昨今たびたび話題となる、「FIRE」。会社に縛られない生活に憧れ、FIREを夢見る兼業投資家もいるだろう。しかし最近、FIREを見事成功させたにも関わらず自ら再び会社勤務に戻って働く、すなわち「FIRE卒業」をする人が増えているという。望んでFIREしたはずなのに、いったいなぜ「FIRE卒業」してしまうのだろうか。
今回は、最近実際に「FIRE卒業」を選んだ投資家2人を直撃。1人は、やっとの思いでブラック企業を退職した後、コロナ禍のあおりを受けて不動産収入が低下したという投資家。不安を解消するために新たな挑戦をするも、逆に1000万円を失う結果に。幸せだったはずのリタイア生活が、いつしか苦痛に変わったと話す。
もう1人は、退職後に予期せぬ大規模出費に見舞われてしまった投資家だ。このほか、金銭的な問題の他にも問題があった。FIREで家族との時間が増えて喜ばしいはずが、逆に家庭内の雰囲気が険悪になってしまったという。2人の身に、いったいなにが起こったのか。不動産投資でFIREした後、投資家を待ち受ける厳しい現実が見えてきた。
家賃収入低下に加えて1000万の損失、「もう真っ暗」
「もう1回時間を拘束されて働かなくちゃいけないと思ったときには、かなり憂鬱な気持ちになりましたね」
2018年にFIREした不動産投資家の緒方さん(仮名、57歳)は、もともとIT関連企業の技術職として働いていた。顧客からの無茶な要望に対応しながら、精神的ストレスの多い日々を過ごしていたという。
会社内でも、上司や役員からの扱いに理不尽さを感じていた。「特に社内のことは吐き出し先がなくて、ストレスが溜まる一方で辛かったです。このままでは定年までもたないと思い、FIREを考え始めました」と緒方さんはいう。

多忙だったFIRE以前の生活を振り返る緒方さん
FIREの手段として選んだのは、「ミドルリスク・ミドルリターンだと聞いた」という不動産投資。信頼できる不動産会社や管理会社を見つけられれば、いきなり大失敗することはないだろうと思ったと話す。家賃収入を得ながら60歳くらいまでサラリーマンを続け、可能な限り残債を減らしてからFIREする計画を立てた。「この計画なら、老後も安心して暮らせるという腹積もりでいました」。
だが緒方さんは、当初の予定を大幅に前倒してFIREすることになる。当時、会社員としての年収は800万円ほど。不動産はアパート6棟49室と区分マンション1戸を保有しており、年間家賃収入は2100万円、税引き後CFは515万円程度だった。
「ある日、前日に受けた指示に従って資料を作ったらやり直しを命じられまして。指摘の内容は、前日の指示と真逆でした。今までならストレスを飲み込んで作り直していましたが、もうキャパがなかったんでしょうね。今までなら耐えられていた一撃にとうとう耐えられなくなって、『やめます』と話しました」
FIRE後は仕事のストレスから解き放たれ、1年ほど幸せな日々を過ごしていたという緒方さん。十分なCFを得られていたためさほどお金の心配もなく、次のステップに備えてさまざまな勉強をしながら、自由な生活を満喫していたと話す。
しかし、コロナ禍により状況が一変する。物件の入居率が10%以上低下し、空室期間が長引くようになったという。管理会社などの話によれば、転勤が減った影響で内見数が減少したとのことだ。
保有物件の1つを案内してもらうと、窓ガラスが割れていた。「同じガラスに入れ替えると、1枚につき数万円かかると言われてしまいました。今は空き部屋ですが、入居がついたら直すかどうか…。なかなかすぐには手が出ない状況です」。

緒方さんが保有する物件の1つ。窓ガラスにヒビが入っているが、交換には数万円の費用がかかるため手つかずのままだ
さらに、予定より早いFIREへの不安もつのっていた。給与収入があった兼業時代は「不動産の方は最悪返済さえできればよい」と考えていたが、FIRE後の収入は家賃のみだ。
物件を長く運営していれば、賃料下落や修繕費の増加などのリスクに対応する必要がある。しかし、減価償却が切れて徐々にCFが落ち込み始め、不安を感じていたという。その上、コロナ禍による客付け難が加わり、さらに収支が悪化。「試算すると数年後に手取りがマイナスになってしまうことが分かり、焦りました」と話した。
状況を何とかするため、緒方さんは株式投資やFXなどに参入。しかし、結果は1000万円もの大損だった。「今まで兼業でやっていた人が不動産1本で生活するとなると、少し入居率が落ちたとかでかなり心配になると思います。そこで慌てて別のものに手を出すのは、最悪の手の1つなのかなと…。失敗すると、1000万円くらいは1年ほどでなくなってしまいますから」。
当時のことを「もう真っ暗だった」と話す緒方さん。この失敗を機にまた働くしかないと思い始め、「FIRE卒業」を決意した。
しかし、再就職活動も困難を極めた。ハローワーク経由で求人を探したが、初めは全く採用されなかったという。「責任が重すぎず、時間的拘束もきつくない事務系の仕事がよかったですが、40代くらいまでの女性しか採用しないようでした。50代後半の男性である自分は受け入れられないんだ、と知りました」。
アルバイトやパートにも応募したものの採用されず、もう少し責任ある立場かつ経験が生かせる職種に応募先を変更。約2年で20社を受け、再就職をつかんだという。
現在は教育系の事務員をしながら、兼業で不動産投資を行う緒方さん。条件は契約社員として週5日、8時間勤務で年収250万円ほどだ。FIRE前の収入には及ばないものの、「不動産以外の収入ができて気持ちが楽になった」と語る。
「アパート5棟、戸建て1戸、区分1室を保有していますが、規模を縮小して残債を減らすつもりです。年間300万~400万円程度のCFが得られ、残債がない状態が目標です。達成が見通せたら、もう1度FIREしたいです」
FIRE後、想定外の修繕にせまられ家庭問題も勃発
大家歴14年の梶橋さん(53歳、仮名)も、「FIRE卒業」をした1人だ。もともと旅行関係の会社に勤め、ツアーの企画や販売を行っていたという。単身赴任のため5年ほど家族と離れ、ツアー中にトラブルがあれば土日返上で対応する日々を送っていた。家族と過ごす時間を確保したい思いはあったが、心の余裕を持つために経済的な安定も大切だと考えていたと話す。
「出世できたとしても、忙しくなって時間の余裕が持てないのは嫌だと思いました。とはいっても子どもの教育費もありますし、家族には少しでもいい暮らしをさせたかったです」と語る梶橋さんは、会社員として働く傍ら不動産投資を開始。当時は30代で、「50歳でFIRE」が目標だったという。その後、アパート・マンション計9棟56室を保有するまで規模を拡大できたと語る。

FIREの経緯について話す梶橋さん
そんな折、コロナ禍で海外旅行が抑制された影響で、勤務先の会社で希望退職者の募集が行われたという。52歳だった当時は管理職についており、年収900万円ほどだった梶橋さん。不動産投資でも、税引き後で年間700万円程度のCFが得られていた。
今なら退職金の割増もあると聞き、「FIREは以前から考えていましたし、責任ある立場の人間が辞めてポストを空けなければ、会社に残る人たちのモチベーションが上がらないと考えました」と、このタイミングで退職を決意した。
念願のFIREを果たし、子どもたちとの時間をたくさん取れるようになったと梶橋さんは話す。2人の子どもは、兄が高校1年生で妹が中学3年生。時期的には反抗期だが、家族全員で旅行するなど非常に良好な関係を築けているという。
「私が料理を作って、子どもたちに食べてもらうこともあります。思った以上にさまざまな会話ができて、仕事を辞めてよかったと思いました」
しかし、生活スタイルが変わったことで、家庭内に「ある変化」が起こる。梶橋さんは当初、単身赴任中に身につけた家事や料理のスキルを生かして、妻をサポートしようと意気込んでいた。しかし実際に行動してみると、妻の反応は予想と違ったという。
「私がちょこちょこ家事をすると、『そうじゃない』、『なんで勝手にやるの』、『ここは触らないで、入らないで』と…。妻には妻の家事のやり方があったんです。私が良かれと思ってやったことにかなりストレスを溜めていたようで、何をするにも妻の『地雷』を踏んでしまって。子どもたちにも迷惑がかかる状態に陥り、外で働いてほしいと頼まれました」
家庭環境が悪化する中、所有するRCマンションにも異変が。物件の雨漏りがひどくなったのだ。もともと雨漏りがある物件だと管理会社から聞いていたといい、少しずつ手直しをしながら騙し騙し使っていたという。しかし対応しきれなくなり、空室も増えてきたため、根本的な修繕をしなければならないと考えるようになったという。

梶橋さんの物件での雨漏りの様子。天井から水が染み出し、床に水たまりを作っている
外壁と屋根の防水工事の見積もりを取ると、1000万円以上が必要とのこと。この費用感を見て、「ある程度想定はしていたものの、修繕の費用感が掴めている木造物件とは違い、RC物件は不安がある」と感じたという梶橋さん。「念のため、働けるうちに働いていたほうがいいかな」と、「FIRE卒業」を決めたという。
梶橋さんは、このときすでに50代。50歳を越えての就職は厳しいと聞いていたというが、よい縁に恵まれてさほど苦労せずに済んだそうだ。再就職先は、前職と同じ旅行関係。前職の知見を生かし、新規事業の立ち上げに携わっているという。
会社員としての年収は現在400万円で、前職よりも500万円ほど少なくなった。しかし「時間と仕事と手取りのバランスは悪くない」と、満足して業務に取り組めていると話す。
「給料より、やりたい仕事ができるかが重要でした。お金も大事ですが、心の健康はもっと大事だと思っていて、精神的なストレスが過度にかかる働き方はしたくなかったです。FIREを辞めてサラリーマンに戻りましたが、経済的な裏付けがあるおかげであまりお金を重視せず、仕事内容と環境を見ながら自分で仕事を選べて良かったと思っています」
「安易なFIRE」に税理士も注意呼びかけ
「FIRE卒業」する不動産投資家が増えている現状を、専門家はどのように見ているのだろうか。自身でも80戸を保有する和田晃輔税理士は、「不動産業だけで生きていくのはなかなか大変なことです。FIREをするなら、この点は事前に理解しておいた方がいいと思います」と語る。

不動産投資によるFIREの難しさについて語る和田税理士
数々の投資家を見てきた和田税理士によると、「不動産を買えるだけ買ってあとは寝転んで生活したい、という理由だけでFIREした方は、正直あまりうまく行っていないケースが多い」とのこと。一方、成功する投資家のFIREは、「リタイア」というより「不動産業で新たに起業」というイメージだという。
「月間CFが何万円になったからFIREする、といった単純な理由ではなく、会社員時代から金融機関と密接な関係を作っている、物件を土地から仕入れている、全空の物件を再生して売却益を出した実績があるなど、不動産業で儲ける道筋ができてきたから会社をやめて専念するんだ、というお考えです。こうした考えのもとであれば、成功した方は結構いらっしゃいます」
不動産投資を行う上では、経済動向の変化や金利の上昇、突発的な資金不足など、さまざまなリスクが考えられる。固定金利を使用して金利上昇の影響を受けにくくするなど、多少の対策法はあるとしたものの、「基本的にこのようなリスクには、資金不足を補填できるだけの金融資産を保有しておくことでしか対処できない」と和田税理士は語る。
また、ローンの元金返済額が減価償却費を上回る「デッドクロス」のリスクにも注意が必要だ。特に古い物件をフルローンに近い融資を引いて購入した場合、「保有期間中のどこかで必ずデッドクロスになるし、そこに対応できる手段は通常ない」と和田税理士はいう。
また和田税理士は、十分なリスクヘッジや、安定した賃貸経営の見通しがつかない状態でFIREしてしまう危険性についても指摘。収支が厳しくなり、さらに税金の支払いに追われるなどで経営状態が悪化すると、「何らかの手段で一発逆転したい」という思いから危険な行動に出る投資家も少なくないという。
「非常にリスクの高い投資対象にお金をドンと入れてしまったり、『この状況を救済できますよ』と言い寄る怪しい人物にお金を払ってしまったり、補助金の不正利用や脱税に走ってしまったり…。近年逮捕された方もいましたが、収入が右肩下がりになるとそういう方向に流れざるを得ない状況になってしまうんだと思います」。
◇
意図しない形で「FIRE卒業」を余儀なくされた緒方さんは、「FIREしたあとのことをどれだけしっかり考えられるかが、その後の生活を大きく変える」と安易なFIREに警鐘をならす。
自身の「FIRE卒業」の経験を踏まえ、「50代になると、再就職も大変だと思います。こういう時代なので、多少ITとかICTのスキルがあっても年齢の壁は大きいです。特に中高年の方は、本当にFIREして生活ができるかよく考えた方がいいと思います」と緒方さん。
「不動産投資でFIRE」を目指す投資家も少なくないが、果たして本当に、不動産収入だけで経済的自立ができるのか。今一度厳しい目で計画を確認し、綿密な投資戦略を練っていきたい。
(楽待新聞編集部)
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