不動産オーナーにとって、ある時は「良薬」となり、またある時は「毒薬」となるサブリース契約。
来年、ある理由でサブリース物件のオーナーが不利益を被る可能性があり、「サブリース2025年問題」と呼ばれています。
前回の記事では、サブリース契約の解除について基本的な事項をおさらいしました。今回は、この「サブリース2025年問題」と賃料の改定について説明します。
きっかけは2015年の相続税制改正
2015年、相続税制の大幅改正がありました。課税対象となる相続財産の合計額から差し引ける「基礎控除額」が4割引き下げられ、最高税率も55%にまで引き上げられたのです。
改正前:5000万円+(1000万円×法定相続人の数)
改正後:3000万円+(600万円×法定相続人の数)
これを境に、相続税の課税割合(相続税の課税対象となった被相続人の割合)は倍近くに増えました。2014年までは4%台で推移していたものが、翌15年には8.0%となったのです。
制度改正に伴い、一気に相続税負担は「他人事」ではなくなりました。2021年には9%を突破しています。
この制度改正の影響を受けてなのか、2015年を境に、賃貸住宅を建てる人が増えました。
以下は、国土交通省が公表している新設住宅着工戸数(貸家)です。
2013年は年間約35万6000戸、2014年は約36万2000戸、2015年は約37万9000戸だった貸家の新設着工戸数が、2016年には約41万8500戸、2017年には約41万9000戸に増えました。
資産家が相続税の納税額軽減を目的に、対策に動き出したのでしょう。保有資産を現預金や金融商品で所有しているより、不動産へと組み替えた方が相続税の課税評価額を引き下げられるからです。
賃貸住宅(母数)が増加すれば、それに伴ってサブリース物件の数も増加します。来る2025年には、制度改正を契機に新築された賃貸アパートがいっせいに築後10年を迎え、オーナーとサブリース業者が結んだマスターリース契約(特定賃貸借契約)も契約更新となるケースが多くなります。
この更新のタイミングで、サブリース業者から家賃の改定を求められる恐れがあります。
家賃収入が減額となるリスクがあるのは契約更新時に限りませんが、来年は減額となるオーナーがとりわけ増える可能性があり、この懸念を「サブリース2025年問題」と呼びます。
2021年6月に「賃貸住宅管理業法」が全面施行され、悪質なサブリース業者を排除するための包囲網が敷かれました。
同法によって、管理戸数200戸以上の賃貸住宅管理業者は、賃貸住宅管理業法に基づく登録申請が必須になり、登録業者はオーナーへの重要事項説明や書面の交付を義務付けられました。
しかし、その効果は遡及しないため、2015年当時のマスターリース契約には影響を与えません。たとえ、契約内容がオーナーに不利な内容であっても、当事者で合意し有効に成立している以上、従わなければならないのです。
サブリース賃料の減額は、賃貸経営を不安定化させる要因となります。サブリース業者から減額請求を受けた場合、オーナーはどのように対処すれば良いのでしょうか?
ここからは、サブリース賃料の増減額請求に関する法的ルールを改めて確認して行きましょう。
賃料の増減額請求権とは?
賃料の増減額請求権とは、賃貸人の立場から見た「賃料の増額請求権」と賃借人の立場から見た「賃料の減額請求権」をひとまとめにした表現です。
現況、転貸借を伴わない通常の賃貸借契約と同様、マスターリース契約にも家賃の増減額請求が認められています。
これにより、たとえ契約期間中であっても、建物賃貸借において契約で定められた賃料が不相当となった時は、契約の条件にかかわらず、当事者は将来に向かって賃料の増額または減額を請求することができるようになっています。
そして、具体的な「不相当」のケースとして、借地借家法では以下の3つを例示しています(32条1項)。
(1)土地もしくは建物に対する租税、その他の負担の増減を起因とする不相当
(2)土地もしくは建物の価格の上昇あるいは低下、その他の経済事情の変動に伴う不相当
(3)近傍同種の土地・建物の賃料と比較して不相当
賃料増減額請求権の法的性質は、一方的な意思表示により、将来に向かって効力が生ずる形成権とされています。形成権とは、意思表示がなされたときに、相手方の承諾の有無にかかわらず効果が生じる権利です。
つまり、不動産オーナーあるいはサブリース業者が賃料増減額請求権を行使した結果、当事者間に争いがなければ、その一方が請求した金額で賃料が決まる仕組みです。
かなり古い判決にはなりますが、最高裁も「賃料改定は協議により行うとする条項が定められていても、賃料増減額請求は可能である」と判示しています(昭和56年4月20日判決)。
相手方の同意なしに、その効力が生ずる極めて強い権利なのです。
ただ、誤解のないよう補足しておくと、当事者が協議を尽くすことを無用と言っているわけではありません。
争わないよう相手方の意見を求めること、ないしはその機会を与えることは有益です。決して「言ったもの勝ち」という意味ではありません。円満解決が最善である点は誰の目にも明らかです。
ぜひ、サブリース物件のオーナーさんは契約書を確認してみてください。賃料の改定について、「当該賃料が不相当と認められるに至ったときは、甲乙協議のうえ、これを改定することができる」と記載されていれば、ひと安心です。
借地借家法32条には、サブリース業者から減額請求される「マイナス効果」と同時に、オーナー側から増額請求できる「プラス効果」も含まれていることを忘れないようにしてください。
賃料を減額しない旨の特約は有効か?
では、マスターリース契約で「賃料を減額しない旨の特約」を定めていた場合、それは有効となるのでしょうか。
改めて、賃貸借契約は長期間にわたる契約です。
そのため、当初の設定家賃が期間の経過に伴い、相場からずれる可能性は十分にあります。その多寡に関わらず、常に相場は変動しているのです。
だからこそ、先述した「不相当」を少しでも解消できるよう、各当事者には家賃の増減額請求が認められています。
しかし借地借家法では、賃料を減額しない旨の特約を「無効」としているのです(32条1項但し書)。
最高裁判所も「32条1項は強行規定とされ、当事者の約定(特約)によりその適用を排除できない」と言及しています(平成16年6月29日判決)。
強行規定とは、当事者の意思に左右されずに強制的に適用される規定を指します。たとえ賃料を減額しない旨の特約があったとしても、サブリース業者は賃料の減額を請求できるということです。
その一方で、借地借家法では、賃料を増額しない旨の特約は「有効」としています。いかに賃借人であるサブリース業者の立場が保護されているかがわかります。
賃料を自動的に改定することは可能か?
このように「一方的な意思表示により賃料の増減額請求は可能」としてみたり、「賃料を減額しない旨の特約は無効」としてみたり、その仕組みの煩雑さを排除できないのが賃料改定の悩みです。
それだけに、将来の賃料額を自動で改定できたら楽になるでしょう。
例えば「賃料を3年ごとに5%値上げする」のように、一定の基準に基づき自動かつ定期的に改定できれば無用な紛争の回避にもつながります。
こうした自動改定特約は有効なのでしょうか?
結論として、最高裁は「経済事情の変動等を示す指標に基づく相当なものである場合には有効である」と判示しています(平成15年6月12日判決)。
内容が合理的であり、かつ有効性を伴うことを前提に、当事者の合意によって自由に約定することを認めています。
逆に、基準が不明確であったり、賃料の増額が経済事情の変動等と著しくかけ離れたりしている場合には、無効とされる可能性があります。
一定基準(改定条件)の例としては、以下の2つが代表的な方式となります。
(1)消費者物価指数や卸売物価指数、GDPなどの経済指標を基準に、これに連動する形で賃料を自動的に増減させる方式
(2)「契約更新時、近傍同種の土地建物の賃料変動と同率の金額調整を行う」のように、一定期間経過後の賃料の改定幅(金額や割合)を当事者間であらかじめ決めておく方式
一見すると「家賃保証」されているサブリース契約において、家賃を自動改定する特約は馴染まないと感じる人もいるかもしれません。
ただ、先述したように、最高裁は賃料の増減額請求権を強行規定と判示しています。家賃保証されたサブリース契約においても、賃料増減額請求権の行使は妨げられないのです。
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繰り返しになりますが、賃貸借契約は長期間にわたる契約です。当初の設定家賃が期間の経過に伴い、相場から乖離することは十分想定されます。もし、将来の賃料収入が見通せれば、その分、事業収支の予測精度も高まります。
「サブリース2025年問題」も迫るところではありますが、借地借家法上、不動産オーナー(賃貸人)は不利な立場にあることを忘れないでください。運営にあたり「こんなはずでは…」と後悔しないためにも、賃料増減額請求権について正しい知識を持っておくことが重要です。
(平賀功一)
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