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みなさま初めまして。税理士の斎尾裕史と申します。
東京大学農学部を卒業後、仏教講師を経て10年前に税理士事務所を開業しました。現在は法人130社、個人事業100社の顧問をしております。
気になることは徹底的に計算する性格のため、節税についても疑問があると、色々なパターンでシミュレーションを作成しています。すると、「常識」と思っていた「節税対策」が実は間違っていたと気づくことが多くありました。
本当に手取りを増やすにはどうしたら良いのか─。これを昨年、「節税の新常識」と題して出版したところ、大変好評をいただきました。今回、コラムを書かせていただくに当たっては、不動産投資に役立つよう、さらに内容を吟味して執筆させていただきます。どうぞよろしくお願いします。
今回は、法人で不動産投資をする大家さんが、「役員報酬」をいくらに設定すると最も手取りが増えるのか、というテーマで解説していきたいと思います。以下は、よく寄せられる大家さんからの質問と、その回答です。
【大家さんからの質問】
私は、すべての物件を法人名義で所有する専業大家です。不動産利益(社長の人件費や税金
【東大卒税理士の回答】
結論から言うと、その方法はオススメできません。利益が減って節税ができても、社会保険料が高くなって手取りが減ってしまうからです。
どういうことなのか、以降で詳しく見ていきましょう。なお、本記事は以下の前提で執筆しています。
社長…40歳以上、基礎控除・社会保険料控除以外の控除は無し
法人税…法人税、地方法人税、法人住民税、法人事業税、特別法人事業税のこと
所得税等…所得税、復興特別所得税のこと
健康保険料率…11.8%で計算(介護保険料を含む)※都道府県で異なる
厚生年金保険料…18.66%で計算(子ども・子育て拠出金を含む)
手取り…毎年同じ数字が続いたときの手取り(収入や所得が変動すると、住民税や社会保険料は時期がずれて変動するため、合わなくなる)
「社会保険料」という盲点
法人で不動産投資を行う場合、会社から社長個人に支払った役員報酬は経費となるため、節税になるケースがあります。このことは、みなさんもご存知でしょう。
ただし、冒頭で紹介した大家さんのように、利益をすべて役員報酬にするような節税策はオススメできません。詳しくは追ってご説明しますが、役員報酬を増やしすぎると、健康保険料や年金保険料が高額になってしまうためです。
では、役員報酬をいくらに設定すれば、最も手取りが増えることになるのでしょうか?
私はこの答えを出すために、役員報酬が0円から1000万円までの1001通りの場合について、所得税等、住民税、法人税、社会保険料を計算しました。
その結果、もっとも手取り額が増えるのは、役員報酬を年額111万円とした場合だということが分かりました。月額にすると9万2500円ですね。役員報酬を最大まで支払う場合と比べて、下表のとおり57万円も手取りが多くなる計算です。
左の表のとおり、利益が1000万円の場合、健康保険料や年金、法人税等(合計364万円)を差し引くと、社長に支払える役員報酬は最大867万円となります。ここで注目していただきたいのが、社会保険料の高さです。
このように税金が118万円であるのに対し、社会保険料は246万円と、税金の2倍以上の社会保険料を払っていますね。最終的な手取り額を増やすためには、この社会保険料を何とかしなければなりません。そのためには「役員報酬を、とことん下げればよい」ということになります。
役員報酬を月額9万2500円まで下げれば、社会保険料は年間32万円になります。上表の2事例の比較では、232万円も削減できていますね。
役員報酬を減らして「配当」で受け取る
一方で、役員報酬が安すぎると「それじゃあ生活できないではないか」という指摘もあるかと思います。確かに、その通りでしょう。
そこで、法人税を払ったあとの利益を「配当」として支払うのです。先に示した表でも、税引き後利益の669万円を配当として受け取っていましたね。
そもそも配当とは、法人税を払ったあとの利益を、株主に還元することです。ほとんどの小規模会社は社長が株主ですので、ここからは社長が100%株主であるという前提でご説明します(合同会社の場合は社長が100%出資となります)。
配当は法人税の経費にはならないため、配当を計上しても節税にならないと考えている人が多いかもしれません。しかし、配当収入は社会保険の対象とならないため、社会保険料の節減になるのです。
法人所得が800万円以下であれば、法人税の実効税率は約21~23%です。社会保険料は約30%ですので、この場合は法人税を支払った方が安くつくことになります。
さらに、配当には「配当控除」という控除があります。所得税等と住民税で13.01%が税額控除されます。そのため、税額はそこまで高くなりません(課税所得1000万円超の部分は6.505%)。
先ほどの例では、結果的に増えた税金は157万円、減少した社会保険料が232万円ですから、差し引きで手取りが57万円増えました。役員報酬を減らして配当でもらえば、手取りが増えるのです。
年金はどれくらい減る?
社会保険料(厚生年金保険料)を大幅に削減してしまうと、将来もらえる年金が減って、結局損をするのではないか? と思う方もいるかもしれません。実際はどうなのでしょうか。年金の計算方法は決まっていますので、計算してみましょう。
まず、支払った厚生年金保険料を65歳からの受給で回収するには32.2年かかります。男性の平均寿命は81歳ですので、仮に平均寿命までしか生きられなかった場合、その半分しか回収できません。一般的に年金が、「平均寿命まで生きれば元が取れる」と言われているのは、会社負担分を無視しているからです。
では、手取りベースで支払った年金保険料の半分が回収できるかというと、実際にはこれに所得税や住民税もかかります。さらに、厚生労働省の「2019年財政検証結果レポート」によると、年金支給水準は将来3割程度も低下する見通しです。
私はこれらを勘案して、40代くらいの経営者であれば、支払った年金保険料の3割程度しか回収できないと考えています。その根拠は、以下の通りです。
50%(※1)×85%(※2)×70%(※3)=29.75%
※1:平均寿命までしか生きなかった時の年金の回収率
※2:税金を15%と仮定した場合
※3:将来年金支給水準が3割減少した場合
仮に、支払った年金保険料の3割が回収できるとすると、将来もらう年金の増加額も含めた手取りは以下のようになります。今の手取りと将来の手取りの合計でも、役員報酬は111万円がベストということになるわけです。
役員報酬の金額によって、手取り合計はどうなる?
今年の手取りと、将来の年金の増加額の合計を「手取り合計」と呼ぶことにします。手取り合計も、1001通り計算しました。その結果をグラフにしたのが以下の図です。
社会保険料が段階的に増加するため、グラフがギザギザの形になっています(報酬月額=年額÷12で社会保険料を計算)。
役員報酬が111万円のときが最大で699万円の手取りとなりますが、役員報酬が400万円以下であれば大きな違いはありません。内訳として、役員報酬が少ないほど今年の手取りが多くなり、役員報酬が増えるほど、将来の年金の割合が増えていきます。資金繰りを優先するのであれば、役員報酬は少なめに設定した方がよいと思います。
また、役員報酬が少ないほうが、会社の損益計算書上の利益は大きくなります。そういう意味で、決算書の見栄えはよくなります。利益をすべて社長に払っているという実態は同じですが、大幅な黒字企業に見えるのです。
なお、役員報酬をゼロにしてしまうと、社会保険を脱退して国民健康保険・国民年金に切り替えることになります。国民健康保険は配当収入が多いと高くなるため、手取りは大幅に減ってしまいます。そのため、最小限の社会保険料は支払ったほうが有利になります。
不動産利益が500万円や2000万円の場合は?
みなさんの中で、冒頭の例のように不動産利益がちょうど1000万円という方は少ないと思います。もし、不動産利益が500万円や2000万円だったときは、役員報酬をいくらにするのがベストなのでしょうか?
これも、不動産利益が100万円から3000万円までの全てのパターンを計算してみました。その結果の一部をまとめたのが以下の表です。
表を見て分かるように、不動産利益が1000万円までであれば、役員報酬を75万~275万円にするのがベストになります。75万円~275万円の手取りの差はほとんどありませんので、「111万円にしておけばよい」と理解されても結構です。
なお、不動産利益が1000万円を超えると、税引前利益が848万円程度になる役員報酬額がベストになります。税引前利益が概ね848万円を超えると、事業税を引いた法人所得が800万円を超えてしまい、法人税率が跳ね上がるからです。法人所得800万円以下の法人税実効税率は約23%ですが、800万円を超えると約34%となります。社会保険料は役員報酬の30%程度ですから、法人税の方が高くなりますね。そのため、法人所得が800万円を超えないように、役員報酬を調整していくのがベストとなります。
また、利益が2000万円(厳密には2040万円)を超えると、利益をすべて役員報酬でもらうのがベストとなります。これは、ある一定額を超えると、配当に対する税金の方が高くなってしまうことが原因です。ここでは、具体的な計算は複雑になってしまいますので割愛します。
このように、不動産の利益によって、役員報酬の金額の設定方法は変わるのです。
まとめ
決算前になって、「利益が400万円も出てしまいます! どうしたらいいでしょうか?」と駆け込んでくる社長さんは多いです。法人税を払うことが損だと思い込んでいるのですね。
例えば、もし利益が400万円で、役員報酬を800万円もらっているのであれば、役員報酬を減らして会社の利益に回した方が有利です。つまり、利益が少なすぎるのです。
800万円以下の法人所得は、「21%~23%の法人税を払えば、30%の社会保険料を免除される特別枠」みたいなものです。この枠を使い切らないのはもったいないですね。
ところが法人税を減らすために、使いもしない中古のベンツを買ったりして、無駄遣いをする社長が多いのです。
23%以下の法人税はニッコリ笑って納税し、それを超えそうなときは役員報酬を増やすなり、ベンツを買うなりの対策を考えるのが、手取りを多くする秘訣なのです(不動産利益が2000万円以下の場合)。
なお、配当を出すためには、事前に内部留保がなければなりません。実際に上記のやり方に移行するには、他にも少し知識が必要になりますので、税理士に相談することをオススメします。
(税理士・斎尾裕史)
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