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植田日本銀行総裁が誕生しました。新総裁のもと、日銀の金融政策がどうなっていくのかということは、日本経済にも、そして当然ながら不動産投資家にも影響します。

しかし、まだ植田氏の就任直後ということもあり、今後の政策の方向感は見えにくいと言えるでしょう。さまざまなメディアで日銀の金融政策についての予想がされていますが、こうした記事の存在が、さらに予想を立てにくくしているように思います。要するに「雑音」が多いのです。

このようなときに大事なのは、できるだけ当事者(この場合は日銀)がどのような発信をしているかを直接確認することです。

例えば、日銀の新旧総裁は記者会見で、勝手に自分の考えを語っているわけではありません。実際には日銀の事務方とすり合わせ、レクチャーを受けて、記者会見に臨んでいます。ですから、このような対外発信を丁寧に拾っていくことこそが、日銀の動向を「自分なりに」予想する上で最も大事なことです。

そこで今回は、日銀の対外発信のコメントを可能な限りそのまま引用しながら、今後の金融政策について考察してみたいと思います。

そもそもなぜ、日銀は金融緩和を継続しているのか?

まず多くの方は、「諸外国が金融の引き締めに転じているのに、なぜ日銀は金融緩和を続けているのか?」という疑問を抱いているのではないでしょうか。

日本の消費者物価指数は、2023年1月、一時的に4.2%に達したあと、足元では3.1%となっています。

日本の消費者物価指数(生鮮食費を除く総合)の推移(総務相の統計データより編集部作成)

長らく物価が上がらない時期が続いてきた日本にとっては、高いインフレ率と言ってもよいでしょう。それにもかかわらず、日銀は金融緩和を続けています。

その要因は何かと言えば、大きく次の2点に集約されているのではないかと筆者は考えています。

1.持続的・安定的な物価上昇となっていない
黒田前総裁の退任会見でも語られた通り、日本の物価は「現時点では2%の物価安定の目標の持続的・安定的な実現までは至っていない」と認識されています。

足元の物価上昇は、その大半が輸入物価の上昇を受け、価格転嫁で消費者物価が上昇してきたという外的要因によるものであり、日本国内の景気が強いことを意味しません。そして、輸入物価の上昇率は下落してきています。

さらに、政府が導入した大規模なエネルギー補助金が物価の引き下げに効いてくることで、物価上昇率は2023年度の半ば頃までには2%を割ると日銀は想定しています。実際、日銀の経済・物価情勢の展望(展望レポート)では、生鮮・エネルギーを除いた物価見通しが2023年度で1.8%、2024年度で1.6%となっています。

4月7日の退任会見で黒田前総裁が以下のように語っていることからも、過去の政策との継続性という観点では、2%の物価安定目標が達成されていなければ、金融緩和を解除する理由に乏しいということになります。

「量的・質的金融緩和は、ご承知のように量・質の両面で思い切った金融緩和を行うことで名目金利を相当下げるということがまず非常に重要な要素としてあって、他方で2%の物価安定目標に対して明確なコミットメントをすることによって予想物価上昇率を引き上げるということで、両者相まって、実質金利が大幅に下がるということを狙いとしていた」

4月7日 黒田前総裁退任記者会見

2.日本経済の回復が他国に比べて遅れている
日本のGDPはコロナ前のレベルにはいまだに戻っておらず、経済の回復が遅れています。仮にこの状況下で金融引き締めに転じた場合、日本経済が悪化すると、政府・与党からも「金融引き締めに転じるのは時期尚早だった。今の景気悪化は日銀が悪い」などと、日銀批判がなされるでしょう。

それでなくとも、円安が一気に進んだ昨年には、日銀の金融政策への批判がさまざまなところからなされました。日銀は政府との関係からも、金融緩和をある程度は続けざるを得ないと筆者は想定しています。

植田総裁の発言を確認する

日銀の金融緩和政策は、前述の理由から継続されています。そして、植田総裁も前体制から続いている大規模金融緩和については、「現状では継続する」との考えを示しています。

特に焦点になっている「イールドカーブ・コントロール(YCC)」については、記者会見で以下のように述べています。

「(略)海外金利が低下したという中で、イールドカーブの形状は総じて前よりもスムーズになってきているという認識でおります。こうしたこれまでの措置の効果とか、市場の動向については、今後も見極めていく必要があるというふうに考えています。ただそのうえでイールドカーブコントロールは、市場機能に配慮しつつ、現状では経済にとって最も適切と考えられるイールドカーブの形成を実現するための仕組みです。現状の経済・物価金融情勢にかんがみると、現行のYCCを継続するということが適当であるというふうに考えております

2023年4月10日日銀総裁・副総裁就任記者会見

YCC、すなわち、長期金利を抑え込むために日銀が国債を強引に購入する政策は、まだ継続することが適当であると、植田総裁は述べているわけです。ただし、YCCや、金融緩和策の一環であるETFの購入については、次のようにも述べています。

「金利操作、ETFの購入ですか、これについておっしゃるように副作用、私はある、あるいはあったかというふうに考えてございます」

2023年4月10日日銀総裁・副総裁就任記者会見

近時の国債市場では10年物国債の取引が成立しない日が増加しています。これは日銀が利回りを抑え込むために、特定の年限の国債のみ、膨大に国債を保有してきた弊害です。

国債の金利、特に10年物国債金利は、社債や銀行貸出の金利の基準になるものです。そのように基準となる長期金利の水準が判然としない状況が生まれてしまうことは、まさに債券市場の機能不全と表現されており、「YCCの副作用」とされています。

以下は日銀が四半期毎に実施している債券サーベイにおいて掲載されている、「機能度判断DI」の推移です。

機能度判断DI(Diffusion Index)とは、金融機関に対し、債券市場の機能度について3段階で評価してもらい、その回答を集計したものです。

「高い」「さほど高くない」「低い」で集計していますが、2023年2月度は「高い」が0社、「さほど高くない」が25社(36%)、「低い」が45社(64%)となりました。まさに単純化して言えば、債券市場の参加者は市場が機能的ではないと調査で回答していることが分かります。特に近時はその傾向が強まっています。

なお、ETFについては以下のように述べており、ETFについては「大問題」との認識ながら、物価の見通しが改善しない限りは出口(売却など)には動かない可能性があるということになります。

「ETFにつきましては、大量に買ったものを今後どういうふうにしていくのかというのは大問題でございますが、これは、先ほど来申し上げておりますような基調的な物価の見通しが改善して出口が近づいてくるという場合には、具体的に考えていかないといけない問題であるというふうに思っております」

2023年2月24日第211回国会 議院運営委員会

また、マイナス金利については、同じ記者会見で植田総裁は次のように述べています。

「(マイナス金利については)現在の基調的なインフレ率がまだ2%に達していないという判断のもとでは継続するのが適当であるというふうに考えてございます」

2023年4月10日日銀総裁・副総裁就任記者会見

以上をまとめると、植田総裁は、そしておそらく日銀の総体感としては、YCC(の長期金利操作)・ETF(の新たな購入)については副作用があると明確に認識しており、政策変更の道を探ろうとしているものと推察されます。

そして、マイナス金利政策(短期金利)、ETFの継続保有については、物価上昇率が安定的に2%に到達しない限りは継続していくと考えていることが分かります。

物価上昇でYCC撤廃は近い?

日銀の考え方を新旧総裁の発言を基に探ってきました。そのうえで、日銀の今後の金融政策の方向性を予測してみましょう。

筆者は、日銀の政策については、YCCについて今年中に見直しがなされる可能性はあると想定しています。この要因は、物価が日銀の想定以上に継続して上昇する可能性があるためです。

以下は日銀の黒田前総裁の退任記者会見で述べられた内容です。

「足元の春闘はずっと展開していますけど、全体の最終結果は夏までかからないと分かりませんが、これまでのところはきわめて順調であり、賃上げを合意した率も3%台、定期昇給分を除いたいわゆるベアでも2%をかなり超えている」

4月7日 黒田前総裁退任記者会見

賃金の上昇率は30年ぶりの高水準とされています。賃金が上がれば、コスト転嫁という形で物価に影響を及ぼすはずですので、消費者物価がまだ上昇していく可能性はあります。

そして、同じ記者会見で黒田氏は、以下のようにも述べています。

「そういった状況(2%の物価安定目標を持続的安定的に達成)が近づいたというふうには評価しております。それは先ほど申し上げたように二つあって、一つはこれ以上の労働供給の余地が少なくなって、労働需給が非常にタイトになっていると。そのもとで景気回復が続いているわけですので、当然この賃金の上昇が起こりやすい状況になっていること。それからやはりいわゆるノルムが完全になくなったとまでは言いませんけども、明らかに変容しつつあると。この二つのことがありますので、今年の賃上げ、そして来年の上げということを通じて、賃金の上昇に支えられた2%の安定的持続的な物価上昇は考えられると思っております」

4月7日 黒田前総裁退任記者会見

実際、女性や高齢者の労働参加率は、女性が55%程度、高齢者は25%程度で頭打ちになってきています。すでに日本経済に特有と言われた女性の労働参加率を指すM字カーブは解消されてきているのです。

結婚・出産時期に女性の労働力率が低下する「M字カーブ」は台形に近づきつつある(総務省統計局「統計Today」より)

アベノミクス以降、雇用が400万人増加したとされていますが、その大半は女性と高齢者です。日本経済の賃金上昇を抑制してきた要因は、この増加する女性と高齢者の労働参加でしたが、この労働力が頭打ちになっているのです。

そして、日本の人口は減少してきています。人手不足(労働需給のひっ迫)が継続的に発生する未来は、かなりの確率で目の前にあるのです。

そうすると、賃金の上昇に伴って物価上昇が常態化する、すなわちインフレが当たり前の世の中になる可能性は十分にあります。2%の物価上昇が外部要因ではなく、日本の内部要因、すなわち賃金上昇を伴うものであったなら、そしてその物価上昇が高確率で継続しそうなら、金融緩和を続けてきた前提が崩れるでしょう。

これらを勘案すると、YCCについては副作用が強調されていただけに、日銀は新体制下において比較的早期にYCCの見直しをする可能性があると筆者は見ています。一方で、植田総裁の発言のニュアンスからいって、マイナス金利の解除はまだ先でしょう。

全体としては、短期金利の正常化・引上げはまだ先、長期金利操作は関与を減少させていく方向と想定されます。すなわち、YCCの変動幅の更なる拡大(例えばプラスマイナス1.0%)や撤廃、そして報道されているように誘導目標年限の短期化(例えば5年物へ変更)といったことはあり得ます。

また、長期金利については、そもそも10年物国債利回りをゼロ%程度に誘導する目標がありますが、この誘導目標を引き上げること、すなわち利上げも、早期見直しの可能性は低いかもしれませんが考えられるでしょう。

なお、ETFについては「今後どうしていくかは大問題」と発言していることもあり、実際に日銀がETFに手を付けようとすると、株価やREITへ多大な影響を与えることから売却は当分ないものと思われますが、買い入れについては特に何も表明せずに額を減らしていくことはあり得るでしょう。

以上をまとめると、直近の日銀総裁の発言から筆者が言えることは、以下の通りです。

■政府との関係などを踏まえると、日銀は現在の金融緩和をある程度は続けざるを得ない

■労働力不足による人件費高騰で物価上昇が続き、イールドカーブ・コントロール(YCC)は年内にも変更、撤廃される可能性

■長期金利について、10年物国債の利回り誘導目標の変動幅を拡大(実質的な利上げ)の可能性も考えられる

■マイナス金利の解除はまだ先になる

■ETFやREITの売却は市場への影響が大きいためすぐには考えられないが、新規の購入額を減少させていくことはあり得る

日銀は、持続的・安定的な2%の物価目標の達成を目指し、金融緩和を続けていくことは既定路線です。しかし、YCCによる債券市場の機能低下(副作用)への対応、労働需給のひっ迫による物価上昇の想定外の強さを要因として、YCCの見直し、若干の金利上昇が、今年最も想定されるシナリオではないかと筆者は考えています。

皆さんは、日銀総裁の発言を見てどのようにお考えになるでしょうか?

(旦直土)