
PHOTO:decoplus/PIXTA
隣の庭から木の枝が伸びてきている…という経験はないだろうか。「こちらの敷地に侵入してきているし、枝くらい自分で切ってしまってもいいだろう」と思うかもしれない。
これまでは、民法によって、たとえ枝1本であろうとも、所有者でない者が勝手に切除することは許されなかった。危険を感じるような場合であっても、越境してきた枝は所有者に切除させるしかなかった。
しかし、今年4月に改正民法233条が施行され、条件を満たした場合、越境してきた枝を自分で切除することが可能になった。
今月11日には大阪府交野市で、市道に飛び出した枝を所有者の同意なしに市職員が切除したとも報道された。同市の山本景市長は「地区の住民からも切って欲しいという要望があった。民法233条の定める催告を行い、土地の所有者が応じなかったので市で伐採した。発生した費用も今後請求する予定だ」と話した。
このように、改正された民法233条。「越境枝」に対してどのような対応が可能になったのか、その詳細を改めて不動産に詳しい荒井達也弁護士に解説してもらった。
煩雑な手続き、改正で合理化
―木の枝や根の切除について定めた民法233条が改正され、今年4月に施行されました。改めて、どのような点が変わったのでしょうか?
改正前の条文には、枝が境界線を超える場合、相手に「切除させることができる」としか書かれていませんでした。しかし改正後は越境された側が「枝を切り取ることができる」と明言されています。
ただ、もちろん無条件に切って良いのではなく、越境している側が「催告」に応じなかった場合や、竹木の所有者がわからない場合、急迫の事情がある場合などに限定されます。
催告とは、竹木の所有者に対して「越境している枝をこの日までに切ってください」と伝えることです。できれば、内容証明郵便などを用いて、催告をした証拠を残せると良いです。切るのに十分な期限(基本的には2週間程度)を設定したにもかかわらず、期限までに竹木の所有者が切除しなかった場合は、越境された側が相手方の同意なく枝を切除することができるようになりました。
改正民法233条(竹木の枝の切除及び根の切取り)
※赤い文字が改正で追加された部分
1 土地の所有者は、隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に、その枝を切除させることができる。
2 前項の場合において、竹木が数人の共有に属するときは、各共有者は、その枝を切り取ることができる。
3 第一項の場合において、次に掲げるときは、土地の所有者は、その枝を切り取ることができる。
(1)竹木の所有者に枝を切除するよう催告したにもかかわらず、竹木の所有者が相当の期間内に切除しないとき。
(2)竹木の所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができないとき。
(3)急迫の事情があるとき。
4 隣地の竹木の根が境界線を越えるときは、その根を切り取ることができる。
―今回233条が改正された背景にはどのような事情があるのでしょうか
これまでは、越境した枝を切るために必要な過程が煩雑すぎたのです。すなわち、相手が枝の切除に応じない場合は、裁判を起こし、それでも応じない場合に強制執行という手続きを行う必要がありました。
同じ233条の中で、改正前から越境してきた根は切除して良いことになっていたのですが、枝に関してはなぜか厳格で、「所有者に切除させる」とだけ定められていました。枝も合理的に切除できるように、と見直しの動きになったのだと思います。
また、近年増加している所有者不明の空き家も、改正の1つの背景になっています。隣の空き家から伸びてきた枝を切りたいのに、自分では切ることができず、隣の所有者もいないということでは対処のしようがないですからね。
なぜ「根」は切っていいのか、民法の七不思議
―根が改正前から切除可能なのはなぜですか?
気になりますよね。正直、弁護士の間でも疑問の声が多く上がっていました。233条は明治時代、1898年からほぼ変更がなかった条文です。詳しい背景などはわかりませんが、いくつかの説があります。
1つ目は、「根より枝のほうが価値が高い」という考え方です。木の枝には、葉や花といった見た目に重要な要素が関わってきますよね。木の種類によっては実もなる場合があるため、根より枝が大切と考えられたと言われています。とはいえ根だって、切除すれば木全体がダメになってしまう場合もあるので、合理的な区別ではなく、納得がいかないという意見にも同意できます。
2つ目は、「根は隣の敷地に侵入しないと切除不可能だから」という考え方です。自分の家にある木が、隣の敷地まで伸びてしまったと想像してください。枝が越境してしまった場合、自分で高枝ばさみなどを使って切ることも可能ですよね。
一方で、根が越境してしまった場合は、隣の敷地に入らないと切除することが難しい場合が多いです。隣の家に毎度許可を求めるのも手間なので、越境された側が切って良いことにしたのではないか、という考え方もあります。ただ、これもちょっと無理がありますかね(笑)。

PHOTO:たっきー/PIXTA
―根は相手の所有物(土地)に密着しているから、という考え方はありますか?
私は、あまり関係ないと思いますね。枝も根も、境界線を越えた時点で権利の侵害が発生していますから。空中にある枝よりも、土地に接している根の方が権利侵害の程度が重いとは直ちに言えませんし、根であれば切除されて妥当とか、そのような考え方はありません。
いずれにせよ、私たち弁護士でさえ腑に落ちていない部分が多かった。個人的には「民法七不思議」の1つだと思っていて、枝と根に本質的な違いはないと考えています。私たち弁護士もよくわからないけど、「とりあえず、根は勝手に切っても良いけど枝はダメ、そう覚えよう」ということで勉強してきました(笑)。
切除にかかった費用は請求可能?
―この4月から改正民法が施行されました。施行以降、実際にどのような相談がありましたか?
催告後、自分で業者などにお願いして切除をした場合、その費用は請求できるのかという質問をよく受けます。結論としては、相手方に請求できます。ただ、費用の請求に関しては233条から離れ、別途裁判で請求を認めてもらう必要があります。
たとえば、30万円ほどかけて枝を伐採したとしましょう。その費用を相手方に支払わせるためには、弁護士を立てて裁判をしなくてはなりません。30万円程度だと弁護士費用だけで、それに近い金額またはそれ以上の金額になることもあります。裁判の結果が出るまでに時間も手間もかかるので、30万円のためにどこまで費用や時間などを費やすか否かは慎重に判断してほしいところです。
―今回の改正において、実務上、何か課題・問題になると考えられることはありますか?
越境してきた枝を切除できるケースの1つとして、竹木の所有者を知ることができない場合が挙げられます。しかしこの条件は意外と厄介で、一般の方が「所有者不明であること」を確定させるのはなかなか難しいことなのです。
たとえば「手紙を送ったけど宛先不明で返ってきてしまいました」というケース。これで「所有者不明」と判断していいのか? とよく質問されるのですが、これだけでは「所有者不明」とは言うことができません。住民票などでもっと調査をしなくてはならないのです。
ですが、市役所に行って「隣の家から枝が飛び出ているから隣の人の住民票が欲しい」と言っても、簡単には提供してもらえない。そうなると越境された側が取れる手段がなくなってしまうので、ここに実務的な問題を感じています。
弁護士が代理人になれば、比較的に住民票も取りやすい場合もあるのですが、法改正をしたのに、結局、一般の方が自分で対処できないということになると、煩雑さを改善するという目的は一部果たせていないなと思ってしまいます。
◇
条件を満たせば、越境してきた枝を勝手に切除することが可能になった今回の民法改正。境界線に関しては隣人とトラブルになりやすい。もし隣地から伸びてきた枝に悩んでいるのであれば、相応の手順を踏んで可能な限り穏便に対処したいところだ。
(楽待新聞編集部)
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