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近年、入居者から特に重要視されるようになった条件が、「インターネット無料」物件であるかどうかだ。

実際、全国の単身者向け物件の約35%がインターネット無料物件であるという調査結果も出ている。単身者向け物件の約3件に1件で、無料インターネットが導入されている計算だ。対象を新築物件に限ると、その比率は93%まで上昇する(2023年7月13日「プリンシプル住まい総研」調べ)。

一方、最近では「とある理由」から、インターネット無料の物件を敬遠する層も増えているという。人気条件を満たした物件が逆に避けられてしまうとは、いったいどういうことなのだろうか?

今回は、そんな「インターネット無料」物件の実情について取り上げてみたい。

「インターネット無料」物件は人気が高いが…

「インターネット無料」の物件では、入居者は使用料を支払うことなく、無料でインターネットを利用できる。接続に必要な費用は、賃貸物件のオーナーが自ら負担する仕組みだ。

オーナーにとっては出費になるが、ポータルサイトなどで「インターネット無料」を謳えることで物件の競争力を高め、入居者に選ばれやすくなるというメリットがある。

ところが、最近は一部の入居者から「インターネット無料は必要ない」という声もしばしば聞かれるようになった。どういうことなのか?

実はここで問題となっているのは、インターネットの「費用」ではなく回線の「速度」だ。

リモートワークの普及でWeb会議などが身近になった現在、インターネット回線の速度を重視する人は増えている。またオンラインゲームなどでは、回線速度の遅さが「命取り」になることもあり、「インターネット無料はいらないから、速い回線を使いたい」という声は一定数あるようだ。

実際SNSでは、部屋探しの際に「無料インターネット物件は除外」しているというという人も散見される。先日も、この件に関するこんなポストが「5万いいね」と注目を集めていた。

実際にインターネット無料物件に住んでいるという人にも話を聞いた。

最近、インターネット無料の物件に引っ越しをしたという会社員のTさん(20代)は、「(引っ越してから)回線速度の低下を感じる。夜間に動画を視聴していると動画が止まることがある」と話す。

費用より速度を重視する入居者がどれぐらいいるかは分からないが、少なくとも現在は、「インターネット無料」物件が無条件で歓迎されるわけではなさそうだ。

「インターネット無料」の意外な落とし穴

前述したように、「インターネット無料」物件ではその回線速度についての不満が生じるケースがある。では、そうした物件で回線速度が出ないのはなぜなのか?

インターネット回線の速度はさまざまな要因で変化するが、その1つに回線の方式がある。

現在、集合住宅で使われているインターネット回線の方式は、大きく「VDSL方式」と「光配線方式」に分かれている。どちらの方式でインターネット回線を引いているかで速度が大きく変わるので、この2つの方式の違いについて見ておこう。

(1)VDSL方式
VDSL方式とは、物件近くの電柱から集合住宅の共用部まで光回線を引き、共用部から各部屋までは電話回線でインターネット回線を引く方式だ。こちらの方式は、後述する「光配線方式」に比べて速度が遅い傾向にある。

インターネット回線の速度は「bps(bits per second)」という単位で表され、数字が大きければ大きいほど通信速度が速い。「ギガ(=G)」は「メガ(=M)」の1000倍を表し、通信速度が1Gbpsの場合、1Mbpsの場合と比べて通信速度が1000倍速いことを表す。

VDSL方式の場合、電柱から集合住宅の共用部までは光回線であるため、最大1Gbps以上の速度を実現できる。一方、共用部から各部屋までは電話回線であるため、最大100Mbps程度の速度が限界だ。

また、VDSL方式の特徴として、同じ集合住宅内でインターネットを利用している人が増えれば増えるほど、回線が混み合って通信速度が遅くなってしまう。

そのため、昼に出勤する会社員が多いアパートやマンションでは、帰宅後の夜に一気にネットに接続する人が増えて通信速度が遅くなる、といったことが起きる。

このような理由から、VDSL方式の物件では思っていたようにインターネットを利用できない場合がある。

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 (2)光配線方式
光配線方式とは、近くの電柱から集合住宅の共用部まで光回線を引き、共用部から各部屋までも、光回線でインターネット回線を引く方式である。

VDSL方式とは異なり、共用部から各部屋まで直接光回線で結ばれている。そのため、共用部から各部屋間で最大1Gbps以上の速度を実現でき、VDSL方式と比べ、速く安定した状態でインターネットを利用できる。

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 なお、ここで注意すべき点として、上で述べた最大通信速度は、あくまで理論上の最大値(ベストエフォート)であるという点だ。回線状況によっては、最大通信速度よりも遅くなる場合がある。

このような要因で、「インターネット無料」物件の中には、入居者の期待に応えることができない物件もあることは覚えておきたい。

なお、通信速度が遅い原因には、今回解説した他にも要因が考えられる。例えば、光配線方式の場合でも、インターネットに接続するときの認証方式によっては速度が遅くなる場合もある。インターネット環境にとことんこだわる、という場合は、方式の種類以外の要因についても考慮する必要がある。

「インターネット無料」はもはや必須?

実際に物件を保有・運用するオーナーは、「インターネット無料」物件の善し悪しについてどう考えているのだろうか。

北海道に8棟70室を保有し、年間家賃収入4000万円を得ている「北国の大家さん」は、「インターネット無料はエアコンと同じくらい、賃貸物件に欠かせない設備になっている」と語る。

北国の大家さんは、入居者の属性やエリアによってニーズが多少変わるとしつつも、「インターネット無料」が賃貸物件の人気設備の上位にランクインしていることから、入居付けや家賃アップにも有利に働くと考えている。

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ただ、「インターネット業者に言われるがまま、高額なオーバースペックの設備を導入すると、投資効率が落ちる」と指摘。無駄な投資をしないために、インターネット設備に関してオーナーはある程度の知識を持っておくことが必要だと話す。

例えば、北海道では「高速通信でなくても、(VDSL方式で)1戸あたり100Mbpsあれば問題なく入居付けできる」という。オーナーが負担するランニングコストが1戸当たり1Gbpsの光回線の場合は1棟当たり月4万円なのに対し、VDSL方式はその半額の月2万円以下という違いがあるが、その分家賃を値上げできるわけではないそうだ。

「無料はやめた」大家さんも

一方、「費用対効果を考えると、入居者が満足する『インターネット無料』物件を用意するのは難しい」と話すのは、東京23区を中心に不動産投資を行う「テリー隊長」さんだ。

「私はここ数年で4棟の新築を建てましたが、インターネット無料のサービスは提供していません。理由は、物件の家賃帯が10万~20万円と比較的高く、安価で低品質な無料インターネットを用意しても満足度が落ちてしまうためです。無料のものは情報漏洩などセキュリティが心配との意見も聞きます。かといって、光配線方式にすると、大家の月々の負担が大きすぎます」

テリー隊長さんによれば、光配線方式にする場合、導入の初期費用として1世帯あたり光回線を引き込む工事で1万〜2万円、プロバイダに支払う料金として月額5000円程度の費用が発生するという。

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「そこで私の物件では、光回線を引き込む準備として配管の工事だけは行っておき、実際の工事や月額の費用は、入居者さんに負担してもらう方式にしています。オーナーにとっては費用を抑えられますし、入居者さんも自分でプロバイダを選べるというメリットがあります」

テリー隊長さんは、インターネット無料物件の価値が今後、変化していくとみている。

「最近では若い人を中心に、携帯電話のネット使い放題プランで代用する人も多いようです。携帯電話の電波状況がよくない地方ではまだ携帯に置き換わることはないと思いますが、都市部であれば、インターネットがあるからといって、家賃を5000円高く設定できる時代は終わったと考えています」

冒頭でも触れたように、インターネット無料の物件は、新築では9割を超える。もはや「あって当たり前」のサービスであり、依然として入居付けに有利なツールであることは間違いない。

一方、新たな技術の登場や、若い世代を中心に入居者ニーズが多様化していることにより、現在の状況も短い期間で大きく変化する可能性はある。

多様なニーズに対応できるよう、オーナーも知識を付けておくことが望まれる。

(楽待新聞編集部)