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公務員の皆さんにおかれましては、親戚や友人とともに不動産購入活動を積極的に進めてください。ともに手を取り合って、県不動産市場の平穏な運行を推進しましょう。
――泗県不動産管理サービスセンター、2022年8月16日
先日、中国のソーシャルメディアでは、安徽(あんき)省宿州市泗県(しけん)の「不動産産業繁栄提唱書」が話題となった。
注目を集めたのが上記の一節、公務員に不動産購入を勧める内容だ。強制ではなく奨励するという文面だが、実際には断りがたく、強い圧力をかけられていることは想像に難くない。
こうした動きは泗県だけのことではない。湖南省常徳市石門県(せきもんけん)では、地元自治体トップが不動産販売イベントの挨拶で「共産党同志の皆さん、政府機関幹部の皆さん、率先して不動産を買いましょう。1軒、2軒と言わず、3軒、4軒と」と発言し、話題となった。
「中国不動産に関する信じられないような話」は他にもある。
今年6月、江蘇省南京市郊外の新築マンションでは「スイカでマンション割引きセール」が発表された。農民を対象としたもので、マンション購入代金の一部をスイカで支払えるという内容だ。最大で5トンのスイカを引き渡すと、10万元(約200万円)が割り引かれるという。
他の地域でも「小麦割引き」「ニンニク割引き」といった驚きのキャンペーンが確認されている。ジョークのような話だが、中国メディアの報道によると、真の狙いは「形を変えた値引き」だという。
新築マンションの値段を勝手に下げられない中で、どうにかして売るためにひねりだした手段だった……と受け止めると、中国不動産業界がどれだけ苦しい状況にあるかが透けて見えるかのようだ。
以降では、そんな中国の不動産業界の現状について、いくつかの視点から見ていきたい。
不動産下落トレンドが表面化
日本でも広く報じられているように、中国不動産業界は2020年後半から苦境が続いている。
2020年8月、中国政府は不動産デベロッパーに対する負債規制を打ち出した。「負債の対資産比率は70%以下」「純負債の対資本比率は100%以下」「手元資金の対短期負債比率は100%以上」という3つの条件を遵守するよう求めるもので、違反した企業には新規の銀行融資が受けられなくなるなどのペナルティが科される。
民間不動産デベロッパーの多くは、負債を積み上げながら規模を拡大させるレバレッジ経営を続けていたが、規制により姿勢を180度転換させ、急ぎ負債を圧縮させる必要に迫られた。そうした中で、大手デベロッパーの恒大集団を筆頭に、資金難に苦しむ不動産企業が次々と現れた。
恒大集団の経営危機、中国各地の「爛尾楼」(ランウェイロウ=資金難で建設途中に工事がストップした不動産物件)の増加などにより、不動産市場の先行きを悲観視するムードが高まるなか、不動産の買い控えが始まる。中国国家統計局のデータによると、2021年7月を境に不動産販売額は前年比マイナスが続いている。

(出所:中国国家統計局の統計をもとに著者作成)
中国の不動産マーケットの特徴として、需要の減退が即座に価格に反映されない点があげられる。新築マンションの売り出し価格は政府が許認可権をもってコントロールしているため、販売額の減少ほどは価格が下がらないという傾向が強い。
しかし、いよいよここにきて不動産価格の下落が表面化しつつある。中国国家統計局が毎月発表している主要70都市新築マンション平均販売価格指数では、2022年7月には70都市中48都市がマイナスとなった(前年同月比)。1年前の時点では下落は10都市にとどまっていた。
中国政府は今年1月から、不動産販売のテコ入れに乗り出した。利下げや住宅ローンの頭金比率引き下げ、あるいは資金難で建設が中止されている建設プロジェクトを救済する基金の立ち上げ、という対策を打ち出している。しかし、現時点では様子見に回った消費者を刺激するまでには至っていないようだ。
爆弾は「新都市」に
社会主義の中国では、住宅はもともと支給されるものだった。しかし、1990年代の末になって利用権の譲渡が認められるようになり、資本主義的な不動産市場が成立することとなった。以来、20年以上にわたり、不動産価格は右肩上がりの上昇が続いている。
中国不動産業界についてよくある疑問として、こんなバブルなのになぜ中国人は住宅を買うのか、「房奴(ファンヌー=住宅ローン奴隷)」になってもよいのか、というものがある。
「結婚前にマイホームを購入しておくのが中国の風習であり、強い実需があるから」などと言われることもあるが、これは正確な説明とは言いがたい。
結局のところ、価格は上がり続けるという「不動産神話」が強固なため、少しでも早く不動産を購入したほうが経済的に正しいと信じられていること、この1点に尽きるのである。親の貯蓄を全部注ぎ込んだうえ、月給と同じ金額の住宅ローンを組むことになったとしても、そのほうが資産形成にとっては得だと信じられてきたわけだ。
つまり、不動産神話があるからこそ、結婚前に家を買えという風習が新たにできあがったわけで、順番が逆なのである。

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問題はこの不動産神話がいつまで続くのか、今回の不動産業界の低迷が神話崩壊につながるのか、という点である。
中国の不動産価格は20年以上にわたり右肩上がりの上昇を続けてきたとはいえ、2008年のリーマンショックや2015年のチャイナショックなど調整期間はあった。今回もそうした一時的な調整で済むのか、それとも決定的な転換点となるのかが注目される。
中国政府は物件供給量を制御し、市場をコントロールする強い力を持っている。過去の危機と同様に今回も乗りきる可能性が高い…と言っておけば無難だが、きな臭さが残るのが「地方」だ。
過去10年以上にわたり、中国は地方都市の振興に力を入れてきた。習近平政権の目玉政策である「新型都市化」の名の下に、地方都市の拡大や、ただの農地や山だった場所を大規模に造成して新都市を造り出す大型プロジェクトが進められてきた。
これは、かつて東京一極集中を是正すべく「国土の均衡ある発展」を目指した日本とよく似ているのだが、弊害という点でも類似している。すなわち、多大なインフラ投資を行って地方を整備しても、人々は経済と文化の中心である大都市にひきつけられるという点だ。この流れはそう簡単には変えられない。上海市や北京市といった大都市の不動産は高額と言われながらも強いニーズがある。
一方で、この10年に建設された地方の新都市は立派な建物が安価に売り出されていても実需はない。あるのは、それでも値上がりするだろうという「神話」だけだ。冒頭で紹介した奇策の多くが、新都市で実施されているゆえんである。
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中国不動産仲介大手・貝殻找房(KEホールディングス)の試算によると、中国には5000万戸もの空き家住宅が存在している。前回の記事で詳述したが、中国では賃貸利回りが低いため、貸し出して物件が傷むぐらいならば、空き家のまま保有しておくというケースが相当数あるためとみられる。
賃貸という選択肢で得られる利益が低い以上、ひとたび価格上昇の予期が失われると、中国の不動産市場の下落圧力は苛烈なものになることが予測される。
(高口康太)
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