久しぶりに海外旅行に出かけた。行き先は韓国である。同行者は、韓国旅行に行き過ぎて、韓国語が喋れるようになってしまったという「韓国マニア」の編集者・Tさんだ。
実は、コロナ前の最後の海外旅行も韓国だった。
2020年2月のことだったが、韓国に渡る前日に、新興宗教「新天地」において集団感染が起きたと報道されていた。それによるピリピリムードは今も覚えている。どこに行っても人気がなく、ピリピリした雰囲気が漂っていた。
魅力的でリスクの高い取材対象、「廃墟」
約3年ぶりに歩いたソウル市内。人通りはかなり多かった。マスクをつけている人が多いものの、みんな明るい雰囲気だ。飲食店も盛況で、日本と同様、コロナに対する警戒心は下がっていた。
韓国旅行で、ショッピングや飲食を楽しみたいと思っている人には朗報だろう。
とはいえ、僕に限っては、韓国旅行であまり普通の繁華街を歩いたことはない。ついついスラム街、反日施設、犬肉市場……など、普通の日本人観光客は行かないであろう場所ばかりに足を運んでしまう。
今回もTさんから、「遊園地の廃墟に行きませんか?」と誘われた。
最初は、少し返事をためらってしまった。
廃墟というのは、非常に魅力的な取材対象でありながら、リスクが高いという一面もある。廃墟といえど、撮影するには許可がいる。ただ、許可をとろうにもどこに連絡をしてよいのかわからないケースも多かった。
僕がライターをしていた、2000年代のサブカル雑誌は何でもアリでイケイケだったため、正直、許可を得ないまま撮影を強行するケースも多かった。そうなると、取材現場で警察を呼ばれて逮捕されてしまうライターもいた。廃墟に入って写真を撮っていたなんて軽い罪に思えるが、前科がつく場合もある。
たとえ捕まらずに撮影を強行して写真を撮ったとしても、紙面に載っている写真が無断で侵入して撮影されたものだったとしたら、後日に訴訟される可能性もある。
こういったリスクがある廃墟取材を、僕はすっかりやめていたのだ。
先日、心霊スポットを巡る人気YouTuberのディレクターに話を聞いたが、やはり苦心していた。
チャンネルを開設した当初は無断で入って撮影していたが、人気チャンネルになった後は全て許可を取っているそうだ。地番から登記事項証明書を取得して、持ち主を見つけた後に交渉して……となかなか大変な作業をしているという。
そんな理由から返事に困っていると、Tさんは僕の心中を察したのか、「この廃遊園地は合法です。撮影所として有料で開放してるそうです。多くの映画で使われているそうですよ」と付け足した。合法ならばなんの問題もない。喜んで行くことにした。
K-POPファンの「聖地」にも
その廃遊園地は、「ヨンマランド」という。ソウル市チュンナン区の最寄りのバス停から歩いて向かった。ヨンマは、漢字だと龍馬と書く。龍馬というと坂本龍馬のことを思い浮かべるが、そうではなく、チュンナン区で最も高い山である、龍馬(ヨンマ)山からつけられている。
山の名前がつけられているだけあって、かなり急な坂道で、ゼイゼイ息を切らしながら登っていく。周辺は閑静な住宅街だ。遊園地がある雰囲気の街ではない。
しばらく登っていくと、「WELCOME MAGIC LAND」と書かれたゲートが見えてきた。

入口のゲート
ゲートの横には小さな受付の小屋がある。張り紙には「ヨンマ撮影所」と書いてあり、これが現在の正式な名称らしい。
掲示板には、映画のポスターがたくさん飾られている。廃遊園地だけあってホラー寄りの作品が多い。またK-POPの撮影現場としてもよく利用されている。帰国後にK-POPファンの女性に話を聞くと「ああ知ってる! 聖地だよ!」と興奮気味に言われた。
窓口には大人10000ウォン(約1000円)、子供5000ウォンと書かれている。だが小屋の中に従業員はいない。どこかにいないかと施設周辺をウロウロと歩いていると、背後から声が聞こえてきた。振り向くと日本人の女性5人組だった。
うろついている僕らを見て「どうしたんですか?」と聞いてきた。
「受付に人がいないんですよ」と答えると、女性たちは「勝手に入っていいみたいですよ」と言って、正門を押しはじめた。
驚いたことに、ギギギと正門は開いた。多少の後ろめたい気持ちを感じつつ、女性たちに続いて僕たちも入場した。
当時の様子がありのままに
ヨンマランドは1983年に営業が開始された。当時の様子を調べると、開園当時は賑わっていたそうだ。1989年に大型テーマパーク「ロッテワールド」が誕生した後も、近隣住民に愛されて客足は途絶えていなかったらしい。
その後、90年代半ばにリニューアル案が出されたものの、開発途中で頓挫。工事は中断されてしまった。経営状態がめちゃくちゃになり、老朽化した乗り物を新調したり、修理したりするお金も用意できず、一台また一台と運行を取りやめていった。

園内の様子
YouTubeに2002年の園内の様子がアップされていたが、かなり賑わっている様子だった。バイキングや宇宙船バトル観覧車は稼働している。こんなに流行っていたのに経営状態の悪化で廃業することになるとはもったいない。
園内に入ってすぐに、そんな、当時の雰囲気が保たれているのが分かった。
古びたFRP製の恐竜の骨。
ボロボロに文字が抜けた看板。
色が抜けた休憩所のソファ。
錆びついてもう動くことのないコースター。
誰もが想像する、廃遊園地である。

すっかり色が変わってしまったパンダの乗り物もあった
歩いていると、回転する円盤に乗るアトラクションの背景に、アルバム『BAD』のジャケットのマイケル・ジャクソンらしき人物が描かれていた。『BAD』の発売は1987年だからその頃に描かれて、閉鎖するまでそのままだったのだろう。
最後の方は、かなり時代錯誤な施設になっていただろう。無理に近代化せずに、ひっそり潰れたのが今となっては良かったのかもしれない。

アトラクションの背景にはマイケル・ジャクソンらの絵が
……などと思っていると、韓国語で話しかけられた。振り向くと、従業員のおばさんだった。勝手に入ったのを怒られる……と思ったが、言われるままに10000ウォン払うと、「楽しんでいってね」と言って笑顔で立ち去った。その後、離れた場所を歩いていた日本人女性グループから集金していた。どうやら強引に入り口を開けるというのは、正解だったようだ。
安心したところで、1つ1つのアトラクションを見る。もちろんどのアトラクションも動かない。

コースターに骸骨が乗っていた
ただ一番よく撮影で使われる古いスタイルのメリーゴーラウンドは、2015年に発売されたTWICEの『Like OOH-AHH』のPVで電飾がついていた。
他にも使われていた動画では、きちんと回転もしていたが、人力で動かしていたのかもしれない。
雰囲気のある古いメリーゴーラウンドだから、いろいろな需要があるのだろう。

雰囲気のあるメリーゴーラウンド
旋回型アトラクションの中心部は、機械がむき出しになっていて、工業用品のようなかっこよさがあった。
思わず乗ったところをTさんに写真を撮ってもらう。普段の一人旅だとなかなか自撮りするのが難しいのでありがたい。

ケーブルがむき出しになったアトラクション

筆者も思わず乗ってみた
バイキングやバスの乗り物も、K-POPのMVで大きく登場しているので、ファンにはたまらないだろう。
どのアトラクションも自由に触れるし乗ることができたが、ツタの生えた洋館風のお化け屋敷だけは施錠されていて中に入ることはできなかった。

洋風の建物にはツタがからまる
子供用の100円玉を入れるとしばらく揺れる乗り物も大量にある。
デパートの屋上の遊園地や、薬局の前で見るアレだ。正式名称はなんというのだろう? と思いネットで調べてみると、「電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物」と出てきた。長過ぎて絶対に覚えられない。

たくさんの乗り物がそのまま並べられている
ディズニーや日本アニメをちょっとパクってるかな? と感じるような乗り物もあったが、そこまであからさまなものはなかった。
戦車やジープ、F1カーは、かなり正確な形で作られていた。最近ではすっかり見なくなったパンダの乗り物も泥だらけの姿でいた。
アトラクションの座席もたくさん放置されていた。
ミッキーマウスもどきが腹ばいになった形の四人用の座席、ボートの形の座席、巨大なバイキングの座席も並べられている。
展示してあるというより、放置してあるという感じだ。

キャラクターはどことなくミッキーマウスにも似ている

戦車の形の乗り物も
撮影スタジオとしては破格
施設の奥の方に行くと段々荒れてくる。
さまざまなものが適当に積まれて、グチャグチャになっている。遊具だけではなく、フレコンバッグに詰められたゴミや針金の束なども放置されていた。まだ生きている施設だから、ゴミは落ちていないし、破壊されたりもしていないが、やはり廃墟感はあちこちから漂っている。

さまざまなものが積み上がっている

かつて乗り物だったものも
廃墟好きにとっては、逆にこの殺伐とした雰囲気がたまらなく良いのだ。
遊園地の奥には建物があり、屋上に上がることができた。
手すりがないのでドキドキしながら慎重に登ると、猫がいた。積もった雪を踏まないように注意しながら歩いていた。餌をあげているのか、そこいらに野良猫がいて、猫好きとしては思わず写真を撮ってしまった。

園内を闊歩する猫
屋上からは、園内が一望できた。
さほど大きい施設ではない。生きている施設は、ポカリスエットの自動販売機だけだった。園内では従業員2人と会ったが、実際2人で十分管理できるだろう。あまりお金をかけず運営できている。

それほど大きな施設ではないようだ
実際に来てみると、乗り物に乗れない遊園地は、すぐにやることがなくなることに気づいた。先に来ていた日本人女性グループも1時間足らずで帰っていった。僕は動画、静止画の撮影をしたので2時間くらいはいた。
来園者は撮影目的の人が多く、ウェディングドレスで撮影をする人も少なくないそうだ。ハロウィーンのコスプレ撮影にもバッチリ向いているだろう。
撮影スタジオの値段は意外と高い。1時間1万円以上の場所も少なくない。以前、頼まれて、漫画キャラのコスプレの撮影会にカメラマンとして参加したことがあったが、「みんなでスタジオ代を分割しても、結構な値段になる」と大変そうだった。それを考えると、1000円は破格に安い。ここで撮影するのを主目的に韓国旅行をしても、良いくらいの値段だ。
日本の「廃墟」をめぐる社会問題
実は日本にも開放されている廃墟はある。廃墟だが、きちんと管理されてスタジオになっている「八潮市元病院スタジオ」のような場所もあるし、和歌山県の友ヶ島のように戦争遺跡を自由に見ることができる場所もある。
本物の廃墟ホテルを利用したお化け屋敷『きもだメッセ神戸』も人気だった。本物の廃墟なのだから、雰囲気は抜群だ。YouTubeに館内の様子が映されていたが、こんな怖い場所歩けないわ! と思った。
ただ、やはり合法的に入れる建物系の廃墟は少ない。温泉街などに多い廃墟ホテルや、廃墟ショッピングモール、廃墟秘宝館などは廃墟好きからは人気を集めるが、もちろん無断で入ることはできない。
廃墟はもちろん施錠されている場所が多いが、「先駆者」が柵に穴を開けたり、ガラスを打ち破ったりして、実質フリーで入れてしまう場所も少なくない。
撮影したり探検するだけでも問題ではあるが、内部を破壊したり、放火する人も多いという。多くの廃墟には火がつけられた跡が残っている。廃村に火がつけられて、村の半分が焼け落ちた場所もあった。このケースでは、正確には「廃村」ではなく「限界集落」で、まだ住んでいる方がいらっしゃった。下手をしたら、火事の被害に遭われていたかもしれない。
また、日本全国を旅行していると、廃墟になったホテルがいかにたくさんあるかを思い知る。

廃墟となった建物が立ち並ぶ鬼怒川温泉(PHOTO: kazu8/PIXTA)
こうした廃墟を放置するのではなく、きちんと管理することができれば、さまざまなメリットがあるだろう。例えば合法的に入って撮影することができるなら、「コスプレや映画などを撮影したい人」「廃墟が好きな人」が集まるかもしれない。維持費もあまりかからないはずだ。
ただ、提案しておいてなんなのだが、廃墟好きは、「管理されてる場所なんて廃墟じゃない! 新たな発見もない! そんな用意されたものが見たいんじゃないんだ!」という、とても迷惑な気持ちを熱く持っているケースも多い。
僕は、軍艦島に許可を取って入ったのだが、「漁船をチャーターして違法で入った」という人もいた。こういう人に、なんとなく敗北感を感じるのも事実だ。
だから廃墟マニアが、合法有料で入れる廃墟ができたら行くのか? と言われると、「行かない気がする」というのが本音なのだ。
それでも、やはり『廃墟』をめぐる問題を放置していてはよくない。
廃墟の所有者、廃墟の周辺に住んでいる人たち、そして最後に廃墟好きの人たちが安全で満足できる落とし所が見つかると良いと願う。
(村田らむ)
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