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京都市は4月25日から、マンションやオフィスビル開発を促進するため、建物の高さなどを制限する景観規制を緩和しました。

歴史的景観を保護するために規制が行われてきましたが、その副作用で、高層ビルなどの開発が抑制され、その結果として市外に人口が流出してきたことが背景にあります。規制緩和によって、こうした流れに歯止めをかける狙いがあります。

一方で、同市は地方公共団体で初めて、空き家税を導入することを決定しています。これらの変更には賛否両論がありますが、大都市が抱える都市計画上の課題が浮き彫りになっていると言えます。

本記事では、京都市の独特な住宅事情や規制緩和、新税制度導入の背景について解説したいと思います。不動産投資のチャンスとなる可能性はあるのか、今後の投資戦略を考える上での参考になれば幸いです。

京都特有の住宅事情

京都に高層マンションを建築できない理由は、市のほぼ全域に厳しい高さ制限が設けられているためです。

京都市における景観保護施策に用いられている都市計画等は、「高度地区」や「風致地区」、「景観地区」、さらに独自ルールである「眺望空間保全区域」など、合計で10地域以上に及んでいます。

こうした建物の高さ制限や自然・歴史的景観の保全、市街地の景観整備、眺望景観の確保などを行うことで、徹底して都市全体の景観を保護しているのが、他都市には見られない特徴です。

特に2004年の景観法制定以降の取り組みとして、2007年の新景観政策があります。高さ規制では「45メートル高度地区」を見直し、さらに厳しい制限を設けました。

これにより、市街化区域の約97%が「高度地区(建物高さの最高限度指定型)」に指定され、商業地域であっても高さ31メートルまで、マンションに例えると10階建てまでに制限されています。

今回の規制緩和の対象エリアは、JR京都駅南側一帯や阪急西院駅周辺の工業地域、山科地区の環状線の一部に限られています。古都らしさが残る洛中エリアは規制緩和の対象外となっています。

京都市の規制緩和の対象エリア。色分けされている地域で建物の高さ制限や容積率が緩和される(出典:京都市

また、高さ制限は一部の地域を除いて31メートルが最高限度として存続するため、タワーマンションが乱立することは考えにくいです。

驚きなのは、工業系用途地域でも規制を緩和してマンション誘導(職住混在型のまち形成)に転換している点です。これは、工業系用途地域では原則として居住を誘導するべきではない、とする国の方針に逆行しています。京都市がいかに定住人口を増やしたいのか強い意志を感じます。

確かに景観保護によって、歴史的・文化的価値が維持、創造されることで、観光業や都市ブランドが向上し、都市全体の価値アップが期待できます。

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一方で、景観保護は不動産市場の動きを鈍くさせる原因の1つになります。都市開発が市外に流れることで、都市間競争が激しい国内では、開発需要の大きい大都市であればあるほど競争力を失う可能性があります。

このため、京都市ではこのバランスを慎重に取りながら都市計画を進めているのが実情です。

規制緩和により不動産市場の流動化が期待できます。かつマンションやオフィス、工場用地等の線引きが明確となることで、古都らしさが残るエリアでの無理な開発が抑制され、京町家をはじめとする伝統的な木造建築の保存につながるのではと考えています。

増え続ける空き家、課税のワケ

景観保護と都市開発のはざまで難しいかじ取りを迫られる京都市ですが、別の課題も抱えています。総戸数の13%(約11万戸)にあたる空き家問題です。京都市は観光地として人気が高いこともあり、こうした空き家の一部は、別荘やセカンドハウスとして利用されています。

京都市における空き家の状況(京都市作成)

観光客数の増加に伴ってこのような空き家利用が増えたとしても、別荘は居住者がいないため、自治体の主要な財源である住民税の増加に寄与しないのが課題となっています。

こうした状況を受けて、同市では全国初の取り組みとなる空き家税を2026年度以降に実施することになっています。

規制緩和と空き家税導入の背景

京都市のまちづくり計画によると、京都市が抱える都市政策上の主要課題は、「人口減少・少子高齢化の進展」「20〜30代の市外への流出」「オフィス不足と働く場所の市外移転」とされています。

こうした課題に加えて、過去の大規模公共事業に伴う借金、手厚い市独自の福祉政策などが重なり、長期にわたり財政難に陥っています。

京都市が作成した行財政改革計画(2021-2025)によると、今後5年間で約2800億円の財源が不足することが予測されています。

負債の大きさを財政規模に対する割合で示す「将来負担率」は政令指定都市の中でワースト1位、市債残高は1兆円を超えています。

このため、行財改革の1つとして、市の主財源となる住民税や固定資産税増加につながる、定住人口の増加を図ることを目標に掲げています。

新築住宅着工戸数は年間1万戸、中古住宅の売買件数は年間3000件を目指しています。今回の規制緩和や空き家税の導入は、この目標に沿った施策と位置付けられます。 

また、京都市は観光が主産業というイメージをお持ちの方が多いと思いますが、実際は製造業が経済を下支えしているという側面を持っています。

京都市の製造業は、市内総生産の2割以上を占め、政令市平均よりも全体に占める割合が大きくなっています。

こうした主産業は、安価な土地や建築規制の緩い市外へ流出する傾向があり、それに伴い若い世代が市外に住居を求めている現状があります。

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以前から都市政策サイドでは、都市づくりの諸課題として若い世代の流出抑制があげられ、都市計画制度の見直しが考えられていたようです。

国勢調査によると、京都市に隣接する滋賀県大津市内から、京都市内への通勤・通学者数は、2005年からの10年間で約6000人増加しています。

大津市では現在も大規模マンション開発が進んでいます。京都市での住宅供給量が改善されない限りは、今後もこの傾向は続くことが予想されます。

現在の都市計画制度では、実態は「同一の都市圏」であっても、異なる都市計画区域同士では、利害調整(税の再配分やインフラ負担、公共施設配置の適正化など)が効かないことも課題の1つです。

本来は国や県が都市計画区域の再編を行うことが望まれますが、そうした動きは少ないのが実情です。

そのため、貴重な市税が滋賀県に流れている状況を改善する狙いが、京都市の新たな施策にはあるとみることができます。

余談ですが、こうした状況は京都に限ったことではなく、神戸市と明石市も、京都市と大津市と同じような関係にあります。

コンパクトシティ計画にも注目

京都市について、もう少し都市計画の視点から補足しておきたいと思います。京都市は2019年3月に「立地適正化計画(京都市持続可能な都市構築プラン)」を策定しています。これは、コンパクトシティの形成を具体的に進める都市再生特別措置法に基づくもので、京都市が政令市の中でも一番乗りでした。

コンパクトシティ計画は、主に人口減少とこれに伴う人口密度低下が進む地方都市において作成されている計画です。具体的には、居住を誘導する区域や都市機能とされる医療や商業、福祉などの機能を誘導する区域を定めるものです。

都市計画の基本的な方針である「都市計画マスタープラン」と並ぶ都市政策の要です。景観規制の緩和も、この計画に基づいて実施されています。

短中期で行政がどういったエリアに対して、どのように土地利用をコントロールしていくのかを把握することができます。不動産投資を行う際の判断基準にもなるでしょう。

具体的な話は長くなってしまいますので、機会がありましたら取り上げたいと思います。

京都市の規制緩和は、表面上は財政難への場当たり的な対応で景観破壊につながる、と捉えられがちです。しかし、本質的な課題は、景観保護と大都市の維持・成長とのバランスが取りづらくなっていることにあります。

今回の規制緩和は、国内外の方々が心配するような極端な景観破壊には繋がらないと思います。ただ、2007年9月からはじめた新景観政策を15年で方針転換したのは、建築の寿命からいえば早いという声も正論とも言えます。

今後の不動産市場にどのような影響があるのか、また、隣接都市圏への人口流動に変化はあるのか、注目していきたいと思います。

(満山堅太郎)