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2023年5月26日に、宅地に関する新たな法律が施行されます。2021年7月に静岡県熱海市で発生した大規模な土石流がきっかけでできた、危険な盛土を規制するための法律です。この法律は、不動産の所有者であり不動産投資を行うあなたに、どんな影響をもたらすのでしょう。新法施行前に、法律の内容と、投資家への影響を簡単に解説していきます。
【目次】
・熱海市で何が起こったのか?
・新法はどんなものなのか?
・不動産投資家にはどんな影響があるのか?
・新法が地価に影響する可能性も?
熱海市で何が起こったのか?

7月4日に静岡県がドローンで撮影した、土石流の起点となったとされる地点(画像=静岡県)
冒頭でもお話したように、2021年7月3日午前10時30分、静岡県熱海市伊豆山地区の逢初川の上流にあった盛土が、豪雨のために崩壊。土石流となって流下し、下流部に甚大な被害をもたらしました。この上流部の盛土の規模は、図1に示すように、高さ約70メートルにおよぶ大規模なものでした。

図1 崩壊地の盛土形状(出典:静岡県 第2回逢初川土石流の発生原因調査検証委員会委員会資料10)左側の図は、一番上が自然の地形・一番下が造成後の地形を示す。斜面だった場所が盛土や切土で段々になり、平坦地が作られていることが確認できる。右側は地形の断面の想定図。縦軸が高さ・横軸が距離を示している。高低差が70メートル以上ある大規模なものだったことが分かる
しかも、この盛土。熱海市や静岡県から、再三指導を受けていたイワクツキのものでした。県の調査によると、この規模の盛土にもかかわらず、適切な排水施設が設置されていた形跡がありません。
この場所は、逢初川の源流部に位置するので、雨が降れば水が集まる場所です。当然、盛土の中にも水が浸透します。専門的な話は端折りますが、盛土内に水が溜まると、地盤の強度は低下します。雨が降って盛土内の水位が上がれば、盛土はどんどん不安定化します。
それを防ぐための排水施設がないわけですから、この盛土はいつ壊れてもおかしくない不安定な状況だったと言えるでしょう。
このように、この災害は、自治体によって危険な盛土の存在が認識されていたにも関わらず、既存の法律では有効な対応が出来なかったために発生したとも解釈できます。
さらにこの災害後、全国の約3万6000カ所の盛土を国交省が目視などで確認したところ、1000カ所以上で是正が必要な盛土があることが分かりました。
この事実が、既存の法律では、危険な盛土を規制できていないことを明確に示してくれました。このため、今回の新しい法律「宅地造成及び特定盛土等規制法」が制定されることになりました。これは、森などの土地を宅地にする「造成工事」に伴う土砂災害を防ぐ法律、「宅地造成等規制法」の一部を改正した法律です。
新法はどんなものか?
この災害を受けて作られた法律の中身を確認していきましょう。
法律の目的は「宅地造成、特定盛土等又は土石の堆積に伴う崖崩れ又は土砂の流出による災害の防止のため必要な規制を行うことにより、国民の生命及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉に寄与すること」(法律要綱より抜粋)、つまり、分かりやすく言えば「土砂災害を防止し、国民の命や財産を守ること」です。
表1を見ると、盛土を規制する既存の法律5つで規制対象となっている盛土が多数あることがわかります。

表1 既存盛土の総点検箇所数と関連法規(出典:内閣官房 盛土による災害防止のための関係府省連絡会議 第4回資料)
しかし、熱海市の災害後に行われた盛土点検では、さらに1000カ所以上の危険な盛土が見つかっています。これだけの法律で規制をしていても、実効性のある規制が行えない場合があったことが分かります。これを解消しようとするのが新法です。
国は、新法制定にあたって(1)スキマのない規制、(2)盛土の安全性の確保、(3)責任の所在の明確化、(4)実効性のある罰則の制定の4つの柱を打ち出しています。それぞれについて、ざっと触れていきましょう。
(1)スキマのない規制
旧:土捨て場や土の仮置き場のような盛土には規制をかけられない
新:土捨て場や土の仮置き場のような盛土(新法では「土の堆積」と呼ばれています)に対しても規制をかけられる
(2)盛土の安全性の確保
旧:盛土の安全性評価をする際、盛土中の地下水の影響を考慮しない
新:地下水の影響を考慮した検討が行えるように、技術整備が図られる
(3)責任の所在の明確化
旧:所有者に対して、ケースによっては規制違反行為の是正を命令することができない。また、盛土がある土地を安全な状態に保全する義務はない
新:危険な盛土を行った行為者についても是正措置等の命令ができるようになる。盛土がある土地の所有者は、常時安全な状態を維持することが求められる。
(4)実効性のある罰則の制定
危険だと指定された区域で無断で工事を行ったり、危険な盛土に対する是正措置命令に違反したりした場合は罰則が課されます。個人に対する責任だけではなく、法人による組織だった行為に対しても罰則を与えることが可能です。
旧:農地を規制する「農地法」にて罰金300万円以下、法人重科1億円以下が定められていたが、これを超えるものはなし
新:最大で懲役3年、罰金1000万円以下に加え、法人重科が3億円以下
不動産投資家にはどんな影響があるのか
不動産投資家のあなたが最も気になる点は、「自分にはどんな影響があるのだろう」ということですよね? 不動産投資家の皆さんへの影響が出るケースとして、次の2つが考えられます。
(1)所有している土地が規制区域に指定される
新法では、以前から規制されていた「盛土のある市街地」と新たに追加された「崩壊によって市街地に影響を及ぼす可能性がある盛土など」を規制区域として指定します。表2でいうと、左側の2つが前者、右側が後者です。後者の条件がポイントで、「保有しているのが近くに市街地がない山中の土地だから、盛土があっても新法の影響はない」とは言えない状態です。

表2 宅地造成等規制区域と特定盛土等規制区域(出典:国土交通省HP 宅地造成及び特定盛土等規制法の施行に向けた準備(2022年12月26日時点)別紙1 基礎調査実施要領(規制区域指定編)の解説(案))新たに追加された規制区域(右側2つ)を見ると、市街地と離れた盛土も規制されることが分かる。市街地の上流にある盛土は、土石流の原因になりうるという
例えば、太陽光発電所などを所有している人は注意が必要です。敷地内に盛土や崖があるなら、それが安全な状態を維持できているのかを把握して、必要であれば安全を確保する措置をとらなければなりません。
また、あなたが所有している土地を土捨て場等として貸している場合、あなたは、土捨て場の盛土が常に安全な状態にあるように、使用者に求めなければなりません。おかしな利用をされていれば、自治体に報告する等、安全を維持するために対応しなければ罰則の対象となります。
盛土造成地の中でも3000平米以上の「大規模盛土造成地」から順次調査が進められます。先に述べたような土地利用をしている不動産オーナーは、所有地が適切に利用されているかなどを確認し、不安な場合は自治体などに相談されることをお勧めします。
新法による規制はまだ始まっていませんが、少なくとも、旧来の規制区域に合致する場合は購入時の重要事項説明で触れられているはずです。
(2)物件のある大規模盛土造成地に危険性が見つかる
大規模造成地の中にも、谷埋め盛土や腹付け盛土など、豪雨や地震時に不安定化する盛土が存在します。こうした場所で土砂崩れなどの災害が起こると、甚大な被害が出ます。そのため、これまでも厳重に危険度評価がなされてきました。
これまでの大規模盛土造成地の危険度評価では、盛土内の地下水の影響を考慮していませんでした。しかし新法制定によってこれが考慮されることで、新たに危険地と評価される場所が出てくることが予想できます。
危険であることが分かった盛土造成地は、宅地耐震化推進事業(宅地造成等規制法に基づき創設された事業)に基づいて補修費用の一部が国庫から補助されますが、一部は住民負担となります。このため、補修事業が実施されない可能性があります。
似たような事例として、東日本大震災で大規模な液状化被害のあった千葉県浦安市の液状化対策工事があります。対策工事の費用負担を望まない住民が多かったため、多くの地域で工事が行われなかったのです。
危険な盛土のある地域でこのようなことが起こると、防災上危険な地域が残されることとなります。指定された盛⼟の下流域にある地域も含めて、 将来的に地価が下がる可能性がありそうです。
盛土に関する情報は、既に公表されているものもあります。たとえば東京都は「大規模盛土造成地マップ」を用意していますし、他の自治体同様の情報を公開しています。
現在、投資を検討中の案件があるのなら、自治体のホームページ等で検索してみてください。なお、災害上の危険性は、盛土地域だけではなく、その地域よりも低い地域にも及びますので、その点も考慮してリスクを考えてみてください。
新法による新しい規制区域の指定は、新法施行以降のことになります。規制に備え、物件購入をする際や不安な土地がある際は以下のことをチェックしておくとよいでしょう。
■事前チェックポイント
・対象地が大規模盛土造成地として指定されているか
・対象地の盛土崩壊によって、市街地や集落に被害を及ぼすことがないか
・大規模盛土造成地に隣接していて、盛土による被害を受ける可能性のある物件でないか
・物件のまわりに、崩壊して被害を生みそうな危険な盛土がないか

東京都八王子市の大規模盛土造成地マップ。盛土の情報が地図に重なって表示される
新法が地価に影響する可能性も?
このように、1つの災害がきっかけで、盛土を取り巻く法律が、急ピッチで整備されたことは、防災の観点からはとても良いことと言えます。しかし、それによって、不動産価値に何らかの影響が生じることも事実です
特に、盛土の場合、盛土の崩壊によって被害を受けるのは、盛土の所在地よりも低い地域です。このため、盛土よりも低い地域の住民が、盛土の所有者(盛土された地域の住民)に対して補修を求めるなど、地域間の対立の発生や、危険度の高い地域とその隣接地域の地価が総じて下がる等の現象が発生することも考えられます。
災害に起因する地価の下落とその回復速度は、対象となる地域の持つブランド力と大きな関係があります。先ほどお話しした浦安市では短期に地価が回復した、という調査結果もありますが、どの地域でもそのような回復を期待できるものではありません。盛土の危険度や改修費用の大きさによっては、集団移転という選択肢も出てきます。
今回は、盛土に関する新法とその影響について俯瞰しました。不動産投資家にとっては影響の大きい法律のようです。これから、不動産を投資目的で取得される場合は、危険な盛土地に指定される可能性を考慮して、物件調査をすることをおすすめします。
(神村真)
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