「ゆがんだ企業風土」「ズレた経営感覚」「ガバナンスの欠如」―。ゴルフボールを靴下の中に入れて故意に車体をたたいて修理代を水増しするなど、悪質な手口で保険金を不正請求していた中古車販売大手のビッグモーターの実態が次々と明らかになっています。
過去を振り返れば、不動産業界でも顧客を欺く不祥事が繰り返されてきました。例えば、2009年には倒産したハウスメーカーによる詐欺事件が相次ぎました。
倒産することを認識しながら販売を続け、物件が完成する前に多額の工事代金を払わせていたというものです。ただし、これらの事件では施主側が工事代金の支払いルールについて正しい知識を持ち、適切な対応を取れていれば被害の拡大を防げた可能性もあります。
この記事では、過去に不動産業界で問題となった事件を振り返りつつ、不動産の売買時や物件の新築工事請負契約を結ぶ際に、オーナーが注意すべきポイントについて解説していきます。
不動産業界で相次いだ詐欺事件
2009年、ハウスメーカーによる詐欺事件が立て続けに起こりました。ニュースにもなった代表的な事件を2つ紹介します。
1件目は注文住宅販売会社のアーバンエステート(埼玉県川口市)です。同社は倒産を認識しながら販売を続け、契約者に被害を及ぼしたとして、経営陣に対して詐欺罪で逮捕・実刑判決が言い渡されました。
同社は2002年の設立以降、テレビCMの効果によって急速に契約数を伸ばし、2007年には約65億円の売上を計上していました。ところが、膨大な広告宣伝費と行き過ぎた営業拠点の拡大が裏目に出てしまい、次第に資金繰りが悪化。そのうえに金融危機(リーマンショック)とそれに伴う住宅不況が重なり、2009年3月、自己破産となりました。負債総額はおよそ50億円です。
取引実務では自己居住用であれ投資用であれ、戸建てやアパートの新築工事では工事代金は数回に分けて支払うのが慣例です(図表1参照)。
その点、アーバンエステートは「工事代金を値引きする代わりに、前金を多めに支払ってほしい」と顧客を勧誘。ある施主は工事費2000万円の5%を割り引くとの持ちかけに応じ、契約時に7割を前払いした途端、倒産に遭いました。すでに資金繰りの悪化で、アーバンエステートには請負工事を完了・建物を引き渡せる余力はありませんでした。契約者は完全な泣き寝入りです。気の毒としか言いようがありません。
2件目は、2009年1月に自己破産した木造注文住宅の設計施工・販売を行なう富士ハウス(静岡県浜松市)です。アーバンエステートと同様のケースが報告されています。同社の場合、2006年ごろまでは工事代金の支払いを「契約時に1割」「上棟時に6割」「完成時に3割」といった割合で請求していたのですが、次第に前払い請求がエスカレートし、2007年4月ごろからは着工時までに7割を支払うよう顧客に求めるようになりました。
両社いずれも、その背後にあったのが業績低迷による資金繰りの悪化です。自転車操業ゆえ、運転資金の枯渇が企業生命の死滅に直結したのです。延命のための窮余の策が前払い金の多額請求(前金詐欺)だったわけです。自己の利益を最優先する卑劣な行為に、ただただ呆(あき)れるばかりです。
「工事請負契約」と「売買契約」は似て非なる契約
実は、同じ取引でも建売り住宅や分譲マンションの場合には多額の前払い金を請求されることはありません。宅建業者が自ら売り主となる土地建物の売買(契約)では、宅建業法により売買代金の2割を超える額の手付の受領を禁止しているからです。
手付金の額が下の図表2の額を超えるときは、売り主となる宅建業者は保全措置を講じた後でなければ手付金を受領できない決まりになっています。
保全措置とは、売り主が物件の引き渡し前に経営破綻した場合、すでに支払った手付金が無事に返金されるよう、買い主を保護する救済措置のことです。もし、保全措置を講じないまま手付金を受け取った場合、宅建業者には業務停止処分、情状が特に重いときには免許取り消し処分が命じられます。売買契約では宅建業法により買い主の利益保護が当然に図られているのです。
これに対し、注文住宅などの工事請負契約では話が違ってきます。請負契約には宅建業法は適用されず、前払い金の保全措置もありません。富士ハウスが前払い金として着工時までに工事代金の7割を支払うよう求められたのも、前金の取り扱いに関する法的な取り決めがなかったからです。
民法上、請負契約における「目的物の引き渡し」と「工事代金の支払い」は同時履行の関係にあります。建物の「引き渡し時」に工事代金を支払えばよく、「契約時」に前払いしなければならない法的根拠はありません。しかし、取引現場では「特約」という名を借りたハウスメーカー側の一方的な自己都合により、請負契約では工事代金の前払いが慣例となっています。
たとえば、賃貸アパート経営を始めようと考えたとき、土地の取得は「売買契約」、アパートの新築は「請負契約」となります。2種類の契約が併存するなか、契約時に前金を支払う際は手付金が保全措置されているか、金額や支払回数が図表1と大きくかけ離れていないかなど、それぞれの契約ごとに確認を怠らないようにしてください。やたらと工事代金の前払いを求めてくる業者には特に注意です。
万が一に備える「住宅完成保証制度」とは
最後に、工事請負業者が倒産した場合に備え、そのセーフティネットとなる「住宅完成保証制度」について触れておきます。
前述のように、建物が完成する前にハウスメーカーや工務店が経営破綻してしまった場合、工事は一時中断し、再開するにも時間がかかります。また、新たな工事請負業者を見つけられたとしても、追加の工事費用が発生するのは避けられないでしょう。倒産した業者から前払い金を取り戻すのも至難の業です。注文者側が損失を被るケースは珍しくありません。
そこで、万が一に備え、建物の完成をサポートしてくれるのが住宅完成保証制度です。中小企業法に定める中小の住宅メーカーが申請。事業者の倒産などにより工事が中断した場合に、個人の施主に対して増嵩工事費用(請負会社の変更に伴って請負金額以上にかかった費用)や前払い金の損失の一部を補填する仕組みです。
保証機関は複数あり、制度内容にはかなりの幅があります。投資用の賃貸アパートを保証対象にしてところもあれば、「個人による新築一戸建て」しか保証対象にしていないところもあります。
なお、当該制度を提供する保証機関が事前に財務内容を調査し、審査基準を満たしたハウスメーカーや工務店だけが対象となります。つまり、保証機関に登録(=審査をクリア)している工事業者でないと、住宅完成保証制度は使えないのです。自宅や賃貸アパートを新築する際は、登録業者検索ツールなどで工事業者が登録業者かを事前に確認しておくと安心です。
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「不動産業はクレーム産業」とも呼ばれるように、不動産トラブルは後を絶ちません。ただ、今回取り上げた詐欺事件のように、施主側の知識があれば被害に遭うリスクを抑えられるケースも多いと思います。特に事業として不動産投資に取り組む場合は、最後は自己責任との意識を忘れず、ぜひ知識武装に励んでください。
(平賀功一)
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