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岸田政権が掲げる「新しい資本主義」のなかでも、「資産所得倍増プラン」は看板政策だ。人生100年時代を見据え、2023年は「貯蓄から投資へ」のシフトを大胆かつ抜本的に進めるという。
具体的には、「NISA(少額投資非課税制度)」の拡充、「iDeCo(個人型確定拠出年金)」の改革に加え、顧客本位の業務運営、金融経済教育の充実、また消費者が信頼できるアドバイスの提供の推進、といった総合的な取り組みを進めていく。
物価高が進む中、給与所得が上がらないこともあり、「資産所得倍増プラン」への期待も高まっているだろう。老若男女問わず、NISAをはじめ資産運用への関心も高い。こうした状況は、金融機関にとっては追い風となるはずだが、実際はどうなのか? 今回はこれについて考える。
「新しいNISA」、投資額を56兆円に倍増へ
「NISA」とは、日本国内での株式・投資信託などにおける売却益や配当を非課税とする制度である。現行のNISAには「一般NISA」「つみたてNISA」「ジュニアNISA」の3種類があり、それぞれ非課税期間や投資対象、運用期間などが異なっている。
NISAは2014年に開始以降、制度が頻繁に変わったことで、手続きなども複雑化しており、利用者からも不評だった。しかし、2024年1月から、シンプルで使い勝手のいい「新しいNISA」に生まれ変わる予定だ。
新しいNISAでは「一般NISA」と「つみたてNISA」を一本化、「ジュニアNISA」を廃止、非課税期間を無期限にし、年間投資上限額を最大360万円に引き上げ、生涯に渡る非課税限度額も1800万円に増やす予定だ。

「新しいNISA」制度の概要(金融庁Webサイトより)
政府は今後5年間で、NISA口座数を3400万、投資額を56兆円にまでそれぞれ倍増させる目標を示している。「官民一体となって個人の証券投資を盛り上げていきましょう」との岸田首相の掛け声もあり、ネット上でも、新しいNISAの解説や、どの金融機関でNISA口座を開設すべきか、といった記事が溢れかえっている。
NISA口座は、証券会社・銀行・信用金庫、郵便局などの金融機関で開設できる。したがって、大手証券会社やメガバンクだけでなく、個人向け金融商品販売を強化する地銀や信金にとっても、一大ビジネスチャンスの到来と言えよう。
しかし、取扱商品や手数料などは各社によって異なる。例えば、NISA口座の投資商品のうち株式やETF(上場投資信託)は、銀行や郵便局では取引できない。このため、NISA口座の多くは証券会社で開設されることが多い。特に、取扱商品が圧倒的に多く、販売手数料なしの商品などが充実しているネット証券が人気だ。
「楽天エコシステム」と「地銀連合構想」
日本証券業協会の調査によると、証券会社のNISA口座数は1144万口座(2022年9月末時点)にのぼるが、そのうち、トップの楽天証券とSBI証券の2社のシェアは過半を超えている。iDeCoに関しても、SBI証券と楽天証券が口座数と残高ともに圧倒的なシェアを占めている。
例えば、楽天証券のNISA口座数は373万口座に達しており、NISA稼働口座数も70.2%と高い(2022年6月末時点)。NISA口座全体の31%を占め、つみたてNISAに至っては59.1%とともにシェアNo.1だ(2022年3月末)。
その原動力となっているのが、「楽天経済圏」の存在である。電子マネー、ポイント、クレジットカード、銀行連携が一体となった「楽天エコシステム」により、便利で魅力ある顧客サービスが実現している。投信積立、つみたてNISA、iDeCoが、相互にリンクしながら資産形成サービスが形成されており、ポイント投資、クレジットカード決済など、楽天グループの連携により顧客の囲い込みも進化している。
一方、SBI証券のNISA口座数は318万口座(2022年9月末)でシェアNo.2だ。2021年12月、SBIグループにはSBI新生銀行も加わっており、「地銀連合構想」を掲げている。SBI証券と、金融商品仲介で提携する地銀・信金を通じた全国規模のネットワークは、絶大な集客力を誇る。
なお、NISA口座数3位のマネックス証券は、2022年12月、イオン銀行と金融商品仲介業務で包括提携している。イオン銀行が持つ子育て世代など、NISAに関心が高い顧客の取込みを目指している。
既存の銀行や証券会社には逆風に
こうしたネット証券の躍進を横目に、早くもあきらめムードが漂うのは、メガバンクや地方銀行、信用金庫、大手証券会社といった、対面ビジネスに強みを持つ既存の金融機関だ。
NISAに限らず、投信や個別株など金融商品販売では、ネット証券が幅広い層で利用されるようになっている。その利便性や手数料の安さなどから、デジタルネイティブ世代だけでなく、30~50代のミドル世代、そしてシニア層に至るまで支持を拡げている。店舗ネットワークと営業員を活用し、対面にて金融商品を販売してきた既存の金融機関には逆風だ。
口座管理システムなどシステム構築と運営コストも負担となり、投信など金融商品販売の純利益がマイナスの金融機関も多々あるとみられる。
NISAよりも「仕組債」や「外貨建て保険」
「なぜ、わざわざメガバンクや大手証券会社でNISA口座を開設しなくてはいけないのか?」
「SBI証券や楽天証券、マネックス証券や松井証券のほうが、早くて安くて便利で商品ラインナップも豊富ではないのか?」
このような利用者の素朴な疑問もある。
メガバンクや大手証券会社、地銀の証券子会社を利用しても、手数料は割高で、ネット証券のようなポイントが加算されるわけでもない。ネット証券とは違い、対面サービスに強みがあるというが、FA(資産運用アドバイザー)には当たりはずれがあったり、助言や投資情報がありきたりで、商品説明や手続きが長かったりする。
また既存の金融機関は、「NISAは儲からない」「面倒くさい」と消極的な一方、リスクの高い仕組債や外貨建て保険などの販売に注力してきた面もある。こうした商品の販売は顧客トラブルにもつながってきた。NISA拡充で公的年金の代替として国民の資産形成を促したい金融庁などからすれば、不信感につながることになる。
このように、1)すでにネット証券の独壇場であること、2)システムコストなどの費用が増加すること、3)追いつかないFAの育成、といった理由から、中小金融機関を中心に金融商品販売を縮小したり、事実上撤退したりする動きもある。特に、NISAだけでみると採算は厳しいのだ。実際、つみたてNISA向けの投信は販売手数料がなく、信託報酬も低い。
城南信用金庫(東京)や中小の信金、地場の中小証券会社など、NISAを最初から扱っていない金融機関も実は多い。HP上に品揃えはあるが、人員の配置など積極的には行っておらず、開店休業状態の金融機関も散在する。
三大ビジネスの柱はやはり貸出
銀行の三大ビジネスは、「貸出手数料」「有価証券運用」であるが、「資産所得倍増プラン」という一大ビジネスチャンスがありながら、ネット証券に席捲され既存の銀行の出番は少なそうだ。
NISAやiDeCoに加え、投信や債券など、金融商品販売による手数料収入を、銀行の大きな収益の柱にしようという試みはこのままでは頓挫しそうである。有価証券運用に関しても、米国金利上昇や日銀ショックにより、米国債だけでなく日本国債でも多くの銀行が含み損を抱えており、先行きは明るくない。
消去法的ではあるが、この先も銀行ビジネスの本丸は貸出業務ということになる。コロナ対策として実施された無担保・無利子の「ゼロゼロ融資」の返済が本格化し、不良債権が増える懸念はあるものの、2023年4月の日銀総裁交代以降、金融政策の変更で利ざやが改善する期待感もある。SBI証券や楽天証券などネット証券の躍進などもあり、銀行は個人向け金融商品販売よりも、貸出業務に再注力するはずだ。
(高橋克英)
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メガバンク、証券会社に勤務した経歴を持つ筆者が、地銀・信金を取り巻く環境を細かに分析。投資用不動産向け融資の動向を予測します。
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