空き家の増加が全国的に問題となっている中、これまでに例のない空き家活用法を実践している人がいる。

さいたま市にあるタクシー会社「日栄交通」の常務取締役、清水雄一郎さんだ。空き家のスペースを活用して、「キクラゲ」を育てている。

コロナ禍で会社の経営が苦しくなったことをきっかけに栽培を始めた。現在は空き家やプレハブを「ハウス」として利用し、年間1トンのキクラゲを収穫しているという。昨年には、大物起業家らにプレゼンをする人気YouTube番組「令和の虎」にも出演した。

「空き家×キクラゲ」とは意外な組み合わせだが、どのようなきっかけで始めたのだろうか。また、戸建て1軒でどれくらいの利益を得られるのか。清水さんのキクラゲ事業を取材した。

「戸建て」がキクラゲ栽培に最適?

清水さんがキクラゲを育てているのは、埼玉県桶川市にある木造戸建て。築47年で、長年空き家になっていたことや再建築不可だったことから、70万円で購入できたという。

清水さんがキクラゲを育てている戸建て

清水さんの案内のもと室内に入ってみると、天井までの高さがある金属製の棚が複数設置され、キクラゲの菌床が所狭しと並んでいる。その数約3000株だ。

棚に並べられたキクラゲの菌床

「菌床は専門の業者から購入しています。1つずつ包装されているのですが、包装に切り込みを入れておき、温度管理や水やりをすると数週間でキクラゲが生えてきます。収穫までの期間は約1カ月です」

大きくなったキクラゲは手作業で収穫する。出荷量は月に約600~700キロだ。

パックに詰められたキクラゲ

タクシー会社に勤務する前は、一人親方としてリフォームの仕事をしていたという清水さん。キクラゲ栽培を始めるにあたり、戸建てを自身の手で「キクラゲ仕様」にリフォームしたという。

まず居室は、キクラゲの棚を並べるために、躯体を残してスケルトンに。コストを抑えるため、棚を置けない浴室や廊下などはほとんど手を加えず、そのままの状態で残しているという。

リフォームを行う清水さん

キクラゲが育つためには、一定の湿度と温度を保ち、水やりも行わなければならない。そのため、居室の内壁と天井には、通常外壁に使われる、断熱材付きのサイディングボードを貼り付けた。

居室の天井には、塩ビ管で作った自作のスプリンクラーを設置。水道管から水を引き、タイマーを使って決まった時間に自動で散水されるようになっている。

天井に設置された、塩ビ製のスプリンクラー

清水さんによれば、通常キクラゲを育てるには、断熱性能のあるビニールハウスを使用するという。設備なども含めると、初期費用は約1000万円以上にのぼる。「断熱性能が得られて安く買える空き家は、キクラゲ栽培に向いていると思います」

今回は戸建てを70万円で購入できたことに加え、自身でリフォームを行ったことで、費用は物件価格を含め450万円に抑えられた。

会社の危機を救うため、キクラゲ栽培をスタート

「キクラゲ栽培」のために空き家を購入し、栽培を行っている清水さん。そもそも、なぜキクラゲを育てようと思ったのだろうか。

清水さんは普段、さいたま市のタクシー会社「日栄交通」に勤務している。清水さんの祖父が創業し、今年で52年目を迎える会社だ。普段は主に、タクシーの運行管理やスタッフのシフト調整などを行っている。

そんな清水さんがキクラゲの栽培を始めたのは、2020年のこと。コロナウイルスの流行によってタクシーの利用者が激減し、売上が落ち込んだことがきっかけだった。「一時期は売上が8割以上落ち込み、何か新しいことを始めなければ会社を畳むしかない状況になりました」

そんなとき、ある女性乗務員が、「会社の空きスペースでキクラゲ栽培をやってはどうか」と提案してくれたという。「しいたけや舞茸ではなく、キクラゲというのはとても面白いと思いました。調べてみると、案外簡単に栽培できると知り、実際に育ててみることにしたんです」

清水さんはその場でインターネットでキクラゲの菌床を購入し、会社のシャワー室で栽培をスタート。その後、会社の敷地にプレハブ小屋を建て、本格的にキクラゲ事業を始めた。

会社の敷地にあるプレハブ小屋

スペース拡大のため「空き家」を活用

収穫したキクラゲは、会社で運営する直売所のほか、近隣のスーパーや飲食店などにも卸すようになった。乾燥させたキクラゲとは違うぷりぷりした食感が人気を呼び、リピーターも多いという。

キクラゲの収穫や管理に人手が必要なため、従業員とアルバイトも雇うように。その人件費で、事業としての利益はほとんど出なかった。「利益を出すためには3000床以上の菌床を保有し、もっと大量にキクラゲを売る必要があると思い、栽培の規模を拡大したいと考えるようになりました」

そこで清水さんが目をつけたのが、「空き家」だった。もともと鬼怒川温泉にある廃墟ホテルなどに興味があり、土地や建物が使われずに放置されているのがもったいないと感じていた。

「そういった使われていない場所をキクラゲ栽培にも使えないか」と考え、まずはホテルと比べて安価に購入できる空き家で始めることにした。そして、不動産会社に勤務する知り合いの紹介で、桶川市の空き家を購入することができたと話す。

目指すは「利回り40%」

現在の売上は、空き家での栽培単体で月に約80万~90万円。今後さらに菌床の数を増やすことで、売上を月約150万円、年間約1800万円まで増やす予定だと話す。「不動産投資の実質利回りに換算すると、約40%ほどになりそう」だという。

清水さんによれば、本業のタクシー事業の売上は年間約1億5000万円。しかし人件費などを差し引くと利益はたったの1%、約150万円ほどしか残らない。

それに対して、キクラゲ栽培では10%ほどの利益が残るため、年間1800万円売り上げれば、タクシー事業と同じくらいの利益を出すことができる。「会社を支えてくれる大切な事業として力を入れていきたい」と話す。

ただ、投資として空き家を使ったキクラゲ栽培を始めるのは「おすすめしない」と語る。

「不動産投資と比べると、栽培や販路の確保のための時間と手間がかかりすぎるため、割に合わないと思います。普通に戸建てを購入して、人に貸したほうが利益を出せると思う」

清水さんの場合、会社の経営がかかっていたこともあり、「本気で事業としてやってやる、という気持ちがあったから続いた」という。

清水さんは今後、埼玉県内の空き家を購入し、徐々に規模を広げていく予定だという。ゆくゆくは使われていないパチンコ店やホテルなど、さらに大きい物件の購入も検討するそうだ。

「キクラゲはまだまだマイナーな食材なので、今後知名度を上げて、しいたけや舞茸と同じくらい食卓に出る食材にしたいです」

(楽待新聞編集部)