、その回収可能性を検討し、回収不能分がある場合はそれを自己資本から減額することが求められていました。銀行は会社の財務評価を行う際、役員への貸付金がある場合、その内容をかなり神経質にヒアリングするでしょう。
金融機関にとって役員貸付金は、「個人サイドで資金がショートしている可能性を示唆する」ものです。通常、個人サイドで資金が必要なのであれば、役員報酬などによって法人から個人に資金を移転させます。一方、役員貸付金の存在は、その役員報酬を上回る資金需要が個人サイドで生じているため発生する、ということになるのです。これは、意図的に(黒字にするために)役員報酬をあえて低額・無報酬にしている可能性や、個人サイドで銀行が把握していない何らかの資金流出が生じているような可能性が想定されます。
また、役員貸付金に対しては、法人側で利息を取る必要があります。決算上、役員貸付金に対する受取利息を認識していない場合、受取利息の認定課税を受けます。役員貸付金が大きな金額となり、それが長期間継続しているような場合は受取利息の金額も大きくなる可能性がありますので、この点にも要注意です。
ちなみに、個人から法人への支払い以外の方法で役員貸付金を解消したい場合、役員個人に対する債務免除、役員退職慰労金との相殺、役員報酬の増額差額による清算などいくつか方法は考えられますが、いずれの場合も個人側での所得税の発生は避けがたいでしょう。
役員貸付金で得た資金を長期間返済していなかったり、法人から借りた資金を消費してしまったりしているケースでは、役員賞与としての認定を受ける可能性も排除できません。売上計上漏れを個人口座に入れていたというような場合でない限り、法人で納税が発生することはないでしょうが、個人の所得税や源泉徴収所得税の徴収漏れなどの指摘が考えられます。
ところで、前項で紹介した役員借入金の返済についても注意点があります。個人が法人からお金を引き出した場合、役員借入金があれば、引き出したお金はまずはその返済に充てた、ということになります。ただ、その金額が役員借入金の残高を超えてしまうと、ある時から「返すべき債務はないのにお金は払っている」という状況になります。こうなると、意図せずに新たな役員貸付金が生じることになりますので、気をつけてください。
「資本取引」で資金回収する
「配当」や「減資」といった資本取引により、法人から資金を回収する方法も考えられます。ただしこれらを行った場合は基本的に、個人側で総合課税となる「配当所得」が生じます。また、配当控除の金額も微々たるものですので、税務上不利になるケースが多いと思われます。以降の内容は、それらを踏まえたうえでご確認ください。
3.利益配当の実施(★)
会社から配当を受け取るという形で、資金を移動させる方法です。
不動産投資家として法人の運営を行う場合は、株式や出資持分を自身で保有されているでしょう。こういった株式や出資持分があれば、会社から配当を受け取ることができます。このしくみを利用して、法人から個人に資金を移動させることができます。
ただし、配当金は法人で経費に計上することはできません。一方、受け取った個人の側では、「配当所得」として総合課税の対象となります。つまり配当は、給与所得や不動産所得といったほかの個人の所得と合算して、所得税・住民税の課税が行われるのです(非上場会社からの配当の場合)。
配当所得が20.315%の分離課税となるのは、上場会社の配当だけです。非上場会社の配当についてはこの分離課税の選択が認められていません。もちろん、配当控除は受けられますが、配当額の5~10%程度しか控除できません。
すでに個人の所得が高い場合は、適用される税率も高くなります。しかも支払った配当は法人で経費にならないので、税負担としてはなかなか大きなものになると思われます。個人の所得がかなり低いようなケースであれば検討の余地があるかもしれませんが、通常は税負担が重たいためなかなか行われないでしょう。
ちなみに配当を行うに当たっては、純資産額制限や分配可能額制限など各種財源規制があります。これを無視した配当を行うと、会社法に違反する違法配当となり、さまざまな問題につながる可能性があります。
4.有償減資の実施(★)
法人の資本金を株主に払い戻す方法です。「有償減資」は旧商法における名称ですが、現在も資本金を実際に株主に払い戻す手続きのことは有償減資と呼ばれています。
手続きとしては、まず資本金をその他資本剰余金に振り替える「減資手続き」を行い、その後、その他資本剰余金を原資とする剰余金の配当を行います。資本の払い戻しなので、株主としては出資したお金を回収するという印象ですが、税務上は個人に対して「配当所得」が生じます。
税務上、その払い戻された金銭は、出資した資本と利益の累積(利益剰余金)が同時に、資本と利益の比率で払い戻されると考えます。資本払い戻し部分は株式の譲渡による収入となり、株式譲渡益に20.315%の分離課税が課されます。利益の払い戻し部分はみなし配当として配当所得となり、総合課税の対象となります。
なんだかややこしい手続きではありますが、現実問題としてはあまり実行される手法ではありません。そもそも不動産保有法人で資本金の額を大きくしている会社は少なく、減資できる金額はたかが知れているうえ、制約が多く、あえて実行されるケースは少ないでしょう。
なお、有償減資により、税務上株式譲渡損失が生じていても、同時に生じたみなし配当による配当所得や、他の上場株式の譲渡益とは相殺できません。
5.現物分配の実施(★)
現物資産を個人に分配する方法です。
現物分配は配当の一種ですが、通常の配当と異なり、現金ではなく法人の保有する現物資産によって行われる配当です。個人としては、現物分配で受け取った資産の使用収益により利益を得るか、または売却して現金化することが考えられます。
法人から個人に対して現物分配が行われた場合は、まず法人側で資産の譲渡益課税が行われます。要するに、現物分配資産をいったん時価で売却し、その売却資金で配当を行ったのと同じ課税関係になります。
受け取った個人側の課税は、現物分配が利益剰余金を原資とするのか、資本剰余金を原資とするのかで異なります。利益剰余金を原資とする場合、受け取った資産の時価が配当所得となり、総合課税で課税されます。
資本剰余金を原資とする場合、有償減資と同じ取り扱いとなり、受け取った資産の時価がみなし配当と株式譲渡収入を構成します。
さらに、配当に係る源泉徴収も必要であり、通常は現物分配を受けた後に、源泉徴収税相当額を現金で法人に払うか、現金を含めて配当するという方法をとることになります。税務上も実際の資金繰りの観点からも実行するメリットは見いだせないことが多いでしょう。
法人による個人資産の買い取り
法人が個人の保有する資産を買い取ることによって、法人から個人に資金を移転させることも考えられます。不動産賃貸業を行う法人において、実態をもって資産移転をさせることを考えると、以下の2つが考えられます。
6.個人保有不動産の法人への譲渡(★★)
個人で保有する不動産を法人へ譲渡します。その売買代金を法人から個人に支払うことによって、個人の資産を現金化します。特に複雑なことをするわけではありませんが、売買の実態に疑義を生じないよう、売買契約書の作成や所有権移転登記をはじめ、第三者間売買と全く同じ手続きを行う必要があります。
もちろん、売却により不動産売却益が個人で生じる場合は、個人に譲渡所得税が発生します。また、法人個人間の売買価格が時価よりも低い場合、個人においてみなし譲渡課税、法人において受贈益課税が行われる恐れがあるため、売買金額を適切に設定する必要があります。
法人側では、不動産取得税や登録免許税が発生するため、その点の考慮も必要です。建物のみを法人に移転するようなケースでは、個人法人間の借地権の問題も整理しておく必要があります。
また、個人の物件に抵当権が設定されている場合は、抵当権者が抵当権の抹消に応じない限り実行不可能です。実務上は新たに法人で融資を受けてくる必要が生じるので、抵当権が設定されている場合に実行できるかは要検討になります。
7.自社株の買取り(★★)
株式会社の場合は、個人が保有する株式を発行法人が買い取ることができます。いわゆる自社株買いです(ちなみに、合同会社は自社株買いができません)。
法人に株式を渡し、その対価として株式の時価相当額を受け取る、という流れになりますので、法人の資金を個人に渡すことができます。法人に買い取り資金があれば、手持ちの株式を現金化することができるというわけですね。
ただこの方法は、相続発生時に相続税納税資金に充てるために実行されるか、あるいは、少数株主に分散した株式を資本政策上集約するようなやむを得ないケースで用いられるのが通常です。というのも、自己株式を取得した場合、株主の側で「みなし配当課税」が行われるからです。
自己株式は原則として、その株式の時価で買い取るわけですが、利益が出ている会社であれば、当然純資産に利益が積みあがっていますから、株価もそれを反映した、出資当初よりも高い金額になります。となると当然、会社から支払われる金額(株式対価)の中には、出資の払い戻し部分と、利益の払い戻し部分が生じるわけです。
考え方としては「有償減資」と同じです。過去に利益を積み上げてきたような会社の場合は、みなし配当の金額が大きくなる可能性があり、受け取った個人サイドでの課税が重たいのであまり実行はされません。
特に不動産保有会社の場合、そこから資金を回収するとなると、基本的には売却益が大きく出て資金を取得できたというケースでしょうから、みなし配当が重たくなる傾向にあります。
これがなぜ相続税の納税資金対策としてよく行われるかというと、相続後の自社株譲渡については、みなし配当の適用を行わない特例があり、かつ譲渡所得の計算上取得費加算の特例も利用できるため、譲渡した株主の納税負担が軽く済むからですね。
また、あくまで法人個人間の資産売買ですから、適正な時価による売買を行う必要があります。自己株式を時価よりも低い金額で売買した場合、譲渡側でみなし譲渡課税、他の株主にみなし贈与課税が行われる恐れがあり、自己株式の売買金額(時価)の計算も非常に重要な論点になります。さらに、自己株式の買取りも会社法上の財源規制の対象となります。
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