
PHOTO:satoshinpi / PIXTA
コロナ下でトイレや給湯器などの資材不足が騒がれ、市場が混乱に陥ったことは記憶に新しいだろう。
現在は、「電線」不足により各地で工事遅れなどの影響が出ているようだ。
住宅への電気引き込みやコンセントの配線などに用いられ、公共インフラを支えるのにも欠かせない電線。入荷できなければ工事が遅れ、建物のオーナーや設備の利用者に多大な影響が及ぶ。
なぜ、いま「電線」が不足しているのか? 今後、電線不足解消の見通しは立っているのか? 物件を新築途中の投資家や、工事の現場を知る電気工事士に話を聞いた。
新築の施工に遅れ…電線が7~8倍の高額転売
「電線がないので、2月頭に始まる予定だった電気工事がまだ始められていません。このままでは完成が遅れてしまうのかな、という状況です」
そう語るのは、2023年10月から都内に新築物件を建てている投資家の「じゅん」さん。
去年12月ごろ、施工を頼んでいる工務店から「工事に使う電線が足りていないため、全体のスケジュールに影響が出るかもしれない」というメールが来ていたという。
そのメールには、電線メーカーからの電線不足に関する通知書が添付されており、一部電線の新規受注と納期回答を一時停止するとの記載があった。
現在、工務店からは「なんとか電線をかき集めて工事を始めたい」との連絡を受けているじゅんさん。
「まさに今、いろいろな場所を駆け回って足りない電線を集めてくれているようです。メルカリなどでは、電線が通常の7~8倍の価格で取引されているらしいとも聞きました」
もし資材の高騰が請負金額に影響するようなら教えてほしい、と伝えているものの、現時点ではどうなるか分かっていないという。

じゅんさんが新築途中の物件。電気工事が進まないため全体の工程がストップしてしまっているという(提供:じゅんさん)
「私の場合は、もともとの引き渡し予定が5月と少し遠かったため、スケジュール的にまだ致命的というわけではありません。ただ、4月から入居者を迎えようと思っていたような新築投資家にとっては、このタイミングの電線不足は大きな打撃になっているんじゃないでしょうか」
加速する電線不足、能登地震による影響も
いま、電線業界では一体何が起きているのか?
インフラ関係の工事の管理や保守を行い、XやYouTubeで電気に関する情報を発信している「Taira」さんは、「去年から今年にかけて、業界全体で電線不足が起きています」と語る。
「発端は去年の8月で、大手電線メーカーの矢崎エナジーシステム株式会社が、高圧ケーブルの新規受注停止を発表しました。その後、12月にかけてその他の大手メーカーも相次いで高圧・低圧ケーブルの新規受注を停止したため、電線の供給が足りていないという状況です」
電線ケーブルの大手メーカーである「矢崎エナジーシステム株式会社」「住電HSTケーブル株式会社」「SFCC株式会社」「株式会社フジクラ・ダイヤケーブル」の4社が受注停止したことで、業界には大きな影響が出ているという。
各社は今年2月になって新規受注の再開を発表しているが、「完全に回復する見込みは立っていない、というのが実情だと思います」と言うTairaさん。
「電線不足の明確な原因については公表されていません。一部報道では、熊本の半導体工場の新設や大阪の万博、福岡市の天神ビッグバンなどの大型開発に資材が回されているためではないか、との見解もあります」
また、住宅などの建設現場は年末や年度末の完成を目指すケースが多く、時期的に需要が増加したことも一因ではないか、とも一部では報道されている。

インフラ関係の工事の管理や保守を行うTairaさん
「電線不足は、工期の遅れを引き起こします。私が携わっているような公共工事の場合は、電線の納入が遅れれば工事は長引き、工期が長くなると基本的に積算上の工事価格が高くなります。民間の工事も同じかは分かりませんが、そういった部分にも影響は出てきます」
今後、電線不足がどれくらいで収束していくかについては、何とも言えないと語るTairaさん。今年1月に起きた能登半島地震の影響も踏まえると、回復の見通しが非常に難しいのだという。
「経済産業省から、日本電線工業会と全日本電線販売業者連合会に対して、『被災地の復旧復興の方に最優先で電線ケーブルを供給するように』という要請が1月に出されました。さらに、ケーブルの材料を生産している一部の工場が地震で被災したこともあり、この先電線不足の解消のめどが立ちにくいという状況かと思います」
「ふざけてるのか」現場からメーカーに怒りの声
「言葉を選ばず正直に言えば、『ふざけてるな』と。20年以上この業界にいて、こんなに唐突に電線不足に陥ったのは初めてです。メーカーには、もっと早い段階で情報を開示してほしかったと思っています」
そう語るのは、電気工事士・建設業者のキャリア転職案内サイト「電気工事士デポ」を運営し、20年以上電気工事を行っている電気工事士の「リベルタ」さん。
電気工事の現場では、電線不足により工期が遅れる事態が生じており、施主への謝罪や説明資料の作成などに手間がかかっているという。電線が手に入らないことから工事を受注できず、抱えている協力会社の仕事がなくなることも死活問題になっていると語る。
「原因について巷では半導体工場や万博の影響などが囁かれていますが、メーカーの方からは『工場が高負荷』という発表だけで、明確な原因は説明されていないんですね。これが非常に納得できないというか、困るなと感じます」
工事が遅れた場合は、基本的に受注者である電気工事会社の責任になるという。工事によっては、既設のケーブルを使用してひとまずの施工を進め、後ほど新しいケーブルで工事をやり直さなければならないケースもあると言うリベルタさん。
二度手間になった分、協力会社などへの支払いは増えるが、施主から支払われる費用自体は変わらないため、収益が圧迫されて「非常に苦しい」という。

Xアカウント「電気工事士デポ」で電気工事や電線不足について発信しているリベルタさん
「電線メーカーから受注再開は発表されていますが、電線不足がこの先落ち着いていくかというのは疑念を抱いています。メーカーの主要な取引先ならともかく、果たして末端の小さな会社にまで対応してくれるのかなと…」
この先は電線不足も落ち着くから大丈夫だろう、と安易に数カ月先の工事予定を入れてしまうと、電線が手に入らない可能性もあるため危険だと感じているという。
「お客さんによっては、『なんで前もって手に入れておかないんだ』と言われる方もいますが、ケーブルというのは必要な時に必要なだけ入荷するのが基本なんです。早めに電線を確保したとしても、工事現場に置いておくのはセキュリティ的にまずいですし、品質劣化の可能性もあります」
そうした入荷体制が基本の中、必要なときにすぐ電線が手に入れられない現状は、現場の電気工事士にとって影響がかなり大きい。
「以前なら即日入荷できていたようなケーブルも、今は数カ月待ちのような状態になっています。今後、少しでも早く電線不足が解消されることを願うばかりです」
「市場の過剰な反応が要因」との見方も
電線不足について、メーカー関係者はどう見ているのか。
電線メーカーなど、電線製造事業者により構成される団体「日本電線工業会」の担当者は、「明確な原因は分からない、というのが正直なところです」と語る。
「ただ考えられるとすれば、昨年8月に一時的な需要増加で大手電線メーカー1社がケーブルの受注停止を発表し、その後10月に別の大手メーカーも同じく受注停止を発表した際に、市場へ過剰にマイナスな感情が広がったのではないか、ということです」
電線不足を恐れて多めに電線を買う人も出てくるなど市場が混乱し、さらに需要が集中して他のメーカーも受注停止になる事態を引き起こしたのではないか、という見方があるという。
そのような状況の中で、年度末に工期が集中しがちな公共工事などの影響も重なり、さらに電線不足に陥ったのではないかという。
「巷で言われているような大阪万博や半導体工場の影響は関係がない、というのが日本電線工業会としての見解です」と述べつつ、今後は電線不足が落ち着いていくのではないかと語る。
「各メーカーでばらつきはありますが、2月に受注再開を発表しています。特に、住宅などに使われるような低圧ケーブルについては、どのメーカーもおそらく3月後半には正常な供給状態に戻るだろう、という見通しを立てています」
太陽光の銅線を盗まれて修繕費70万円
電線が足りず一部では高額転売も見られる中、追い打ちをかけるように「電線の盗難」も発生している。
群馬県に太陽光発電機を所有する「マッチャリ」さん。発電機による売上は年間270万円ほどにのぼっていたが、今年1月に部品の銅線を盗まれた。
「スマホで稼働状況をチェックできるようになっているんですが、ある日ふと見てみたら、発電機が稼働していないことが分かったんです。監視カメラも電源がついていないことが分かり、『これはやられたな』と思いました」
自宅から離れた場所だったため、人に現場を見に行ってもらったところ、フェンスが壊されて発電機の銅線が一部切り取られてしまっていたという。

マッチャリさんの太陽光発電機の一部。集電箱から下に伸びる3本の電線が、途中で切られて盗まれている(提供:マッチャリさん)

マッチャリさんの太陽光発電機の一部。本来なら柱に繋がっていた3本の電線が切り取られている(提供:マッチャリさん)
「あわせて20メートルほどの銅線が盗まれていました。銅線自体の価値は、20万~30万円くらいでしょうか。盗んだ人はスクラップ屋に持っていって換金するのが目的でしょうね。切られた部分を直すのには、銅線の仕入れ額に施工費などもあわせて、70万円ほどかかる見積もりです」
発電機があった場所は山が近く人通りのない地域で、「そういう場所はやっぱり狙われやすいのかもしれません」と語る。
「最近、こうした電線盗難が増えているんですよね。私の体感では、以前は電線盗難は茨城辺りで多かったんですが、千葉や群馬でも被害が見られるようになってきています。『こんな手口があるんだ』というのが報道などで知られて、逆にヒントになっている部分もあるかもしれません」
実際に、最近は銅線の盗難が急増しているようだ。群馬県警によると、群馬県内の太陽光発電所で銅線などが盗まれる窃盗被害は、2023年で前年比8倍ほどになっているという。
また、盗難増加の背景には、電線に使われる「銅」の価格上昇が関係しているのではないかという見方もある。日本電線工業会が公表している国内銅建値推移のデータを見ると、近年国内の銅建値が上昇していることが分かる。

国内銅建値推移(単位:千円/トン)(日本電線工業会のデータをもとに編集部作成)
マッチャリさんは、今回盗難された銅線を直すのに太陽光発電の保険を利用するという。しかし最近は銅線盗難が多発しているために、各地で増加する修繕費用を保険で賄いきれなくなりつつあり、「太陽光発電の保険に入れない人も出てきている」と憤る。
「新規契約そのものを受け付ける保険会社が少なくなっています。加入できても免責金額が100万円とほぼ意味のない保険だったり、既に加入している人も更新時に保険料が上がったり…。盗みを働く人のせいでこちらが割を食うので、とても許せません」
最近は太陽光発電協会や警察からも、太陽光発電機のオーナーに対して盗難への警戒が呼びかけられているという。

マッチャリさんの太陽光発電機の様子。柱の根元から伸びる太い線が途中で切られている(提供:マッチャリさん)
マッチャリさんは被害を繰り返さないため、太陽光の電線を銅線からアルミ線へと変更する予定だという。機能の面では銅線と遜色がないが、銅のように高値での換金ができないため、盗まれにくくなるというのが狙いだ。
「オーナーは、何かしら盗まれにくくなるような対策をするしかないですね。監視カメラを複数台設置する、銅線をアルミ線に変更するなど、できる限りの自衛が求められるのかと思います」
◇
さまざまな要因が絡んで生じた電線不足。今回は明確な原因が不明とされており、事前の備えは難しかっただろうと考えられる。
しかし、資材の不足というものはいつどこで起きても不思議ではない。情勢に目を光らせ普段からさまざまな情報を把握しておくことで、前もって有効な手段を取れることもあるのかもしれない。
電線不足の状況は今後どうなっていくのか、動向に注目したい。
(楽待新聞編集部)
プロフィール画像を登録