シェアハウスの屋上に干された洗濯物たち

普段東京住まいだが、大阪への出張が多いので、「宿を毎回とるより、家を借りたほうが安いんじゃ?」と、大阪・西成で家を探したことは前回の記事で書いた。

という訳で、西成に部屋を借りてみた。今回は、もう少し今の西成について、そして実際に借りたシェアハウスについて話していこうと思う。

シェアハウスを借りてみたら、快適になった

借りたのは西成にあるシェアハウスで、家賃は2万3000円。水道代2000円、共益費2000円で、合計すると月2万7000円の物件である。いつも、大阪には月に2~3回ほど往復して、5~7日くらい滞在する。一泊あたり4000~5000円という計算になる。

5000円以下のホテルがないわけではないが、質はかなり低い。昨今、コロナが明けて、海外からの観光旅行客が爆増している。そのため、大阪のドヤも値上がりしているし、そもそも空き部屋を見つけられないことも多い。

その点、自分の部屋があるというのは、気が楽だ。出張日のずいぶん前に、ホテル予約サイトで血眼になってホテルを探す必要はない。また、チェックイン・チェックアウトを気にする必要がないのはとても大きい。

深夜までの飲み会の翌日、まだ寝ていたいのに、朝10時にチェックアウトしなければならないという「地獄」はなくなる。

さらに、部屋でもある程度の仕事をこなすことができる。電波も5Gがバリバリだし、Wi-Fiも飛んでいる。

結果的に、旅行(出張)の予定自体を、かなりルーズに決められて便利になった。

星野リゾートも進出、西成はどんな街か

という訳で、8月も大阪を訪れた。……というか物件があるのだから、帰ってきたというべきか。

猛暑の西成は人通りがかなり多かった。外国人観光客の姿が目立つ。とにかく安い西成のドヤ、簡易宿泊施設は外国人には人気だ。

西成は「スラム街」などと言われることもあるが、実際にはそこまでおどろおどろしい雰囲気はない。拳銃がある国から来た人にとっては、全然平和な街かもしれない。

時々、衝撃的な看板を見かけることもある

中国人には、「中国と雰囲気が似ている」という理由で西成の人気が高いとも聞く。それでなのか、現在、中国人に西成の物件が飛ぶように売れている。「西成が中華街になる」という噂も出たくらいだ。 

ただ実際には、ちょっとキレイな中国人のママが働くスナックがやたらと林立するようになっただけで、中華街にはなっていない。

俺のシェアハウスは、大阪メトロの動物園前駅の出口から1分の場所にある。JRの新今宮駅前までも3分くらいだ。とにかく西成は交通の便が最強に良い。

電車の駅だけで、動物園前駅(大阪メトロ)、新今宮駅(JR)、萩ノ茶屋駅(南海電鉄)、新今宮駅前停留場(旧南霞町駅/阪堺電車)とたくさんある。路線で言えば、御堂筋線、堺筋線、大阪環状線、大和路線、和歌山線、阪和線、関西空港線、高野線、南海本線、阪堺線……ととても多い。

どこに行くのにも便利で、関西空港、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン、伏見稲荷大社、など人気の名所に行きやすく、観光客にはうってつけだろう。

西成と言えば安宿の印象が強いが、2022年、新今宮駅から2分ほどの場所に、星野リゾートが「OMO7大阪」という巨大なホテルを作った。総客室数は436室。客室以外にもさまざまな施設がある。

もちろん高級ホテルではあるのだが、安い時には、1人1万円ちょっとから泊まることもできる。ホテルは、繁忙期はガツンと値上げをしてくることが多い。それならば、いっそ星野リゾートに泊まったほうがいいのかもしれない。

かくいう俺も、「西成取材をずっと続けている身としては、一回は星野リゾートも泊まってみないといけないね」と周りに言ってはいたが……結局、一度も泊まっていない。シェアハウスも借りてしまったし、今後泊まることもなさそうだ。

「西成っぽさ」も残る

星野リゾートのホテルは「西成っぽくない」施設だが、動物園前駅にはいかにも西成らしい施設もある。たとえばパチンコ店の「マルハン新世界店」がドーンとそびえ立つ。総台数1400台という地域最大店だ。2014年に建てられたのだが、パチンコが斜陽の時代に、よくもまあ新規で建てたものだとびっくりする。ちなみに、パチンコはマルハン以外にもいくつかある。

新今宮駅前のマルハン、その奥には通天閣も

マルハンの2階は、総合ディスカウントストアの「MEGAドン・キホーテ新世界店」だ。西成とドン・キホーテはよく合う。

さらにその隣には「スパワールド」という日本最大級のスーパー銭湯がある。ここは本当にとても良い施設で、「世界のお風呂が大集合」をテーマにした広い浴場があり、岩盤浴、プール、スポーツジム、ホテル……などさまざまな施設が入っている。

余談だが、ここには雑魚寝できる場所があって、何度か泊まったこともあるが、本当の繁忙期だと仮眠用のソファが埋まってしまっている場合も多い。困ってしまったオッサンたちが、床や階段でパタパタと倒れているのを見て「毒ガス攻撃でも受けたような光景だ!」と思ったことがある。

スパワールドから目と鼻の先に新世界の「通天閣」がある。ここらへんも昔は治安が悪く「用もないのに近寄ったらあかんで」と言われていたが、今はすっかり観光地になっている。通天閣もリニューアルされてとてもキレイになっている。

いざ、「我が家」へ

今年の夏はやたらと猛暑だったが、西成にいるとより暑く感じる。

初めて取材をした頃は、夏の暑い日には目に染みるほどアンモニアの臭いがしたものだった。とくに高架下などは、みんなが普通に立ちションをするので、とんでもない悪臭が漂っていた。オシッコだけならいいが、野糞もそこら中に落ちていた。

今は、あまり臭わないし(少しは臭う)、野糞も見なくなったから、ずいぶんマシになったものだ……と思う。

動物園前駅から出て、刺すような日差しを避けて、早歩きでシェアハウスに戻った。「我が家」は相変わらずの佇まいで建っていた。

1階部分はもともとレストランだったため、日除け幕が出ている。レストラン部分は広めの共用スペースになっている。

14室もあるかなり広いシェアハウスなのだが、住んでいるのは俺を含めて4人とかなり少ないので、あまり人を見かけない。俺以外の人は全員、外国人なので、時折外国語で話す声が聞こえてくるくらいだ。

廊下でぱったりあった時は、とてもニコニコした笑顔で、「コンニチワ!」と挨拶してくれた。とても爽やかだが、彼が素っ裸だったので動揺してしまった。

部屋にたどり着くのも大変!?

正面玄関から室内に入るが、室内にたどり着くのはなかなか大変だ。俺の部屋は、おそらく増築で増やした部屋なのだ。1階の部屋なのに、階段を登って、2階を通り、別の階段を降りないとたどり着けない。

詳しくはこうだ。

リビングルーム前に置かれた大量の米粉の袋とドラム式洗濯機の横の、急な階段で2階に上る。部屋がズラッと並んでいる。広間には冷蔵庫が何台か乱雑に置かれていて、マジックで外国語の名前が書かれている。それぞれの冷蔵庫なのだろう。

上に行くためのかなり急な階段

廊下には、唐突にシャワールームがある、またそれとは別に浴室がある。

契約書の一番上に「浴室の使用は1人20分まで。厳守」と書かれていたので、まあまあ慌ただしく入らなければならない。

寄り道をして、そこから屋上に抜けると、冷蔵庫と同じ感じに洗濯機が乱雑に置かれている。やはりみんな個人の持ち物なのだ。ちょっと屋上に出てみると洗濯物が干されていた。

布製の安っちいソファに座るととても暑いのだが、とても良い感じだった。

ドラマ『傷だらけの天使』で主人公・木暮修が住んでいた代々木のビルの屋上を思い出す。そもそも、みんなこういう所に住みたかったのだ。

…と、屋上で寝てしまったら、脱水症状でミイラになってしまいそうなので、階段を降りる。

1階部分の壁には、新聞が貼ってある。40数年前の新聞だ。この部分は少なくともそのくらいからあったということだ。増築部分で40年前からあるのだから、本体部分はもっと前からあるのかもしれない。おそらく50歳の俺よりも年上の物件である。

「ドア全開」の衝撃

「あちー、やっと部屋についた……」と部屋の前に来て、戦慄が走る。

「ドアが開いている!」

鍵が開いているのではなく(もちろん鍵は開いているが)、ドアが全開に開放されている。机の上には契約書が載っているし、洗濯物が干してある。

「ええ~? なんで?」と慌てて入って、鍵をしめる。何も盗られてはいない……というかそもそも盗るものがない。空き部屋は全部、開放されている。見学者のためなのか、換気なのか分からないが。

俺の部屋も空き部屋だと思ったのか、住人がいても換気のために開けるシステムなのか分からないが、全開放されてしまっていた。

もともと貧弱な鍵なので「金銭的なものや、高い機材は置いておけない」という欠点がある施設だったが、ますます絶対に置いておけなくなってしまった。

まあ、とにかく室内に入る。

このシェアハウスには、2万~3万8000円までさまざまな部屋がある。2万円の部屋は埋まっていたので、俺の部屋は2番目に安い部屋だ。安い理由は、おそらく部屋に窓がないこと。正確に言うなら、廊下に向けて小さい窓はあるが、屋外に向けての窓がない。

「窓がないなんて閉塞感を感じるのでは?」と思われるかもしれないが、外はもろ西成である。しかも、かつてはヘビーに覚せい剤の売買が行われていた地区である。そんな場所に向かって窓が開いているのは不安でしかない。

室内の様子。窓はない

そして、クーラーが設置されているのだが、窓がないせいか、とてもよく効く。キンキンに冷える。安いシェアハウスだから、クーラーがなかったら死ぬな、と思っていたが、そこは全然心配ご無用だった。

室内はワンルームだが、まずまず広い。東京だったら、8畳で貸し出されている部屋くらいの大きさはある。部屋ごとに内装が違うが、水道とガスの栓が来ているのも大きい。部屋で歯を磨けるし、顔も洗える。

ただ、トイレは外だ。トイレ自体は洋式便所だしキレイなのだが、外に出るのは面倒くさい。ついついギリギリまで我慢してしまう。大学時代はトイレのない寮に住んでいたが、あんまりトイレで困ることはなかった。実はこれが一番の欠点かもしれない。

お風呂は銭湯も

あ、もちろん虫は出る。

写真だと白く塗装されているから、キレイな部屋に見えるが年相応な部屋である。ゴキブリはちょこちょこ歩いているし、クモもヒョコヒョコ現れる。足の長いザトウムシがゆっくり歩いているのを見ながら飯を食う。だから「虫だけは絶対に駄目!」という人は住まないほうが良い。意外とそういう人は多いだろう。

先ほどシャワールームの前を通ったが、俺はお風呂セットを持って外に出た。歩いて行ける範囲にいくつも銭湯がある。

東村山の自宅の周りには全く銭湯がないので、「湯沸かし器が壊れたらどうしよう……」と不安だったが、とりあえず現在は西成に住んだら大丈夫だ。

そんな銭湯の1つ、「入船温泉」は、僕が20代の頃からちょくちょく利用していた銭湯だが、最近リニューアルした。とてもキレイになったし、サウナ好きが集まるようになったようだ。近くにあるスパワールドもサウナが人気だが、入れ墨がある人は入れない。入船温泉は入れ墨もOKだ。そのためか、サウナ利用者は、入れ墨を入れている人が多い。しかもオシャレタトゥーではない、「ガッツリ」だ。

入船温泉の入口

たくさんコインランドリーがあるのもありがたい。あまり洗濯物をためないように、こまめに洗う。服類は家に持って帰らず、シェアハウスのクローゼットの中に入れておく。泥棒入り放題の状況ではあるが、わざわざオッサンの服を盗むことはないだろう。

ドアが開放されていたし、「誰か入ってきたらどうしよう?」と、不安で眠れないのではないかとちょっと心配だったが、思ったよりも俺は図太かったらしく、グーグーとしっかり眠れた。

東京では「まあまあ田舎」の東村山に住んでいて、特に文句もないのだが、西成に住んでみるとやっぱり便利だ。

店も多いし、交通の便もすこぶる良い。街をブラブラ歩いているだけで、ネタが転がってそうだ。

対照的で刺激的で楽しい。

ただまあまあ臭い。そこかしこがゴミ臭いし、アンモニア臭い。そこだけはまだ慣れていない。

(村田らむ)

▼村田らむさんが「西成」を案内する動画も併せてご覧ください