兵庫県西宮市の高級住宅地「苦楽園」で、住民が共用する私道の老朽化が進み、高齢化した住民らに修繕費の負担が重くのしかかっているそうです。

報道によると、この住宅街にある道路の一部はもともと開発業者が私道として管理していましたが、その業者が20年ほど前に倒産。住民らが自主管理してきたものの、老朽化が進み道路の陥没などが起きているとのことです。修繕費が膨大なため住民は「市道」への移管を求めていますが、行政側は基準を満たしていないとして引き取りを拒否。議論は平行線をたどっているようです。

この高級住宅地でどのような問題が起きているのでしょうか。同様の問題はほかの地域でも起こりえるのでしょうか。今回は不動産鑑定士として、現地を見た感想を踏まえて「私道」の抱える問題点についてお話していきたいと思います。

著名人ゆかりの高級住宅地

問題を抱える地域は、兵庫県西宮市苦楽園三番町の大丸地区。日本屈指の高級住宅地として有名な兵庫県芦屋市の「六麓荘町」に近接し、多くの文化人ゆかりの地として知られています。

西宮市内には「~園」という地名が多く、著名人の豪邸が多いそうです。1910年代から別荘地として開発がすすめられた「苦楽園」も「西宮七園」の1つに数えられ、現在も約250世帯が住んでいます。

苦楽園三番町はどのような地域なのかというと、山側に造成されたニュータウンのため、かなりの傾斜地です。交通の便は決してよいとは言えないようです。最寄駅の阪急甲陽線甲陽園駅から2.5キロもあります。

しかも、阪急甲陽線は幹線である阪急神戸線の夙川駅から派生する「盲腸線」(営業距離が短く、起点または終点がほかの路線に接していない行き止まりの路線)で、大阪梅田や神戸三宮へ直通する列車もありません。現実的にはバス便やマイカー利用の地域でしょう。

高級住宅街とのことですが、このあたりの地価の水準はどのようになっているのでしょうか。苦楽園三番町に地価公示地「西宮-59」がありますので、その価格推移を見てみます。

その価格動向は、2016年(15万6000円/平米)までは上昇傾向でしたが、2017年以降、下落が続き、2023年は14万7000円/平米でした。2023年の公示地「西宮-59」の鑑定評価書を見るに、坂道で需要が弱く下落傾向が継続しているとみられます。要するに、最近の首都圏や関西圏でよくある、やや郊外の坂道が多いために価格が下落している典型的なニュータウンと言ってよいでしょう。

何が問題になっているのか

あらためて、この住宅地が抱えている問題について、簡単に整理しておきましょう。報道によると、概要は以下の通りです。

・昭和30年代に民間業者がニュータウンとして開発。道路は私道の扱いだが、開発した民間業者が倒産して私道を管理できなくなった。仕方なく住民の自主管理としたものの、道路の老朽化が進んでいる。

・住民が市に道路の管理を引き継いでもらうよう要望をしているものの、市は市道にする基準(舗装の悪い場所は修繕する、側溝の上に設置された階段や門のひさしなどは原則撤去する、など)を満たしていないため、引き取りできないとしている。

・道路の問題のある箇所をすべて改修するのにかかる費用はおよそ6億円で、恩恵を受ける住民1世帯あたり240万円の負担が伴う。

・住民は市の補助などで改修することを要望しているが、市としては公平性の観点からそのような補助はできないとしている。

問題となっている私道ですが、西宮市の建築基準法上の道路網図を見ると、苦楽園三番町の大丸地区の道路は建築基準法42条1項5号道路の指定とありました。つまり、「位置指定道路」ということです。

位置指定道路とは、建物を建てる際に接道義務を果たすために作られる道路のことです。土地の所有者が行政から指定を受けますが、個人が所有する私道という扱いになります。このため自治体が管理する公道とは異なり、所有者である個人が管理する必要があります。また、私有地の一部として固定資産税や都市計画税が発生する場合もあります。

現地に行ってみた

以上のようなことが下調べでわかったところで、早速現地に足を運んでみました。私は東京を拠点に活動していますが、昨年末にたまたま京都市で鑑定評価の案件があったため、ついで苦楽園に行ってみたというわけです。

現地は予想したとおり、かなりの急坂です。前の用事があった大阪府茨木市でレンタサイクルを10キロ以上を漕いでいたため、かなり体力を消耗していたというのもありますが、ここへのアクセスでへとへとになってしまう始末です。

苦楽園の入り口。この道は私道となっている(市道から筆者撮影)

ようやく辿り着いた大丸地区の入口には注意書きがあり、4トン以上の重量がある車は通るなとあります。ただ、道路自体は見た感じ「極端に舗装が劣る」状況ではない道路のように見えました。もっとも、この地域の大きな問題点は、橋と思われます。

山間部の源流に端を発すると思われる小川があり、ここに橋が架かっています。この橋は見た目にも老朽化が著しく、「直ちに壊れる」状況ではないものの、中長期的に見れば大規模修繕が必要というのは頷けました。

写真奥に見えるガードレールの部分が橋。周囲の擁壁を見てもかなり老朽化していることがうかがえる(市道から筆者撮影)

また、この地域の特性として「駅からとても遠い傾斜地」という点があります。つまり、バス便もしくはマイカーが必須の地域で、車の往来で道路に負担がかかるでしょう。実際に現況において橋を車が通っているのはわかりませんでしたが、車が通っても安全性に問題のない橋にするニーズはありそうだと感じました。

私道への税金投入はアリか?

筆者は利害関係のない第三者であり、市に肩入れする気もなければ、地域の住民はおろか、西宮市在住の方に特別なご縁があるわけでもありません。その上で、あくまでも個人の見解を申し上げると、「市の見解が妥当」だと思います。

住民の方が「資金負担なく」市道に移管してほしいというのは理解できます。一方で、苦楽園大丸地区の住民という「西宮市のごく一部の住民」のために、西宮市の税金を使う、言い換えれば西宮市の市民全体が負担を…という話にほかなりません。税金はあくまでも「納税者全体で必要なこと」に使われるべきです。

もし、市道に移管したいのであれば、恩恵を受ける住民が自分達の負担で基準を満たすレベルに修繕することがまず求められるのではないでしょうか。

私道物件を購入する場合の注意点

苦楽園大丸地区のことを他人事と解釈することは簡単です。ただ、似たような問題は全国各地に潜んでおり、氷山の一角と言えます。特に、公道ではない、建築基準法42条1項5号道路等に接している不動産を所有するにあたっては、あくまで道路の管理は自治体ではなく、所有者がする必要があるという点を念頭に置く必要があるでしょう。

筆者も身近で聞いたことがありますが、私道に接している一定数の住民の中には、「私道といえども、一応は自分の土地なのだから、自治体に引き渡したくはない」という人もいるようです。しかし、道路だっていつかは老朽化します。

そして、私道と言えども、建築基準法上の道路(原則として幅員4メートル以上の道路)に該当していれば、道路としての供用を停止する「廃道手続き」をしない限り、所有者の自由利用に供されることはありません。

簡単に廃道にできるわけではなく、その私道にしか接道していない建物がある場合、事実上無理と言えます。既存の建物が建築基準法の上の接道要件を満たす必要があるためです。

私道がある場合、多少の負担があったとしても、公道にした方がよいというのが筆者の見解です。ただ、私道というのは周辺の複数の敷地所有者で共有している場合も多く、何らかの処分をするにも一筋縄ではいかないのが実情でしょう。

私道の所有者同士でもトラブルになりやすく、不動産投資では敬遠されることも多い私道物件。買おうとしている物件が接している道路が私道のみの場合はもちろんですが、近隣の道路の管理形態がどのような状況になっているのかも把握しておくことが後々のトラブルを避けるために有効だと思います。

(冨田建)