2023年、森ビルが手掛ける大規模ビルが相次いでオープンした。虎ノ門ヒルズのステーションタワーは10月に、麻布台ヒルズは11月に開業。数カ月が経ち、実際に現地を訪れた人も多くなってきたころかもしれない。
ところで、これらのビルのいたるところに「植栽」があることに気づいた人はいるだろうか。森ビルは、他社と比べて格段に「緑」が多いビルを設計しているのだ。いったいなぜだろうか?
森ビルは東京都心部に高層ビルを建てるデベロッパーというイメージが強い。その認識は決して間違っていないが、それだけで森ビルの都市開発を語ることはできない。
高層ビルの建設という輝かしい部分は森ビルの表面に過ぎず、むしろ森ビルの都市開発は裏面にこそ読み取ることができる。
ここで言う裏面とは、決して悪い意味ではない。むしろ、最近は森ビルが取り組んできた都市開発の裏面に気づいたデベロッパーが多く、それらのデベロッパーも続々と模倣するようになっている。
筆者は、森ビルが総力を結集して建設した六本木ヒルズ・虎ノ門ヒルズ・麻布台ヒルズ3つを継続的に取材してきた。
その取材を通してみると、森ビルの都市開発は「緑化」「公開空地」「交通動線」の3つが柱になっていることに気づかされる。
今回は、森ビルの都市開発戦略3本柱のうち森ビルがもっとも力を入れ、ほかのデベロッパーが追随するようになっている「緑化」について見ていきたい。
「緑化」への注目、そもそもいつから?
2020年9月に発足した菅義偉内閣は、大きな政策の柱としてカーボンニュートラルを打ち出した。
カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出を実質的にゼロにすることで、その延長線上の政策として、GX(グリーン・トランスフォーメーション)が推進されるようになる。GXの定義は明確になっておらず、一般的に緑化・省エネ・再生可能エネルギーの導入などと解釈されている。
GXなどという言葉を用いたのは、昨今になって多くの企業がDX(デジタル・トランスフォーメーション)に取り組んでいるからだ。GXという言葉からは、少しでも流行に乗っていこうとする政府の思惑が透けて見える。
そうした流行りに乗っかる姿勢がいいか悪いかは別として、菅内閣がカーボンニュートラルの旗を振ってから現在に至るまで、経済産業省が音頭を取る形で国全体がGXへと傾斜を強めている。各業界のリーディングカンパニーはこぞって緑化や省エネへの取り組みを加速させた。
森ビルはGXなどという言葉どころか概念がなかった1980年代から、自社の手がける大規模再開発で積極的に緑化を進めてきた。
森ビルの緑化に対する取り組みは、すでに40年以上の歳月を積み重ねている。菅内閣がGXを打ち出してから、ようやく動き始めたようなデベロッパーと同列に語ることはできない。それほど、森ビルが手がける緑化は他社を寄せ付けないレベルに達している。
森ビルが緑化を重要視していることは、報道発表資料にも表れている。森ビルが手がけた六本木ヒルズ・虎ノ門ヒルズ・麻布台ヒルズの報道発表資料には、必ず緑化面積という項目が設けられている。
森ビルの報道発表資料によると、六本木ヒルズは約1万9000平方メートル、虎ノ門ヒルズは2万1000平方メートル、麻布台ヒルズは2万4000平方メートルの緑化面積が設けられている。
森ビルは、六本木ヒルズから虎ノ門ヒルズ、そして麻布台ヒルズといったように時代を経るごとに緑化面積を増やしている。しかも、これらは竣工時の数字に過ぎない。
「樹木や草花は生育するので、歳月とともに数字は変わります。改修工事などの関係で一時的に減ることはあるかもしれませんが、長期的には緑は当然ながら増えていきます」と森ビルの関係者は胸を張った。
こうした緑化を重視する姿勢により、森ビルが業界内で緑化のトップランナーになることは自然な成り行きだった。
高層ビルに常緑樹4万本、「常識破り」の屋上庭園
森ビルが緑化推進の姿勢を鮮明に打ち出したターニングポイントは、1986年に竣工したアークヒルズだ。
アークヒルズの屋上には、約4万本の常緑樹が植樹された。当時の都市開発において、都心部の高層ビルに約4万本の常緑樹を植えることは常識破りだった。
というのも、都心一等地の高層ビルは、当然ながら高い賃料を得ることができる。アークヒルズが竣工した1986年はバブル景気の入り口にあたり、高い賃料を設定してもテナントはすぐに決まる。そんな状態だった。
引く手数多の都心部で高層ビルを手がけているのだから、緑なんかを植えて床面積を減らす必要はない。
下卑た表現になるが、床面積を増やせばその分がそのまま賃料に変わっていくのだから、4万本の常緑樹を植えることは賃料収入を減らすことにつながる。余剰スペースがあるなら、その分だけ床面積を増やした方が儲かるのだ。
しかし、森ビル創業者の森泰吉郎は、安易に床面積を増やす都市開発をしなかった。それどころか、さらに緑化を深化させる方向へと舵を切る。森はアークヒルズの緑を眺めて、常緑樹だと四季を感じることができないと気づいたのだ。
創業者の思い切った決断により、アークヒルズの常緑樹は季節の草花へと植え替えられていった。現在もアークヒルズの一画には、アークガーデンと呼ばれる広大な屋上庭園が整備されている。
アークガーデンは近隣住民や来街者などにも開放されており、自由に園内を散策できる。アークガーデンには野鳥も飛来し、虫なども生息している。
植物は人工的に植えたり増やしたりできるが、それだけでは野鳥が飛来し虫が生育する環境には整わない。
また、アークヒルズの外周に植樹された桜の幹は1986年の竣工時点で平均28.0センチメートルの太さだったが、2023年には148.3センチメートル まで生長している。
野鳥や虫、そして植樹された桜にも、森ビルが長い歳月をかけて緑を育ててきた成果が現れている。
ちなみに、森泰吉郎の後を継いだ森稔は、「Vertical Garden City(立体公園都市)」と名付けた理想の都市モデルを提唱。緑化推進の思想も受け継いでいる。
緑化ブームの影に「偽装緑化」も
緑化は、しだいに他社からも都市開発における重要なキーワードと目されるようになり、森ビルに追いつき追い越せとばかりに緑化を推進する事業者も出てきた。
その背景には2001年に緑化施設整備計画認定制度が創設されたことが挙げられる。同制度は民間の敷地に自発的に緑化を促すことが狙いにある。緑化された施設は固定資産税の減免措置を受けられるというもので、これによってデベロッパーの手がける緑化は加速する。
ただし、緑化ブームの黎明期においてデベロッパーが手がける緑化は、必ずしも自然環境を保存するような取り組みではなかった。
緑化の深度を測る指針には、緑化率・緑地率・緑被率・緑視率・みどり率などがある。これらは単に名称が異なるだけではなく、緑に対する捉え方や計測の基準が違う。
一般的には緑化率・緑地率が用いられるが、例えば公園の樹木を全部伐採して、それらの代替として芝生へと植え替えても緑化率や緑地率は同じ数字となる。
こうした数字のマジックもあり、緑化ブームの黎明期には何十年と育ってきた高木を伐採して芝生へと植え替えることで緑化率・緑地率を上げるという「偽装緑化」のような手法が横行した。
芝生広場は見た目も美しく、雰囲気もよい。ファミリーや近隣のオフィスに勤めるビジネスマンにも訴求力がある。一方、何十年もの歳月をかけて育てられてきた樹木は維持・管理が難しい。
そのほかにも、落葉の清掃、虫の駆除などの日々の手入れが大変になる。手間はかかるのに、芝生ほどの訴求力がない。そうしたマイナス面から高木は忌避され、芝生へと植え替えられるトレンドがあった。
細かい話になるが、「高木」「中高木」「中木」「低木」の定義は各自治体が条例で定めている。そのため、一口に高木と言っても自治体によって高さが異なる。
一般的には、地表面から3メートル以上の樹木を高木としている自治体が多い。
東京都心部には、3メートルはおろか10メートルを超える高木も多い。そんな高木を伐採して芝生へと張り替えておきながら、緑化を推進していますとドヤ顔をしていたデベロッパーも多かったのだ。
屋内まで「緑化」進む
先述した緑化施設整備計画認定制度は、2017年に廃止された。緑化に対して固定資産税のインセンティブはなくなったが、容積率アップなどのインセンティブがあり、廃止後もデベロッパー間で緑化を競うような機運が萎むことはなかった。
むしろ、緑化の技術が向上したこともあり、多くの事業者がさまざまな手法で緑化に取り組み、都市の緑化は深化している。
これまでに紹介してきた森ビルは現在でも都市緑化のトップランナーと言える存在だが、東急不動産も「WE ARE GREEN」をコンセプトに掲げて近年は急速に緑化に取り組んでいる。
とはいえ、多くのデベロッパーの物件を取材していると、やはり森ビルの緑化は一日の長があり、他社を寄せ付けない緑化への執念を感じる。
例えば、森ビルが2014年に開業させた虎ノ門ヒルズ森タワーの完成記者会見で、辻慎吾社長が虎ノ門ヒルズのコンセプトは緑化であると力説していた。
2023年にオープンした麻布台ヒルズは、「Green & Wellness」をコンセプトに掲げ、中央広場と命名された公開空地のみならず外構にも多くの緑が配置され、さらには果樹園も設けられた。
麻布台ヒルズは外観のデザインから緑化を意識しているが、建物内部でもさまざまな手法で緑化が試みられている。前述したように植物は定期的に灌水をし、時に虫の駆除といった手間が発生する。これらの作業は屋外より屋内の方が圧倒的に負担は大きい。
屋内緑化の手法としては、これまでフェイクグリーンを用いることが多かった。フェイクグリーンは人工植物なので厳密には緑化ではない。
しかし植物を管理する手間をかけたくないという思惑と、それでいて緑化による企業イメージの向上を図りたいという相反した欲求を満たすツールとして人気を博した。多くの企業でフェイクグリーンによる屋内緑化が図られていった。
麻布台ヒルズでは、屋内緑化にフェイクグリーンに頼らず、ちゃんとした植物を置いて屋内緑化を実現している。この屋内緑化に関して、森ビル関係者が「他社に追随できないレベルで、屋内緑化も取り組んでいきたい」と自信満々に語っていた。
都市開発における緑化だが、先述したように単に緑量を増やせばいいだけの時代はとうに過ぎ去った。芝生で緑化率を稼ぐのではなく、きちんと高木を育てるような流れが生まれている。
それと同時に樹木だけではなく、野菜づくりのための農地や池(ビオトープ)を整備するといった多彩な緑化に取り組むデベロッパーも出始めている。
水は建物を傷める大敵だが、それでもデベロッパーは池を中心とするビオトープの整備に取り組む。
樹木と水面を同時に整備することでヒートアイランド現象を効果的に抑制できること、さらに生物多様性に取り組めることが大きな理由になっている。
都市緑化では森ビルがトップランナーであることは否めないが、気を抜いていたらすぐに追い抜かれるだろう。それほど都市緑化の競争は熾烈を極めている。
◇
こうした緑化への取り組みは、大規模な高層ビルだけの話ではない。少しずつ中小規模のオフィスビルにも広がり、最近はマンションにも緑化の波が押し寄せている。
マンションで緑化といえば、玄関周りの植栽をすぐに思い浮かべるだろう。そのほか、近年は屋上緑化や壁面緑化の取り組みも進んでいる。
マンションに関しても、緑化は不動産価値を高めるのに一定の効果を発揮する。それだけに、不動産投資でも緑化は避けて通れないキーワードになることは間違いない。
(小川裕夫)
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