一般的な戸建てやアパート、マンションなどに見られる「幅木」(PHOTO:ABC/PIXTA)

みなさん、はじめまして。一級建築士の岡村裕次と申します。楽待では「さんぽで学ぶ建築雑学」という動画に出演しているので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

普段は集合住宅や個人住宅、店舗、医院などの設計から、まちづくり、大規模修繕のコンサルティングなど、建築にまつわるさまざまな仕事をしています。またライフワークとして、「建築散歩」という街歩きイベントの講師などもつとめています。建築の面白さをたくさんの方に伝えるため、日々活動しています。

このコラムでは、建築設計に向き合っている私が、「実務者の視点」で、建築にまつわるさまざまな疑問を解決していきます。読んで楽しい建築の雑学や、いまこれがアツい! というトレンドを紹介していきたいと思います。

第1回は、みなさんのご自宅や所有物件にもある「幅木(はばき)」という部材を取り上げます。

床と壁の境界にある「出っ張り」

まず、今回のテーマである「幅木」とは何なのか、ご存じない方もいらっしゃると思いますので、最初にイメージの共有をしておきましょう。

冒頭の画像も同様ですが、以下が幅木です。床と壁が切り替わる部分にある、出っ張った部材のことです。

この幅木は単なる飾りではなく、大きく3つの役割を持っています。以降で、これら3つそれぞれについて順番にみていきましょう。

役割1. 隙間をなくす(きれいに見せる)
幅木の役割の1つ目は、壁と床の「隙間をなくす」です。

一般的な建物の内装工事では、まず先に床のフローリングなどが貼られて(壁が先につくられる場合もあります)、その後、壁の下地となる「石膏ボード」が、床に対して垂直に施工されます。

このとき、床は「完全なる水平」ではありません。「不陸」といって、すこし傾いていたり、凸凹したりしています。また、壁の下地になる石膏ボードは工場で作られてはいますが、完全な四角形(90度)ではありません。そのため、部分的に床と壁の間に隙間が生じることがあります。

壁の下地材(石膏ボード)の角度は厳密に90度にすることは難しく、どうしてもわずかなスキマが生じてしまう(※分かりやすいように、スキマを大げさに表現しています)

隙間があるとそこにゴミが溜まりますから、設計者や工務店へのクレームになってしまいます。それを防ぐのが、この幅木なのです。

具体的には、壁の石膏ボードを床から少し浮かせた状態で張ります。そして最後に、床と壁の隙間を隠すように、幅木を「後付け」で張ります(最初に幅木を設置してから壁を貼る方法もありますが、現在は施工が楽な後付幅木がほとんどです)。

ちなみに床材が無垢フローリング(一枚板を床材に加工したもの)の場合にも、幅木が活躍します。天然の木材は、夏場は空気中の湿気を吸って少し膨らみ、冬場は収縮して小さくなります。このように床が「動く」ことを考慮して、床と壁下地にはあらかじめスキマを空けておくほうが好都合なのです。このスキマも、幅木があればうまく隠せるというわけです。

役割2. 汚れから守る
幅木の役割、2つ目は「汚れからの保護」です。

人間が立っているとき、一番出っ張っている部分は、足(つま先)ですよね。歩き出すときも、一番前にあるのは常につま先です。ということは、壁のうちもっともぶつかりやすい(=汚れやすい)のがこのつま先の当たる部分になります。靴を履いて過ごす空間の場合は、なおさらです。

なので、この部分には、壁の他の部分よりも汚れに強い材料、もしくは汚れても拭き取りやすい材料にしておくのが合理的です。壁の一部が汚れただけで全面を貼り替えるのは大変ですが、幅木を付けておけば、その部分だけを取り替えられるのも利点です。

役割3.割れないように保護する
ぶつかりやすいということは汚れやすいということであり、またその衝撃が強ければ壁を壊してしまう可能性もある、ということです。

壁の下地に使われる石膏ボードは再利用ができて、安価で燃えないのでよく使われる室内の壁下地材です。

ただし「点」での衝撃に弱く、欠けたり割れやすいという性質があり、割れてしまうと補修が難しいのが欠点です。掃除機をガシガシとぶつけたり、重い荷物を運ぶときに使う台車でぶつけたり、誰もがそんな心当たりがあると思います。

壁の中で強い衝撃を受けやすい場所に幅木を張ることで、「割れから保護」することができます。

幅木に使われる「素材」には何がある?

以上の説明で、幅木には役割があることをご理解いただけたと思います。次に幅木に用いられている素材について見て行きましょう。主には「木」、「塩化ビニル」、「アルミ・ステンレス・石」などです。

・木製の幅木
加工しやすく、補修や塗装も容易にできるので、広く用いられています。日本の住宅内部では靴を脱ぐので、扱いやすいこの木幅木が最も流通しています。

この木幅木は接着剤で取り付けるのですが、接着剤が固まるまでは特殊な細い釘で仮止めします(この釘については後述)。

マンションなどで見られる木製の幅木

「木」とはいえ、実際は新建材と呼ばれるMDF(細かく加工した木材を煮込み合成樹脂を加えて成形した板)に、木目調や白色を印刷したオレフィンシートを貼ってあるものです。つまり、厳密には木ではなく「木のようなもの」と言うのが正しいでしょう。

この新建材の幅木は塗装ができないので補修しづらいという欠点もありますが、耐久性が高く、品質が安定し、なにより安価です。そのためかなり普及していて、現在作られている住宅の9割ぐらいで、この商品が使われていると思います。

・塩化ビニル
「塩化ビニル」製の幅木は通称、「ソフト幅木」と呼ばれます。靴はきの店舗やオフィス、賃貸住宅でもよく使われています。材料が安く、接着剤で貼るだけで施工できるので安価です。商品には「Rあり」と「Rなし」があります。

一般的な塩ビのソフト幅木。床と接する部分が曲線になっている「Rあり」のタイプ(画像=田島ルーフィング

隙間を隠しやすいよう、床面に接する部分が少し外側に跳ねている形状が「Rあり」。ほとんどのソフト幅木はこのRありタイプです。

・アルミ、ステンレス、石
「アルミ・ステンレス・石」は、公共施設やトイレ、厨房など不特定多数の人が利用する場所によく用いられています。耐久性が高く、衝撃や汚れにも強いのですが、高価ですね。

トイレなどで見られるアルミ製の幅木。耐久性が高く汚れにくい、掃除がしやすいなどの利点がある

建築家が考える「カッコイイ幅木」って?

以上が、幅木に関する基礎知識でした。ここからは、もっとマニアックな知識を知りたい、という方に向けた応用編として、私たち建築家がどのように幅木のデザインをしているのか、というお話をしたいと思います。

まずは幅木の「高さ」です。

幅木って、どのぐらいの高さだと思いますか? この記事を室内で読んでいる方はぜひ、実際に測ってみてほしいのですが、特によく使われる幅木(既製品)の寸法(高さ)は60ミリ、つまり6センチメートルです。靴で汚れる範囲が大体この高さであるということから、この寸法が既製品に広く採用されているのでしょう。

しかし、最近はより空間をシンプルに、シャープに見せようと、高さが30ミリ程度の既製品も増えてきています。これは幅木の高さを低くして、その存在感を少しでも和らげたいからです。

筆者がリノベーションを担当したマンションの一室。幅木の高さは、一般的な既製品の半分である30ミリ程度に抑えてスッキリみせている

逆に、病院や公共施設などでは車椅子の利用などを想定し、より高さのある100ミリの幅木もあります。

ちなみに、幅木を既製品ではなく特注すれば、寸法はどのようにしても構いません。そもそも、大工さんの手作業が主流だった時代は、この「幅木」にさまざまな装飾が施されていました。溝を掘ったり、段々にしたり、模様を掘ったりなど手の込んだ装飾を施すことで、格調高い空間へと昇華させる役割も担っていました。

よくある木幅木の「溝」は何のため?

さて、1つ質問です。あなたの家の幅木はどんな形をしていますか?

もしかすると幅木の真ん中より少し上に、溝が1本、もしくは2本入っているのではないでしょうか。この溝、ゴミが入りそうだし、もっとシンプルでいいのに…と思うかも知れません。

しかしこの溝はデザインではなく、「釘」を目立たせないための溝なのです。幅木の固定には「ピンネイラ」と言われる、釘頭がとても小さい釘を空気圧の力などで打ち込みます。

幅木本体の真ん中より少し上にある「溝」は、留めるための釘を隠す役割を持つ

真っ平らな幅木だと、小さな釘頭(凹み)が目立ってしまいます。これを隠すために、あえて溝が設けられているというわけです。

ご自宅の幅木にこの溝がないという方は、ピンネイラの釘頭を探してみてください。釘頭が目立たないように白く塗装をするなど、工夫されているはずです。

また読者の方の中に数名は「私の家には幅木がないのですが…」という方がいるかもしれません。それは、壁がコンクリートや石など硬いものでできていて、機能的に幅木が不要である、もしくは建築家が設計した家なのかもしれません。

建築家の設計では、見た目のシンプルさを重視するために、幅木を見せないデザインを採用するケースがあります。

その場合は、幅木と石膏ボードを同じ厚みにして面(ツラ)を同一にしたうえで、クロスか塗装で塗りつぶしてしてその境界部分を隠し、「幅木」があることを隠していることでしょう。断面図にすると、こんな感じです。

こうやってつくれば、幅木としての機能を持たせつつ、見た目上は幅木があることを意識させないデザインになります。

ただし、石膏ボードと幅木材は熱や湿気による伸縮率が異なるため、将来的に境目面にヒビや割れが入ってきたりすることが多い、という問題点もあります。

建築家が考える理想の幅木とは

最後に、私が設計者として幅木をどのように選定しているかをお話したいと思います。

空間はできるだけシンプルに、スッキリ見せるのが理想です。ただし、「床・壁・天井」だけで構成することはできません。窓や照明のスイッチなど、さまざまな要素が必要になります。これらはデザインの観点からは、「ノイズ」になるとも言えます。

そのノイズの中でも、部屋を四周ぐるっと回る幅木は、特に目立つ部材の1つです。ですから幅木を空間のノイズと感じさせないよう、高さを抑え、厚みを薄くし、壁もしくは床と同じ色にするのが無難です。つまり、存在感を極力消す方向にデザインするわけです。床や壁と幅木を違う色にすると幅木が変に目立ってしまうので、よほどデザインに自信がある方を除き、あまりお勧めできません。

なお、幅木の素材は「木」がお勧めです。塩化ビニルのソフト幅木は柔らかい材料なので、エッジがなく、直線の美しさが出せません。硬い材料で直線がきちんと出たほうが、空間としてはスッキリ見えますね。

で、岡村はいつもどうしているの? と言いますと、私はできるだけ特注で製作します。もちろん予算との相談もありますが、高さや素材、色を自由に選べるからです。そうなると、素材は扱いやすい木が多くなります。

筆者がリノベーションを担当したマンションの一室。特注の幅木と既製品の幅木を組み合わせている

木に塗りつぶし塗装、木目を生かしてクリア塗装。あとはあえて合板を幅木にすることもあります。もし、クライアントの美意識が高かったり、店舗であれば、幅木がないように見せることもしています。そこは私も建築家、商品カタログから選ぶより、特注でよりその空間にあったもの、そこのオーナーらしさを感じるものにしたいと日々頭を悩ませています。

最後に、価格の話も少し。

材料と工賃を含め、ソフト幅木の価格はだいたい1メートルあたり600円程度、新建材の木幅木は1000円/メートル、特注制作であれば、造作材で比較的安い米ツガやスプルスなどですと2000円/メートルぐらいかと思います。塗装するとさらにその金額がかかります。

このコラムを読んだあとは、ぜひ「幅木」に注目して1日を過ごしてみてください。その世界にさまざまなバリエーション、豊かな世界があることに気がつくことでしょう。

読者の方と、いつか幅木談義ができる日を楽しみにしています。

(一級建築士・岡村裕次)