巨大地震は予知できる?
―政府は、南海トラフ地震は40年以内に90%の確率で発生すると予想しています
私から見ると、この予測は正確だとは言えません。というのも、政府が使用している発生時期の予測モデルは正しくないと考えるからです。
政府が地震予測に使用しているモデルは「時間予測モデル」と呼ばれます。これは、前回同じ場所で起きた地震のエネルギーと、次の地震が起きるまでの時間の間隔は比例する、というモデルです。つまり、大きな地震の後では次の地震までの間隔が長く、小さな地震の後では間隔が短くなるということです。
プレート境界ではひずみが一定のスピードで溜まっていき、ある大きさに達すると地震が発生します。そのため、前回の地震で解放されたひずみが大きいほど、次の地震が起きるレベルまでひずみが溜まる時間が長くなると考えているわけです。
この時間予測モデル自体は科学的だといえます。しかし、ここに使っている時間の基準については疑問があると思います。政府は、ひずみが解消されて、スタート段階に戻るまでの時間的な予測値を90年と設定していますが、この数値は短すぎるんです。
90年とは、直近の南海トラフ地震のデータをもとにしています。最も新しい南海トラフ地震は、1944年と1946年の「昭和南海トラフ地震」ですが、これはその前の1854年の「安政南海地震」から90年の周期で起こりました。政府はこの数値をもとにして、次の地震の周期を計算し、40年以内に90%起こる(発生確率のピークは2030年代)と想定しています。
しかし、前回の昭和南海トラフ地震は、そのつい21年前に、南海トラフと隣り合う相模トラフで関東大震災が起きたことによって、誘発される形で周期が早まったと考えられます。
これまでに南海トラフで起きた地震の発生周期は平均115~120年であり、現在は昭和南海トラフ地震から78年目ですので、次の地震までの時間的余裕はまだ40年ほどあるはずです。発生確率は2040年ごろまでほぼゼロであり、確率のピークは2050年~2060年前後と予測しています。
また、地震学者の中には、政府が南海トラフ地震の危険性を強調するのは、首都直下地震から注意をそらすため、と言う人もいます。都心からの人口流出を防ぎ、地価の下落を防ぎたいのではないかという考えです。
―内山さんも、現在は地震予知の研究をされています。どのような方法で地震を予知しているのですか?
私たちは、地中の電磁波や「地電流」と呼ばれる電気信号を観測することで、地震の破壊現象そのものの予知を行っています。
物にエネルギーが加わったときには、電気が流れるという物理的な原理があります(圧電効果)。どんなものでも力が加われば電気が流れ、逆に電気を流すことによっても力が働きます。
地震は岩盤が押されて壊れる現象で、壊れる直前に急に変形が加速する段階があります。そのときに多量の電磁波を放出するため、それを観測することで地震予知ができるという仕組みです。

地電流の計測画面の画像。北海道胆振東部地震の11日前に、地電流の異常を検知した(提供:ブレイン)
―地電流を使った方法では、地震発生のどのぐらい前に予知ができるのでしょうか
地震が起こる直前の電磁波は、地震発生の1週間前から10日前に観測されるため、地震発生の1週間から10日前に予知が可能、ということになります。また、電流の大きさを測ることで、壊れる領域の大きさ、つまりマグニチュードを予測できます。さらに、どこから発生したかを突き止めれば震源がわかり、被害が予想される地域が特定できるんです。
2018年9月6日に発生した北海道胆振東部地震の際には、11日前の8月26日に、北海道女満別で地電流の大きな異常を観測し、大地震発生を予知しました。そこで8月27日に、「10日以内に北海道南部でマグニチュード7.0プラスマイナス0.7の大地震が発生する」との臨時地震予報をメールとアプリで配信し、実際に10日目の9月6日、北海道胆振東部地方でマグニチュード6.7、最大震度7の地震が発生しました。

北海道胆振東部地震を予報した臨時地震予報メール 提供:ブレイン
―「地電流」はどのように観測しているのでしょうか
地中電磁波計という、長さおよそ40センチ、直径8センチほどの筒状の受信機を地面に埋め込んで観測します。私どもの会社では全国11箇所に設置しているほか、公的機関が設置している7箇所からデータ提供を受けています。

地中電磁波計の画像。「3軸地電流地磁気計」と呼ばれる(提供:ブレイン)
ただ、受信する電磁波は地震によるものだけではありません。実はこの点が地電流を使った地震予知の最大の難関になっていました。地球上には、さまざまな電磁波が絶えず発生しています。
代表的なものとしては、雷や火山、また電車や機械などの人的なもの、さらには太陽の磁気嵐などもあります。受信機はどうしても、これらも同時に受信してしまうのです。地電流を正確に測定するためには、こういった「ノイズ」となるものの波形を特定し、取り除く必要があるのです。
―現在、地電流を使った地震予知の精度はどのくらいでしょうか
これまでの研究で、先ほど述べた雷、人的影響、太陽などの主要な項目については、9割くらいの割合で取り除けるようになりました。残りの1割は火山です。噴火している火山のマグマの動きと地震の前兆が似ていて、区別することがなかなか難しいんです。
ただ現在、日本列島で火山活動が活発な場所はごく限られています。九州の桜島と諏訪之瀬島だけで、直径でいうと200キロくらいの領域です。この領域については精度が落ちる可能性がありますが、それ以外の地域では問題ありません。
当社では、被害が出る可能性が高いマグニチュード5以上、または震度5弱以上の地震に対してメールやアプリで予報を配信しています。2016年の熊本地震以降、そうした規模の地震は合計802件発生しており(余震や火山性地震を除く)、その中の745件に対して予報を出すことができました。割合としては92.8%です。
正しい予報だったと判断する基準は、下記の予報円内に、予報のマグニチュードからプラスマイナス0.7の地震が、予報から12日以内に来た場合です。

地中電磁波計が設置されている場所と、カバーしている範囲。この範囲を予報円とし、予報を配信している(提供:ブレイン)
―地震予知の方法は他にもあるのでしょうか
ピンからキリまでいろいろなものがあります。中には、霊感商法のようなことをやっているところもあります。
科学的と言えるのは、プレートのひずみの変位量を計測する方法と、私どもが行っている地電流を測定する方法、あとは大気中の電磁波を測る方法もあります。ただ、地震は地中で起こるものなので、地中の電磁波を測る方法が最もダイレクトで正確な予知に繋がると確信しています。
国内で地震予知の研究を行っている機関は、我々以外に4つあります。地中電磁波と大気電磁波を研究している会社が1社ずつ、GPSから変位量を測定している会社が1社。あとは公的機関がプレートのひずみの変位量計測を行っています。
民間企業の場合は、受信機の設置やメンテナンスにコストがかかるため、費用面でなかなか大変です。我々が使っている地中電磁波計も、1箇所設置するのに300万円以上かかりました。
―巨大地震はいつ起こると思われますか?
電磁波が発生するのが地震の1週間から10日前なので、それよりも先の正確な予知は難しいです。ただ現時点では、琉球諸島でマグニチュード7級の前兆が見られる以外、日本各地で巨大地震の兆候は出ていません。
琉球諸島では近日中に、沖縄本島の沖から与那国島の沖にかけて存在する「琉球海溝」または「沖縄トラフ」で地震が起こる可能性があります。ただ震源が遠いこともあり、震度としては5弱から6弱、津波も1メートルほどと見ています。
耐震基準を満たした建物であれば、震度5弱から6弱の揺れではほとんど被害は出ません。しかし、家具の固定、防災備品の準備などの基本的な対策は行っていただきたいと思います。

過去に南海トラフで発生した地震の一覧(出典:政府地震調査研究推進本部「南海トラフで発生する地震」)
南海トラフ地震については、過去に起きた地震からある程度周期を予測することができると思います。先に述べた通り、過去の南海トラフ地震は、ほとんど一定の周期で発生しているからです。
1361年の「正平南海トラフ地震」より前は、正確な記録が残っていないものもありますが、正平地震以降は平均で115~120年の間隔で地震が発生しています。前回の南海トラフ地震は1944年と1946年の「昭和南海トラフ地震」なので、次の地震の発生は、早くても2050年の前後10年間と予測しています。
一方、首都直下地震については、1923年の関東大震災から約100年が経過し、関東地方ではマグニチュード7以上の地震が1回も発生していません。ですから、政府が想定する「都心南部直下地震」マグニチュード7.3を含めて、いつ起こっても不思議ではないというのが実情です。最近になって東京都もようやく危機感を強めたようで、地震の揺れとその後の火災対策、人流対策も含めて、早急な施策・対策が喫緊の課題となっています。
揺れを9割抑える「免震構造」とは
─内山さんは以前「超高層免震」の開発に携わっていらっしゃいました。予知だけでなく、建物の性能で地震に対応する方法もあるのですね
超高層免震は、建物に入る地震動をカットする「免震構造」を、高層ビルに応用したものです。住宅や低層のビルでも免震構造は使われています。
免震構造を取り入れれば、低層な住宅で、およそ9割の揺れをカットすることができます。低い建物の場合は、比較的まとまった形で揺れるので、揺れをほとんど遮断できる。次に中低層のビルだと、7割から8割の揺れを抑えられます。高層ビルなど、高い建物の場合は効果が多少落ちますが、それでも2分の1から3分の1ほどまで揺れを軽減できます。
地震の被害による建物被害を抑える意味では、耐震、制震に比べて免震が最も効果的だと言えます。
―耐震、制震と比べて、免震とはどういうものなのですか?
まず耐震とは、建物を頑丈に作ることで揺れに耐える構造のことです。制震は、建物にダンパーというクッションのような装置を組み込んで、揺れを抑える構造です。
そして免震は、建物に入ってくる地震動を2~3割に落として、建物への負荷を大幅に軽減させる構造です。原理としては、地面と建物の間に「免震層」と呼ばれる免震のための階層を作って地震動を遮断します。

超高層免震用の高強度積層ゴム初号機と内山さん(当時41歳)(提供:ブレイン)

免震層全景。薄茶色の扁平な円筒形の装置が「積層ゴム」、青い管状の装置が「ダンパー装置」で、1つ1つが養生シートで覆われている(提供:ブレイン)
―免震構造はどのくらい普及しているのでしょうか
日本免震構造協会のデータを見ると、日本全体では約5000棟のビルが免震構造です。他の統計を見ると、住宅の場合は4800件ほど。ビル、住宅ともにまだ主流とは言えませんが、徐々に普及が進んでいます。
住宅において、免震建築が普及しにくい理由はコストにあります。住宅は免震の効果が最も高いんですが、コストは通常の建築から20%程度上がります。1つの階をまるごと免震層にするため、例えば3階建て住宅の場合4階建てになり、20%ほどのコスト増になってしまいます。ただ、階数が多ければコストの負担は少なくなります。10階建てのビルなら10分の11で10%増し、30階建てのビルなら30分の31で3%増しという具合です。
最近では技術が進歩して、免震した建物の構造をスリム化することもできるようになったため、30階のビルであれば耐震構造とほぼ同等のコストで免震建築を建てられるようになりました。それが決め手となって、少しずつ免震構造の建物が増えてきています。
免震構造によって建物の揺れを減らし、倒壊を防ぐことができれば、地震予知は必要ないのではないかと思う方もいるかもしれません。しかし、地震予知は、事前の避難や火災の原因の除去等により人的被害を減らす決め手になります。
建物をできるだけ壊さず、避難もできるだけ早く行える社会システムを作ることで、現在の南海トラフ地震の被害想定である死者・行方不明者32万人を数十人規模まで減らせると考えています。
地震の被害を減らすために
―不動産オーナーは、地震によって自分の資産である建物が壊れる可能性をどのように考えるべきでしょうか
現在の耐震基準は、震度6強までは壊れず、人命を守れるように設定されています。しかし、震度7が来たら壊れることも、人命が失われることもやむなしという基準なんです。
そこを把握してハザードマップを確認し、ご自身の物件の周辺は震度6強から7の揺れが起きるエリアなのかどうか調べておく必要があります。そこから適切な対策がスタートすると思います。
―巨大地震が想定される日本で、物件を買うことに問題はないでしょうか
難しい問いですね。危険を避けるためには、地盤の悪い場所には物件を建てないほうが良いと思います。例えばもともと沼地だったような場所であれば、震度6強から7の揺れに襲われる可能性があるので、新築に向いているとは言えません。
ただ、数キロ離れれば地盤の良いところもあって、揺れを震度5強とか6弱まで抑えることができます。今の耐震基準だと、6弱までならほとんど被害が出ずに済むので、そういうところを選んでいけば、巨大地震の震源域と言えど無理に避ける必要はないと思います。
―内山さんは、これからの日本にどうなっていってほしいと思いますか?
一言で言うと、大震災での被害者、死者をゼロにしたいと思っています。これまで日本は何千年、何万年もの間、地震によってとんでもない数の人が亡くなってきました。東日本大震災、熊本地震を最後にして、震災で亡くなる人が二度と出ないようにしたいと思っています
その技術のひとつが免震であり、地震予知です。ブレインでは、浮体式津波防波堤の開発や、避難が必要なときに普段の生活レベルを維持しながら避難できるトレーラーハウス式の応急住宅などの開発も進めています。そういった技術を結集していけば、地震大国日本であっても、死亡者ゼロは夢ではないと思います。そんな未来を目指したいですね。
内山 義英(うちやま・よしひで)
京都大学の工学修士課程を修了後、大手ゼネコンで技術研究に携わる。地震によってどのように建物が振動するのか解析するプログラムを開発し、阪神淡路大震災の際には、そのプログラムを用いて建物被害の原因を解明。1996年からは、免震建築を超高層へ発展させる「超高層免震」の研究開発を行った。
2016年に「ブレイン」という個人企業を立ち上げ、現在3名で運営を行っている。地震予知法の研究と、地震予報の配信に力を入れており、メールやアプリによる地震予報の配信数は国内で10万件の規模に及ぶ。
(楽待新聞編集部)
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さまざまな業界の第一線で活躍する「プロフェッショナル」に、不動産業界にまつわる自身の経験、業界の現状や問題などの話を聞き、新しい発見を得ていこうという企画。不動産投資のさまざまな切り口から、投資に役立てられる幅広い知見をお届けします。
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