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中小企業向け融資で、これまで経営者個人が金融機関から求められてきた「個人保証(経営者保証)」の慣行が、来年4月から見直される方向となりました。

個人保証は、中小企業が金融機関から融資を受ける際、経営者個人が連帯保証人になることです。金融機関にとっては、中小企業の低い信用力を補完できるというメリットがありますが、一方で、経営者個人にとっては生活に支障をきたすリスクがあり、事業承継や起業の足かせになっているという指摘もされていました。

そうした中で、金融庁は監督指針の改正案を発表し、金融機関が個人保証を求める際は、具体的な理由を説明するように義務付けることとなりました。

そこで今回は、この金融庁の監督指針改正が、投資用不動産向けの融資にどのような影響があるのかについて考察してみたいと思います。 

金融庁による改正案の内容は

日本政府は10月28日、「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策(令和4年10月28日閣議決定)」を閣議決定しました。この中で政府は、「個人保証に依存しない融資慣行の確立に向けた施策を年内に取りまとめる」としています。

これに伴い、金融庁が11月1日に「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針等の改正案」を公表しました。金融庁の「監督指針」は法令そのものではありませんが、当局が金融機関に対して監督を行う際の着眼点を公表しているものであり、法令を遵守するうえで留意されるべきもの、との位置付けです。

さて、この改正案について、以下にポイントだけ抜粋してみましょう。

Ⅱ 銀行監督上の評価項目

Ⅱ-3 業務の適切性

Ⅱ-3-2-1-2 主な着眼点

(2) 契約時点等における説明
保証人に対し、下記に掲げる事項を踏まえた説明をした旨を確認し、その結果等を書面又は電子的方法で記録することとしているか

a.どの部分が十分ではないために保証契約が必要となるのか、個別具体の内容(注)

b.どのような改善を図れば保証契約の変更・解除の可能性が高まるか、個別具体の内容(注)

c.原則として、保証履行時の履行請求は、一律に保証金額全額に対して行うものではなく、保証履行時の保証人の資産状況等を勘案した上で、履行の範囲が定められること

(注)「経営者保証に関するガイドライン」第4項(2)に掲げられている要素を参照の上、債務者の状況に応じた内容を説明。その際、可能な限り、資産・収益力については定量的、その他の要素については客観的・具体的な目線を示すことが望ましい。

(出所:金融庁『「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」等の一部改正(案)の公表について』中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針(新旧対照表)2022年11月1日)

このように金融庁の監督指針改正案では、金融機関が個人保証を求める場合、具体的な説明をするように義務付けています。先述の通り、監督指針は法令ではありませんが、規制業種である金融機関を監督する指針に記載されるのですから、実質的には経営者個人の保証契約を制限するものと考えてよいでしょう。

ただし、経営者個人から保証を取ることを、直接的に禁止しているわけではありません。あくまで、「なぜ保証契約が必要なのかを資産や収益力等を基に説明する」こと、「保証契約が必要だとしても、どのような状態になった場合に保証契約が解除できるのかを示すこと」が求められているだけです。

そして、金融機関は経営者個人に対して保証についての説明を行い、記録としてしっかりと残すことを求められています。これは、金融機関側にとってみれば、経営者個人から保証を差し入れてもらうことが非常に煩雑になることを意味します。

個人保証の制限で、融資が受けにくくなる?

さらにたたみかけるように、金融庁は11月2日、「第1回金融審議会 事業性に着目した融資実務を支えある制度のあり方等に関するワーキング・グループ」を開催しました。

このワーキング・グループは、スタートアップや事業承継・再生企業などへの円滑な資金供給を促すため、経営者個人だけではなく、事業全体を担保に資金調達できる制度の検討を目的としています。金融機関が不動産担保や経営者保証に過度に依存せず、企業の事業性に着目した融資に取り組みやすくするよう、環境を整備したい、というのが当局の考えなのです。

この担保制度と関連するのが、経営者の個人保証です。ワーキング・グループでは、「本日討議いただきたい事項」として以下が挙げられています。

経営者保証等の制限

経営者等による個人保証や自宅などの生活に欠くことのできない財産に対する担保権の設定は、経営の規律付けや信用補完の役割を担う一方で、個人の私生活に大きな影響を及ぼしうる。経営者保証に過度に依存しない融資慣行は広がりつつあるものの、依然として、経営者が事業のリスクテイク(拡大や承継など)や早期の事業再生を躊躇する要因の一つとして指摘されている。また、貸し手においては事業経営に対するモニタリングを緩める要因となるという指摘もある。

事業成長担保権は、金融機関が事業者の事業の価値に着目した伴走型の融資を行い、事業経営をモニタリングすることを通じて、経営者による事業の拡大や承継等のリスクテイク、早期の事業再生等を支えることを目的とするものである。こうした制度趣旨の実現を支える観点から、事業成長担保権が担保する債務について、経営者等の個人がこれを保証する契約又は経営者等の個人財産をもってこれを担保する契約がある場合、経営者による粉飾や使い込み等が行われる場合を除き、当該契約に係る権利行使を制限することが考えられる。

【論点5】

事業成長担保権者が、以下の契約に係る権利行使に制限を設けること(ただし、粉飾決算や背信行為などの停止条件付のものは可とすること。)について、どのように考えるか。

― 経営者等の個人保証契約
― 経営者等の生活に欠くことのできない財産に対する他の担保権設定契約

(出所:金融審議会「事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキンググループ(第1回)「(資料4)討議頂きたい事項/論点5」)

このワーキング・グループの討議事項を見ると、金融庁・日本政府が経営者の個人保証を可能な限りなくす方向で動き出していること、そしてその背景が分かるのではないでしょうか。

これは表面的に捉えると、経営者にとっては良い方向のように感じられるでしょう。たとえ事業が失敗したとしても、会社と共に経営者個人が破綻することはなくなるため、起業にも挑戦しやすくなります。

一方で、金融機関のことをよくご存じの方からすれば、不安に思うところもあるはずです。すなわち「経営者個人の保証を当局が事実上禁止していくことになれば、金融機関からおカネを借りにくくなるのではないか」との懸念です。

「ガイドライン」で大手行への影響は軽微か

筆者は、大手行においては、当該監督指針の改正があっても大きな影響は出ないと考えています。

これは、2013年12月に全国銀行協会・日本商工会議所がまとめた「経営者保証に関するガイドライン」がすでに存在し、このガイドラインと今回の監督指針の改正は大きな乖離がないためです。

この「経営者保証に関するガイドライン」は、中小企業の経営者が個人保証を締結することなく、融資を受けるための方法に関するガイドラインです。「中小企業、経営者、金融機関共通の自主的なルール」と位置付けられており、法的な拘束力はありませんが、関係者が自発的に尊重し、遵守することが期待されています。特に大手行は、全国の銀行を主導する立場にいることもあって、経営者保証に関するガイドラインを遵守する体制が整備されています。

この経営者保証に関するガイドラインには、個人保証なしで融資を受けるための「3要件」というものがあります。この3要件を将来にわたって充足する(全てまたは一部を満す)体制が整備されている場合、事業者は、経営者保証なしで融資を受けられる可能性があり、また、すでに提供している経営者保証を見直すことができる可能性がある、ということになります。

<ガイドライン3要件>
(1)法人個人の一体性の解消:資産の所有やお金のやりとりに関して、法人と経営者が明確に区分・分離されている

(2)財務基盤の強化:財務基盤が強化されており、法人のみの資産や収益力で返済が可能である

(3)財務状況の適時適切な情報開示:金融機関に対し、適時適切に財務情報が開示されている

このガイドラインと、今回の金融庁の監督指針が整合的なのが分かるでしょう。金融機関は財務基盤が強化されており、法人のみの資産や収益力で返済が可能であれば、経営者個人からの保証を受けない(既存の保証は解除する)ことを検討することになっています。金融庁の監督指針は、金融機関がそのような検討に基づく判断を経営者個人にきちんと説明させることを目指しています。

地銀・信金では影響も

一方で、地方銀行や信用金庫などではしばらくは現場が混乱するかもしれません。以下のグラフは、経営者保証に依存しない新規融資の割合です。

民間の金融機関が「経営者保証に依存しない新規融資の割合」は3割程度です。上述の経営者保証に関するガイドラインが策定され、年々割合が上昇してきていますが、まだ3割なのです。

地方銀行、信用金庫などの取引先は中小企業が多く、ガイドラインの(1)にあるように「資産の所有やお金のやりとりに関して、法人と経営者が明確に区分・分離されている」取引先ばかりではないでしょう。

そのような取引先に対して「どの部分が十分ではないために保証契約が必要となるのか、個別具体の内容」「どのような改善を図れば保証契約の変更・解除の可能性が高まるか、個別具体の内容」について説明を行い、記録化を行い、やっとのことで経営者個人の保証を取って融資を実行することは、地方銀行や信用金庫などの手間が増えることになります。

地方銀行や信用金庫などでは何らかの対策を考えることになるでしょうが、簡単な解はありません。現場に負荷が増えるのではないかと筆者は予測しています。なお、方向性としては、経営者個人の保証を用いた融資というのは今後も減少していく可能性は高いでしょう。

不動産向け融資への影響は?

では、今回の金融庁の監督指針改正は、収益不動産への融資にはどのような影響を及ぼすのでしょうか。

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