エビスビールでおなじみのサッポロホールディングス(サッポロHD)が不動産売却に動くと報道されています。
この背景には、上場企業を狙うモノ言う株主、いわゆる「アクティビスト」の要求があるようです。
サッポロHDに何が起きているのでしょうか。そしてサッポロHDはどのような動きをしようとしているのでしょうか。
今回は、恵比寿ガーデンプレイスを運営し、不動産会社としての側面を持つサッポロHDに焦点を当ててみようと思います。
アクティビストの「正論」
2024年1月、シンガポールを拠点とするファンドである3Dインベストメント・パートナーズ(以下、3D)が、サッポロHDの筆頭株主になりました。議決権比率は2023年12月時点で16.19%まで上昇しています。
これにより、モノ言う株主である3Dが、サッポロに経営改革を要求してきています。2023年4月、3DはサッポロHDに以下の主張をしていました。
■サッポロの経営上の問題点
・サッポロの株価は2006年以降、競合と比較して大幅にアンダーパフォームし、企業価値の向上に失敗しております
・サッポロの企業価値を考えるうえで最も解決が必要な問題は、グローバルの競合の中で最も低いコア事業(酒類事業、食品飲料事業)の収益性です
・その低収益性は長年放置され、悪化し続けてきましたが、その歪な状況は、不動産賃貸収入による経営の甘えに起因すると、当社は考えております
・サッポロの企業価値向上を考えるうえで、真に不動産事業を保有すべきかは、しがらみのない、徹底的な再検証が必要です
■新中期経営計画の問題点
・2022年11月に発表された新中期経営計画は、大きく3つの問題を抱えております
1)不動産事業を「コア」と定義したこと。これは、経営の甘えを招き、本来のコア事業の低収益の放置を助長するものです。実際、新中計の利益率目標は低位に設定されています
2)経験も競争優位性もないキャピタルゲイン狙いの不動産への純投資を強化する方針としたこと。企業価値毀損のリスクが懸念されます
3)確実に達成するためのマイルストーン、アクションプランを示せていないこと。サッポ口は、過去15年間、経営計画を達成できておりません
・新中期経営計画が真にサッポロの企業価値を十分に高めるかについて、再度の検証が必要です
(出典:3D「サッポロホールディングス株式会社が抱える課題について」2023年4月)
筆者はアクティビストに与するものではありませんが、上記の3Dの主張は正論であると考えています。
村上ファンドのようなアクティビストの特徴でもありますが、基本的に主張することは正論であり、非常に反論しづらい論理で企業に対応を要請してきます。これは金融業界の片隅にいる人間からすると、誰でも思いつくぐらいの普通の主張です。
ただ、既存の金融機関はサッポロHDとの関係性が棄損することを恐れて、ここまで言わないだけです。
そして、この3Dの主張を許してしまうほど、サッポロHDの経営陣は結果を出せなかったということでもあります。結果が出なかったからアクティビストに付け込まれるのです。
モノ言う株主に対し、サッポロHDの対応は?
この3Dの正論に反論できなかったサッポロHDは、対応を行うことになりました。
サッポロHDは2023年12月期第2四半期の決算発表時に、グループ戦略検討委員会を設置し中長期的な企業価値向上へ向けたグループ戦略シナリオの策定について検討を開始したことを明らかにしました。
この委員会は、サッポロHDの社内取締役5名に加え、事業再生や資本市場の視点を有する社外有識者2名を委員として構成されており、企業価値の最大化のために、不動産事業のあり方を含め、企業価値を高め得るあらゆる選択肢を比較・検証していくものでした。
そして、2023年12月通期決算の発表(2024年2月)において、新たな方向性を発表しました。
この図に表されているように、サッポロHDは酒類事業を主力事業とし、不動産事業は顧客接点・ブランド体験の場として活用すること、不動産事業で得られた資金を海外酒類事業に投資していくことを表明しています。
今までは不動産事業で収益を稼ぐことを目的にしていましたが、これからは酒類事業の成長に貢献するために不動産事業を位置付けることになったのです。
そして発表資料では「不動産に外部資本を導入し、ビール成長投資を大幅拡大」「(不動産の)資産回転型ビジネスについては、金利動向や不動產。建築市況等を鑑み、投資抑制を図る」と明記しました。3Dの要請をかなりの部分、認めたことになります。
一部報道では、サッポロHDが「恵比寿ガーデンプレイス」や東京・銀座などに保有する不動産について売却を検討すると報じています(ただし恵比寿ガーデンプレイスの売却については、サッポロHD代表取締役社長の尾賀真城氏がインタビューで否定しています)。
不動産事業に外部資本の導入を検討するという点では、保有する不動産の売却に加え、不動産子会社への他社からの出資受け入れなどさまざまな案が浮上しているともされています。
サッポロHDの説明資料や報道を見る限りにおいては、サッポロHDの虎の子の資産といえる恵比寿ガーデンプレイスも含め、ビール事業と直接関係ない不動産は売却の検討対象となる可能性があると想定されます。
なぜアクティビストに狙われたのか
サッポロHDが3Dに付け込まれる要因となっているのは、本業がビールメーカーであるにもかかわらず、ビール事業への投資が少ないという点があります。
以下はサッポロHDの事業セグメント別の資産構成です。
この図で分かるように、6600億円強の総資産のうち2500億円程度が不動産事業に当てられています。
本業のビール(酒類)は総資産の半分ありますが、この不動産事業に充当されている資金を本業の成長投資に使うべき、というのが3Dの主張です。
もう少しデータを見ましょう。以下はセグメントごとの売上・利益・設備投資等です。
サッポロHDの連結売上収益の大半は酒類が占めています。不動産はケタが違う売上しかありません。それなのに設備投資額では酒類と不動産はほぼ同水準です。事業の割合から考えると本業にもっと投資すべき、と3Dが主張するのも理解できるでしょう。
ただしあえて言えば、営業利益で見ると不動産は収益率が良く、酒類と同水準の利益を計上しており、十分な利益貢献をしているとも表現できます。
それならば、このままで良いではないかと考える方もいるかもしれません。ところが、この話にはもう少し先があります。
利回り低すぎ? サッポロHD 不動産事業の問題点
サッポロHDの不動産事業は、全社で見た場合に多くの資産を使ってはいますが、それ相応の利益貢献をしている、と述べました。
ただし、不動産事業には問題点が存在します。2023年12月期決算では、賃貸等不動産の会計上の簿価は2096億円ですが、時価は3857億円です。
そして、サッポロHDにおける不動産事業の売上収益は217億円、事業利益は58億円となっています。
非常にざっくりとした試算にはなりますが、サッポロHDが公表している賃貸等不動産のみで不動産事業の収益を稼いでいると仮定すると、利回りは表面利回りで10.3%(=217億円÷2096億円)、償却後NOI(≒事業利益)利回りで2.7%(=58億円÷2096億円)となります。
ただし、賃貸等不動産の時価は前述の通り3857億円です。時価をベースにした表面利回りは5.6%(=217億円÷3857億円)、償却後NOI利回り1.5%(=58億円+3857億円)です。
この水準をどのように考えるべきかがポイントになります。
簿価ベースで10.3%の表面利回りは悪くはないと思われますが、サッポロHDは長年不動産を保有してきただけに薄価が低くなっています。
時価ベースでの5.6%という表面利回りは、はっきり言えばそこまで高くはないでしょう(あくまで費用控除前の表面利回りですから)。読者の皆さんは表面利回りで5%台の収益不動産を購入したいと考えるでしょうか。
また、償却後のNOI利回りについては、データを開示している上場REITとの比較が参考になります。
例えばオフィスと商業施設を主な運用資産としている「ザイマックス・リート投資法人」の償却後NOI利回りは4.8%(2023年8月期、取得価格対比)です。また、さまざまなアセットタイプを組み入れている総合型の「ユナイテッド・アーバン投資法人」の償却後NOI利回りは3.91%(2023年11月、取得価格対比)です。
リートは物件のクオリティが高い一方で利回りが低くなる傾向にありますが、償却後NOI利回りで比較すると明らかなように、サッポロHDの方が不動産事業の利回りが低いと言えます。
これは言い換えれば、サッポロHDは「不動産の運用が下手である」「低い賃料で貸している」と表現できます。
3Dの真意は、サッポロHDの不動産事業は本来の収益力を発揮しておらず、不動産を売却してでも含み益を顕在化させ、その資金を本業の強化に充当した方がサッポロHDの成長につながるのではないかというものなのです(もちろん、不動産を売却させた後の利益の一部は株主に還元せよと迫り、株価を上昇させることも狙っているでしょうが)。
今後、アクティビストに狙われるのはどんな会社?
では、サッポロHDのような事例は他の企業でも起きるのでしょうか。答えは簡単で、「状況によっては十分にあり得る」です。
日本の上場企業では、財閥系の不動産会社(三井・三菱・住友)やJR東日本、NTTのような企業が保有不動産の含み益で1兆円を超えているとされています。
このような企業において、時価べースの不動産保有額対比で不動産収益が低く、かつ、株価が割安であれば、アクティビストは狙ってくるでしょう。
アクティビストが日本で跋扈している理由は、世界的に見たカネ余りと、日本の上場企業の株価が低いまま放置されてきていたからです。
資本を効率的に活用している、株価が割高と言えるほど投資家から人気が高い、といった企業にならない限り、アクティビストに狙われる可能性があるのです。
◇
上場企業は基本的には誰もが株式を購入できるから「上場企業」なのであり、上場企業は原則的に株主を選べません(買収防衛策という形で例外はありますが)。
不動産は価値が把握しやすく、換価性も高いため、アクティビストにとっては攻めやすい切り口です。不動産投資に詳しい方であれば、不動産価値を十分に発揮出来ていない上場企業を調査し、投資してみるのもアリかもしれません。
(旦直土)
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