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サブカルチャーから政治まで幅広いテーマを扱う作家・評論家であり、テレビ番組などでコメンテーターとしても活躍する古谷経衡氏は、自身を「不動産オタク」という。

そんな古谷氏が、自身の半生、そして所有する不動産や不動産に対する考えについて綴る本連載。今回は、古谷氏が自ら保有する物件での「インフラ整備」の顛末を語ってもらった。

価値のない不動産を二束三文で買い、利回りや売却益を度外視して、可能な限り有効に活用する─。これが私の不動産購入の極意である。

私は作家として10年以上活動しているが、基本的には民間の住宅ローンやフラット35を使うのは不可能ではないが難しい。

まず作家業は現在、出版業界全体が疲弊して久しいので、完全に収益を度外視した趣味の域に達している不採算家業であるから、本を1冊書いて印税を貰っても、取材経費などで赤字になることは珍しいことではない。作家業だけで富を形成できるのは、ごく一部の成功した作家のみであり、ほとんどの作家は執筆だけでは大赤字であるので、メディア出演、講演会等の都度収入に頼ることになる。

私もご多分に漏れずこの例に該当するので、結局は経費に圧迫されて実際の所得はすずめの涙である。辛うじて少しある貯金で毎月の赤字を補填している訳だ。このような決算の場合、不動産をローンで購入するという選択肢は、まったく絶望ではないものの概ね厳しい。政府系ならばまだしも、民間銀行に対しローン審査を通すのは至難の業と思った方が良い。

私のような人間が不動産を買おうとすれば、それは現金一括である。元来親の資産などを相続したブルジョワであれば選択肢は広がるが、私のような小市民が現金一括で購入できる不動産はごく限られている。

それでも私は、自己所有の不動産取得に拘り続けている。不動産は工業製品と違いその地所にひとつしか存在しない。だから、いかに価値のない不動産でも、工夫と知恵をもってすれば、買った値段以上に活用の余地がないわけではない。

そのような考えから、私は現在、自宅以外に茨城県に3カ所の不動産を持つに至ったわけであるが、坪単価としてはすべてが1万円かそれ未満である。取得金額はおしなべて数十万円で、ほぼ全部が市街化調整区域であり、値上がりする将来性もなければ賃貸収入の公算もほぼ絶無である。

30万円で買った「古家付き土地」

市街化調整区域とは、読者諸兄には釈迦に説法であろうが、その名の通り市街化を抑制するために各自治体により指定された地域で、特別の事情(県知事の許可等)がない限り、開発行為が一切できない土地である。

既存の建物以外は、基本的に基礎のある建物(プレハブ等であっても)の建設は不可である。ただし、基礎のない動産(自動車、ごくごく簡素な物入れなど)は設置ができることから、不動産流通市場では「資材置き場、菜園、駐車場に最適」などという文句で売りに出されている。もちろん不動産的に価値はない。ないが、工夫でどうにかしたい。無価値の土地を再生させたい。

こんな思いで私は、数年前に茨城県稲敷郡に坪約8000円の古家付き土地を約30万円で買った。「古家付き土地」とはこれまた釈迦に説法であろうが、不動産的に価値のない地上の建物が付帯している土地を意味する。ほとんどすべての場合においてその「古家」は耐用年数を大幅に超過しており価値がないことから、ほぼ捨て値で売りに出されている。私はそのような物件のひとつで、「古家」にまだしも使用できる形跡がある物件を買ったのである(─つまり、市街化調整区域に指定される以前に建設された古家が存在する土地なのである)。

第1の用途は、当然ながら不用品を格納する倉庫である。職業上、膨大になりがちな書架を整理するためにはどうしても外部倉庫が必要であり、その用に供する。これにより私は、本宅にある数千冊の蔵書を茨城県の該物件の中に格納することができた。

今日日(きょうび)、都心近傍のレンタルルームは月額7000円とか1万円であるから、1年使用で7万~10万円程度である。5年使ったならば約35万~50万円であり、馬鹿にならない。レンタルルームより遥に広大な面積の古家を倉庫として永年利用できる時点で、既に購入価格の元は取っている訳だ。ちなみに私が買った茨城県稲敷郡の古家付き土地の固定資産税は年間約2000円である。維持費を勘案しても、レンタルルームを借りるよりずっとコスパが良いのだ。これも市街化調整区域に建つ古家付物件の魅力、活用法のひとつであろう。

40万円で井戸を掘る

そんな中で該物件の使用方法について、ここ1年ぐらいで私なりにすわ欲が出てきた。倉庫として使っているだけでは勿体ないと思い、内装(クロスなど)を刷新して「オシャレ」的なものにしてもらった。要するに倉庫だけに使うのはもったいない、本格的な宿泊拠点として整備しても良いではないかという計画がむくと湧き上がったのだ。

というのも、私が買った古家付き不動産は、倉庫に使用するのには極めて優秀だが、生活をする最低限度のインフラが存在しないのである。それは水である。上水道の引き込みが無いため、水が使えないのだ。よって私の当該物件では、スーパーなどで買ったペットボトルで手を洗ったりするほかなく、水道の恩恵を一切受けられないのである。このような地所で、一時的にせよ宿泊するのは極めて難しい。この場所を少しでも宿泊拠点に近づけるためには、絶対的に水の供給が必要なのである。

そう思って、まったく素人の私は、該物件に上水道から引き込みを行うことを計画し、地元民間水道事業者AとBに相見積もりを行った。結果、両社ともわずか数メートルにすぎない上水道引き込み工事に対し、総費用は約80万円。申請・許可の関係から納期は約2カ月を要すると回答が来た。30万円程度で購入した古家に、80万円を費やすのはどう考えても経済合理に反する。そこで困り果てた私はすわ水道引き込みを断念しそうになったが、ある閃きに至った。それは水源を上水道ではなく井戸を掘ることで供給する手段である。

令和のこの時代、井戸を塞ぐ工事は見聞するものの、新設する工事というのは稀であろう。とは言え調べたところ、井戸工事は一般的に新規掘削工事の相場が30万~50万円とされ、上水引き込みが困難な地域では現在も利用されており、その利用率は全世帯に対して約7%と言われる。これだけ近代化した日本にあっても、水源を井戸に頼る世帯は1割弱存在する。単純に人口に直すと日本国民の約800万人が井戸に水源を求めているという計算になるのだ。

井戸を掘る業者を一般的に「鑿泉(さくせん)業」というが、そも「鑿泉」を何と読むのかすらわからなかった素人の私は、「井戸掘り 茨城」と検索して十数件の業者に問い合わせた。結果、一番条件が良かったA社から「井戸工事一式約40万円」という回答が来たので喜んで正式に発注した。

鑿泉(さくせん)のようす(画像=著者提供)

鑿泉は通常、掘削点から30メートル未満をボーリングし、地下水脈に給水管をつなぐ。それを地上の電動ポンプで汲み上げることにより井戸水とする。旧態依然とした、覗き込めば水の底が見える円形の石造り等のそれはもう存在せず、現代の井戸は完全に地表を塞いで配管だけが土中を貫通する形式となるため、外から見てそこに井戸があるかどうかも分からないのである。

工事が完了した「井戸」(画像=著者提供)

さあいよいよ井戸工事の開始だ、と思ったら3日後には「終わりました」という連絡が来た。井戸工事は工業用途等の特別な使用目的でない限り、行政官庁等への許可は原則必要がない。水源が確実に見込める地点を掘削すればすぐに水が湧き出るため、納期は数日で終わるという簡易性も大きな利点である。

さて井戸から湧き出た井戸水は水質検査をしなければ飲用に適さないものの、私の利用目的は庭への散水や手洗いなので、現段階では水質検査は行わないまま利用している。地下数十メートルからくみ上げた井戸水は、冷めたく、真夏にはそのまま冷水として活躍してくれそうである。

市街化調整区域のインフラ整備は、できるだけイニシャルコストを抑える手段をとることが望ましい。ことに水回り関係は、上水引き込みなどを新たに計画すると膨大なコストがかかり費用倒れになるが、井戸を掘るという選択肢を取れば、総額は極めて安く抑えられるし、なにより井戸水は天然資源につき、原則いくら利用しても利用料というものはかからない無料のインフラである。

いつ起こるともわからない天変地異は、時として上水道の送水寸断、利用停止などを生み、生活復興の大きな妨げとなるが、地下水脈から汲み上げる井戸にはその心配はない。市街化調整区域に井戸を掘り、水インフラを地下水源に頼ることは、まさかの時の防災対策としても非常に有効であり、上水引き込みのない、もしくは予算的に膨大となる土地の活用にあっては一考に値する選択なのではないか。

(古谷経衡)