世界的なインフレが続く中、各国の中央銀行が対応を進めている。先月28日には日銀がYCCの修正を発表し、金利が今後どのように動くのか注目が集まっている。
投資家は、不安定な世界経済・日本経済のこれからをどのように見通せば良いのだろうか。今回は、人気エコノミストのエミン・ユルマズさんと、元日経新聞記者の高井宏章さんに、今後の世界経済・日本経済や、インフレ時代の投資について語ってもらった。
経済と金融のプロである2人が、「日本のインフレは続くのか」「日銀はいつマイナス金利政策をやめるのか」「注目の不動産関連銘柄」などのテーマで徹底討論。動画では、前編と後編に分けてさらに幅広いテーマでお話しいただいているため、気になる方はぜひチェックしてほしい。
【前編】
【後編】
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【目次】
1.経済を見通すうえで重要な「大局観」
2.今後もインフレは続く?
3.日銀のYCC修正は「金融引き締め」なのか
4.マイナス金利政策はいつ終わる?
5.日本の不動産関連株の株価が上がる?
6.不動産の現物投資は「アリ」か
7.投資家は「前向きな気持ちで」
【プロフィール】


:トルコ出身。エコノミスト、グローバルストラテジスト。1997年に日本に留学し、東京大学理科一類に合格。2006年に野村證券に入社。投資銀行部門、機関投資家営業部門に携わった後、2016年に複眼経済塾の取締役・塾頭に就任。ワールド・ビジネス・サテライトなど多数のテレビ番組に出演。今年5月には新著『インフレ時代の経済指標』を発売した。
経済を見通すうえで重要な「大局観」
高井 エミンさんは著書の中で、不動産投資や株式投資に限らず、投資をする際は「大局観」を持つことが重要とおっしゃっています。たしかに投資家は、マーケットの動きばかりに目が行きがちかもしれません。
エミン そうですね。もちろんマーケットの動きは見ていかないといけないんですが、前提として、数十年単位で世の中がどこに向かっているのかを知っておくことが重要です。
例えば昨今、米中間の新冷戦によって世界経済がブロック経済化しています。ブロック経済というのは、特定の国の間で閉鎖的な経済圏を作り、そのほかの国を締め出すことです。中国とロシアからなる「権威主義圏」と、アメリカが主導する「リベラル経済圏」に分かれて、相互の貿易摩擦は徐々に拡大してきました。
7年ほど前からその兆候はありましたが、最近になるまでそのことを意識している人はほとんどいませんでした。日本企業は中国にもロシアにもガンガン投資していて、ブロック経済化したときのリスクを軽視していたように思います。
高井 最近では、ブロック経済化の影響で日本株の人気が高まっているという話も聞きますね。
エミン 今は日本にとって歴史的なチャンス、大転換点なんです。日本は今後、香港に代わってアジアの金融ハブになっていくからです。
中国が習近平体制になるまでは、香港がアジアの金融ハブ、貿易ハブでした。しかし、香港における中国政府の影響力が強まり、さらにブロック経済化の影響でグローバル資本が香港に入りづらくなりました。
そうなると、次にアジアの新たな金融ハブになり得るのがシンガポールと日本です。地理的に見て、日本はシンガポールよりもアメリカに近いため、今後は日本に人材や資本、技術などが集中してくると考えられます。そのため、日本株の人気は今後さらに高まると思います。
高井 ちなみにエミンさんは、今後日経平均株価が30万円まで上がると予想していますよね。
エミン 2050年までに30万円にはなると思います。
高井 それはなぜなんでしょうか?
エミン 過去の日経平均の上昇サイクルに当てはめると、そうした計算になります。
1878年に東証証券取引所がスタートしてから、日経平均は40年間上昇を続け、その後23年間は調整期間に入りました。さらに戦後、一度市場が閉鎖されて1949年に再スタートしてから、1989年まで40年間上昇して、そこからまた23年間調整期間でした。
となると、現在はまた日本株の上昇局面にある。現在の上昇サイクルがスタートした2013年の日経平均は1万5000円でしたが、そこから約40年間かけて20倍近く、つまり30万円にはなると思います。日本で今後も長期に渡ってインフレが続けば、もっと上がるかもしれません。日経平均50万円くらいに達する可能性もありますね。
今後もインフレは続く?
高井 現在日本では3~4%近くのインフレが続いています。エミンさんが日本のインフレを感じたのはいつ頃でしたか?
エミン 個人的な経験でいうと、自動車や家電の値上げを実感したときです。私は日本の車が好きなんですが、例えば普通車なら、過去20年間で20~25%、軽自動車なら60%近く上がっています。
高井 そんなに上がっているんですね!
エミン ほかに皆さんの身近なものでいうと、スマホなんかは強烈に上がっていますよね。最初にスマホが出てきたときは4万円とか、高くても5万円だったのに、今iPhoneの新機種は20万円くらいしますからね。
高井 たしかに、前は新機種が出る度に買い替える人も多かったですけど、ここ数年は毎回買い替えるとなると相当きついですよね。
エミン 性能が上がっている側面もありますが、こういった製品の価格自体が上がっていることは間違いありません。これまで日本は30年間デフレと言われてきましたが、確実にここ数十年でいろいろなものが値上がりしています。「隠れインフレ」になっていたと思うんですよね。
高井 それはやっぱり、世界のインフレに引っ張られているからですよね。また、「世界の工場」としてそうした製品を生産してきた中国や、その後を引き継いだアジアの新興国の賃金上昇も背景にあると思います。
これらの国が経済成長して、働き手の賃金にきちんと資源を使うようになった。それによって個人の消費が増え、企業の業績が上がってさらに賃金が上がっていく。こうした好循環にある国々と比べると、気付いたら日本人の給与って世界的に見ても安くなっていると思います。
今後日本でも賃上げをしないと、いつか国民が生活できなくなるんじゃないでしょうか。だから物価だけじゃなく、賃金インフレもいずれ来るんじゃないかと個人的には思っています。
エミン そうですね。世の中がインフレに慣れて、企業が仕入れ価格の値上がり分を商品価格に転嫁するようになっていけば、賃金も上がると思います。
また、消費者のマインドがデフレマインドからインフレマインドに変わると、「買いたいものは今すぐ買おう」という心理が働くようになります。これまでは、「新商品は発売から時間が経ってからのほうが安くなるかも」という感覚が主流だったと思いますが、今だったら待っていても安くならないことが多い。それどころか、インフレで価格が上昇する可能性があるとなると、価格が上がる前にものを買っておこうという心理が働きます。そうすると消費が刺激されます。
高井 エミンさんはトルコご出身ですが、トルコはハイパーインフレの国なので、国民全体にそういった心理が働いていそうですよね。
エミン 当たり前にそういう感覚がありますね。今月なら買えたものが、来月には値上がりしすぎて買えなくなることもざらにあります。最近でいうと、日本の不動産はまさにそんな感じですよね。今都内のマンション価格なんかすごいことになっている。
高井 それは感じます。海外投資家が円安を良いことに、莫大な金額の物件を買うことも増えています。
エミン 海外投資家が物件を購入することで価格が上がりすぎたら、たぶん政府が動くと思いますよ。例えばシンガポールでも、中国人富裕層がたくさんシンガポールの物件を買うから、物件価格がものすごい勢いで高騰しました。それに対応するため、政府は外国人の住宅購入の印紙税を30%から60%に引き上げています。日本もそのうち、そういったものを導入する可能性はあります。
高井 不動産に関してはどこかで政府の介入が必要な気もします。でもバブルのときは、不動産価格の高騰に歯止めをかけるためにブレーキを強く踏みすぎた結果バブルが弾けたわけなので、どういう方法をとるのかは注視したいですね。
日銀のYCC修正は「金融引き締め」なのか
高井 政府の政策もそうですが、投資家にとっては日銀の金融政策も気になるところです。先月28日には、日銀がYCC運用の柔軟化を発表しました。長期金利に関しては0.5%超えを容認することになりましたが、これはいわゆる「金融引き締め」と言えるのでしょうか?
エミン 世界には1年足らずで5%近く利上げする国があるわけなので、それと比べるとたいしたことないかもしれませんが、日本のスタンダードからすると引き締めですよね。これまでの異次元緩和を普通の次元に戻そうという動きの第一歩だと思います。
高井 私個人としては、YCCの修正は引き締めじゃないと思っています。そもそも日銀が動かしても良いのは短期金利だけで、長期金利はマーケットでつくものなので、長期金利をコントロールするというのは禁じ手ですよね。いらないところまでちょっかいを出していたのが、中央銀行本来の役割に戻ろうとしている感覚があります。
これまで異次元緩和をしていたのはデフレだったからですが、今後インフレになっていくなら、異次元緩和はだんだん修正されていくと思います。ただ、いきなり修正すると市場が混乱するので、1%を上限にすると明示したんだと思います。
マイナス金利政策はいつ終わる?
高井 YCC修正を第一歩として、今後の日銀の金融政策はどうなっていくんでしょうか?
エミン 今後の大きな流れでいうと、市場の混乱を生まないよう調整しながらYCCの修正が進み、近いうちにマイナス金利が解消されると思います。アメリカ経済がリセッションに入るなど景気が冷え込むようなことが起こらなければ、半年くらいでそうなるんじゃないでしょうか。
新冷戦などの構造的な問題もあり、今後日本のインフレが続くことを日銀も理解しています。インバウンド需要の回復などを背景に賃上げも見えてきていることを考えると、マイナス金利を解消できる状況が整いつつありますよね。
高井 日銀は近年、物価安定の目標には賃金の上昇が伴わなければならないという見解を示しています。物価だけでなく賃金も重視していくという意味では、日銀はFRBみたいになってきていますよね。
エミン そうですね。FRBは、物価安定と雇用の両方を守る責任がありますが、日銀は建付け上は物価だけ見ていれば良かった。それなのに、賃金を伴わない物価上昇はノーカウントだと自分で言ったんですよね。それは今後、賃金が上がったタイミングで金融緩和をやめられるように布石を打ったんだと思います。
高井 どこに布石を打ったのかというと、政界に対してでしょうか。来春の選挙のタイミングが読めなくなっているから、もし金融政策決定会合が選挙と重なったときに、金融引き締めをするのかしないのかスムーズに決められるようにしたかったのかなと思いました。深読みしすぎでしょうか…(笑)
エミン どうだろう、わからない(笑)。その可能性もありますし、本当はもう金融引き締めをしたほうが良いタイミングだけど、緩和を継続するための最後の口実として、賃金がそこまで上昇していないことを挙げている可能性もあると思います。
高井 いずれにしても、今後日本経済全体を正常化していくにあたって、日銀の働きはすごく重要ですよね。一番大切なのは民間の動きを邪魔しないことで、急激な金融引き締めをするなどして民間の経済活動の邪魔をしないようにさえしてくれれば、自然な流れでインフレが続き、日本株の株価も上昇していくと思います。
日本の不動産関連株の株価が上がる?
高井 日本株の人気が高まっているという話が出ていますが、エミンさんは株式投資の専門家としてマーケットをウォッチする中で、不動産の個別株ってどう見ていますか?
エミン すごく伸びしろがあって、面白い会社が山ほどあると思います。「会社四季報」の6月号でも、不動産関連銘柄がホットでした。私は毎月10銘柄くらいピックしますが、今回は不動産関連会社をいくつか選びました。
例えばタマホームや住友林業。特に住友林業は今ベトナムでの住宅開発に力を入れているんですよね。そのほかだと平和不動産。東京証券取引所の建物を所有する不動産会社なんですが、2013年の新冷戦のスタート以降、株価が3倍になっているんです。日本が香港に代わって世界の金融ハブになってきていることの裏付けの1つだと思います。
高井 大手不動産会社の株はあまり上がっていないですが、どう見ていますか?
エミン 三井不動産や三菱地所など、大手不動産会社の株は全般的にまだ割安です。
今後の予測については難しい部分もありますが、不動産関連会社の株って大化けする可能性があって面白いんです。私が最初に四季報を読んで選んだ会社は地方の不動産会社だったんですが、1年で株価が20倍になりました。その企業が得意としている不動産が人気になるなど、何かイベントがあると、急激に伸びることがあるんですよね。そういったことも考えると面白い銘柄はたくさんあると思いますし、日本の不動産関連銘柄の上昇余地はまだまだ残っていると思います。
不動産の現物投資は「アリ」か
高井 ここまでは不動産株のお話でしたが、現物投資の話も少しできればと思います。実は私、都内に中古マンションを保有しているんです。2007年に自宅として買って住んでいたんですが、海外赴任をきっかけに人に貸しました。それからずっと同じ人が住んでくれていて、安定して家賃収入が入ってきています。
エミン 今だと、価格が跳ね上がっているんじゃないですか?
高井 購入したときより上がっていますね。
エミン 良いですね。ほかに投資用物件は買わないんですか?
高井 どうだろう(笑)。投資用になると金利が変わってくるのでちょっと迷いどころですね…(笑)
エミン それはたしかにありますよね。
私も不動産投資に興味はあるんですが、不動産は金額も大きいし、やるならきちんと勉強する必要があるので手は出しにくいです。物件の立地、建物の状態、ローンの金利などの知識が必須だし、専門家の助けがないと厳しいと思う。
ただ、不動産セクターにエクスポージャーをもつのは簡単だと思います。不動産関連銘柄はたくさんあるし、REITもあるので、あまり手間をかけずに間接的に不動産に投資することはできる。今後不動産専門のファンドとかも増えてくると思うので、間口は広がるんじゃないでしょうか。あと株などとは違ってミドルリスクミドルリターンのものをポートフォリオに入れておくと、全体のリスクが下がるので良いと思います。
投資家は「前向きな気持ちで」
エミン いろいろとお話してきましたが、今大きな時代の転換点に来ているということを改めて念押ししておきたいです。世界経済の構造が変わりつつあり、今後もインフレは継続していきます。投資においても、これまでのセオリーが通用しなくなるというケースも多々あると思います。
そういうときは、やはり大局観を持つこと。世の中が大きく変わるときこそ、世の中や会社、自分がどこに向かっているのかを意識しながら意思決定することが重要だと思います。
高井 おっしゃる通りです。加えて、転んでもそんなに痛くないように準備しておくことも大切です。不動産の場合だと、変動金利が多少上がったくらいで返済に困るような過大な金額の借り入れをしないことがまず大事。
エミン そうですね。リスクを想定して、破綻しないようにすることはどんな投資でも重要です。
ただそんなに悲観的にはならず、ぜひ楽観的に物事を捉えてほしい。日本は観光資源も多いし、街も綺麗でインフラも整っていて、人も優しいです。世界でもこんなに暮らしやすい国はありません。今後日本が金融ハブになれば、都心のオフィスを初めとする不動産への人気ももっと高まってくると思うので、ぜひ前向きな気持ちでいてほしいと思います。
(楽待新聞編集部)
【前編】
【後編】
:1972年生まれ。経済コラムニスト、YouTuber、日本経済新聞社の元編集委員。1995年に日本経済新聞社に入社し、マーケットや資産運用などを担当。キャスターとして「日経ニュースプラス9」にも出演し、著書『おカネの教室』は発行部数10万部を越える。趣味はビリヤード、バスケ、LEGO。