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住信SBIネット銀行で、借入期間「最長50年」住宅ローンの取扱いが開始される。

これまでも一部銀行で50年返済住宅ローンの取扱いはあったものの、さほど注目されてはいなかった中、ネット銀行の雄が取り組み始めたことで大きな注目を集めている。50年という長期のローン商品の登場が、今後の住宅ローン分野、ひいては不動産分野にどう影響していくのか気になるところだ。

そもそもなぜ長期の住宅ローンが登場することになったのか、借入期間が長くなることによるメリット・デメリットはどのようなものなのか。また、50年ローンの登場によって不動産価格が変化する可能性はあるのだろうか。本記事では、住宅ローンと不動産を取り巻く事情について確認していく。

長期ローン登場を後押しした住宅価格の高騰

長期の住宅ローンが登場した背景には、近年の住宅価格の高騰がある。住宅市場では、円安や石油価格等の上昇の影響を受けた資材価格高騰に加え、ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)や省エネといった高性能住宅の普及などによって、戸建住宅・マンションともに価格高騰の状態が続いている。

実際のところ、住宅価格の高騰はどれくらい消費者の負担になっているのだろうか。民間調査機関の不動産経済研究所によると、首都圏の新築マンションの平均価格は2016年度には5541万円だったが、2022年度には6907万円になり、この6年間で24.7%も上がっている。

なかでも人気が高く価格も高い東京都区部に限ると、平均価格は2016年度の6762万円から2022年度は9899万円に、実に46.4%も上昇しているのだ。

首都圏新築マンションの平均価格の推移(単位:万円)(出展:不動産経済研究所「首都圏新築部マンション市場動向2022年度」

もちろん、家計管理状況などにもよるだろうが、通常は年収の5~6倍までが住宅購入額の適正な範囲といわれる。住宅金融支援機構が民間の金融機関と提携して実施している住宅ローン、「フラット35」の利用者を対象とした2022年度の調査では、新築マンションを買った人の年収倍率は平均7.2倍。建売住宅(新築戸建など)は6.9倍だった。中古住宅では戸建が5.7倍、マンションが5.9倍と5倍台に収まっている。

それが現状では、年収500万円の人なら首都圏の新築マンションを買うには年収の13.8倍が必要となり、東京都区部だと19.8倍に達する。年収1000万円でも、首都圏平均で年収の6.9倍、東京都区部は9.9倍という計算だ。

場所によっては中古住宅なら年収の5倍台の無理のない範囲で購入可能だが、新築住宅、とりわけ価格が上がり続けている新築マンションの購入は簡単ではない。

地価や建築費の高騰などを考えると、今後も上がり続けていく可能性が推測され、いよいよ買えなくなってしまう。不動産会社としても、建築費高騰を受けて価格を下げるわけにはいかず、価格が高止まりした状態で市場が動かなくなってしまう可能性がある。そうなるとマンションなどの不動産は売れず、それにつれて住宅ローンの利用も減少せざるを得ない。

そこで、障害となっているハードルを下げるのが借入期間50年の住宅ローンというわけだ。多くの金融機関はこれまで、住宅ローンの借入期間を最長35年までとしてきた。そんな中、住信SBIネット銀行は借入期間を長くすることで住宅ローン借入のハードルを少しでも下げ、住宅ローンニーズを引き出そうとしているようだ。住宅購入検討者の若年化を受け、特に若年層を意識した新商品と言われている。

しかし実のところ、これまでも50年返済が可能な住宅ローンがなかったわけではない。フラット35を申し込める金融機関の一部には「フラット50」の取り扱いがあり、50年返済を可能としてきた。

しかしフラット50はフラット35よりも条件が厳しく、金利が高めであることもあり、ほとんど利用されていないのが実態だろう。民間では西日本シティ銀行が、長期優良住宅などの基本性能の高い住宅を対象に50年ローンを実施し、その後一般の住宅まで対象を広げてきたが、これもさほど利用が進んではいないようだ。

そんな状況の中、ネット銀行で初めて住信SBIネット銀行が50年返済を取り扱うことになったわけで、インパクトは小さくない。最近は、ネット銀行が金利の低さや利用のしやすさなどから住宅ローン分野での存在感を高めている。銀行や信用金庫などより売上を伸ばしているだけに、住宅ローンや不動産分野に対する影響力が大きいのではないかと期待されている。

住信SBIネット銀行の50年返済は、利用者の条件などは通常の住宅ローンとさほど変わらないが、金利は返済期間35年までの住宅ローンに比べて0.15%の上乗せとなる。利用できる金利タイプは変動金利型か、固定金利特約タイプの固定期間2年、3年、5年、7年、10年、15年、20年、30年、35年が対象。借入可能額は500万円から2億円以下で、事務手数料が借入金額の2.2%となっている。

35年返済と50年返済で必要年収に155万円の差

では、返済期間を50年に延長することでどのような効果があるのだろうか。まず、変動金利型を利用する場合でみると、次のようになる。(参考: 住信SBIネット銀行 住宅ローン新規借入シミュレーション

※総返済額は完済まで金利が変わらないと仮定した場合。実際には大きく変動するリスクもあるため、留意が必要

35年返済と50年返済の比較1(設定条件:変動金利型を利用、借入額5000万円、元利均等・ボーナス返済なし)

・35年返済の場合

住信SBIネット銀行の変動金利型の基準金利は2.775%だが、金利引下げ制度があり、最優遇金利の場合の引下げ幅だと適用金利は「0.32%」になる。借入額5000万円、元利均等・ボーナス返済なしの毎月返済額を試算すると、12万5854円だ。

返済負担率(年収に占める年間の返済額の割合)を、より安全な範囲といわれる25%を上限とした場合、35年返済の必要年収は以下の計算式で約604万円になる。

12万5854円(毎月のローン返済額)×12カ月÷0.25(25%)
=604万992円

・50年返済の場合

一方、50年返済になると、金利が0.32%に0.15%上乗せされた「0.47%」が適用される。50年返済における毎月返済額を試算すると9万3524円となり、35年返済に比べて月額3万2330円の軽減。年間では40万円近く負担が軽くなるのだから、メリットは決して小さくない。

そして50年返済の場合、返済負担率を25%としたときに必要な年収は以下の計算式で約449万円になる。

9万3524円(毎月のローン返済額)×12カ月÷0.25(25%)
=448万9152円

返済期間35年では約604万円の年収が必要だったが、50年返済を利用すれば必要年収が155万円下がり、購入可能な層がかなり増加するのは間違いないだろう。これによって、マンションの価格上昇を指をくわえて見つめるしかなかった人たちも物件購入が可能になり、マイホームを持つこともできるようになる可能性が高い。

その点を消費者に対して上手にアピールすることができれば、住宅価格が高くなりすぎて購入を諦めている人たちの気持ちを奮い立たせ、購入の検討に向かわせることが可能かもしれない。

今後住信SBIネット銀行はどのような戦略で50年返済を消費者にアピールしていくのか、どんな反応が出るのか。それによって追随して長期の住宅ローンを取り扱う金融機関が出てくるのかなどが注目されるところだ。

仮に追随する金融機関が増えて50年返済ローンが定着すれば、高額化したマンションを買える層が増え、購入を諦めていた人たちが動き出すことになるかもしれない。そうなると、もう一段マンション価格が上がっても需要がついてくるため、不動産価格の上昇を後押しする要因となる可能性もある。マンション購入に関心のある人は、そのあたりの動向をチェックしておく必要がありそうだ。

50年ローンのデメリットは?

返済期間が50年になることは、利用者にとって良いことばかりではない。返済期間を長くすれば、毎月の返済額が減って購入可能額が増えるメリットがある半面、利息のかかる期間が長くなることで総返済額が増えてしまう。

変動金利型だと借入額の返済額が増減して総返済額の試算が難しいため、固定金利の「当初引下げプラン」で比較してみよう。(参考: 住信SBIネット銀行 住宅ローン新規借入シミュレーション

35年返済と50年返済の比較2(設定条件:固定金利当初引下げプラン利用、借入額5000万円、元利均等・ボーナス返済なし)

・35年返済の場合

35年返済の固定金利1.44%の場合、毎月返済額は15万1626円で、完済までの返済回数は35年×12カ月の420回になる。総返済額は15万1626円×420回で6368万2920円だ。

・50年返済の場合

それに対して、50年返済だと毎月返済額は12万854円で、35年返済に比べて3万円以上減るが、返済回数が12カ月×50年で600回に増える。総返済額は12万854円×600回で7251万2400円となり、35年返済に比べると882万9480円も増えてしまう計算だ。

毎月返済額が減って買いやすくなるのだから、総返済額の増額は仕方ないと考えるか、返済期間の長期化で無駄な出費が増えてしまうと考えるのか。この負担増をどう捉えるかは、人それぞれだろう。

また、購入後の不動産価格下落リスクも考えておきたい。いまのところ、マンションをはじめとする不動産価格は上がり続けているが、それがいつまでも続くとは限らない。

価格が上がっていれば、住宅ローン借入後に病気や失業などで収入が減ったとしても、最悪の場合、売却すれば買った価格より高く売れることもあるだろう。そうなれば住宅ローンを完済でき、手元に売却代金が残ればそれを元手に生活を立て直すこともできる。

しかし、万一にも不動産価格が下落すれば、売却可能価格がローン残高より低くなって売るに売れず、売れたとしても住宅ローン返済の一部が残ってしまう。大切なマイホームを失った上で、ローンの返済だけが続き、しかも新たに賃貸住宅などに移らなければならないといった悲惨な状態に陥りかねない。

50年返済で負担の軽減を図るにしても、住宅ローン残高が住宅の売却価格を上回る状態にならないよう、自己資金をできるだけ多くして資金計画を立てることが大切だろう。

住宅ローンの50年返済には、メリットもあればデメリットもある。その両者をしっかりと理解した上で、より堅実な不動産取得の方法を考えていただきたいものだ。

また、この先もし50年返済ローンが定着すれば、不動産を購入できる層が今よりも広がり、不動産価格の高騰に拍車をかける可能性もゼロではない。長期ローンの登場が不動産市場にどのような影響を及ぼすのか、今後の動向に注目したい。

(山下和之)