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初めまして。弁護士の滝口大志と申します。私はこれまでに弁護士として、建物明渡し請求事件に200件ほど関わってきました。世の中、これほど賃料の未払いが多いのかと、びっくりしています。

今回、賃貸物件オーナーの皆さまに建物の明渡しにまつわるトラブル全般について、弁護士目線での解説記事を書かせていただくことになりました。私が弁護士としてさまざまな建物明渡し請求事件を担当する中で見てきた実際の事例などをもとに、賃貸物件オーナー様に役立つ情報をお届けできればと考えております。

第1回目となる今回は、賃料を滞納する入居者を退去させる方法について解説していきたいと思います。入居者を退去させるには段階を踏んで対処する必要があります。最終的に裁判に持ち込むことで、賃貸オーナー様にとって有利に解決することができる場面も数多くあります。

とはいえ、そもそも何故裁判を起こす必要があるのか分からない。どのタイミングで裁判を起こせば良いのか、なかなか判断が付かない。というのが、実際のところと思われます。

そこで、まずは入居者とのトラブルが発生してから、裁判に至るまでの流れや、どのようなケースが裁判に発展するのかについて、お話していきます。

最後にチャンスを与えてもダメなら契約解除

不動産賃貸業の大きな目的の1つは、賃借人から支払われる賃料から収益を得ることにあります。今後の賃料の支払いが見込めないのであれば、一日も早く、現在の賃借人を賃貸物件から退去させて、新しい賃借人が入居可能な状態にしなければなりません。

早期の明渡しが完了して初めて、収益が回復するのです。投資物件でローンの返済があるときには、より一層切実であることは読者の皆さんは、身に染みていることと思います。そのためには、まずは賃貸借契約を解除する必要があります。では、賃貸借契約を解除するには、どのようなステップを踏む必要があるのでしょうか。

賃料の未払いが発生したことを理由に賃貸借契約を解除するためには、賃借人が未払いを解消するための最後のチャンスを与えなければならないとされています。これを「催告」といいます。

この催告から法的な手段をとるまでには1週間程度の猶予期間を設けるのが通常です。それでも未払いが解消されない。そのときに、賃貸人は賃貸借契約を解除することが可能となります。

契約が終了することで、入居者は物件を賃貸人に明け渡すべき義務を負うことになり、明渡しが完了するまで不法占有の状態になります。

家賃滞納した入居者を強制退去させるまでに必要な手続き

大家さんとしては一日も早く退去してもらいたい状況と言えますが、ここで実力行使に出るなどやり方を間違えると、賃借人から慰謝料を請求されるといった逆襲を受けることもあるかもしれません。粘り強く交渉し、適正な手続きを経る必要があります。

契約を解除した段階で、賃貸人が賃借人に対して任意退去を促すこと自体が直ちに違法であるということはありません。賃貸人から賃借人に電話する、自宅に手紙を送る程度であれば、違法とは言えないでしょう。

結局は程度の問題であり、それが社会通念上相当な範囲を逸脱するような態様であれば、違法性を帯びることとなります。後ほどお話する「追い出し屋」を雇うなどもその一例です。

大家さんが裁判を起こすメリット

賃借人が自発的に退去してくれればありがたいのはもちろんのことです。しかし、いかに交渉しようとも、賃借人側が任意退去を拒否するならば、やはり諦めざるを得ません。任意交渉だけで明渡しを実現するのは難しいのが実際のところです。

そこで、契約を解除したら、強制退去に向けて早々に明渡しの訴訟を起こすことになります。そうすることで、賃借人の意向に左右されずに、賃貸人のペースで明渡しに向けて進めることができるようになるのです。任意退去の場合、賃借人が「来月出ていきます」「やっぱり年末まで」などと言って居続けることが珍しくありません。

裁判を起こす一番の目的は、いつでも強制執行できる状態にすることにあります。強制執行となれば、たとえ賃借人が「嫌だ。出て行きたくない」と言ったとしても強制的に物件内の家財を撤去して明渡しを完了させることが可能となります。

この強制執行こそが肝といえます。任意交渉と並行して、早々に明渡訴訟を提起して債務名義の取得を目指していくのが、確実かつ安全です。

訴訟に発展する典型的な事例とは

入居者が自発的に退去してくれない場合は、建物明渡し請求訴訟を起こすことが有効という話をしてきました。訴訟に発展するケースはどのくらいあるのでしょうか。

ざっくりとした話となりますが、「裁判所データブック2022」によると、日本全体の1年間の裁判(民事事件)の件数は2021年に約13万件であり、そのうち約2割が建物に関する事件が占めています。

これまでに私が担当した賃貸トラブルの中で、訴訟に発展する典型的な事例としては、賃料の未払いが解消しないので建物の明渡しを求めるというものです。

このようなケースでは、仮に裁判になっても、基本的には賃貸オーナーが勝つ傾向が強いといえます。ただし、結局は一つ一つの事実関係は異なりますので、一概に言い切れないことにはご留意いただければと思います。

明渡しを実現するだけでなく、未払い賃料を回収することももちろん重要です。しかし、通常は賃借人の経済状況が悪化しているため賃料の支払いが滞っているというケースがほとんどです。現実には未払いの賃料を回収するのは難しいことが多いように見受けられます。未払いの賃料を回収することよりも、早々に明渡しを完了させて新しい賃借人から賃料収入を得ることに重点を置くのが現実的といえるでしょう。

裁判を起こすタイミング

入居者が賃料を滞納している場合、何カ月滞納が続いたら訴訟に持ち込むかは迷うところだと思います。

過去の判例では、1カ月分の賃料の未払いを理由に賃貸借契約を解除できるかが争点になった事案があります(最判昭51・12・17民集38巻12号1411頁参照 )。

この判例によると、賃貸借契約を解除するためには「賃貸人と賃借人との間の信頼関係が破壊されているものと評価できる事情」が必要であるとされています。

つまり、賃借人が1カ月分の賃料の支払いを怠ったとしてそれだけでは決定打ではなく、多数回に及ばなければなりません。賃貸借契約というものは継続的な法律関係なので、1回くらいの「手元不如意」は大目に見ているものといえます。

では、何カ月分の滞納で信頼関係が破壊されたと言えるのでしょうか。一概に何カ月とはいい切れない面がありますが、過去の裁判例などに照らすと、3カ月分の滞納であれば請求が認容される傾向にあるように思われます。したがって、1つの目安としては3カ月分以上の滞納が発生したときが、裁判を起こすタイミングということになります。

追い出し屋を雇うのはアリか?

このように裁判を起こすまでには、少なくとも家賃滞納が始まってから3カ月程度の期間が必要です。裁判を経て強制執行に至るまでにはさらに時間がかかります。

裁判手続きを経て明渡しを実現するよりも、早く、安く、賃借人を賃貸物件から退去させてしまおうという考えもあるかと思います。

実際、物件から入居者を退去させることを目的とした「追い出し屋」といわれる業者の存在があります。追い出し屋は、およそ社会通念上相当とは言えないような方法で任意退去を迫る事案が多数見受けられます。

このような追い出し屋を雇って退去させる行為は、司法手続きを経ないで実力で権利を回復する「自力救済」にあたり、法で禁止されています。

差し迫った状況でやむを得ない「緊急避難」的な状況を除いては、たとえ家賃を滞納している入居であっても実力を行使して追い出すことはできないのです。

賃貸人は賃借人から損害賠償責任を追及されるだけではなく、強要罪や不退去罪などの刑事責任を問われるリスクがあります。賃料の滞納を何とかしようとして、かえって立場が悪くなるようでは、まさに本末転倒でしょう。

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家賃を滞納する入居者を合法的に退去させる手段として、建物明渡し請求訴訟があるというお話をしました。

今後は、建物明渡し請求で問題になりがちなことが何かを取り上げてまいります。読者の皆様におかれましては、これまでに「もっと上手くやれたのに」と身に染みたご経験をした方もおられるでしょう。ちょっとした手順のミスで問題がこじれてしまうこともあります。

建物明渡し手続き上のミスをリカバリーするためにはどうすれば良いのか。どのような工夫をすればミスを防ぐことができるのか。賃貸オーナー様が「紛争になったときに困らないようにするには、どうすればよいのか」という視点で、お話していければと思います。

 (滝口大志)