賃貸需要を見極める上で、不動産投資と鉄道事業は大きな関わりがあると言える。鉄道路線の延伸や新駅の開業があれば、地域経済にも影響を及ぼすだろう。
この企画では、鉄道趣味歴50年超、2021年には全国の鉄道路線完乗を果たした鉄道ライターの杉山淳一さんが、鉄道と地域経済の関係性についてレポートする。
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3月16日、北陸新幹線の金沢~敦賀間が延伸開業した。
東京(上野)~福井間の直通列車は夜行急行「能登」の運行短縮以来23年ぶり、東京~敦賀間の直通列車も急行「能登」の廃止以来56年ぶりとなった。
どちらも急行「能登」だが、敦賀駅に直通していた「能登」は東海道本線経由で、福井駅に直通していた「能登」は上越線経由だった。
福井駅も敦賀駅も北陸新幹線の延伸で東京直通が再開し、沿線の人々の喜びもひとしおだろう。
この2駅のほか、延伸開業区間の小松駅、加賀温泉駅、芦原温泉駅、越前たけふ駅も同様だ。かつて富山や金沢が活気づいたように、東京や関東圏との結びつきに期待していることだろう。
しかし筆者は、今回の延伸開業の恩恵を受ける駅として、延伸区間ではない「富山駅」に注目している。延伸開業による効果と一部弊害を踏まえ、なぜ私が富山に注目するのか紹介する。
待望の延伸開業、その効果は?
北陸新幹線は、東京・大阪間を結ぶ路線として、1973年に全国鉄道整備法に基づく国の整備計画が決定された。1997年に高崎・長野間が、2015年には長野・金沢間が開業している。
今回の金沢~敦賀間の延伸は、2012年3月に工事実施計画の認可を受け、同年8月に着工した。10年以上の工期を経て、2024年3月16日に開業。
周辺エリアではこの延伸開業に合わせて再開発が行われるなど、地域をあげた盛り上がりを見せている。
では、今回の延伸によって、どれほど交通利便性が高まったのか?
東京から福井までの所要時間と料金を比較してみよう。特急料金は閑散期、通常期、繁忙期、最繁忙期の4段階あるが、今回は通常期で比較する。
北陸新幹線の敦賀延伸前は、東京から福井まで行く場合は、東京~金沢間を北陸新幹線「かがやき」に乗り、金沢~福井間を在来線特急「サンダーバード」に乗り継ぐ必要があった。
所要時間は3時間31分、運賃+料金は1万6080円だった。
あるいは、東京~米原間を東海道新幹線「ひかり」、米原~福井間を在来線特急「しらさぎ」に乗り継ぐルートもある。所要時間は3時間26分、運賃+料金は1万4130円だ。
北陸新幹線敦賀延伸後は、東京~福井間を「かがやき」で2時間51分でアクセスできるようになった。運賃+料金は1万5810円だ。
所要時間は北陸新幹線ルート、運賃+料金は東海道線ルートが有利となった。差額は1680円。
これなら乗り換えのない北陸新幹線経由を選びたくなる。新幹線と在来線の乗り換えと直通を比較した場合、乗り換え1回は所要時間30分と同じ心理的負担があると言われている。
つまり、人は30分くらいの差なら乗り換えのない方を選びがちだということだ。
一方で、京阪神から北陸方面は、北陸新幹線敦賀延伸の利点がない。在来線時代は乗り換えなしだったのに、新幹線が敦賀に到達したせいで、「敦賀乗り換え」になってしまったからだ。
大阪駅から福井駅に行く場合、延伸開業前は特急「サンダーバード」で1時間47分、運賃+料金は5610円だった。
延伸開業後は、大阪から特急「サンダーバード」に乗り、敦賀で北陸新幹線「つるぎ」に乗り換えて1時間44分、運賃+料金は7290円に変わった。
北陸新幹線敦賀開業前後で主要時間はほぼ変わらず、乗り換えが発生し、運賃+料金は1680円も上がった。納得しがたい結果だろう。
ちなみに北陸新幹線に乗らず、敦賀から並行在来線「ハピラインふくい」の普通列車に乗ると、所要時間は2時間27分と約30分増えて、運賃+料金は5840円の230円アップとなる。
「こんなことなら北陸新幹線が敦賀に来ない方が良かった」という声も聞こえそうだ。
関西圏から不満の声が挙がるワケ
では、北陸新幹線延伸区間の中で、東京・大阪のそれぞれから、もっとも時短効果が高い駅はどこなのだろうか?
まずは、東京から延伸区間各駅までの最短所要時間を比較してみよう。
福井駅までの所要時間は、北陸新幹線敦賀延伸によって、東海道新幹線経由より北陸新幹線経由の方が早くなる。小松駅、加賀温泉駅、芦原温泉駅も同様に、東京からのアクセスは向上したと言えよう。
その一方で、敦賀駅までは北陸新幹線を利用すると最速でも3時間8分。乗り換えこそ不要になるものの、東海道新幹線経由より所要時間が20分以上長くなる。
次に、大阪から延伸区間各駅までの最短所要時間を比較してみよう。
先述の通り、今回の延伸開業によって、大阪からのアクセスには「敦賀乗り換え」が必要になってしまった。かつて大阪と金沢をつないでいた特急「サンダーバード」が敦賀止まりになったためだ。
所要時間の点で言えば、敦賀駅から遠いほど北陸新幹線による時短効果が現れる。ただ、乗り換え時間が生じるため、そのスピードアップ分が相殺されてしまう。
北陸新幹線に乗らないとすると、選択肢は「ハピラインふくい」しかない。敦賀~福井は、北陸新幹線だと17分ほどであるのに対し、ハピラインふくいでは快速でも約40分。
時短効果を享受するならば、北陸新幹線経由しか選択肢はない。
このような状況を踏まえ、関西圏からアクセスする人にとっては「不便になった」という声が上がっているのだ。
実は時短効果が大きい駅は「富山」
北陸新幹線敦賀延伸開業によって、東京駅からの時短効果がある駅は福井駅までだった。小松駅、芦原温泉駅、加賀温泉駅は東京から訪れる人が増えると予想できる。
大阪駅から時短効果が出始める駅も福井駅で、金沢方面に行くほど時短になる。ただし、乗り換えに対する心理的負担30分を加味すると、どの駅も大阪から時間的に遠ざかる。
東京からの所要時間短縮と大阪からの所要時間短縮の合計がもっとも高い駅は、2つの都市圏からもっとも魅力的な駅になるはずだ。
上記から試算してみると、小松駅が時短合計48分でトップ。次点が芦原温泉駅と加賀温泉駅の40分になった。
しかし、私が注目する駅はこの範囲ではない。
時短効果で大きな効果を得る駅は「富山駅」だ。
富山駅は、北陸新幹線金沢延伸(2015年)で東京からのアクセスにおいて約1時間の大幅時短を達成した上に、今回の敦賀延伸によって大阪からも所要時間が29分短縮される。
大阪~金沢に比べても時短効果が高いから、富山県は京阪神に対しても時短をアピールできる駅になった。正確には、富山を含めて長野方面に向かうほど時短効果が高くなる。
富山駅は以前、北陸新幹線金沢延伸開業で、大阪から金沢駅で乗り換えを強いられる形になった。所要時間的にやや後退したとも言えた。
当時、これにより観光やビジネスなどの人流が東京向きになると思われた。
たしかに東京から金沢、富山への観光客は新幹線効果で増えたのだが、だからといって京阪神からの人流が減ったというマイナス面は見つからない。
富山県や富山市の自治体、経済団体の資料のどこにも「金沢乗り換えの弊害」に関するデータは見当たらないのだ。多少はあったかもしれないが、それを覆い隠してしまうほど、東京圏志向によって富山県経済は活性化されたのだろう。
新幹線延伸のマイナス面として、富山県から東京方面の人口流出傾向は認められる。しかし一方で、富山県で出生率が上がったというデータも見過ごせない。
富山県の地域経済が活性化したことによって、子どもを育てやすい環境になった側面があるのだろう。
今回の北陸新幹線敦賀延伸開業で、敦賀駅、福井駅は新幹線効果で活況を呈するだろう。しかし私は、その延伸区間外にある「富山駅」にも注目している。
(杉山淳一)
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