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不動産オーナーであれば一度は耳にしたことがあるかもしれない「火災保険スキーム」。インターネットなどで「火災保険を活用して現金がもらえる」「給付金が返ってくる」といった広告を見たことがある、という方もいるのではないでしょうか。もしかすると、実際に周囲で「簡単に100万円もらえた」などの声を聞いたという方もいるかもしれません。

一方、火災保険スキームを勧誘した業者が不正請求を行ったとして、オーナーとともに逮捕されたという報道もあります。

このような火災保険スキームには、どのようなリスクがあるのでしょうか。今回は、火災保険スキームに関連して、不正請求に関わった場合の法的責任について説明します。また、それに関連して、今年10月1日に行われた火災保険の改定についても触れます。

火災保険スキームとサポート業者

建物が台風などの災害で損傷した場合、火災保険(風災補償・水災補償)により、修繕費分が保険金として賄われます。こうした火災保険を「上手に活用」して現金を得る方法として、コンサルタントなどと称する業者が広めたのが「火災保険スキーム」です。

彼らは「火災保険コンサルタント」や「申請代行サービス」などと名乗ることもありますが、さまざまな摘発事例があったこともあり、最近は「申請サポート」のような名称を使うことが多く見られます。

業者は、築古物件のオーナーに火災保険の申請を持ちかけ、オーナーに保険金を得させるとともに、自らは高額な成功報酬(保険金の3~4割程度)を受け取るのが一般的です。

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建物の調査のほか、保険金請求書や資料の作成などを通じて、オーナーによる保険金請求を「上手にサポート」するわけです。

もちろん、純粋に損傷箇所の調査や資料作成の手伝いを行うだけなら何も問題ありません。

しかし、中には不正を指南する業者もいます。経年劣化による損傷を、台風で損傷したということにして保険金の審査を通りやすい資料をうまく作成し、不正に保険金を請求するような例が後を絶ちません。

特に、大きな台風の後などは保険金請求件数が大きく増えるため、これに乗じて不正請求の件数も急増するようです。このような業者が絡んだ事例で、逮捕者が出る事例が複数報道されています。

サポート業者の摘発事例

報道されたものの中には、こうしたサポート業者が、詐欺罪や弁護士法違反、特定商取引法違反で逮捕された例があります。

詐欺罪(刑法)については言うまでもありません。前述のように、経年劣化による損傷なのに、それを台風によるものであるなどと偽って保険金を請求する行為は、立派な保険金詐欺です。工事内容の水増しなども同様です。オーナーと業者が共犯として逮捕された事例があります。

また、保険金の支払請求という法律事務を実質的に有償で代行したとして弁護士法違反(非弁行為)で業者が逮捕された事例や、業者がオーナーとの契約時にクーリングオフに関する書面を交付しなかったとして、特定商取引法違反で逮捕された事例もあります(もっとも、弁護士法違反や特定商取引法違反での逮捕は、将来的には詐欺罪での立件を見据えての別件逮捕的な側面はあるかもしれませんが)。

オーナーの責任について

また、不正請求ということであれば、当然オーナーも責任を免れません。写真を撮ったり書類を作ったりするのは業者であったとしても、法的には、保険金を請求し受け取るのはオーナーだからです。

つまり、オーナーが自らの責任において「この損傷は台風によるものです」と申告してお金を請求するわけです。そこに虚偽があればオーナーが責任を問われるのは当然です。

虚偽だと分かっていて請求をする場合はもちろんですが、「未必の故意」(業者が作成した書類に虚偽があるかもしれないと思いつつ、それでもかまわないという認識)であっても詐欺罪は成立しうることに注意をしましょう。

また、民事上の責任も残ります。

仮にオーナーには騙す意思が全くなかったとしても、結果的に不正請求であったのなら、受け取った保険金は返さなければなりません。たとえサポート業者に4割の報酬を払っていたとしても、オーナーはそれを含め全額を返す必要があります。

もちろん、この場合オーナーは業者に報酬の返金を請求することは法的には可能です。しかし、不正が発覚する頃には、既に業者が廃業していたり、逮捕されていたりして回収不能、ということは十分考えられます(補助金詐欺のケースで、不正を指南し報酬をもらった業者が雲隠れする一方で、受領した本人が全額を返還させられるという事例を耳にしたことがあるかもしれません)。これらのリスクを考えれば、サポート業者の勧誘に乗ることには慎重であるべきでしょう。

今年10月に大手損保の約款が改定

ところで、今年10月1日から大手各損害保険会社において、火災保険約款の改定がなされました。

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保険料の改定(値上げ)についてはご存じの方が多いでしょう。近年の災害多発により保険金請求が急増したため、契約プランによっては大幅な値上げとなりました。

ほかにも複数の改定事項がありますが、不正請求対策としての大きなポイントは「復旧義務」の新設です。

改定前の約款では、復旧(修繕工事など)は義務とはされていませんでした。契約者は、保険金として工事代金(見積額)を請求するものの、保険金が支払われた後に実際に工事することは必須ではありません。
これは、災害後すぐに工事の手配ができない被災者もいるためです。契約者の便宜のため、保険会社は保険金の支払いを先行させていたわけです。

しかし、この点がまさに火災保険スキームの流行をもたらした要因でした。工事が不要なら契約者は現金を受け取るだけなので、契約者としては、業者に高額の報酬を払っても保険金を請求するメリットがあるのです。なお、実際に業者が行うセミナーや広告においても「工事しなくてもOK」「現金が受け取れる」という点が強調されています。

そこで今回の改定では、原則として復旧を行なってからでないと保険金が支払われないこととされました(ただし、保険会社が承認した場合には先に保険金が支払われます)。

自分にも跳ね返ってくる

ここまで見てきたように、火災保険スキームにより得られる現金と引き換えに、オーナーは法的なリスクを負うことになります。そればかりか、最終的には保険料の値上げや保険金請求手続の厳格化・長期化という形での不利益が、自身に返ってくると言えます。

また現在、大手損保会社が、情報共有して不正対策のためのシステムを導入するなど、不正が疑われる業者(損保業界内で「特定業者」といわれます)への対策を強めています。

一度でも不正請求に関与してしまえば、保険会社のブラックリストに載りかねません。そうなれば、他物件での今後の契約にも影響が生じます。目先の利益に惑わされ、不正に関与してしまうことのないよう十分に警戒しましょう。

(弁護士・関口郷思)