PHOTO:enterFrame / PIXTA

日銀は12月18~19日の政策決定会合で、現状の大規模金融緩和政策の維持を決めた。

これ自体は大方の事前予想通りであったが、為替市場ではその発表後に1円超の円安が発生(株式市場は上昇)。

これは今月7日に、植田総裁が金融政策について「年末から来年にかけて一段とチャレンジングになる」と発言したことを受けて、12月中にもマイナス金利解除に踏み切るサプライズがあり得るとの見方が一部で広まっていたことの反動だ。 

来年初におけるマイナス金利解除見通しは揺るがない

以下のグラフ1を見ると、「チャレンジング」発言でドル円相場は大きく円高に振れたことがわかるが、これがサプライズを見込んだ動きである。

出典:Investing.com

結局は今月のマイナス金利解除が見送られたことで、その一部が巻き戻されたというところだろう。

その一方で、植田総裁は直後の記者会見で決して言質を与えるようなことは言わなかったものの、来年初頭、1月か3月の政策決定会合でマイナス金利が解除されるだろうという大方の見通しは揺らいでいない。為替相場が「チャレンジング発言」の前の水準にまで戻らなかった大きな理由はそれだろう。

「物価上昇」でもマイナス金利撤廃しない理由

ここで、そもそもなぜ日銀のマイナス金利解除が取り沙汰されるのか、そしてなぜ今回は見送られたのかを簡単に整理しておこう。

まず、日銀は消費者物価の前年比伸び率に2%の目標を設定している。そして、実際の消費者物価指数伸び率は今年の10月時点で19カ月連続この2%を上回っている。

普通に考えれば、インフレが昂進するリスクを抑えるために、政策金利を引き上げるなどの金融引締め政策が行われても不思議ではない。現に、やはり物価上昇率が大きく伸びた米欧英など主要先進国は軒並み政策金利の大幅な引き上げに踏み切っている。

さらにいえば、一時マイナス金利政策が導入された欧州では、インフレ率が上昇してきたところであっさりとその政策が撤廃されている。

ではなぜ、日銀はすぐにでもマイナス金利政策を撤廃しないのだろうか。

それは、日本ではこの20~30年間、異例の金融緩和が常態化し、そこから抜け出そうとするときに大きなショックが起きる可能性が高いからである。

インフレに対処するために金融引き締めを行うためには、経済や物価動向に合わせて機動的に政策金利を変更できるような体制をあらためて準備しなければならない。それが、「金融政策の正常化」である。そして、その正常化の過程は、大きなショックを引き起こさないように十分に時間を掛けて、段階的に行う必要がある。

特に現在、米欧英では、政策金利引き上げの打ち止め、さらには来年における利下げへの転換が取り沙汰されてきている。

為替相場は二国間の金利差に大きな影響を受けるが、海外での金利低下傾向の中で、日銀が少しでも金融引締めととられる動きをすると、急激な円高が発生しかねないのだ。

円高は、消費者には必ずしも悪ではないが、企業収益には負の影響があり、株式市場の不振を通じて再びデフレ心理を呼び起こしかねない。

いずれはマイナス金利解除に動くとしても、「日銀は金融政策正常化を急いでいる」とか、「日銀は金利を引き上げたがっている」とみられて投機的な円買いや株売りを招くことがないようにしなければならないのである。

マイナス金利解除、タイミングは来年1月が有力

日銀は現在、短期金利の低位安定を目指すマイナス金利政策とともに、長期金利にも誘導目標を設定するイールドカーブコントロール(YCC)といわれる政策を採用している。

このYCC政策は、今年、段階的に微修正が行われ、枠組みとしてはまだ残っているものの、実質的にはかなり緩やかな運営となっている。これが、正常化に向けた準備の第1弾だ。次の第2弾がマイナス金利解除である。

では、このマイナス金利解除はいつごろ行われるかというと、現時点では来年1月か3月の政策決定会合で決定されるとの見方が強い。

理由の1つは、日銀が注目している「来年春の賃金交渉の動向」が次第に明らかになってくると考えられるからである。

日銀は、マイナス金利解除の重要な条件として、持続的な賃上げの実現をあげている。現時点でも来春の賃上げに向けた動きがいくつか報道されているが、日銀としてはもう少し証拠を固めたいところだろう。

そうした観点からすれば、賃上げ交渉の全体像が見えてくる3月に動くというシナリオが有力となるはずだが、もう1つ他に注目すべき材料がある。

それは、「米国の金融政策の動向」だ。米国では来年における利下げ転換シナリオが取り沙汰されている。そのタイミングについてはまだ不確定要素が多いが、早ければ3月にも利下げが開始される可能性がある。

ほぼ同時に日米で開催される3月の決定会合で、米国が利下げ、日本が利上げ含みのマイナス金利解除となると、為替市場や株式市場へのインパクトが非常に大きなものとなりうるのだ。それを避けるためには、それよりも前の1月にマイナス金利解除を行っておく方が望ましいと考えられる。


◎日米金融政策会合スケジュール(2024年1~3月)
日本:1月22~23日、3月18~19日
アメリカ:1月30~31日、3月19~29日


マイナス金利政策解除はどのように行われるのか

さて、マイナス金利政策が解除されるとして、それはどのように行われるのだろうか。

現在のマイナス金利政策というのは、銀行が日銀に預けている日銀当座預金残高のうち、一定限度を超える超過残高にマイナス0.1%の金利を課す政策である。

その目的は、預金金利やローン金利に影響を与える無担保コール翌日物取引という銀行間資金取引の金利を低く抑えることである。実際に、現在の政策の元で、この無担保コール翌日物は概ねマイナス0.1%~0%の範囲内で取引が行われている。

実は、以前の日銀の金融政策では、この無担保コール翌日物金利に直接誘導目標を設定し、資金の吸収や放出を通じてそれを実現することが政策の柱だったのだ。したがって、マイナス金利政策を解除するに当たっては、政策金利を日銀当座預金金利から元の無担保コール翌日物金利に戻し、おそらくはその誘導目標を0%~プラス0.1%にするという案が有力である。

何を政策金利とするのかといったテクニカルな点はともかくとして、もしそのとおりになれば、無担保コール翌日物の金利水準は現行のマイナス0.1%~0%から、0%~プラス0.1%に0.1%ほど上昇する。すなわち、マイナス金利政策解除は、ごくごく小幅な利上げに相当するということになろう。

もっとも、そのインパクトは小さくはない。その理由の1つは、マイナス金利政策というインパクトの強い政策を撤廃することで、日銀の政策スタンスが根本的に大きく変わったというイメージが広がるからだ。

もう1つは、より本質的な点だが、無担保コール翌日物金利に誘導目標を設定するという「普通の政策の枠組み」に移行することで、将来の利上げがやりやすくなるということだ。それこそが金融政策正常化の大きな目的なのであるが、将来の利上げ予想が強まれば長期金利が上昇し、さまざまな影響が生じることになる。

したがって、マイナス金利が実際に解除されるときのインパクトは、その後に継続的な利上げが予想されるかどうかという点にかかっている。

そうであるが故に日銀は、おそらくマイナス金利解除時に「それが将来の利上げに直ちにつながるものではなく、基本的な金融緩和姿勢に大きな変化はない」ことを強調すると予想される。

それを市場がどう受け止めるかは定かではないが、額面通りに受け取られれば、マイナス金利解除のインパクトは一時的なにとどまることになろう。

(田渕直也)