甚大な被害が生じている令和6年能登半島地震。今回の地震では、木造家屋の倒壊被害も目立つ。詳細な被害戸数などは分かっていないが、築年数の古さや地盤の悪さなどを背景に被害が拡大したとみられる。

そうした中、1月6日付けの読売新聞で「『新耐震基準』導入後に新築・改築でも半数の木造家屋が『全壊』に…石川・珠洲の現地調査」と題する記事が掲載された。

堅固なはずの「新耐震」の建物が倒壊した、と驚きを持って報じる見出しだが、専門家は「そもそも新耐震基準を過信してはいけない」と警鐘を鳴らす。

一般に安全と認識されている新耐震基準とは、そもそもどのようなものなのか。木造建築の構造に詳しい、一級構造設計士の佐藤実氏(M’s構造設計)に聞く。

新耐震基準でも倒壊は「当然起こりうる」

―能登半島地震では、1981年の「新耐震基準」以降の建物も倒壊したと報道されています

そもそも新耐震基準というのは、震度7クラスの地震に1度だけ耐えられることを前提としたものです。これは、地震によって仮に建物が傾いたとしても、すぐに倒壊には至らずに住人の命を守ってくれる、というような意味です。

裏を返せば、その後に繰り返される地震(いわゆる余震)によって、建物が倒壊する可能性はあるということです。報道では新耐震以降の建物が倒壊した、ということがある種の驚きとともに伝えられていますが、見方を変えれば当然起こりうる事態だということが言えます。

―そもそも「新耐震基準」と「旧耐震基準」は何が違うのでしょうか

いくつかありますが、木造の場合、最大の違いは「耐力壁の量」です。

地震が起きたとき、建物に横からかかる力に対抗するために必要なのが耐力壁です。新耐震基準では、旧耐震基準に比べ耐力壁の量が増えました。

なお、「新耐震基準」ができたのは1981年6月のことで、それ以前の建物は基本的に「旧耐震基準」ということになります。

ただ、「新」耐震基準と言っても1981年にできたものですから、今から43年も前の基準です。その基準が今でも使われているということは意識すべきだと思います。

―新耐震基準でその量が増えた「耐力壁」の役割について、改めて教えてください

耐力壁というのは、地震や風圧で横方向に建物が押された場合、それに対抗するための壁のことです。

一般的に建物の構造というと、柱や梁などの骨組みを思い浮かべるかもしれません。確かに柱や梁を組み立てると自立しますし、上からの力(鉛直荷重)に耐えることはできます。

ですが、地震や風圧など横から押す力に対して弱く、すぐに崩れてしまいます。

それに耐えるために、筋交いや面材(構造用合板)を入れることで、フレームを固めて、横からの力に耐えます。こういう筋交いや面材でできた壁が「耐力壁」である、と理解していただければ問題ありません。

木造では特に重要な「2000年基準」

―新耐震では旧耐震より耐力壁の量が増え、強度が高まっているということですね。木造ではこの他に「2000年基準」というのもあります

1981年に新耐震基準ができたときは、これだけ耐力壁があれば今後も安全(=一度の地震には耐えられる)だろう、と考えられていました。

ところが1995年に阪神淡路大震災が発生し、多くの木造住宅が被害を受けます。この時の被害状況から、木造住宅は、新耐震基準、つまり耐力壁の量を増やすだけでは被害を減らせない、ということが分かったのです。

この阪神淡路大震災を受けて2000年の法改正でできたのが、木造住宅では特に重要な、いわゆる「2000年基準」です。2000年基準での重要な変更点は大きく2つあります。

1つは「耐力壁のバランス」です。

耐力壁は建物全体にバランス良く配置されていればよいのですが、配置のバランスが悪くなると、建物にねじれが生じて壊れる、という現象が起きることが分かりました。これを防ぐために、2000年基準ではバランス良く耐力壁を配置する基準ができました。

耐力壁の配置に偏りがある(この図では一つの面に一切壁がない)状態で、建物に横方向の力がかかると、ねじれが生じて変形し、壊れてしまう

例えば日当たりのよい南側に大きい窓をつくったせいで北側に耐力壁が集中してしまう、あるいは車庫をつくったために耐力壁が別の面に集中してしまう、というケースが想定されます。

耐力壁のバランスが悪く、倒壊した建物(著者撮影)

もう1つが、「柱頭(ちゅうとう=柱の頂部)や柱脚(ちゅうきゃく=柱の下端部)の金物」です。

地震で建物に横方向の力がかかった時、柱には引き抜く力が働くため、抜けてしまうことがあります。柱が抜けると耐力壁は意味を成しません。阪神淡路大震災では、木造建物にこのような被害が生じていました。

柱が引き抜かれてしまうと耐力壁が役割を成さなくなる

そこで2000年基準では、柱の引き抜きが生じないよう、構造材に使用する金物の基準が作られました。例えば、この「ホールダウン金物」は、柱の引き抜きを防ぐ非常に重要な金物です。

柱にとりついているのが「ホールダウン金物」建物に横方向の力がかかった際、柱が引き抜かれるのを防ぐ(PHOTO:極楽蜻蛉/PIXTA)

このように壁の量だけでなく、壁の配置バランス、そして柱は金物を使ってしっかりと接合することが大事だということになったのです。

2000年までは金物や耐力壁のバランスの基準がありませんでしたから、柱に金物を設置しないまま家が建てられていましたし、バランスが悪くとも壁の量だけあればよし、というような建物が建っていたという状態でした。

話を冒頭に戻しますが、新耐震基準は今から43年前のものです。その後には2000年基準というものもありますし、そもそも43年の間に建物は劣化している可能性もあります。それらを考えると、やはり「新耐震」を過信するのは危険だと思います

2000年基準のさらに先、「耐震等級」という考え方

―旧耐震、新耐震、そして木造における2000年基準について伺いました。現行の制度では、この2000年基準が最も安全ということでしょうか

法律上、つまり、建築基準法で最低限守るべき基準として定められているもの、という意味ではそういうことになります。ただ、これはあくまでも足切り基準で、ここを下回っちゃダメですよという基準です。

法律で義務化されていませんが、「住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)」に基づく基準として「耐震等級」という考え方があり、すでに普及してきています。

耐震等級の考え方(著者作成)

耐震等級は等級1から等級3まであり、法律上決められている最低限の基準が等級1、等級1の1.25倍の耐震性能を有するのが等級2、等級1の1.5倍の耐震性能を有するのが等級3です。

―耐震等級3とするにはコストがかかりそうですね

それは考え方次第だと思います。

確かに、単純なコストは耐震等級1と比較すると上昇します。例えば30坪~40坪ぐらいの建物であれば、だいたい100万円前後の費用アップになると言われています。問題は、このコストをどう見るかということです。

何度もお話しているように、現在の法律上の基準は「これを下回ってはいけない」という足切りの基準です。それが長い間アップデートされていないのが現状です。

耐震等級3は現状、オプションのような扱いをされていますが、本来は耐震等級3がベースであるのが望ましいと思います。

耐震等級3は、熊本地震をきっかけに注目度が高まりました。熊本地震では震度7の地震が2回発生しましたが、耐震等級3の建物がその2回の地震に耐えて、さらにそのまま住み続ける性能が維持できていることが分かったんです。

一般社団法人 くまもと型住宅生産者連合会:耐震等級3のススメ

これを踏まえると、耐震等級3をデフォルトと捉えるべきだと思うのです。そうなれば、そこに対して追加費用という概念はなくなりますよね。先に申し上げた考え方次第、というのはそういうことです。

危ない建物はどう見分けるか

―危ない住宅を見極めるにはどのような方法がありますか

まず1つは、建てられた年をちゃんと見るということです。旧耐震基準の建物はまず避けたいところですが、さらに言えば、1981年から2000年までの間の建物、2000年基準以前の建物も避ける方が望ましいと思います。費用のことを考えるとなかなか難しいかもしれませんが…。

また、ぱっと見でもよいので、耐力壁の量を見ることは重要です。先にご説明したような、南側がすべて窓だったりして、耐力壁に偏りがある物件は問題が生じやすいということです。

他には、間取りや建物の形状も重要です。建物の形が複雑だったり、1階と2階の大きさが違っていたりすると、建物が地震で揺れたときに、どこか一部にだけ大きく揺れたり、力がかかったりすることがあります。

上下階で柱の位置がそろっているか、これを「直下率」と言います。専門的になってしまうので詳細は割愛しますが、そのような視点もあります。

まとめると、とにかく建物は形状がシンプルなほど強いということです。2階建て住宅であれば、正方形のシンプルな間取りで、上階と下階の大きさが同じ建物ですね。

―デザインにこだわりすぎると、安全性がおろそかになるということでしょうか

デザインにこだわること自体はよいと思います。ただ木造住宅の場合、デザインにこだわることが、イコール「構造を軽視すること」になっている傾向があるように思われます。

住宅においてデザイン性は大切です。デザインを無視して、すべての家を真四角にすべきだ、ということを言いたいわけでは決してありません。デザインにこだわりつつも、基本的な構造をしっかりつくることを、設計者の皆さんには当たり前にしていただきたい、ということなのです。

少し話が変わりますが、木造住宅には「4号特例」と呼ばれる制度があります。この4号特例を取り違えている設計者が少なくありません。

本来4号特例は、壁量計算など構造に関する申請書類の「提出」を省略できるという特例制度なのですが、「計算そのもの」を省略してしまうケースが見受けられます。

本来家というのは、人の命を守るものです。その家を建てるのに、そのように構造を軽視することはあってはならないことだと私は思います。

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