
PHOTO : ニングル / PIXTA(ピクスタ)
国税庁が「マンション節税」の防止に向け、相続税の算定方法を見直す方針を固めた。今月27日、NHKなどが報じた。
タワーマンションなどを購入し、実勢価格と相続税評価額の乖離(かいり)を利用して、相続税を過度に圧縮するケースがこれまで相次いでいた。国税庁は今回、これを防止するため、相続税額の算定について新たな計算式を導入。評価額と実勢価格との乖離が約1.67倍以上となる場合に評価額が上がり、税額が増える見込みだ。またタワーマンションなどでは、高層階ほど実勢価格と評価額の乖離が大きくなるため、税額も増えることになる。
実際、算定方法はどのように変わり、今後どういった流れで新たなルールが施行されるのだろうか。また、不動産投資にはどのような影響があるのか。関係者や税理士、不動産投資家などにインタビューし、見解を聞いた。
年内に正式決定なら、来年1月に施行予定
今回の報道について国税庁の担当者は、「報道されている内容は公式に発表されたものではない」とした上で、「有識者会議を開き、相続税の算定方法の見直しを検討している」と話した。
算定方法見直しの背景にあるのは、昨年の不動産相続を巡る最高裁判決だ。高額な不動産を購入して数億円規模の節税を図った相続人に対し、国税当局が約3億円の追徴課税を行った。
同裁判では、国税側が「伝家の宝刀」と呼ばれる手法で追徴課税を行ったことから大きな注目を集めた一方、今後の算定ルールなどについては明確にされていなかった。
こうした状況を踏まえ、「実勢価格に対する評価額の適正化」と「(今後の算定基準を)提示すること」を目的に見直しを行っているという。最終的には、相続財産などの評価方法を国税庁が示した「財産評価基本通達」を改正する。
従来からマンションの実勢価格よりも相続税評価額が低いことを利用して、相続税を過度に圧縮するケースは問題視されてきた。今回のルール変更で、相続税評価額の算定方法を見直すことで評価額を実勢価格に近づけ、最終的に「租税負担の公平化」を図るという。
なお国税庁の担当者によると、今回の新たなルールについては、「近日中に公開される報道発表資料で言及する予定」とする。今後、パブリックコメントを経たうえで、来年1月1日以降に適用される見通しだ。
新たな算定ルールは?
では、算定方法は具体的にどう変わるのだろうか。
まずは現行の相続税評価額の算定方法をおさらいする。現行のルールは、1964年の国税庁「財産評価基本通達」に基づく。建物は固定資産税の評価額、土地は毎年公表されている相続税路線価を使って算出し、相続税評価額に応じて10~55%の税率が設けられている。
しかし、路線価は公示地価の8割を基準とするため、都心部では相続税評価額が実勢価格を下回ることが多い。特に高層で戸数の多いタワーマンションの場合、土地の持ち分が小さいため評価額が低く出る一方、上層階になるほど売買価格が大きくなるため、価格の乖離が数倍以上になることもある。
この乖離を利用して、過度に相続税を圧縮するケースがかねてより問題視されていた。これを受け、政府は2023年度の税制改正大綱に、相続税評価額の「適正化を検討する」と記載。不動産鑑定士らによる有識者会議を1月に立ち上げ、議論を進めてきた。
そんな中示されたのが、今回報道された新たな算定ルールだ。日経新聞やNHKなどの報道によると、実勢価格を反映する以下の指標が新たに導入されるという。
【新たな算定ルール】
(1)築年数や階数などに基づいて、評価額と実勢価格の乖離の割合(乖離率)を計算
(2)乖離率が約1.67倍以上の場合、従来の評価額に乖離率と0.6を掛ける
国税庁が用意する新たな計算式に、築年数や階数などを当てはめ、算出された値(乖離率)を従来の評価額にかける。その6割を新たな評価額とする。
国税庁によると現在、マンションの評価額の平均は実勢価格の4割程度にとどまっているが、これを戸建ての評価額の平均である6割程度の水準まで引き上げる。
これによって、実際に納税額はどの程度増えるのか。国税庁が今年1月に開いた有識者会議の資料の試算によると、東京都内の築9年、総階数43階建ての23階にある区分マンションの場合、市場価格1億1900万円のところ、相続税評価額は3720万円ほどになっている。乖離率は3.2倍だ。相続するのが子ども1人の場合、相続税額は単純計算で約12万円となる。
これを新たなルールに当てはめると、乖離率を3.2倍とした場合、3720万円に3.2と0.6をかけた約7140万円が相続税評価額となる。この場合の相続税額は約508万円となるため、従来の計算方法と比べると約500万円の上乗せになる。
国税庁の資料によると、2018年時点で、マンション評価額の乖離率の平均は約2.34倍。20階以上の高層マンションでは3.16倍となっている。
全体の約65%の物件で、評価額は市場価格の半分以下となっており、新ルールが適用されれば多くの物件が影響を受けることになりそうだ。

出典:国税庁 報道発表資料(2023年6月2日)

出典:国税庁 報道発表資料(2023年6月2日)
新たな算定ルールは「妥当」なのか
元国税調査官の松嶋洋税理士は、「国税庁はマンション節税に対する危機意識が強く、数年前から是正の動きはあった。それがやっと一歩前進した」と語る。
ただ、「評価額と実勢価格の乖離率が約1.67倍以上の場合、従来の評価額に乖離率と0.6を掛ける」というルールには違和感があるという。
「実務上、建物の相続税評価額を出すときは、実勢価格の7割程度になるという目安があります。その感覚からすると、0.6では少し低く感じました。0.7をかけるのが適切なのではないかと思います。今後評価額が実勢価格の7割になるよう、さらに改正が進む可能性もあるのでは」と指摘する。
また、「今までよりは評価額が適正なものに近づくとは思うが、それが『正しい』かどうかは分からない」とも話す。「有識者会議の資料を見ると、計算式は回帰分析に基づいて決められているようです。ただ、統計学の知識がないとその計算式が妥当なのか判断できません。万人に理屈が分かる制度ではないという点には疑問が残ります」
不動産投資家の意見は
今回の報道に対し、不動産投資家はどのような意見を持っているのだろうか。
関西を中心に不動産投資を行う「MOLTA」さんは、「取りやすいところから税金をとるという施策は、少々安易ではないか」と語る。
「資産があるところから取るというスタンスは分かりますが、本来、資本主義社会においては、経済が健全に成長することで、結果として税収も増えていく状態を目指すべきです。取りやすいところから取るという施策は安易だと思います」
一方、コラムニストの「FIRE大家 テリー隊長」さんは、「(今回の是正の内容に)あまり違和感はない」と語る。
「相続税の課税額に不公平が生じているのであれば、不公平をなくす方向に税制が動くのに違和感はありません。特に、相続税対策としてタワマン投資していた富裕層がいたため、国税庁も不公平解消という目的で動きやすかったところもあると思います」
また、「不動産投資を通じた王道の相続税対策は依然として有効」とも語る。「不動産を利用した節税の道が閉ざされたと嘆く人も多いですが、実際、不動産の相続税評価額は、現在の税制において実勢価格より低く抑えられているため、引き続き節税は可能です」と話した。
◇
マンションを使った相続税対策はこれまでも行われてきた。しかし、今回の是正で相続税評価額が引き上がることで、相続税対策を目的として不動産を購入する層が減少し、不動産の価格に影響を与える可能性も考えられる。
27日の東京株式市場では、今回の報道を受け、大手不動産会社の株価が軒並み下落した。三井不動産で前日比で3%、住友不動産や野村不動産ホールディングスはいずれも4%下落している。28日時点では持ち直しているものの、今後の国税庁の発表の内容次第では、さらに株価に影響が及ぶ可能性がある。
一方、不動産調査会社「東京カンテイ」の井出武氏は、マーケットへの影響については「断定的なことはいえない」と語る。2016年に政府が、タワマン節税のけん制のため、高層階の固定資産税と相続税を引き上げると発表した際も、あまり不動産価格や株式市場に影響はなかったという。「国税庁からの正式な発表があった後に、今後どうなるのか慎重に予測したい」と語った。
国税庁の担当者によれば、6月中に開催した有識者会議の内容をまとめた報道発表資料が近日中に公開される。その内容に注目したい。
(楽待新聞編集部)
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