アパートやマンションを新築するとき、また建物をリフォームするときなど、不動産にも密接に関わってくる「建築基準法」。
建築基準法に違反した物件は担保評価が低くなったり、再建築ができなかったりするため、不動産投資家にとっても重要な法律の1つだ。一方、内容は複雑で、とっつきにくいと感じている人は多いかもしれない。
そんな建築基準法に特化して、SNSで「マニアック」な発信を続けている人がいる。Instagramのフォロワー数1万2000人、Twitterのフォロワー数1万8000人の「そぞろ」さんだ。SNSでの活動が出版社の目に留まり、先日、初の著書として建築基準法の解説書『用途と規模で逆引き! 住宅設計のための建築法規』(学芸出版社)も出版した。
そぞろさんのSNSには、不動産関係のフォロワーも少なくないそうだ。今回はそんなそぞろさんに、建築基準法の「面白さ」を存分に語ってもらった。難解なイメージの建築基準法を身近に感じられれば、不動産投資に役立つ知識も得やすくなるはずだ。そぞろさん厳選の、「不動産投資に重要な法規3選」についても聞いた。
「夢の国」も法規を守っている
―早速ですが、まずは先日話題になったあのツイートについて教えてください。ご自身初の「万バズ」だったそうですね
はい、ありがとうございます。東京ディズニーシーに関する建築基準法のネタを呟いたところ、2万いいねをもらうことができました。こんなにバズったのは初めてで、自分でも驚きました(笑)
先日ディズニーシーに行ってきたんですが…
浦安市は『22条区域』指定されてるはずなのに
茅葺き屋根の建築物が…!
(22条では無理なはず…)どうやって適合させてるのか?調べたら、
なんと法22条の指定解除をやってました!流石ディズニーだな!と思ってしまう適合のさせ方👏 pic.twitter.com/ToaviJH2hD
— そぞろ|著書『住宅設計のための建築法規』9/18発売決定! (@sozooro) August 22, 2022
―ディズニーシーと建築基準法…意外な組み合わせですね。どんな内容だったんでしょうか
先日、ディズニーシーに行ったときに、園内で「茅葺き屋根の建物」を見かけたんです。でもこの建物、ディズニーシーがある浦安市では「建てられない」はずなんです。
というのも、浦安市は、屋根や外壁を燃えにくい素材で作らなければならないという「法22条区域」に指定されているんです。これは、火災による延焼を防ぐためのルールのようなものなのですが、茅葺き屋根は燃えやすいので、いかにディズニーといえど、このルールは無視できないはずなんです。なのになぜ建てることができたのかと疑問に思いました。
そこで、浦安市の都市計画図を調べてみると、ディズニーでは「指定解除」という方法を取っていることがわかりました。周辺に建物がないなど、防火上支障がない場合には、自治体に申請して、法22条区域の指定を解除することができるんです。
―なるほど。確かに面白い視点ですね
「夢の国」といえども、やはり建築基準法からは逃れられない、という点が、ある種のギャップになって面白かったのかも知れませんね(笑)。実際、ツイートにもそういったコメントが多数寄せられていました。
建築基準法の知識を身に付けると、いつも目にしている何気ない景色が違って見えたり、今まで気付いていなかった部分に目が行ったりするようになるんです。
建築基準法との出会いは「指定確認検査機関」
―ところで、そぞろさんはどこで建築基準法の知識を身につけたのでしょうか?
実は少し前まで、「指定確認検査機関」で審査の仕事をしていたんです。指定確認検査機関というのは、建物が建築基準法に適合しているかを確認する仕事をするところで、国土交通大臣や都道府県知事から指定された民間企業です。
建物を建てるとき、設計した建築物が建築基準法にきちんと適合しているか、「確認申請」という手続きをしてチェックする必要があります。私は、この図面をチェックする審査の仕事をしていました。
指定確認検査機関ではほかにも、実際の建築現場に行き、建物がちゃんと図面どおりに建てられているかを確認する「中間検査」や「完了検査」を行うといった業務もしています。こういう仕事ですから、建築基準法の理解と知識は必須中の必須だったんです。
―難解な建築基準法を深く理解していないと務まらない仕事ですね。覚えることが多くて大変そうです
覚えることももちろん多いのですが、とくに難しいのは、法文をどう解釈するか、という点です。
建物や土地はそれぞれ異なります。建築の実務でもまさに、現場ごとに異なるさまざまな問題に直面することになります。そしてその答えは、建築基準法の法文にそのまま書かれているわけではありません。
例えば建築基準法の法文に、「避難のために、居室から階段までの距離を30メートル以内にする(令120条)」というようなことが書かれていたりするのですが、その距離の始点をどこに置くのかについては明記されていません。
こういう場合は、その法の趣旨を考え、行間を読み、設計者さんと一緒に法律の解釈を考えて実際の建築に落とし込む、という作業が必要になりますから、法律の知識だけでなく柔軟さも求められます。そういった部分が、特に難しかったですね。
そういうわけで、初めは右も左もわからなくてたくさん失敗したんですが、少しずつ知識を身に付けて、だんだん、建築基準法が面白いと感じるようになりました。
建築士は「建築基準法のプロ」ではない!?
―ところで、建築士といえば、建築のプロというイメージが強いです。建築士はみなさん、建築基準法のプロと考えてもいいのでしょうか。
意外かもしれませんが、建築士の資格を持っていても、建築基準法をしっかり理解できていない人はかなり多いと思います。建築のプロだからと言って、すべての法文を知っているわけではないんです。
例えば普段、一戸建て住宅の設計を専門に行っている人は、一戸建て住宅に関する法規には強いですが、たまにマンションの設計を任されると、とたんに素人レベルになってしまう、ということもあります。マンションの設計に必要な法規は、一戸建て住宅の設計とはまったくと言っていいほど別物なんです。
以前、このことについてツイートしたとき、多くの設計者さんから共感のリプライが届きました。建築士というと何でも知っているように思われがちですが、それぞれ専門分野があるのを分かって欲しい、という心の叫びだったのかもしれません(笑)。一口に建築士と言っても、用途や規模が変わると素人並みになってしまうというのは、建築業界では「あるある」なんです。
いつも『事務所』を
やってる超優秀な設計者さんがこの間、『児童福祉施設(保育園系)』を設計してきたんだけど
法規がボロボロすぎてびっくりしてしまった…。(まるで新卒に戻ったかのようだった笑
建築基準法は、用途が変わると全然法規が変わる…
— そぞろ|著書『住宅設計のための建築法規』9/18発売決定! (@sozooro) March 3, 2022
―例えば一戸建て住宅とマンションでは、具体的にどんなところが違うのでしょうか?
いろいろありますが、例えば「避難」に関する法規が異なりますね。多くの人が住むマンションの場合、避難用の階段を2カ所設置しなければいけないとか、居室から階段までの距離を何メートル以内にしなければいけないとか、そういう決まりがあります。
一方、一戸建て住宅の場合は、火事が起きたらさっさと逃げろという感じで、あまり規制が強くありません。なので、一戸建て住宅の設計しかしたことがない建築士にいきなりマンションの設計を頼むと、分からない事だらけになってしまう、というわけです。一般の方からすると、意外かもしれませんね。
建築基準法の面白さを伝えたい、その理由は?
―そぞろさんは現在、SNSで建築基準法について発信されています。そぞろさんが建築基準法の面白さに気付いたきっかけは何だったんですか?
1つ1つの法規には、作られるに至った理由があります。その理由と、法規の内容が結びついたときに、「そうだったのか!」という発見があって、面白いと感じますね。
例えば、今私がインタビューを受けている、楽待さんのオフィスにもある「排煙設備」。3階建て以上の建物や、映画館などの人が集まる建物には、火事による煙を逃がすために設置しなければいけません。これは、建物から煙を逃がすことで、一酸化炭素中毒で亡くなる人を減らす、という目的で設置が義務づけられています。普段は意識することがないかもしれませんが、きちんと理由があって設けられている重要な設備なんですよね。
似たような話で言うと、火事のときに消防隊が侵入するための「非常用進入口」なんかもそうですね。ビルの窓に、赤い三角形のシールが貼られているのを見たことがあると思います。これは火事が起きたときに消防隊が侵入できる場所を示す目印になっているんです。また、この進入口は、道路から4メートル以上の空地に面していなければいけないという決まりがあります。これは、消防車を停められる空間を確保するための決まりなんです。
こんな風に、ふだん何気なく目にしているものにはちゃんとした理由がある。そのような、法規ができた背景を知れば、法律の存在に納得できます。そこが建築基準法の面白さだと思いますね。
―SNSでも、法規ができた背景を伝えるコンテンツを多く配信していますね
そういった投稿には、「知らなかった」「面白い」という声がたくさん届いています。そういう活動を続けていたら、たまたま出版社の編集さんの目に留まったみたいで。連絡をいただいて、建築基準法の解説書を執筆することになりました。
―この本の対象読者はどんな人でしょうか
基本的には、住宅専門の設計者さん向けに書きました。ただ、住宅についての法規を基礎から応用まで全て網羅したつもりなので、不動産投資をされている方にもぜひ読んでほしいと思っています。
一般的な建築法規の本は、建築基準法の順番通りに書かれている場合が多いと思いますが、この本では、用途や規模別に法規をまとめて、必要な法規を探しやすいようにしました。例えば、新築の3階建てアパートを建てたいという場合であれば、目次から逆引きしてもらえれば見つかります。辞書のような形で使ってもらえると嬉しいですね。
意外と知らない!? 不動産投資にまつわる法規3選
―Instagramやブログでは、建築基準法のさまざまな法規を解説されています。不動産投資に関わるものもあるんですか?
あります。せっかくなので、私のInstagramの投稿の中から、不動産投資家さんから反響があった投稿を含めて、不動産投資にかかわる法規を3つご紹介しましょう。
では、いきなりですがクイズです。この画像にある敷地は「接道」できているでしょうか?
この画像では、敷地が道路に2メートル以上接しているため、一見問題なく接道できているように見えます。しかし実は、この敷地、接道できていないんです!
法43条1項には「建築物の敷地は、原則として幅員4メートル以上に2メートル以上有効に接すること」とあります。この「有効に接する」とは、避難や消火活動の妨げにならないよう、2メートル以上の幅を連続して設けておくという意味なんです。
わかりやすい目安でいうと、直径2メートルのボールが引っかからずに転がる必要があります。この画像の敷地は台形になっているので、道路側からボールを転がすと引っかかってしまいますよね。これでは接道できているとは言えないんです。ちょっと難しいですが、わかりましたでしょうか?
こちらは、住宅でよく見かける「ふすま」についての話題です。実はふすまは、建築基準法をクリアするために、設計者が意図的に設置していることが多いんです。
建築基準法には、「住宅の居室には、採光上有効な窓を設けること」という規定があります。人体の健康には日光が重要と考えられているためです。しかしふすまを使えば、窓のない部屋を作ることができます。
例えばこんな間取り。下のLDKには窓がありますが、その右上の和室には窓がありませんよね。ただ、LDKとの間に「ふすま」があるので、和室には窓がなくてもOKなんです。
ふすまは開けっ放しにするものと考えられているので、隣の居室に窓があれば、採光上問題がない、ということですね。
逆に、もともとふすまだったところに勝手に壁を作ると、採光が得られなくなる、ということで違反建築になる可能性があります。ただ、窓のない部屋でも「納戸」として申請すれば認められる場合もあります。これは裏技のようなもので、納戸として申請したのに居室として使っていると違反になるため、注意が必要です。
少し話は逸れますが、似たような「裏技」として、クローゼットを「備蓄倉庫」として申請するというものがあります。備蓄倉庫は災害への備えとして有用なので、容積率緩和の対象となります。クローゼットは通常、床面積に算入されるので容積率計算の対象となりますが、これを「備蓄倉庫」として申請することで部屋の面積を広く取れる、というわけです。
ただ、実際の用途はクローゼットなわけで、これは法律の抜け穴を利用するようなものなので推奨はできません。
3.木造3階建て共同住宅を準耐火建築物で計画する方法
最後に、過去にブログで公開していた内容の中から、不動産投資家さんからの反響が最も大きかった「木造3階建て共同住宅を準耐火建築物にする方法」についてお話しします。
マンションやアパートなどの共同住宅を建築するとき、コストを抑えるために木造を選択する人は多いですよね。ただし建築基準法では、3階建て以上の共同住宅を原則として「耐火建築物」にしなければならないという決まりがあります。
木造の建物を耐火建築物にするには、外壁にモルタルを塗ったり、分厚いサイディングを貼ったりする必要があり、工事費が高くなります。加えて、壁が厚くなる分部屋が狭くなってしまうんです。
それを回避する方法が、「準耐火建築物」にする方法です。準耐火建築物であれば、外壁に塗るモルタルやサイディングを耐火建築物に比べて薄くでき、コストを安く抑えられます。実際に木造3階建てのアパートやマンションを建てたい人は、この方法を選ぶ人が大半です。
ただし、木造3階建て共同住宅を準耐火建築物にするには、避難計画を選定する必要があります。建築基準法で定められた3つの避難計画の中から1つを選択し、その条件を満たす必要があるんです。細かい話になるので詳しくは割愛しますが、これから新築アパートを初めて建てる、という方には役立つ情報かもしれません。
建築基準法が「普通の暮らし」を守る
―そぞろさんにとって、建築基準法とはどんな存在ですか?
意外なところで私たちの暮らしを守ってくれている、重要な存在だと思います。
例えば、ディズニーのツイートの話で紹介した「法22条区域」は、火災があったときに風に乗って火の粉が飛んできて、延焼することがないように定められています。普段生活する中では、火の粉が飛んできて火災になるかも、なんて思わないですよね。そんな風に、気付かないところで私たちの暮らしを守ってくれているのが、建築基準法です。
設計する側からすると、細かい法規が多くて厄介だと思ってしまいがちです。しかし、法の抜け穴をくぐって安全性をないがしろにしてはいけないと思います。その結果、その建物に住んでいる人がケガをしてしまったり、亡くなってしまったりしたらどうしようもないからです。
―建築の世界を志したのも、災害に強い建物を増やしたいという思いがあったんでしょうか?
実は、小さい頃に関東大震災のシミュレーション動画を見たんです。当時は築40年くらいの2階建ての木造住宅に住んでいたんですが、動画を見て、自分の家と同じような古い住宅の1階部分が潰れる様子を目の当たりにしました。
その動画を見て以来、地震が起きるたびに「この家に殺されるかもしれない」と、家の外に逃げていました。
そんな経験をきっかけに、地震に強い建物を作って安心して暮らしたいという思いが強くなり、建築の道に進むことにしました。
―今後は、SNSやブログなどの活動を通じてどんなことをしていきたいですか?
建築基準法をさらにわかりやすく伝えていきたいです。建築基準法は人々の日常生活に密接に関わっていて、家を建てるときに必要不可欠なもの。それなのに、わかりにくい。これって良くないことだと思うんです。
逆に言えば、「わかりやすい」ことって、私は絶対の正義だと思っています。どんなことも、わかりにくいよりわかりやすい方がいいじゃないですか。
だから、SNSで建築基準法をたくさん取り上げて、少しでも面白いと感じてもらいたいんです。それで、建築基準法に苦手意識を持っている人を減らしたいと思っています。今後はより一層、ブログやInstagram、Twitterの活動に力を入れていくつもりです。
◇
ブログやSNSを通じ、建築基準法を楽しく学べるコンテンツを配信するそぞろさん。建築基準法への苦手意識をなくし、多くの人に理解を深めてほしいと語った。
9月18日に発売した著書では、用途や規模別に、適用となる法規をわかりやすく解説している。土地から新築をする投資家や、用途変更、増築などを行う投資家は、必要な法規をチェックしてみてはどうだろうか。
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:指定確認検査機関にて審査業務を行っていた経験を生かし、ブログやSNSで建築基準法に関する情報を発信している。2019年に立ち上げたブログ「建築基準法とらのまき。」が建築関係者の間で好評を博す。