X(旧Twitter)で「信用金庫」にまつわる話を面白おかしく描くコミックエッセイ、「しんきんのはなし」。
信金職員に課されるきついノルマや評価制度など、内部事情をユーモアたっぷりに綴った内容が注目を集め、作者である「信金太郎」さんのフォロワーは現在1万人を超えている。
信金太郎さんは、現役で信金に勤めている。職員の目線で描かれる「信金」の内部は一体どのようなものなのか? 信金で融資を受けるときに気を付けなければならないことは?
信金の仕事内容からイラストエッセイ制作の裏話まで、「しんきんのはなし」の作者に迫った。
仕事のストレスを絵にして発散
―「しんきんのはなし」を描きはじめたきっかけは何でしょうか
何となく、趣味としてやれることはないかと考える中で、「絵を描いて何かを発信してみようかな」と考えたのが始まりです。
もともと絵を描くのが好きだったんです。内容を何にしようかと考えて、身近な仕事の話にしてみようということで、自分が勤めている信用金庫についての話を描くことにしました。
信金に勤めている中で色々とストレスがたまっていたので、その愚痴を昇華させるようなつもりでした。作品を通して何かを伝えたいというよりは、今も趣味の延長線上でやっています。
―信金に勤めるようになった理由を教えてください
就職活動をしていたとき、いくつもの企業の選考を受ける中でたまたま信金に受かったという感じです。
初めから銀行勤めを目指していたわけではなく、とりあえず受かったので就活をやめてここに決めよう、という流れで就職しました。新卒から勤めてもう十数年になります。
信金は簡単に言うと、地域の中小企業や個人などが主な取引先となる金融機関です。営業の地域は一定のエリアに限定されていて、地域で集めた資金は地域の中小企業と個人に還元されます。
―普段はどのような業務を行っているのでしょうか
私がやっているのはいわゆる営業ですね。原付に乗りながら地域の個人宅や企業を訪問して営業する、外回りが主な仕事です。企業に「うちで借り入れどうですか」と融資の案内をしたり、保険やクレジットカードの案内をしたりします。
担当エリアが支店ごとに決まっているんですが、外回りはそのエリア内であればどこへ行っても良いことになっています。知らないおばあちゃんの家のインターホンを押したり、取引のない企業に飛び込みで営業に行ったりします。
―飛び込み営業は大変そうですね
もちろん追い返されることもありますが、意外に話を聞いてもらえることもあります。初めの頃は緊張もしていましたが、慣れればどうということはありません。ただ、どこの営業でも同じことだと思いますが、やはりコミュニケーション能力というのは必須の仕事かもしれませんね。
以前飛び込んだ営業先で印象に残っているのは、ドアを開けたらスキンヘッドのおじさんが出てきたところです。これはちょっと、「怖い人のところに来てしまった」と一瞬焦りました。
ただ、話してみたら案外普通の人で、こちらの話も聞いてくれました。ただ髪型がスキンヘッドだったというだけです。そういう色々な人との出会いは、率直に面白いなと思います。
―エリアの中で「お得意様」のような取引先もあるのでしょうか
もちろんあります。継続的な取引があるところや、金額が大きめの融資を利用してくださっているような企業のところには、頻繁に顔を出して関係を築くようにという信金の方針があります。
そういったお得意様のところを回って世間話をする、というのも仕事のひとつです。たとえば社長と世間話をするうちに仕事の話になり、そこから融資の話に繋がっていくということも多いですから。
普段親密な関係を築いていたからこそ、融資の案件をもらえたというような話もあります。世間話も含めて、地域の方との普段からの関係づくりというのは非常に重要になります。
―社長と直接話をする機会もあるんですね
ここが、信金に勤めていて良かったことの1つかなと思っています。他の業種の営業職だと、営業の話は同じ営業職の人同士で話すことも多いかと思いますが、信金の営業では基本的に取引先の代表者の方と直接話すことになります。
企業の社長さんって、すごい人や面白い人が多くて、私の知らない世界を知っているんですよね。そういう方たちの話は単純に聞いていて楽しいですし、ためになるなと感じます。社長と話をできるということ自体、貴重な機会だなと思いながらいつも営業をしています。
「根性論」がはびこる職場
―「しんきんのはなし」では、よくノルマがきついという話を描いていますね
本当に、ノルマについて大変なことを語りだしたら止まりません(笑)。
主に融資や預金に関して、たとえば今年の終わりまでに融資残高(貸し出したお金の総額)をいくら増やす、預金残高をいくら増やす、という数字を追いかけます。
融資の目標はややこしいところもあって、たとえば融資残高を年間で5億円増やすという目標があったとします。このとき、単純に5億円分貸し出せる相手が見つかれば良いわけではありません。
―どういうことでしょうか
「去年1億円借りたけど、今5000万円返すね」というお客さんがいたら、支店全体の融資残高は5000万円減ってしまいます。5億円という目標にその5000万円が上乗せされて、その分また貸し出す先を探さなくてはならないんです。
月末に1万円返済するという契約のお客さんがいたとしても、それが100人になれば毎月100万円返済されるわけです。何もしなければ、どんどんノルマが増えていくだけです。
返済する人がいる分、どんどんノルマの数字が増えて、目標達成が遠くなっていくような感覚ですね。
―目標値が変動するというのは大変ですね
そうですね。そこへさらに保険やクレジットカードの契約件数など、さまざまなノルマが上乗せされていきます。
課されるノルマが多すぎて、達成は物理的に無理じゃないか? と思うこともあります。ただ、そういう時に「どうすれば良いですか」と上司に相談しても、建設的なアドバイスはもらえないんですよ。結局最後は「とにかくやれ!」と根性論で押し切られる感じで…。
―「根性論」について、自身ではどう考えていますか
正直、好きじゃないですよ(笑)。内部の教育体制があまりしっかりしていないんですよね。具体的な策もないのにとにかくガンガン行け!と言われるばかりでは納得できません。
根性論で押し切るか、そうでなければ頭ごなしに怒鳴るか、上のスタンスは基本的にそんな感じです。そうやって育てられた人は自分が上の立場になった時もまともな指導ができないと思うので、負の連鎖ですね。
ただ、これはあくまで私が勤めている信用金庫の話なので、全ての信用金庫がそうではないと思います。
―ノルマを達成できなかった場合、どうなるのでしょうか
達成できなくても、実は特にペナルティはありません。評価が下がって給料が少し下がる、ということはあり得ますが、降格させられたという話は聞かないです。
それもある意味では問題だと思うんですよね。やる気のない人だと、ペナルティがないならノルマを達成しなくなるだけです。こういう信金の組織体制そのものには、どうしても疑問は残ります。
意味のないノルマ、それでも辞めない理由
―今までの仕事の中で、一番大変だと感じたことを教えてください
大変だと感じることはたくさんありますが、中でも精神的にきつかったのは「何のために課されているのか分からないノルマ」があった時です。
詳細は伏せますが、以前「信金の役員関係者が企画しているイベントのチケットを売る」というノルマがあったんです。信金の業務にはまったく関係のないイベントだったんですが、集客をしなくちゃいけないということでチケットをさばくノルマが課されました。
もう、いよいよ何をやっているか分からないというか。誰の役にも立たないことをやっているような、「何のために仕事をしているんだろう」という感じですね。
―それだけ大変なことが多くても、信金の仕事をやめない理由は何なのでしょうか
単純にやめる度胸がないだけ、という理由が大きいです(笑)。
信金での外回りの仕事って、特に何かのスキルが身につくわけじゃないんですよね。多少他人とのコミュニケーションをとるのが上手くなったり、世渡り上手になったり、そういう部分はあるかもしれませんが。
転職をしたいと考えたところで、他の会社でやっていけるようなスキルが身についていないんです。だからズルズルと信金で働き続けています。
ただ、ここで働き続けている理由はネガティブなものばかりではありません。仕事の中でやりがいを感じる瞬間もあるので、そのおかげで仕事を続けられているという側面もあります。
―どういう時にやりがいを感じるのでしょうか
たとえば企業への融資を通じて、社会に貢献できているなと感じるときです。
以前、製造業の会社で「今度こういう新しい機械を導入するために融資を受けたい」と計画を話していらっしゃった社長がいました。こんな加工が可能になるから、より役立つ製品が作れてもっと売上が上がる、と嬉しそうに話していました。
すごく前向きな気持ちで融資を検討していることが伝わってきて、聞いているこちらも嬉しくなったんですよね。この会社にお金を貸すことで、本当に社会の役に立つ製品が作られて、間接的に私も社会の役に立てるんだと思いました。
そういう風に、「自分のやっていることが社会のためになっている」と実感できる瞬間が、何よりやりがいを感じる時です。
信金の融資、「狙い目」の時期は?
―信金で融資を受けたい人が、融資審査の際に意識するべきことはありますか
ここだけで明かせるコツ…というようなものは特に無いですね。大事なのは、当たり前ですが業績が赤字にならないようにしておくことです。
私が勤めている信金では、過去の決算書の良し悪しが評価の大部分を占めます。どんなに事業の計画書がすばらしくて将来性が抜群だったとしても、「今は赤字です」ということになれば、信金としてもお金を貸したくても貸せません。
信金でも、融資を行う際には経営者の考えや将来の計画、企業の強みなどの調査・聞き取りを行って「事業性評価シート」を作るんですが、結局は過去の財務面が重視されるんです。
将来性という点よりは実績が重要ということですね。
―少しでも融資承認の確率を上げるために、狙うべきタイミングなどはありますか
信金の決算期が近い3月末や、四半期ごとの終わりの方などは、ノルマが達成できていない場合に追い込みで融資先を探すような動きがあります。ここが、ある意味では狙い目とも言えるのかもしれません。
信金側から、「今だったら2000万円融資できます、本部の承認を取ってきましたけどどうですか」と取引先に提案しに行ったりします。
―信金側で融資の意欲が高まっている時期ということでしょうか
そうですね。目標の達成具合にもよりますが、四半期の終わりは信金側もノルマをどうにかこなそうと必死であることが多い時期、というのは事実です。
ただ、普段だったら融資が通らない人がこの時なら通るとか、まだお付き合いのない方がいきなり話を持ち込んでも通りやすいとか、そういう意味ではありません。
あくまで信金側からのお願いという形で、めぼしい企業や個人に話が転がり込むことがある、というお話です。
ただし融資できそうな人なのであれば、追い込みの時期にいきなり目の前に現れてくれたら、僕としては嬉しいですよ(笑)。
愚痴を誰かの笑いに変えたい
―Xのフォロワーは1万人を超えていますね
正直なところ、思った以上の反応があってとても驚いています。
最初は本当に自分の思っていることを吐き出して終わり、みたいな感覚もあったんですが、たくさんの人に見てもらえてコメントもついて…。
これだけ見てもらえるなら、描くネタを思いつく限りは続けていきたいなと思いました。
―「しんきんのはなし」を描くうえで意識していることはありますか
読む人が笑えるようなオチにすることですかね。内容は愚痴ではあるんですが、だからといって暗い内容にしたくはないので。
ただ愚痴をつらつら垂れ流すのではなく、皮肉っぽくもユーモアを感じられるように見えていたら良いなと思います。
―最後に、読者のみなさんにメッセージをどうぞ
私は「しんきんのはなし」で信金について愚痴っていますが、決して信金が嫌いというわけではありません。やりがいを感じる瞬間もありますし、社会に貢献できる仕事だなと思っていますし、なんだかんだで信金が好きなんだと思います。
ただ、どうしても愚痴はたまってしまうので…(笑)。それを形にすることで、見た人がクスッと笑ってくれたら良いなというつもりで描いていますし、今後も描き続けようと思っています。
これからも「しんきんのはなし」で緩く笑ってもらえたら嬉しいです!
○取材協力
信金太郎さん(X)
(楽待新聞編集部)
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