私が楽待不動産投資新聞に寄稿をさせていただくきっかけとなったのは、楽待のYouTubeチャンネルに、解説者として出演の依頼をいただいたことでした。
【記事】「限界ニュータウン」オーナーを狙う、ナゾの業者の正体
この動画の中で私は、千葉県成田市内のある限界ニュータウンを一例に挙げ、複数の空き地に「売物件」の看板を立てる大阪市の業者について言及しました。
なぜ大阪市の業者が、わざわざ千葉県にある無価値の物件を取り扱っているのか? それは、この不動産業者の狙いは仲介手数料ではなく、土地所有者から金銭を徴収することにあるからです。本来は価値のない土地に対し「高く買いたいという人がいる」などと虚偽の情報を伝え、「管理費」や「宣伝費」などの名目で金銭を要求する、という寸法です。
…と、このようなことを、1年ほど前に上記の動画および記事で解説をいたしました。ちなみにこうした業者は1つだけではなく、複数存在しています。中でも特に、多くの物件を扱っていたのが、大阪市の「T不動産」でした。
そして先日、この「T不動産」に異変が起きていることを知りました。T不動産は今年、会社を解散していたのです。本来であれば、このような業者が減ったことは歓迎すべきことなのですが、実は手放しで喜ぶことはできない事情もあります。今回はそのあたりについてお話したいと思います。
限界ニュータウン、悪質業者の手口
T不動産が会社を解散した顛末についてお話する前に、こうした業者の「生態」について今一度お話しておきたいと思います。
限界ニュータウンや、全国の古い別荘地などの所有者の元には、T不動産のような業者から、売却の勧誘パンフレットが日常的に送られてきます。
しかし先述のとおり、彼らの狙いは売却による仲介手数料ではなく、所有者から管理費や宣伝費として金銭を得ることです。仮にパンフレットを受け取った所有者から売却依頼を受けた場合、彼らは、掲載料が無料のマイナーな物件サイトに広告を出稿します。しかもその売出し価格(査定額)は、周辺相場から大きく乖離した非現実的な「高値」です。
これには理由があります。売主に本来の価格相場(坪1万円以下であることも珍しくありません)の査定額を提示してしまっては、本来の目的である数十万円ほどの手数料を要求できなくなってしまいます。そのためあえて高額に設定しているものです。売主の歓心を買うために、他社が絶対出さないような高額査定を行う、という理由もあるでしょう。
また、そもそも手数料の徴収が主目的である以上、査定額が妥当なものであるかどうか、現実的に売却が可能であるかどうかなどは、彼らにとってはどうでもよい話なのです。いったん売主より手数料を徴収し、現地に看板を立ててしまえば、その後はそれ以上物件の管理を行うこともなければ、物件の行く末や経過に関心を払うこともありません。
このようにして業者は、所有者に「この土地は高く売れる」と思い込ませ、管理契約を結ばせます。
しかし、私がこれまで確認した限りでは、これらの大阪市の業者が扱う物件が、業者自身の手によって管理されている光景を目にしたことはありませんでした。たまに雑草が刈られた土地もありましたが、それは近隣住民の手によるものです。住民の方も、業者が入って草刈りなどが行われている模様を目にしたことはないと語ります。
ひどいものになると、物件画像では美麗な建物が写っているのに、現地に行ってみると、何も管理がされていないがゆえに家屋の腐朽が始まっていたり、すでに家屋は解体されて更地になっていたりしたこともありました。
ずさんな経営、まかり通る背景
問題点は他にもあります。私の知人に、こうした業者の看板が立つ土地を、所有者の方との直接交渉で購入した方がいます。すでに取引が成立し、所有権の移転も完了しているその土地についても、未だに前述の物件サイト上で広告が掲載されたままです。
このようなずさんな営業がまかり通る理由は、土地所有者の方が、遠方にある自らの所有地の現況や相場価格をまったく把握していないことにあります。
所有者の方にとっては、特にふっかけて高値で売るつもりもなく、あくまで損切りのつもりでいても、そもそも都市部と地方の不動産の価格差についての正確な知識がないために、それが非常識な査定であると見抜くことができないのです。
こうしたビジネスモデルは、千葉県の限界ニュータウンに限らず、全国の旧分譲地や別荘地で跋扈しており、事情をよく知る人の間ではすでに知れ渡った古典的な手口です。国民生活センターや都道府県からいわゆる「原野商法の二次被害」として幾度も注意喚起が行われてきたにも関わらず、今もその手口が廃れることはありません。
開発から4、50年経過した古い分譲地、別荘地では、近年になって相続による世代交代が急速に進んでいて、所有者同士の情報共有の機会も失われています。もともと利用率が低く、更地ばかり残されたような分譲地ではなおさらです。不本意にも無用な土地を相続してしまった次世代の方が、その処分を急ぐあまり、同様の手口の餌食となってしまうケースもたびたび耳にします。
「T不動産」が解散していた?
さて、前置きが長くなりましたがここからが本題です。
先日私用で、T不動産の看板が立てられた、ある別荘地の建物所有者さんとお話しする機会がありました。
分譲当初の購入者はすでに鬼籍に入られており、現在は親族の方が相続しています。幸いその所有者さんは、現在も登記簿上に記載された住所に居住していました。簡単に連絡先が判明し、私はその物件を売却してもらえないかと、直接取引を持ちかけました。
しかし、所有者さんには、個人間の直接取引には抵抗があるので、仲介を依頼しているT不動産に問い合わせてほしいと言われてしまいました。ある日突然連絡をしてきた、素性のわからぬ者との個人間取引を敬遠するのは無理もない話です。しかし、私としてもT不動産に仲介の依頼を行う気にはとてもなれず、そのままその交渉は立ち消えになりました。
ところがその後しばらくして知人から、これまで物件サイト上に多数掲載されていたはずのT不動産の物件情報と会社情報がすべて消えている、との連絡が入りました。T不動産も例に漏れず、全国津々浦々の山林や別荘地、分譲地などの広告を常にネット上に掲載し続けており、私が最後に確認したときには、その取扱件数は1000件近い数に及んでいました。
そんな大量の物件広告が、いつの間にか跡形もなく消え去っており、T不動産の会社情報そのものも、同サイト上から消滅していたのです。電話もかけてみましたが、番号は使われていない旨のアナウンスが流れて、繋がりませんでした。
そこで、T不動産の最新の法人登記事項証明書を取得して確認してみたところ、T不動産は令和4年6月に株主総会の決議により解散していました。
清算結了(会社に残った財産をすべて清算・分配すること)登記は行われていませんでしたが、国土交通省が運営する「建設業者・宅建業者等企業情報検索システム」上では、すでにT不動産の免許番号は欠番になっていました。
T不動産が解散に至った経緯については、この場で証拠もないまま憶測を重ねることはしません。しかし確実に言えることとして、少なくとも私が前述の別荘所有者の方に直接交渉を持ちかけた時点で、すでに同社は解散していたにも関わらず、媒介契約を結んで「看板設置料」を支払っていた所有者の方は、その事実を一切知らされていなかったのです。
また、私の自宅周辺や、千葉県内の各地に立てられている同社の立て看板も、少なくとも私が確認した限りでは撤去されているものはなく、今も現地に残されたままです。もともと自社HPを持たない会社でしたので、解散の事実は登記情報を確認しなければ知るすべがありません。この事実のみを見ても、同社の企業体質というものをうかがい知れるというものです。
名前を変えてまた…
全国各地の限界ニュータウンや別荘地においては、これまでにも、T不動産と同様の営業手法を行っていたいくつもの業者が、ほとんど何の成約実績も残さないまま姿を消してきました。
業者の中には摘発を受けたり、免許取消処分を受けて消滅したりした会社もあるのですが、いずれも依頼者に対しては何らの弁済も行われず、廃業から数年経過した今も、看板だけが取り残されている光景をしばしば見かけます。
一方で、一旦は解散しているにも関わらず、同じ役員によって、再び別名義の法人登記が行われ、同様の営業を繰り返す法人も存在します。登記上はあくまで別会社なのですが、社名が酷似していたり、本店や支店の所在地が同一だったり、場合によっては問い合わせ先の電話番号まで同じだったりするので、その連続性は明らかです。解散→設立を繰り返すことによって、悪評の払拭を企んでいるとしか思えない会社が存在するのです。
とりわけ大阪市に本店を構えるこの手の業者は、営業手法に大差はなく、さらには現地の立て看板のデザインまでもが酷似しており、完全にひとつのビジネスモデルとして確立しています。
2020年に設立された大阪市内のある業者は、登記情報記載の役員名や所在地を見る限りでは、T不動産との関連は確認できないのですが、立看板がT不動産のものと瓜二つです。また送付されているパンフレットのレイアウトも、T不動産やその他の大阪市の業者との共通点があまりに多いのです。
その業者のパンフレットには「現地案内、広告宣伝費は当社負担」「測量・整地・伐採・造成の費用は一切必要ありません」と記載されています。全国各地の、ほとんど価格もつかないような無価値の不動産について、現地に出向いて看板を設置し、さらには登記情報を元に多数の土地所有者の元へパンフレットを送付するその費用は、いったいどこから出ているのかという疑問点については何も語られていません。
ちなみにそのパンフレットに書かれている担当者の苗字も、T不動産のパンフレットに記載された担当者のそれと同じだったりするのですが、ただしこれに関しては、同姓の別人である可能性もあります。それでもこのパンフレットや看板の類似性については、まったくの無関係を装うのは無理があるのではないかというのが、私の率直な感想です。
◇
大前提として、不誠実な業者による被害を防ぐためには、まず自分が所有する物件についての正確な価格相場を把握しておくことが重要です。加えて、そもそも売却が困難で持て余している土地に関して、頼んでもいないのに舞い込んでくるような勧誘のDMや電話などは基本的に相手にしない、この2点が原則である点は変わりません。
しかし近年では、従来の「高額査定→手数料」の手口とは異なる、新手とも言える勧誘手口が静かに広がりつつあります。「負動産」という言葉が一般化しつつある中、地方の不動産が高く売れるなどという謳い文句は次第に説得力を失いつつありますが、時代が変われば悪徳業者の手口も変わるものです。
タイムリーな話題や時事問題を絡めて絶えず新しい誘い文句を考案してくるものなので、一つの手口の内情を見て終わるのではなく、引き続きこれらの業者の動向に注意を払う必要があると考えています。
具体的な手法についてはまた次回、触れたいと思います。
(吉川祐介)
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