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地銀最大の「ふくおかフィナンシャル・グループ(以下ふくおかFG)」傘下の「みんなの銀行」をご存知でしょうか。
みんなの銀行は、2021年にサービスを開始したデジタルバンクです。既存の銀行システムをベースにした「ネットバンク」とは違い、通帳やカードも不要、スマートフォンアプリですべてが完結します。
サービス開始当時は「地銀がネットでイチから銀行を立ち上げた」などと話題になっていました。
また金融庁は、金融機関の基幹系システムに関する先進的な取り組みを支援する「基幹系システム・フロントランナー・サポートハブ」の第3号案件として、このみんなの銀行を支援していました。
銀行ビジネスモデルそのものをゼロベースで刷新しようという動きであり、金融庁も期待していた取組みということになります。
ただ、このみんなの銀行は、残念ながら業績が低迷しています。
今回は、このみんなの銀行の現状について皆さんと確認していきたいと思います。
みんなの銀行、設立の背景
金融業界では顧客ニーズが多様化・変容しており、既存サービスの水準と顧客ニーズに大きな乖離が発生している―。
ふくおかFGは、みんなの銀行の設立当時の状況をこのように認識していました。
こうした状況を、新興のフィンテック企業やメガテック企業などの「ディスラプター(創造的破壊者)」はチャンスと捉え、新しいサービスを武器に次々と進出しています。
これにより今後、銀行の預金・決済・融資・資産運用などにおける顧客接点が奪われていく可能性を、ふくおかFGのみならず、他の銀行も懸念していました。
既存銀行がこのようなディスラプターに対抗していくためには、重厚長大なシステムの開発や保守・運用、人が行う前提の業務や紙ベースのオペレーション、多階層のガバナンス構造など、現状の仕組みやアプローチを抜本的に見直していく必要があります。
ただし残念ながら、今あるものを簡単に変えられないというのが現実です。

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そのためふくおかFGでは、既存ビジネスモデルの先鋭化・デジタル化だけではなく、システムやビジネス、オペレーション、ガバナンスをゼロから設計し、従来のビジネスモデルに囚われない新たなビジネスの創造を目指して「みんなの銀行」を設立しました。
みんなの銀行は、従来の銀行システムでは実現できない軽量かつ柔軟な次世代のデジタルバンキングシステムを構築、運用しようとしています。
簡単に言えばふくおかFGは、古い体質の銀行を変えたいけど変えられないので、あるべき姿からの逆算で、デジタルを使ってゼロから新たな銀行を立ち上げた、ということになります。既存の銀行と競合しても良い、という判断です。
みんなの銀行、現状は
みんなの銀行は新しい銀行ではありますが、当初は収益の柱をローン、すなわち個人向け貸出にしようと考えていたことは間違いありません。申込みから契約まで、すべてアプリで完結するローンの提供を行っています。
売りは、入力項目を最低限に抑え、借入・返済も指先ひとつでできる点と、ユーザー属性に連動した借入条件を提案するパーソナライズな商品というところです。
通常のローンだと入力情報は約30項目ありますが、みんなの銀行は1項目だけ(他は銀行口座を開設した際に入力したものが自動的に反映されている)。
申し込みの導線は通常だと電話連絡やローンカードの郵送がありネット上だけでは完結しないものですが、みんなの銀行は融資実行までスマホ1つ(アプリのみ)で完結します。利用者にストレスを与えないのが他の銀行との差異化につながるとの考えでしょう。
実際、みんなの銀行の口座数は、2023年上期時点で82万口座に達しています。2023年度中には100万口座を目指しており、順調に顧客獲得は進んでいます。しかしながら、預金は261億円しか集まっていません。1人当たりの残高は3万2000円弱です。

「みんなの銀行」スマートフォンアプリでの新規口座開設画面
一方、個人向けのローン残高は2023年上期時点では75億円しかありません。このローンの平均金利が仮に10%だとすると、7.5億円の収益にしかなりません。2023年4~9月(6カ月)の決算では貸出金利息が3.8億円でしたので、貸出金利は10%程度と考えておけば良いでしょう。
みんなの銀行は他の収益として、振込手数料のような役務取引等収益もあります。これも2023年4~9月の決算では3.8億円でした。
みんなの銀行全体としては、半期(6カ月)で収益は7.7億円であるのに対して、費用は42.9億円発生しています。
通年でのみんなの銀行の決算は、2022年度は最終利益が112億円の赤字となっており、2023年度は93億円の赤字と想定されています。
数字を見てわかる通り、みんなの銀行は、収益(売上)が少ないのに費用が重い構造となっています。よって、2021年5月のサービス開始以降、常に赤字になっています。
銀行は原則的には開業から3年以内に黒字化することが法律で求められています。みんなの銀行は既に3年連続の赤字決算となることは間違いなく、黒字達成時期は2027年度まで延期されています。
金融庁が期待していた銀行ではありますが、現時点では黒字化が出来ておらず、黒字化の目途も立っていません。
みんなの銀行の「弱点」とは
みんなの銀行の弱点はどこにあるのでしょうか。サービス開始時に目指していた方向性は、間違いではないはずです。
筆者は、みんなの銀行の弱点は「ターゲットとしている顧客層」だと考えています。すなわち、最初のコンセプト自体が、そもそも赤字となる可能性が高いコンセプトだったということです。
みんなの銀行は、預金者属性で見ると10代が12%、20代が39%、30代が22%となっており、30代までを若年層とすると、その割合は合計で73%と大部分を占めます。これは狙い通りと言えるでしょう。
ただし、はっきり言えば、若年層はお金を持っていません。運用商品などを買ってもらって収益を上げることも難しいでしょう。
そして、ローンを借りている個人も若年層が中心だとすると、収入が少ないので信用力が低いという問題があります。
みんなの銀行のいわゆる「不良債権比率」は6.86%(2023年9月時点)です。貸出金残高は、個人向けローンや銀行間のローンを合計して98億円ですが、それに対して危険債権2.1億円、破産更生債権及びこれらに準じる債権4.7億円の不良債権合計が6.8億円と、資料で開示されています。
サービス開始してまだ3年経っていない、そして貸出は98億円しかないのに、破産したような借入人向けのローンが既に4.7億円もあるのです。
なお、ふくおかFGの主体を占める福岡銀行の不良債権比率は1.58%です。みんなの銀行の不良債権比率が圧倒的に高いことが分かるでしょう。
みんなの銀行はふくおかFGとしては新たな顧客を開拓するという意味では狙い通りに結果を出しているのでしょう。若年層は将来的には収入が高くなり、金融資産も増え、信用力も向上していくでしょう。しかし、現時点では「儲からない」顧客なのです。
BaaSで顧客基盤拡大狙うも、黒字化は遠い?
みんなの銀行は、ローンだけでは収益が改善するのが難しいと理解しているのでしょう。現在はBaaS(Banking as a Service)事業を強化しようとしています。
BaaSは、これまでは銀行業の営業免許を持った金融機関だけが提供できた、預金や決済などのサービスを、さまざまな企業が自社のサービスに組み込んで利用できるようにする仕組みのことです。
実例としては、日本航空の「JAL NEOBANK」、ヤマダデンキの「ヤマダNEOBANK」が有名です。
みんなの銀行はシステムが優れている一方で、顧客基盤に欠けています。そのためBaaSの提携先を拡大し、提携先の顧客層を取り込もうとしているのです。これにより、ローンなどの残高拡大・収益改善を狙い、黒字化に向けた収益基盤構築を進める計画です。
すでに合意済みの提携先として公表されているのは、三井住友海上プライマリー生命保険株式会社、ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス株式会社、ピクシブ株式会社、イーデザイン損害保険株式会社、パーソルテンプスタッフ株式会社となっています。
これからもBaaSの提携先は増える可能性はあります。ただし、BaaSが黒字化にたどりつくほどの安定収益源となるかは不透明です。
BaaSは提携先にとってはサービスの拡充にはなりますが、意外と収益的には厳しいものです(銀行業務は儲からないと苦しんでいる地方銀行が多いのですから当たり前ですが)。
提携先がシミュレーションしてみるとほとんど儲からないとか、むしろコストばかりが掛かるということは往々にしてあります。
◇
筆者の勝手な想定ではありますが、みんなの銀行の黒字化は2027年度でも厳しいのではないかという感覚を持っています。
ネット上で完結するサービスがコンセプトだとは理解していますが、担保が取れるアパートローンなど、もう少しローン商品を拡充し特徴を出していった方がよいかもしれません。
(旦直土)
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