
PHOTO : yoko sazaki / PIXTA
コロナ禍での収入減などを理由に、国の給付金制度を利用した経験のある不動産オーナーも多いだろう。こうした制度は多くの事業者を救う一方、不正利用が問題となっている。11月5日、大阪府の民泊事業者がGoToトラベル給付金528万円ほどを不正受給したとして逮捕された。法令を守って制度を利用する重要性を改めて認識するうえでも、不正の実態を知っておきたい。コロナ禍で苦戦が続く宿泊業界で、いまなにが起きているのか。実際に民泊を運営する投資家や専門家の声を交えて伝える。
架空の宿泊申請で不正受給
GoToトラベル事業は、2020年7~12月の間に観光庁によって行われていた旅行支援政策。旅行者が最大35%割引の料金で宿泊施設を利用できるというもので、宿泊事業者は正規の価格と割引価格の差額を給付金として国から受け取れる仕組みになっていた。現在行われている「全国旅行支援」とは別の制度となる。
報道によれば、逮捕された事業者は2020年9~12月の間に30人分の宿泊を装い、不正に給付金を申請した。宿泊の事実はないにも関わらず、「知人ら30人がGoToトラベルを利用して宿泊した」として事務局に架空の申告を行い、およそ528万円をだまし取ったとされている。
今回不正が発覚したのは大阪市生野区の民泊施設においてだが、同事業者が市内で運営する他の民泊施設でも虚偽申告があった疑いがあるとして府警が捜査中だ。GoToトラベル給付金制度においては同様の手口による不正受給が複数回発覚し、問題となっている。
「正直気持ちは分かる」、苦戦する事業者たち
宿泊事業経営者たちは、事件をどのように受け止めているのだろうか。都内で宿泊事業を営むIさん夫妻は、「(不正受給は)もちろんやってはいけないことです。ですが正直に言うと、不正受給に手を染めてしまう気持ちは理解できます」と話し始めた。
Iさん夫婦が民泊事業を始めた2013年ごろは競合が少なく、インバウンドの需要も高かった。しかしコロナ禍にともない、観光客が激減。宿泊業界全体が苦しむ中で、「旅館やホテルが、民泊と同じ水準まで宿泊価格を下げてくる動き」があったという。
「民泊の強みはなんといっても価格が安いことでした。ホテルが同程度まで価格を下げてくると、とても太刀打ちできません」と語る通り、経営に苦戦。規模の縮小を余儀なくされた。Iさん夫婦は、もともと運営していた17部屋のうち15部屋は転貸などに運営形態を変更した。残る2部屋は現在、留学生が長期で利用しているという。
GoToトラベル事業について聞くと、「事前審査の手順が複雑だったため、私たちは参加していません」とIさん夫婦。「できれば申請手順をもっと簡易的にしてほしいけれど、不正受給は防げる仕組みにしなければならないので難しい」と感じているという。
架空の宿泊記録、「よく調べれば見破れる」
「物件を購入している場合はローン返済、転貸の場合でも家賃の支払いがあるので、収入はないのに出費だけがかさんでいく状態でした」とIさん夫婦は言う。知り合いの民泊事業者の多くも、同様の環境に置かれていた。そのような中、GoToトラベル事業は国からの貴重な支援だったという。
申請には宿泊者の氏名や宿泊日時といったいくつかの情報が必要だったが、仲間内で「GoToトラベルを利用して民泊事業者同士でお互いの施設に泊まりあったことにすれば、給付金の申請ができてしまいそうだよね」と冗談交じりに話しているのを聞いたこともあったという。事実、実在する人物の名義を借りるなどすれば、架空申請が通ってしまう場合があったのが実情だった。
しかしIさん夫婦は、「資金のやり取りを調べれば、不正受給はすぐに見破れると思います」とも話している。「宿泊者を受け入れれば、清掃代やシーツ代など、本来何かしらのコストがかかるはずです。宿泊記録を捏造した場合、清掃会社への依頼歴などが何も残っておらず、宿泊記録だけがある不自然な状態ができあがります」。
法令遵守の重要性、改めて周知を
民泊事業者のGoToトラベル事業参画を支援してきた、一般社団法人日本民泊協会にも話を聞いた。協会加盟事業者の中からも不正受給が発覚したことがあるとして、「こうした現状は非常に残念です」と語る。
とはいえ協会職員によれば、民泊事業者はターゲットをインバウンドに絞る場合が多いため、国内旅行者を対象とするGoToトラベル事業への参加件数自体は少なめだったという。大阪府の事件では民泊事業者が逮捕されているが、「ごくわずかな方が参加された中の、そのまた一部の方が不正受給をしてしまっている状況だと思う」と印象を述べた。
現状をふまえ、協会職員は「法令遵守の重要性を改めて呼びかけたい」と話す。無許可の民泊もまだ多いというが、そうした事業者は協会に加盟させないなど、違法事業者とは確実に組織を差別化していくとした
不正受給は営業許可取り消しも
今回の事件について、不動産関係のトラブルに詳しい、丸の内ソレイユ法律事務所の阿部栄一郎弁護士にも話を聞いた。阿部弁護士によれば、給付金を不正に受給した場合、基本的には「詐欺罪」に問われるという。
詐欺罪の成立要件は、「言葉や行動で相手を騙し、金銭などの財産を渡させる」ことだ。今回の事件では、「民泊事業者が虚偽の申請で事務局を騙し、金銭を給付させた」として詐欺罪が成立しているという。GoToトラベル事務局は観光庁の管轄であるため、被害者は個人ではなく国となる。国や自治体を相手に詐欺罪が成立するかとの議論はあるが、「基本的には成立するという見解が主流」と阿部弁護士はいう。
いわゆる民泊新法や旅館業法では、「事業者が禁錮以上の実刑判決を受けた場合、営業許可を取り消す」と定められている(旅館業法3条2項3号、民泊新法4条)。詐欺罪の法定刑は「10年以下の懲役」とあり、これは禁錮より重度の刑罰だ。阿部弁護士は、「詐欺罪によって懲役刑となった場合、宿泊事業者は営業許可を取り消されることになる」と話した。
GoToトラベル給付金の不正受給は複数回にわたって発生しているが、制度上の問題点は指摘できるのだろうか。阿部弁護士は、「事件が起きたという結果から言えば、問題はあるのだと思います」と事後検証の必要性を指摘しながらも、「本制度はコロナ禍の緊急支援策であるため、申請のハードルを下げて気軽に使える状態を目指している、という一面もあるでしょう。不正受給だけを根拠に制度の是非を断定することはできないと思います」と見解を述べた。
◇
入国制限が緩和されたものの、2022年10月の外国人観光客数は2019年同月の2割程度に留まっている。Iさん夫婦は同業者に対し、「今は苦しいけれど、なんとかして耐え忍ぼう」 と呼びかける。
民泊事業者が集うSNSグループは、以前は運営についての議論が交わされるなど盛り上がった雰囲気だったものの、コロナ禍が始まった3年前からすっかり投稿が減ったという。「空いている部屋があるなら定期借家契約を結ぶなどして、賃貸に出してもよいと思います。インバウンドが戻ってくるまで、みんなであと少し頑張ろう! という気持ちです」と心境を語った。
依然として厳しい状況に置かれる民泊事業者だが、よい兆しも見えつつあるとIさん夫婦はいう。周りの事業者を見ていても、「コロナ禍で入居付けに苦戦する大家さんから安めに物件を借りておき、民泊再開の準備を進める」という動きが起こりつつあるという。
「インバウンド需要がコロナ以前の水準に戻るのはいつかはわかりませんが、来年あたりから準備を始めてみようかなと思っています」と語った。民泊再開を前に制度について今一度理解を深め、法令を守った運営に努めてほしい。
(楽待新聞編集部)
◯参考
事業者向けGoToトラベル事業公式サイト
日本政府観光局:月別・年別統計データ(訪日外国人・出国日本人)
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