私たちが暮らす街には、多くの公共施設が存在する。その中でも、公園は日常的に老若男女を問わず多くの人が利用する。そして、公園の設置・管理には自治体から多くの予算が充てられている。
日本の公園制度が始まって以来の大革命ともいえるターニングポイントになったのは、2017年に改正された都市公園法だ。改正の目玉は、なんと言ってもPark-PFI(公募設置者管理制度)の導入だ。
Park-PFIは、財政負担の軽減などを目的に公園内施設の設置や維持管理を民間事業者に委託する制度。園内に出店したカフェやレストランは、利益の一部を公園の整備に充てることが定められている。
東京23区では、新宿区と渋谷区がPark-PFI導入で先行している。以前の記事では、Park-PFIを導入しながらも比較的慎重な新宿区の事例を紹介した。
今回はより積極的な渋谷区の実情を踏まえ、公園を商業化することへの批判も多いPark-PFIの是非を考えてみたい。
Park-PFIで先行する渋谷区
Park-PFIは、公園管理者の負担軽減と民間の優良な投資を呼び込むことを目的にしている。
特筆すべき点としては、公園の建蔽率を2パーセントから12パーセントへと緩和したこと、設置管理許可期間を10年から20年へと引き上げたことが挙げられる。
東京都渋谷区がPark-PFIを導入している公園は、2023年11月末現在で2カ所ある。恵比寿駅から徒歩8分の「恵比寿南一公園」と渋谷駅から徒歩7分の「北谷公園」だ。
筆者は今回、渋谷区のPark-PFIに対する考え方や取り組みについて、渋谷区土木部公園課に取材を申し込んだ。しかし、導入時の担当者が異動してしまっているとのことで、詳しい話を聞くことはできなかった。
渋谷区には多くの自治体から「Park-PFIの実態を知りたいから視察させてほしい」という問い合わせが殺到しているそうだが、渋谷区はそれらの視察要請もすべて断っているとのことだった。渋谷区が他の自治体に配布しているPark-PFIに関する資料があるというので、それを入手した。
Park-PFIが導入されて、公園の周辺環境はどのような状況になっているのか? また、公園はどのような雰囲気になっているか? そして、周辺の住民たちは公園をどのように利用しているのか―。実態を知るために、2公園へと足を運んでみることにした。
狭い敷地を商業施設が圧迫
まず、JR山手線の恵比寿駅から徒歩8分の場所にある恵比寿南一公園へと向かう。恵比寿駅を出て目の前にある横断歩道を渡るとすぐに恵比寿南一公園の入り口に到着する。
恵比寿駅は改札を出てスカイウォークと呼ばれる約400メートルの動く歩道があり、それを越えると駅舎から出る構造になっている。
駅前と言っても遜色がない恵比寿南一公園は、敷地面積が約2000平米。数字だけだとどのぐらいの広さなのか想像しにくいが、現場を訪れると明らかに小さな公園だ。
Park-PFIを導入することで、公園内の建蔽率は12パーセントまで引き上げられる。建蔽率12パーセントは家を建てるのに不向きだが、公園では事情が異なる。
建物が公園敷地内に立ち並ぶことは、遊び場としてのスペースがなくなってしまうことを意味する。公園の建蔽率を緩和することは、公園の機能を奪う危険性をはらんでいる。これまで自治体が公園の建蔽率を厳しく制限してきたのはそのためだ。
そうした背景から、筆者はPark-PFIを導入する公園に対して敷地面積が大きいと勝手に思い込んでいた。広大な公園なら、建蔽率の上限いっぱいでも公園利用者が狭苦しさを感じることはない。
しかし、恵比寿南一公園は驚くほど小さく、公園内には建築面積が143平米、延床面積が286平米の2階建ての商業施設がある。
もちろん、これは建蔽率の範囲内に収まっている。だが、実際に公園を訪れてみると、園内に建てられた商業施設、本来の利用者である公園で遊ぶ人や休憩する人などに対して圧迫感を与えているように感じた。
恵比寿南一公園は恵比寿駅の至近にあり、周辺はオフィスが並び、恵比寿ガーデンプレイスといった商業施設もある。
周辺環境を考えれば、公園は子供の遊び場というよりも近隣のオフィスで働く大人たちの休憩スポットとして利用されることを想定して整備されているのだろう。
なぜ、Park-PFIを導入するのか
次に、渋谷駅から徒歩8分の場所にある北谷公園へと向かった。
渋谷駅から北へと歩き、宮下公園を横目で見ながら坂道を登っていく。目的の北谷公園は渋谷区役所のすぐ近くにあるが、目抜き通りから少し横道へと入った場所にある。そのため、渋谷駅から数分の距離ながら公園周辺の人通りは多くない。
北谷公園は敷地面積が960平米。先ほどの恵比寿南一公園より、さらに小さい。ここに建築面積181平米、延床面積が295平米の2階建ての商業施設が立地している。
商業施設だけでも圧迫感があるが、それらに加えて園内にはキッチンカーが何台か並んで営業をしていた。
渋谷区は北谷公園にPark-PFIを導入した理由として「自転車やバイクの駐輪、短時間の休憩利用が主だった北谷公園を、地域の賑わい創出および活性化の拠点として、より多くの人々に利活用される公園にするため」と、資料で説明している。
渋谷区の目的は達成されているように見えるが、公園というよりも商業スペースと化しているように思えてしまう。
2つの公園を見て回ると、恵比寿南一公園や北谷公園のような小さな公園にPark-PFIを導入することに疑問を感じた。
そして、2017年の都市公園法改正によりPark-PFIの導入が可能になり、全国各地の自治体では公園整備の名目でPark-PFIの導入を検討する議論が始まった。
東京23区では、新宿区と渋谷区がPark-PFIの導入で先行した。とはいえ、新宿区はお試し的な印象で、慎重な姿勢だった。対して、渋谷区は積極的な姿勢を打ち出している。
積極的に映る渋谷区のPark-PFIだが、実態は見切り発車的な印象が拭えない。
Park-PFIが「商業主義に傾斜している」「税金を使って、わざわざ商業スペースを整備する必要はあるのか?」との批判が噴出するのも、自然な話のように思えた。
商業化する公園
Park-PFIは批判を受けがちだが、実はPark-PFIを導入しなくても商業主義的と批判される公園もある。それが宮下公園だ。
渋谷駅から北谷公園までの道中にある宮下公園は、敷地面積が約1万800平米で、恵比寿南一公園や北谷公園と比べて園地はかなり広い。たびたび商業主義的と批判される宮下公園だが、実はPark-PFIは導入されていない。
それにも関わらず、宮下公園は屋上に公園があり、その階下に商業施設が多く並ぶという「フロア構成」になっている。
「フロア構成」という表現は公園に使うものとしては不適格だが、公園よりも商業施設に供用されている面積が大きい。その光景は渋谷駅前に並ぶ商業施設と変わらない。
なぜ、都市公園にもかかわらず、宮下公園には商業施設がたくさん立地しているのか?
そのカラクリは2004年の都市公園法改正によって創設された立体公園制度にある。
宮下公園は1953年に児童公園として開園した。都市公園法が産声をあげたのは1956年だから、行政が本格的に整備を開始するより3年も早く開園したことになる。
高度経済成長期に急増した児童公園
児童公園というのは、主に「子供たちの遊び場」としての役割が課された公園を指す。ちなみに、児童遊園という呼称がつけられた公園もある。
これは旧内務省が計画して整備したものが「児童公園」と呼ばれ、旧厚生省が計画して整備したものが「児童遊園」と呼び分けられた。
名称は昔の名残を引き継いだままになっているが、現代において児童公園と児童遊園の2者に役割・機能面で大きな差異はない。
戦後、政府は半径250メートルの範囲で1カ所の児童公園を整備する基準を示した。
戦後に政府が児童公園の整備を急いだのは、公園不足によって道路で遊ぶ子供たちが増加したことが背景にある。特に東京都は公園地の8割を焼失したこともあり、公園不足が深刻化していた。
子供たちが道路に溢れたことで交通事故が多発。子供の安全確保という観点から、そして潤滑な自動車通行という観点からも児童公園の整備が行政課題になっていった。ただ、児童公園の開設には当然ながら歳月と多額の財源を必要とする。
1954年、児童公園の整備が間に合わない東京都は学校のグラウンドを放課後に開放。遊び場の代替地として活用する。
また、警視庁も1958年に遊戯道路を試行。遊戯道路とは時間や曜日を限定して遊び場としても活用できる道路のことだ。これにより道路を遊び場として活用できるようになり、公園不足という社会問題に対処した。
そして、警視庁が試行したことを皮切りに全国の警察が遊戯道路を導入していく。こうした行政の努力もあり、児童公園の数・面積は歳月とともに増加した。
このような流れで高度経済成長期、児童公園の数・面積は増加した。その一方で、児童公園に設置することが義務付けられていた「ぶらんこ」「すべり台」「砂場」の3遊具が、児童公園新設の足枷になっていると指摘されるようになった。この結果、1987年に3点セットの義務付けは廃止された。
脱・子どもの遊び場
その後1993年には、少子化という社会の流れから公園の種類が見直されることになり、児童公園というカテゴリは廃止。児童公園は街区公園という位置づけへと変更される。
この変更によって、建前上は「公園は子供の遊び場」ではなくなった。児童公園として開園した宮下公園も、街区公園へと位置づけを変更している。従来から宮下公園の階下部分は駐車場として利活用されてきた。
それが、さらに宮下公園から子供の遊び場機能を喪失させた。そして、2004年の都市公園法改正により商業施設としての色合いを濃くする。法改正によって、新たに立体都市公園制度の創設が可能になった。
立体都市公園制度は、例えば地下駐車場の地上部に公園を開設したり、高速道路の上空を公園として活用したりといったことができる仕組みで、主に不動産価格が高い都心部での事例が増えている。市街地の土地を有効活用する手段として期待された。
宮下公園も立体都市公園制度を活用。屋上に公園を配置し、階下を商業施設にした。さらに、2020年には街区公園という位置づけを特殊公園へと変更。特殊公園へと変更したことによって、街区公園では建設できなかった高層ホテルを実現させている。
「稼ぐ公園」の是非
渋谷駅の周辺は、言うまでもなく東京の一等地といえる。それだけに、行政が公園地を抱えることは資産を有効活用していないと受け止める区民もいるだろう。
渋谷区には約54万平米もの広大な敷地面積を誇る都立代々木公園や、敷地の一部が新宿区にまたがる都立明治公園(約5万7000平米)もある。
明治公園では、すでにPark-PFIを導入。代々木公園も2024年度内に導入予定で計画が進められている。
都心部の公園は資産価値が高い。Park-PFIは、それを有効活用して稼ぐ公園へと生まれ変わらせるという意味を内包している。その「稼ぐ公園」という部分に、各方面から意見が相次ぎ、賛否が分かれている。
代々木公園や明治公園といった広い公園なら、Park-PFIを導入して建蔽率が12パーセントにまで引き上げられたとしても、利用者が園内で圧迫感を覚えることはない。
しかし、渋谷区がPark-PFIを導入した恵比寿南一公園と北谷公園のように敷地面積が小さいケースでは、建蔽率の緩和によって大きな影響が出ることは間違いないだろう。
◇
公園のような生活インフラは、日々の暮らしに大きな影響を与える。不動産投資するうえでも、公園は周辺の住環境を図る指標になる。
Park-PFIは導入が可能になってから日が浅いこともあり、公園管理者である自治体側は手探り状態が続いている。渋谷区はPark-PFIに対して積極的な姿勢を見せているが、かなり異色の自治体といえる。
ほかの自治体もPark-PFIに対して、まったく無関心というわけではない。筆者は、ほかの23区でも公園取材をしているが、公園担当の職員たちは「渋谷区の取り組みを注視している」「Park-PFIについては、渋谷区の取り組みを参考にしてから検討したい」と口にしていた。
これら一連の発言からは行政特有の横並びの意識を強く感じるが、いずれにしても渋谷区が取り組むPark-PFIの成り行き次第で、東京23区の公園は大きく変貌する。
そして公園が大きく変わることで住宅街の中にある公園、商業地にある公園も必然的に役割の変化を強いられる。公園が変われば、周辺の住環境にも影響を及ぼす。それは不動産投資にとっても重要な意味を含んでいる。
(小川裕夫)
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