2019年。僕は不動産サイトで売り物件の情報を漁っていた。
当時、僕は西荻窪のワンルームマンション(家賃7万5000円)で一人暮らしをしていた。そのマンションには特に不満があったわけではなく、持ち家が欲しいと思ったこともなかった。
それなのになぜ物件探しをしていたのか。ひと言で言うと、「事故物件に関する調査」がきっかけだった。
事故物件探しの中で…
当時、事故物件公示サイトで有名な大島てるさんに、イベントに定期的に呼ばれていた。イベントでは毎回、事故物件にまつわる何かを取材して披露していた。
例えば有名な事件の現場となった物件とか、有名人が亡くなった事故物件などを取材してきて発表するわけだが、何年も続けているとだんだんネタがなくなってくる。
考えた末に思いついたのが、「事故物件は安くなると言われているが、本当なのか? 安い物件を探して確かめてみよう」というものだった。それで、なんとなく暇な時間を見つけては不動産サイトを見ていたのである。
地域を選び、安い順にソートして見ていく。物件を買おうと思っている多くの人は、住む地域はすでに決まっていて、そこで探すのだろうが、僕の場合は場所はどこだっていいので、とにかく日本全国の物件を調べていく。
しばらく物件探しを続けていくと、地域ごとのだいたいの相場が分かってきた。そして相場よりも安い物件は、安いなりの理由がある場合が多いことも分かってきた。再建築不可だったり、やたら狭くて変な形の部屋だったり…。ただ、このような理由があるなら、事故物件ではない可能性が高いだろう。
そうやって探していると、東村山市に相場よりかなり安いマンションを見つけた。62平米で3DK、バルコニーは5平米、駐車場とトランクルーム付きで520万円だった。
駅から徒歩25分、エレベーターなしの4階というあたりがマイナスポイントだったようだが、それにしても安かった。周りの同じような物件を見ると多くは1000万円を超えていたし、そもそも同じマンションの他の物件は1000万円を超える額で売りに出ていた。
事故物件で値段が安くなってるのかもしれない。メールで問い合わせてみた。するとすぐに電話があった。
「今、別の買主から問い合わせがあって、400万円なら購入するって言われているんです。もし村田さんが420万円で購入されるなら、即決でお譲りできそうです」
こちらは何も言っていないのに、100万円も値下がりした。
いざ内見
翌日内見することになった。東京都東村山市の物件だったが、仲介したのは埼玉県所沢市の不動産屋さんだった。人の良さそうな担当者に説明を受ける。
「建てられたのが昭和53年で、築42年になります。リフォームは入れてないので、それなりに古びてはいます」
部屋に入ると、確かに廊下からキッチンにかけてはかなり古かった。床は黒ずみ削れていたし、壁紙も黒ずんでいる。さらに壁は、古びた所をDIYで派手なテープを貼って修正されていた。換気扇も回らなかった(ちなみに引っ越してきた後に、蛇口も根本からポッキリ折れてしまった)。
お風呂や他の部屋は、20年前に一度はリフォームされていたようだった。リフォームから時間が経っていることもあり、多少床が退色していたりしたものの、あまり使われていなかったようで綺麗な状態だった。中古なのでところどころ古びてはいるのだが、相場の半額で売るほどではない。
ここで、不動産屋さんに肝心なことを聞いてみる。
「なんでこんなに安いんですかね? ひょっとして事故物件だったりします?」
「いえ、たしかに安いんですけど、事故物件ではないはずです。近所に極端におかしな人が住んでいるという話も聞かないですね」
前の所有者は、このマンションを新築で購入した家族だそうだ。つまり、これまで一家族しか住んでいない。事故物件である可能性は低いかもしれない。
しかしそうなるとますます、相場の半額の値段でとっとと売り払いたい理由が分からなくなる。もう少し話を聞いてみた。
「前の所有者さんは、ご家族で別の新しいマンションを買われたみたいですよ。このマンションを持っていると、管理費と積立金で月2万円ぐらい出ていきますし、持ち回りでマンションの管理もしないといけないですから。とにかく安くてもいいから売り払って、新しいマンションのローンを減らしたいと考えてらっしゃるみたいですね」
そう言われたら…まあ、納得できなくもない。というか、納得するしかない。
「それで、どうされますか?」
「え?」
あ、そうか。僕がこのマンションを買うという選択肢もあるのか。その時、初めて自覚したのだった。
もともとは事故物件の取材だったのだから、事故物件じゃないならネタにはならないのだが…。なんだか、このまま帰るのも不動産屋さんを騙してるみたいで悪いし。でも、なんか家を持つって柄でもないんだが…。
脳内でゴニョゴニョと10秒ほど迷って、「あ、じゃあ買います」と答えた。
そして契約へ
このマンション、購入には1つ条件があって、基本的に一括で払ってほしいということだった。金額は420万円。それに登記費用、火災保険料、仲介手数料、固定資産税清算金、売買契約書貼付収入印紙代を合わせて496万円になった。
それだけの現金は持っていたので約束通り、銀行で売り主と不動産屋さんと顔合わせして、目の前でお金を口座から口座に移した。
マンションを買って知ったのは、賃貸よりもずっと契約が楽だということ。保証人もいらないし、審査もない。もちろんローンで購入した場合は、ローンの審査はいるだろうが、今回はそれもない。
両親が高齢になってきて、引っ越しの際の保証人がなかなか大変だなあと思っていたところだったので、こうして新居が見つかったのは良かった。
そしてそのマンションは、2020年の2月に僕の家になっていた。1カ月半ほどかけて、西荻窪と東村山を往復して、荷物を運んだ。タンスとテーブルだけ、業者に頼んで運んでもらった。
新たに仕事用の机を4つ、椅子を2つ、冷蔵庫、洗濯機、ソファー、ベッドを買った。クーラーは、キッチンの1機は生きていたが、他2部屋の2機は壊れていたので購入した。もろもろで60万ほどかかった。
不動産屋さんには、「風呂の湯沸かし器が20年ものなので、そろそろ壊れる可能性が高いです。壊れてから買うと、時間がかかる場合があるので、付け替えておいたほうがいいかもしれません」と言われたが、すでに結構お金を投じた後だったのでケチってしまい、いまだに取り替えていない。
そのうち突然壊れて、風呂に入れなくなり、とても後悔するかもしれない。その時はまた、その様子をルポにしたい。
知り合いには「DIYでリフォームしたら楽しそうですね! すごい良い部屋になりそう」などと言われたし、自分でも「キッチンの床とか張り替えちゃおうかな!」と思ったが、結局ほとんど何もしていない。まあ、たしかに古びているのだが、住めば都で気にならなくなるし。なんとなく愛着も湧いてきた。
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