9月22日、日銀は金融政策決定会合を開き、金融政策の現状維持が決定された。
9月8日付の読売新聞インタビューで、植田総裁が金融政策修正の可能性に言及したことから、何らかのサプライズがあるのではという見方もあったものの、おおむね想定通りであったといえよう。日銀は、基本的に金融政策の修正には極めて慎重な姿勢を示しており、7月に長期金利の上限を実質的に引き上げたのに続き、矢継ぎ早に新方針を打ち出してくるとは考えにくかったからだ。
ただし、日銀のこの慎重姿勢には、各方面から疑問の声が上がり始めているのも確かだ。
物価は2%を上回っているが…
日銀は、消費者物価指数(生鮮食品を除く総合指数)の前年比伸び率に2%の目標を設定し、それを達成するまでは金融緩和を続けるといっている。ところが実際には、昨年4月から今年8月まで17カ月連続でこの水準を上回っているのだ。
日銀の公式見解としては、今後この伸び率は緩やかに低下していくことが見込まれ、まだ現状では「安定的、持続的に2%目標を上回る」と確信が持てる状況ではないとされている。
どうなれば確信が持てるのかというと、来年の春闘で十分な賃上げが行われることが大きなポイントになるようだ。一方で、こうした慎重姿勢の裏には、日銀の二度に渡る過去の「トラウマ」があるようにわれる。
日銀を縛る過去の呪縛
1つ目の苦い経験は、2000年の「ゼロ金利政策の解除」だ。このときは、バブル崩壊の後遺症がなお残り、かつアメリカ発のITバブル崩壊などもあって、再び景気後退とデフレ圧力が日本を襲い、量的緩和策の導入、ゼロ金利政策への回帰を余儀なくされた。
2つ目は、2006年に行われた上記の量的緩和策の終了、およびゼロ金利政策の再解除である。今度は、アメリカの住宅バブル崩壊からリーマンショックへとつながる一連の嵐に巻き込まれ、やはり再び金融緩和策へと舵を戻さなくてはならなくなった。
後者のケースではとくに世界的な大波にのみ込まれたという側面が強いのであるが、いずれにしても結果的に二度にわたって金融政策の修正を試みて失敗したことが、日銀への信頼を大きく毀損し、日銀にとっても大きなトラウマとなったことは間違いない。
日本では急速な利上げは難しい
もちろん、日銀を慎重にさせているのは過去のトラウマだけではない。日本は長年にわたって超低金利政策を続けてきた結果、大幅な金利上昇には耐えられない体質になっていると考えられるのだ。
たとえばアメリカでは、昨年から今年にかけて政策金利が5%も引き上げられた。しかし、株価も大きく落ち込んでいなければ、景気も依然として底堅い。
一方日本では、ほんのわずかな政策修正だけでも、やり方をひとつ間違えれば大混乱を招きかねない。なにしろ1995年以降、政策金利は一度も0.5%を上回ったことがない。
その間、超低金利下で発行された国債を日銀や民間金融機関が大量に保有しており、金利が上昇すると巨額の含み損が発生してしまう。低金利下でしか生きられない「ゾンビ企業」も増え、金利が上昇すれば倒産の増加は免れないだろう。
金融市場でも、「日本の金利は超低金利から動かない」ことを前提とした投資戦略が多く組まれている。これが揺らぐと、大幅な円高や世界的なリスク資産市場の動揺を招きかねない。
したがって日銀としては、金融政策を修正するにしても、極めて慎重に、時間を掛けて、ゆっくりとやっていかざるを得ないのである。
その間、インフレが高止まりするリスクはあるが、インフレは庶民にとって大敵となるものの、国にとっては必ずしもマイナスではない。インフレには借金の実質価値を低減する効果があり、国が抱える巨額の債務負担も軽くしてくれるからだ。
来年初にマイナス金利解除、本格利上げは再来年以降か
そうはいっても、超低金利政策をいつまでも続けていくとインフレが制御できなくなる危険性もあり、日銀もずっと指をくわえて見ているだけというわけにもいかない。今後、本当にインフレ率が明らかな低下傾向とならない限り、日銀は少しずつ段階を踏んで金融政策の修正を図っていくことになろう。
ところで、現在の日銀の金融政策は、以下の2本が柱になっている。
マイナス金利政策
民間銀行が日銀に預けている日銀当座預金残高のうち一定水準を超えた部分に-0.1%の金利を課す政策で、短期金利の操作が目的
イールドカーブコントロール(YCC)政策
長期金利(10年国債利回り)の上限を実質1%に設定
以下のグラフは、「金利スワップ」という取引のレートに織り込まれている将来の短期市場金利の推移予想である。金利スワップは、金融政策の影響を強く受ける無担保コール翌日物金利という短期市場金利の将来の推移を予想し合いながら取引するもので、その取引レートを分析することで、平均的な市場参加者が将来の短期市場金利の推移をどのように予想しているかを知ることができる。
それによると、来年2~3月頃にはマイナス金利の解除がありそうで、同時にYCC政策も撤廃される可能性がある。
マイナス金利の解除として有力な方策は、「日銀当座預金に-0.1%を適用する」という現在の枠組みから、「短期市場金利(無担保コール翌日物金利)を0%近辺に誘導する」という枠組みに修正することである。
今の枠組みでも、無担保コール翌日物はマイナス0.1%~0%くらいで取引されているので、言い方が変わっただけで大した変更ではないように思えるが、後者の方が政策金利の変更を機動的に行いやすくなるため、本格的な利上げへの前段階とみなされる可能性がある。
その後に実際に利上げが行われるのは、先ほどのスワップ市場のグラフによれば、来年末から再来年初にかけてと予想されている(グラフの見方として、0%越え時点がマイナス金利解除、およそ0.25%越えあたりが実際の利上げ開始の予想時点と考えられる)。
リスクシナリオとしては「為替相場」に注意
もちろんすべてが日銀の思惑通り、あるいは市場の予想通りに進むとは限らない。
もし来年にかけてアメリカの景気が悪化し、世界的にインフレ圧力が減退していけば、日銀の政策修正も先延ばしされることになる。
逆のリスクシナリオとしては、アメリカの景気減速が進まず、為替市場でさらなる円安が進行するケースであろう。円安の進行はインフレ圧力を高め、それがさらなる円安へとつながるスパイラルを引き起こしかねない。
2023年9月26日現在で1ドル149円台と円安基調が続いているが、恐らく日銀が警戒するのは特定の水準というよりも円安のスピードであろう。たとえば、年内にもドル円が150円を超える動きを見せれば、まずは口先介入、つづいて実際の為替介入が行われ、それでも円安が止まらずに150円台後半を伺うようになれば、早期に金融政策修正が行われる可能性が高くなっていくとみてよいだろう。
(田渕直也)
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